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英国の企業版「司法取引」本格導入で日本企業への影響は?

森本 大介

 英国が、米国流の企業版「司法取引」を本格導入する。詐欺や贈賄の罪を犯した企業が検察官に対して違法行為を認め、制裁金を払って捜査協力し、再犯防止の社内改革を行う代わりに、検察官が刑事処罰を見送るDeferred Prosecution Agreement(起訴猶予合意)制度だ。米国の同種制度の「威力」は日本企業の間でも知れ渡っているところ。英国市場で活動する企業は早急に、新制度に備えなくてはならない。森本大介弁護士が、本家米国と比較しつつ、新制度の概要や日本企業への影響などについて解説する。

 

英国におけるDeferred Prosecution Agreement(起訴猶予合意)の導入と日本企業への影響

 

西村あさひ法律事務所弁護士・NY州弁護士
森本 大介

1  はじめに

森本 大介(もりもと・だいすけ)拡大森本 大介(もりもと・だいすけ)
 2000年東京大学法学部卒業、01年弁護士登録(司法修習54期)。07年にノースウエスタン大学ロースクール修了(LL.M.)。同年アメリカ合衆国ニューヨーク州弁護士登録。07年から08年にかけてKirkland & Ellis LLPにて研修。現在西村あさひ法律事務所パートナー。国内及びクロスボーダーのM&A案件、FCPAをはじめとする危機管理案件を中心に、会社法などビジネスロー全般にわたる各社へのアドバイスに従事。
 近時、日本企業や日本人が、海外における違法行為により、海外の当局から罰金を科されたり、あるいは、身柄を拘束されたりというケースが相次いでいる。グローバル化する日本企業の活動に伴い、日本企業としては、日本のみならず海外の法令にも注意を払うことが必要不可欠になっている。そのような中、英国においては、2013年4月25日付けでDeferred Prosecution Agreementに関する法案がRoyal Assentを取得しており、Deferred Prosecution Agreementが導入されることが確定した。具体的な施行日は未定であるものの、Serious Fraud Office (以下「SFO」という)のホームページによれば、2014年2月の施行を目指していることが窺われる(<http://www.sfo.gov.uk/about-us/our-policies-and-publications/deferred-prosecution-agreements--consultation-on-draft-code-of-practice.aspx>参照)。

 これまで英国には、米国のようなDeferred Prosecution Agreementは存在しなかったところ、Deferred Prosecution Agreementが導入されることにより、英国で活動し、あるいは英国法の適用を受ける日本企業にも大きな影響を与えることが予想される。

 そこで、本稿では、英国において導入が予定されているDeferred Prosecution Agreementの概要を米国におけるDeferred Prosecution Agreementと比較しつつ説明する。

2  米国におけるDeferred Prosecution Agreement

 Deferred Prosecution Agreementとは、日本語では起訴猶予合意とか訴追延期合意などと訳されることが多いが、社内の違法行為を把握した企業や捜査対象になった企業が、検察官との間で、違法行為を認めて捜査に協力し、コンプライアンス規程の見直しや役員交代その他の再発防止策の構築等の企業改革を行うことを約束し、一定の猶予期間に亘って外部の独立した第三者によるチェック等を受け入れ、かかる企業改革等の着実な実施が確認されれば、検察官が刑事処罰を見送るという刑事手続上の運用である(なお、米国におけるDeferred Prosecution Agreementの概要については、木目田裕=山田将之「企業のコンプライアンス体制の確立と米国の訴追延期合意-Deferred Prosecution Agreement-」旬刊商事法務1801号43頁が詳しい)。

 なお、Deferred Prosecution Agreementにおけるオーソドックスな合意内容は下記の通りである(詳細については、前掲「木目田=山田」論文44頁参照)。なお、近時の公表事案の中には、(4)については求めないケースも見受けられる。

(1)  検察官は起訴状を裁判所に提出するのと同時に公判手続の中断を求め、それ以上は公判手続を進行させない。

(2) 検察官は一定の期間の経過後に、企業が以下の(3)から(8)までの条件を遵守したことを確認できれば起訴を取り下げる。

(3) 企業は違反に係る事実関係について詳細に自認する(「Statement of Facts」。企業は、Deferred Prosecution Agreementで認めた事実関係について役職員や弁護士等が将来にわたって矛盾した供述をしないことを約束する)。

(4) 企業は、上記(3)記載の事実関係や社内調査に関連する資料等につき、attorney-client privilege(弁護士・依頼者間の秘匿特権)、work-product privilege(ワークプロダクト特権)を放棄する。

(5) 検察官が企業の役職員個人の有罪を立証するため必要がある場合、共犯とされる他の企業等の有罪を立証するために必要がある場合には、企業は資料提供・役職員の証人出廷等の捜査協力を行う。

(6) 企業は、今後違法行為を行わないことを誓約し、コンプライアンス・プラグラムの策定・改定、コンプライアンス・オフィサーの選任、内部通報制度の構築、役員交代その他の再発防止策の構築や、違法行為を行った役職員の解雇・降格・懲戒等の人事処分などの企業改革を行うことを約束する。

(7) 検察官が選任する独立した第三者のコンプライアンス・モニターが、企業の費用で、企業の再発防止策の構築・実施状況や法令遵守状況を監視し、Department of Justice (米国連邦司法省。「DOJ」と略される)に定期的に報告する。

(8) 企業は、合意した一定の金銭を、制裁金としてDOJやSecurities Exchange Commission(証券取引監視委員会。「SEC」と略される)に対して支払う。

 このようなDeferred Prosecution Agreementのメリット、デメリットは下記のように整理されている(詳細については前掲「木目田=山田」論文47頁参照)。

 〈メリット〉

(1) 起訴・不起訴のいずれとも異なる中間的・弾力的な事件処理が可能となり、捜査・公判に要する労力を省きつつ、刑事罰を科したのと同等の目的を達成し得ること。

(2) 企業が、訴追・刑事処罰により、破綻あるいはそれに類する状況に陥るのを防止し得ること。

(3) 企業の協力を得て、違法行為を行った役職員個人や共犯である企業等を訴追するための証拠を収集し得ること。

(4) 刑事罰に伴う許認可の取り消しや営業停止等の制裁を回避できること。

(5)  公判手続で有罪になるか無罪になるかわからないという不安定さ・不確実性及びこれに起因するリスクを回避し得ること。

 〈デメリット〉

(1) 企業改革の方策に関して政府の管理が強まりすぎる。

(2) 社会一般への警告による犯罪防止という、いわゆる一般予防の観点からはDeferred Prosecution Agreementよりも刑事処罰の方が有効である。

(3) 捜査協力や秘匿特権等の放棄を条件とすることで、秘匿特権等を軽視する風潮を醸成し、役職員個人の自己負罪拒否特権(合衆国憲法修正5条)を侵害する。

(4) 役職員個人の訴追のための証拠収集という元来の目的に反する利用をされている。

(5) 会社がDeferred Prosecution Agreementに違反したか否かを認定する権限は検察官の裁量に委ねられ、司法的コントロールが及ばない。

(6) 統一的な取り扱い要領がなく、再発防止策の内容や制裁金の金額等が必ずしも公平ではない。

(7) 違法行為を口実にしてそれとは無関係な義務を課すような濫用的なDeferred Prosecution Agreementも見受けられる。

3  英国のDeferred Prosecution Agreementの特徴

 英国のDeferred Prosecution Agreementの内容については、Crime and Courts Act 2013のSchedule 17(以下単に「Schedule 17」という)に規定されており、また、その詳細については、Schedule 17の6(1)項に基づき、Deferred Prosecution Agreement Code of Practice(以下「DPACP」という)に委ねられている。なお、DPACPについては、2013年6月27日付けでその草稿(draft)が公表され、2013年9月20日までパブリックコメントに付されているが、本稿の脱稿日現在、パブリックコメントの結果は明らかにはなっていないため、本稿では、パブリックコメントの結果を反映する前の草稿を基にしている。そこで、DPACPについては、今後のパブリックコメントの結果を踏まえて内容が変わり得る点には注意が必要である。

 英国のDeferred Prosecution Agreementについても、いわゆる起訴猶予合意あるいは訴追延期合意という性質は、米国のDeferred Prosecution Agreementと同様である。

 Deferred Prosecution Agreementにおける合意内容については、Schedule 17の5項に詳細に規定されており、その概要は下記の通りである。

(1)  Deferred Prosecution Agreementには、被疑行為に関する事実の記載を含まなければならない。

(2)  Deferred Prosecution Agreementには、失効日を規定しなければならない。

(3)  Deferred Prosecution Agreementにより課すことができる要求は、以下を含むが、これらに限られない。
 (a) 検察官に制裁金を支払うこと。
 (b) 被疑行為の被害者に賠償すること。
 (c) 慈善団体又はその他の第三者に金銭を寄付すること。
 (d) 被疑行為から得た利益を吐き出すこと。
 (e) 会社のポリシー若しくは従業員の研修又はその両方に関して、コンプライアンス・プログラム     を導入する又は既存のコンプライアンス・プログラムを変更すること。
 (f) 被疑行為に関する捜査に協力すること。
 (g) 被疑行為又は訴追延期合意に関して、検察官の合理的な費用を支払うこと。
 なお、Deferred Prosecution Agreementには、会社が要求を遵守しなければならない期限を課す   ことができる。

(4)  検察官と会社との間で合意された制裁金の額は、裁判所が、有罪答弁後に被疑行為の有罪判決において会社に対して科すであろう罰金と、おおむね同等でなければならない。

(5)  Deferred Prosecution Agreementには、会社がその条項のいずれかの遵守を怠った場合についての効果を規定する条項を含むことができる。

 上記のような合意をDeferred Prosecution Agreementにおいて定められた期間に亘って遵守すれば起訴を免れ、合意に違反した場合、Deferred Prosecution Agreementの修正合意を締結するか、Deferred Prosecution Agreementを破棄された上で訴追されるか、のいずれかになる。

 なお、米国のDeferred Prosecution Agreementと英国のDeferred Prosecution Agreementとの大きな相違点を簡単にまとめると、以下のとおりとなる。

(1)  英国では、Agreementの締結がSerious Fraud Office及びCrown Prosecution Serviceにのみ認められる(Schedule 17の3項(1)及び(2))。

(2)  英国では、Deferred Prosecution Agreementの締結相手とできるのは、会社、パートナーシップ及び人格のない社団(unincorporated associations)のみとされており、個人については対象とされていない(Schedule 17の4項(1))。

(3)  英国では、Deferred Prosecution Agreementの対象となるのは、詐欺、贈収賄、マネーロンダリング等、Schedule 17のパート3に規定される犯罪に限定される(Schedule 17のパート3)。

(4)  英国では裁判所による関与の度合いが強く、検察官はDeferred Prosecution Agreementの内容について合意する「前」に、(i)Deferred Prosecution Agreementの締結が正義に適う可能性が高いか、(ii)Deferred Prosecution Agreementの内容が公平、合理的かつバランスが取れたものであるか、という点について裁判所の初期的なヒアリング(非公開で行われる)を受けなければならず(Schedule 17の7項)、また、Deferred Prosecution Agreementの内容に合意する「際」に、(a)Deferred Prosecution Agreementが正義に適っているか、(b)Deferred Prosecution Agreementの内容が公平、合理的かつバランスが取れたものであるか、という点について裁判所の最終的なヒアリング(公開される)を受けなければならないとされている(Schedule 17の8項)。

 英国におけるDeferred Prosecution Agreementのメリット及びデメリットについても、米国におけるDeferred Prosecution Agreementの場合とほぼ同様であるが、実務的に注目される点は、(1)検察官に対して提供した資料についてattorney client privilegeの取扱いがどうなるのか、また、(2)違法行為を根拠に民事訴訟を提起された場合において、検察官に対して提供した資料が証拠として利用され得るのかという点であろう。この点について、DPACPにおいてattorney client privilegeを侵害しない旨の言及があるのではないかという憶測もあったようであるが、実際には、Schedule 17やDPACPのドラフトには何ら記載がなく、attorney client privilegeは原則として保護されないようにも見受けられる。もっとも、この点は、パブリックコメントを踏まえてDPACPに盛り込まれる可能性もあり、また、仮に盛り込まれなかったとしても、今後の運用に委ねられるところであると考えられるので、パブリックコメントの結果や、実際にDeferred Prosecution Agreementが導入された後の実務上の運用が注目される。

4  英国のDeferred Prosecution Agreementが日本企業に与える影響

 英国のDeferred Prosecution Agreementの概要は上記に述べたとおりであるが、Deferred Prosecution Agreementの締結が可能になったことにより、英国における犯罪行為につき、検察官との間の協議、合意の機会が増え、犯罪行為の自認が促進される可能性が高くなることが見込まれる。

 この点、Deferred Prosecution Agreementの対象となる犯罪行為は、詐欺、贈賄、マネーロンダリング等一定の犯罪に限定されているものの(Shedule 17のパート3参照)、日本企業にとって特筆すべきなのは英国のBribery Act 2010がその対象に含まれている点であろう。英国のBribery Act 2010については、その適用範囲が非常に広範であり、日本企業にとっても適用の可能性がある点はかねてから警鐘が鳴らされているところであるからである(詳細については、拙稿「他人事でない米・英の外国公務員贈賄防止罪のリスク」参照)。

 そこで、英国で活動し、あるいは英国法の適用を受ける可能性がある日本企業にとっては、犯罪行為が発覚した場合において、Deferred Prosecution Agreementを利

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筆者

森本 大介

森本 大介(もりもと・だいすけ) 

 2000年東京大学法学部卒業、01年弁護士登録(司法修習54期)。07年にノースウエスタン大学ロースクール修了(LL.M.)。同年アメリカ合衆国ニューヨーク州弁護士登録。07年から08年にかけてKirkland & Ellis LLPにて研修。現在西村あさひ法律事務所パートナー。国内及びクロスボーダーのM&A案件、FCPAをはじめとする危機管理案件を中心に、会社法などビジネスロー全般にわたる各社へのアドバイスに従事。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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