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ビルのエレベーターとキャピタル・マーケッツ弁護士

白川 もえぎ

エレベーターとキャピタル・マーケッツ

 

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 白川 もえぎ

白川 もえぎ(しらかわ・もえぎ)
 2002年3月、東京大学経済学部卒。2003年10月、司法修習(56期)を経て、弁護士登録(第一東京弁護士会)、当事務所入所。2008年5月、米国University of California, Berkeley, School of Law (Boalt Hall) (LL.M.)。2008年9月から2009年5月まで米国ニューヨークのSullivan & Cromwell法律事務所勤務。2013年1月、当事務所パートナー就任。

新オフィス

 私の所属する事務所は、去る7月中旬、六本木から赤坂に移転した。新しいオフィスは赤坂エリアでひときわ目を引く白いビルであり、物件ウェブサイトによれば、企画から開発、設計、施工まで、鹿島建設の総合力が創り上げたビジネスタワーだというのだから、機能や設備はどれも一流だ。移転当初こそ不慣れも手伝って色々と気になることもあったが、今では徐々にこのオフィスビルを気に入りつつある。

先進的なエレベーター

 私がこのビルの中で特に気に入っているのは、現時点ではトイレとエレベーターである。眼下に広がる木々を見ながら用を足せるらしい男性用トイレには及ぶべくもないが、女性用トイレもその解放感は相当なものである。太陽光というのは肌を白く見せてくれるようで、窓に面した鏡を見ると少なからず嬉しくなるし、私の意見に賛同してくれる同僚も多いのではないか。

 もっとも、ことエレベーターとなると、同僚のみならず、事務所にお越しくださった方からさえも異論が出るかもしれない。何しろこのエレベーター、かごに乗り込む前にまずエレベーターホールの入り口にあるパネルで行き先階ボタンを押し、そこで指定されたかごに間違いなく乗らなければならない。これを怠ったら、かご内で行き先階ボタンを押そうにも「その階には止まりません」と無情な自動音声に阻まれる。せっかちな私はパネルで先に行き先階ボタンを押すところまではできるのだが、指定かごの表示を見るのを忘れて適当に飛び乗りとんでもないところに連れていかれたり、もう一度見直すためにパネルに戻って後ろの人に迷惑をかけたり、まだまだ使いこなしているとは言い難い。

 とはいえ、このシステムに慣れてしまえば、これは非常に効率的なのだと思う。たとえば、今ロビー階にいる集団の中に、18階から24階までの各階に行きたい人がそれぞれ2人ずついたとしよう。仮に、その2人が2つのかごにちょうど分散して乗ってしまえば、どちらのかごも18階から24階まで7回も停止しなければならない。これを、行き先階ボタンによって整理して、18階から21階までの人をAのかご、22階から24階までの人をBのかごと乗り込む先を指定してしまえば、みんなが時間を短縮できてハッピーである。

 そして、もうひとついいことがある。それは省電力である。エレベーターというのは、動き始めのときに平時の何倍もの電力消費がガクンと立つため、一時的に電力システムに負荷がかかる(らしい)。私は弁護士1年目でこの話を電力業界の方に聞いて以来、エレベーターの効率的な利用についてずっと心を砕いてきたが、ここにきて画期的な解決策を見出した。(もっとも、鹿島建設にその意図を直接確かめたわけではない。)

ダブルデッカー

 しかし、考えてみるとオフィスビルのテナント満足度の中で、エレベーターの占める割合というのは案外大きいのではないだろうか。だから、オフィスビルはエレベーターに色々と工夫を凝らす。ある大規模なオフィスビルに行ったところ、エレベーターはダブルデッカー(2階建て)式だとかで、基本的には奇数階からは奇数階に、偶数階からは偶数階にしか移動できないと知って大いに興味をそそられた。このシステムだと1フロア分だけでなく3フロア分までだったら「えーい、階段でいいや」と思うに違いなく、エレベーターの無駄な動きはかなり抑えられるだろう。それにエレベータースペースの節約にもつながるだろうから、その分賃貸スペースが増えるのも魅力だろう。(これも、私の勝手な推測である。)

ハブとスポーク

 ダブルデッカーよりもう少し一般的なのは、高層オフィスビルに見られるようなシャトルエレベーターとローカルエレベーターの併用方式であろう。まずは途中のスカイロビーまで直通のエレベーターで行き、その後は各階止まりの小型エレベーターでそれぞれのフロアに行く。大規模なオフィスビルともなれば就業人口だけで何千という数であろうから、中継地点までは高速のシャトルエレベーターで一気に大人数(最大定員80人というのもある。)を運び上げてしまおうというこの「ハブとスポーク」的発想は理にかなっている。が、ラッシュ時以外で大きなエレベーターに自分ひとりだと、なんとなくもったいない気がして落ち着かないし、正直に言ってしまえば、乗り換えは若干面倒でもある。

 航空機の世界で、客席数500を超すB747が引退し、B777やB787の中型機が中心となってきているのと同様に、(そして世界最大のA380を擁するエアバス社さえもB787に対抗するA350を開発しているのと同様に、)エレベーター界においても中規模かごによる二点間多頻度輸送がメジャーになってもよいと思う。

キャピタル・マーケッツ・ローヤーの役得

 私は弁護士登録をしてから今年でちょうど10年である。その間、主としてキャピタル・マーケッツと呼ばれる、株式や社債等を通じた資本市場からの資金調達に関係する仕事を中心にやってきた。株式や社債のような金融商品への投資は、それなりのリスクを伴う。会社が何をやっているのか、どういったところにリスクがあるのかをきちんと認識したうえで投資判断をしてもらうことが、会社にとっても金融商品を引き受けて販売する証券会社にとっても大事であるから、「目論見書」と呼ばれる会社の説明書を作成する。案件の種類にもよるが、長い場合には半年以上も弁護士が目論見書の作成に関与することがあり、その間、その会社の事業やビジネスモデルについてじっくり話を聞いていると、自ずとその会社、商品、業界に愛着が湧いてくる。(だいたいは。)

 先のエレベーターの電力消費量のくだりも、当時かかわった電気事業者の新規株式公開(IPO)に向けた会議で得た知識だ。この案件に携わったのは弁護士になってまだ間もない頃だったし、「電気新聞」(日刊である)まで購読して毎日電気と電力業界を考え、電気を大切にする意識を徹底的に叩き込まれた。
 次に鉄道事業者の案件にかかわったときには、これまた会議の席で、新幹線の切符1枚あたりの利益は、販売が自社窓口か他社窓口かによって異なると聞き、以来、新幹線に乗るときはその鉄道事業者の窓口を求めて東京駅構内を彷徨うことになった。
 さらに航空会社の案件に参加すると、今度はその航空会社のローヤルカスタマーになった。航空業界では複数の航空会社がコードシェアによる共同運航を行っているが、必ず応援する航空会社のコードのものを購入する。(とはいえ、私が購入するのは十中八九割引運賃と決まっているのだから、先方から見たら忠誠心の押し売りというものであろう。)

 案件を1件やり遂げるたび、法律の議論以外にも、業界の知識や視点をひとつひとつ積み重ねていける。そういったものがその後の生活に何か役に立つのかと問われれば直接的にはそうでないことの方が実は多いのだが、そこはそれ、何気ない日常にアクセントを添えられる。見よ、エレベーターひとつとっても、世界に広がりが感じられるではないか。この広がりが、弁護士としての幅と奥行きにつながるのである。
 とかっこよく書いて締めたいところであるが、ここまで書き連ねておきながら、私自身まだエレベーター業界を案件として手がけたことはないことを最後に白状しておく。