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意外に厳しい外資規制、タイ進出での注意点

東 貴裕

 タイの大洪水で日本のサプライチェーンが寸断されたことは記憶に新しい。それほど日本企業のタイ進出は当たり前のようになっている。企業にとって、タイは、親日的であり、中国ほど外資規制が厳しくないと受け取られているためとみられるが、実は、タイには広汎な外資規制がある。知らずに進出すると足をすくわれる恐れなきにしもあらず。東貴裕弁護士が同国の外資規制の留意すべき点を詳細に解説する。

 

日本企業がタイ進出に際し留意すべきタイの外資規制

西村あさひ法律事務所 弁護士
東 貴裕

はじめに

東 貴裕(あずま・たかひろ)
  2002年東京大学法学部卒業、2009年ニューヨーク大学ロースクール卒業(L.L.M.)。2003年弁護士登録、2010年ニューヨーク州弁護士登録。2009~2010年ニューヨークのデューイ・アンド・ルバフ法律事務所勤務、2010~2012年新日本製鐵株式会社(総務部国際法規グループ)出向。
 タイは、我が国にとって日本国外における最大の製造拠点のひとつであり、特に自動車産業においては、部品加工メーカーも含めて、広範な日系企業がタイに進出している。近年ではサービス業関連の企業の進出も多く、タイにおける日系企業の数は3000社以上に上る。
 このように非常に多くの日系企業が進出していることからすると意外にも思えるが、実は、タイでは広範な外資規制が定められており、新たにタイへの進出を検討している企業にとっては、当該外資規制の内容を事前に十分に確認しておくことが非常に重要である。

外国人事業法の規制

 1 規制対象業種

 日本企業がタイに投資する場合、まず気をつけなければならないのが外国人事業法(Foreign Business Act)の定める外資規制である。外国人事業法は規制業種を以下の3種類に分けて定めている。

 【外国人事業法上の規制業種】

 種類条件具体例
リスト1 特別の理由により外国人による営業が禁止されている分野 絶対禁止(外国人は許可を得ることはできない) ・新聞事業

・稲作、畑作及び園芸
・土地取引

リスト2 国家安全保障、芸術・文化、伝統、工芸品、天然資源・環境に影響を与える事業分野 内閣の承認に基づき、商務大臣が許可 

・武器の製造・販売
・タイ芸術・工芸品アンティークの取引
・サトウキビによる製糖

リスト3 タイ人が外国人と対等に競争する準備ができていない事業分野 外国人事業委員会の承認に基づき、商務省の商業登記局局長が許可 ・小規模な建設業
・小規模な小売業・卸業

・サービス業


 ここで注意すべき点は、製造業(製造した製品の販売も含む。)は規制対象業種に含まれていない(すなわち、外国人であっても外国人事業法上の許可なく営むことができる)ものの、顧客からの注文を受けての委託加工や特注品の生産は製造業ではなく請負業に当たり、規制対象業種である「サービス業」に該当する可能性がある点である。また、メンテナンスや修理を行うアフターサービスを提供する場合にも同様に「サービス業」に該当し、規制対象業種に当たると考えられる。
 このように、外国人事業法上、製造業と認められる事業の範囲は限定的であり、製造業とサービス業の区別は必ずしも容易ではない場合が多いことから、日系企業がタイに進出するにあたり、製造業であるから外国人事業法上の規制は受けないと安易に判断し、単独出資でタイに現地子会社等を設立することは、リスクがあると言わざるを得ない。

 また、小売業・卸売業については、タイ地元資本保護の見地から上記リスト3の規制対象事業とされているものの、小売業の場合、資本金1億バーツ以上かつ1店舗あたりの資本金2000万バーツ以上、卸売業の場合、1店舗あたりの資本金1億バーツ以上であれば、外国人事業許可を得る必要はない。ただし、資本金の基準はあくまでも1店舗あたりの金額であり、2店舗、3店舗と店舗を増やす場合には資本金を積み増す必要があることに注意が必要である。

 なお、金融業、倉庫業、運送業、旅行業、航空、船舶等に関しては、外国人事業法とは別の法律による外資規制も存在する。

 2 許可条件・手続

 上記リスト2の事業については、商務大臣の許可を得るに際して、(1)タイ人が40%以上の資本株式を保有すること(許可がある場合には25%以上)、及び、(2)タイ人が取締役の5分の2以上を占めることが必要である。これに対して、上記リスト3の事業許可を得た場合、日系企業は100%出資、いわゆる独資形態により進出することが可能である。もっとも、許可申請にあたり当局から詳細な資料の提出を求められるのが通例であり、許可を得るまでに3ヶ月~4ヶ月程度の期間がかかる。また、許可を与えるかどうかについては当局の裁量の範囲が広く、審査の最終的な結果を申請段階で予測することは容易ではない。

 3 「外国人」の範囲

 外国人事業法の規制を受けるのは「外国人」であるとされているところ、同法は「外国人」を以下のように定義している(第4条)。

 【外国人事業法上の「外国人」とは?】

  1.  タイ国籍を有していない自然人(外国籍の者)
  2.  タイ国内で登記していない法人(外国法人)
  3.  タイ国内で登記している法人(タイ法人)ではあるが、
     (a) 外国籍の者又は外国法人が資本株式の50%以上を保有する法人
     (b) 外国籍の者が経営者又は共同経営者となっている有限責任パートナーシップ又は登記済みパートナーシップ
  4.  タイ国内で登記している法人(タイ法人)ではあるが、上記1、2又は3に基づく外国人が資本株式を50%以上保有する法人

 すなわち、タイ法人であっても外国法人(例えば、日本の親会社)が50%以上の資本株式を保有している場合、外国人事業法上は外国人である(上記(3)参照)。また、外国法人(例えば、日本の親会社)が50%以上の資本株式を保有しているタイ法人が50%以上の資本株式を保有しているタイ法人(つまり、日本法人の孫会社)も外国人とみなされる(上記(4)参照)。

 4 合弁会社の運営

 外国人事業法上の規制対象事業をタイで営もうとする場合、実務上、同法上の規制を受けずに事業を行えるよう、日本企業がタイ現地資本と組んで、以下に説明する「優先株スキーム」を採用し、合弁会社を設立することがある。

優先株スキーム
 外国人事業法上の規制の対象となる「外国人」に該当するか否かは、原則として資本株式の保有割合によってのみ判断される。すなわち、現状の解釈においては外国人の議決権および配当請求権等の比率が考慮されることはない。
 そこで、資本株式の保有割合をタイ人株主51%、外国人株主49%としつつ、優先株を発行することで、外国人株主側が議決権比率の過半数をとるスキームを組むことがあり(下記図表参照)、このような「優先株スキーム」を採用したとしても、外国人事業法上、合弁会社は「外国人」とはみなされることはないと理解されている。

 もっとも、外国人事業法上、タイ人が名義貸しすることにより、外資規制を潜脱することは禁止されている(第36条)。名義貸しの禁止は、実質的な資本参加を目的とする本来的な投資家ではない者が形式的に出資する行為を規制する点に趣旨があり、優先株スキームが直ちに名義貸しに該当するものではないと解されているが、法律上、名義貸しについては定義や判断基準が設けられておらず、規制範囲は不明確であると言わざるを得ない。したがって、かかる優先株スキームを採用するかどうかは、実務上、個別の案件毎にケースバイケースで判断せざるを得ない。

 5 適用除外

 このような広範な外資規制が存在し、また、優先株スキームにも名義貸しに関する一定のリスクが存在するところ、(1)投資奨励法に基づく投資委員会(Board of Investment (BOI))による投資奨励、又は、(2)タイ国工業団地公社(Industrial Estate Authority of Thailand (IEAT))による事業許可を受けている場合は、事業登録証を取得することにより、当該許可の範囲において外国人事業法の規制の適用が除外される。特に(1)のBOIによる投資奨励を受けることができれば、最大で8年間の法人税の減免が認められるなど、外国人事業法の規制の適用除外のほかにも様々な利益を得ることができるため、多くの日系企業が利用している。
 ただし、かかるBOIによる投資奨励又はIEATによる事業許可は、常に付与されるものではなく、BOIやIEATの裁量によることには留意が必要である。特に、BOIは、現在、投資奨励を認める事業を付加価値の高い一定の産業に限定する方向で投資奨励政策を見直すことを検討しており、新たな投資奨励政策の動向の見極めが非常に重要となっている。
 なお、上記に加え、2007年11月に発効した日タイ経済連携協定(Japan-Thailand Economic Partnership Agreement (JTEPA))によっても一部の外資規制が緩和されている。例えば、タイで生産された商品について、一定の条件を満たすことで、製造業者・グループ企業が卸売・小売する場合は75%までの範囲、製造業者・グループ企業がメンテナンスや修理を行うアフターサービスを提供する場合は60%までの範囲で日本企業が出資することが可能となった。つまり、JTEPAが規定する条件を満たすことで、日本企業は、外国人事業法の許可を受けなくても、一定の卸売・小売業やメンテナンスや修理を提供するアフターサービス業を行うことが可能となる。

外資企業に対する土地所有の制限

 土地所有についても外資規制があり、土地法(Land Code)は外国人がタイ国内の土地を所有することを原則として禁止している。この点土地法は外国人事業法と異なる「外国人」の定義を設けているため注意が必要である。すなわち、土地法上は、(1)外国人が49%超の資本株式を保有し、又は、(2)外国人が株主の半数以上を占めているタイ現地法人は、外国人に含まれるとされ、規制対象に該当することになる。
 ただし、BOIによる投資奨励又はIEATによる事業許可を受けている場合は、外国人も土地を所有することが認められている。

外国人に対する労働許可の制限

 上記のほか、外国企業が日本人を含む外国人を雇用する場合、外国人労働法(Foreign Employment Act)に基づき、当該外国人のために労働許可を取得する必要があるが、外国人1人の雇用に対し、資本金200万バーツ及びタイ人4人の雇用が義務づけられていることには注意が必要である。かかる規制は、タイにおける労働市場が非常に逼迫しているなか(失業率が1%を切る事態)、実務上、タイに進出する外国企業にとって大きな負担となっている。
 ただし、BOIによる投資奨励又はIEATによる事業許可を受けている場合は、より簡素化された手続きと緩和された条件により外国人に対する労働許可を取得することが可能である(すなわち、上記の資本金200万バーツ及びタイ人4人の雇用という条件は必ずしも適用されない)。

最後に

 以上の通り、タイにおいては広範な外資規制が存在することから、タイに進出する企業にとっては当該規制の内容を事前に確認しておくことが非常に重要であるが、それだけではなく、外資規制に関する最新の動向を把握しておくことも重要である。
 例えば、2006年1月にタクシン前首相の一族が保有する通信業大手シン・コーポレーション株式をシンガポールの政府系投資会社テマセク・ホールディングスに売却した際、通信業法の定める外資参入規制を潜脱したという批判が集まり、翌年の2007年1月、クーデター後に成立した暫定政府(反タクシン派)は、(1)外国人の判断基準に株主の議決権を考慮するとともに、(2)名義貸しに対する罰則を強化する等の内容からなる外国人事業法改正案を閣議決定した。ところが、同改正案はその後外国投資家の激しい反対運動にあい、法律として成立することなく廃案となった。その後、2011年7月、外資導入に積極的なタイ貢献党(タクシン派)が総選挙で勝利し、同8月にインラック政権が

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