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米国外で利用・濫用される米国のディスカバリーの脅威

弘中 聡浩

 当事者の求めに応じて相手方や第三者に証拠の提出を義務付ける米国の証拠収集手続「ディスカバリー」。日本の裁判所で争われている訴訟や米国外での国際仲裁であっても、当事者が米国の裁判所にこの手続を申し立てると、米国の裁判所は、相手方や第三者の所持する資料を申立人側に開示するよう命じることもある。このような広汎な証拠収集手続を持たない日本の訴訟手続になじんだ日本の企業関係者にとっては脅威だろう。弘中聡浩弁護士が、同制度の詳細を解説し、米国に子会社や現地事務所を開設する場合には、米国流の文書管理の採用を考慮すべきと訴える。

 

米国のディスカバリーの脅威
米国外の紛争解決手続での利用・濫用

 

西村あさひ法律事務所
弁護士・ニューヨーク州弁護士
弘中 聡浩

弘中 聡浩(ひろなか・あきひろ)
 1993年、東京大学法学部卒業、1996年、弁護士登録(司法修習48期)。2003年、ハーバード・ロースクール修了(LL.M.)、2004年、ニューヨーク州弁護士登録。1998~2000年、横浜地方裁判所判事補任官、2003~2004年、アーノルド・アンド・ポーター法律事務所(ワシントンDC)勤務。2007年から西村あさひ法律事務所パートナーとして、国内・国際訴訟、国際仲裁、租税訴訟等を担当。

1 はじめに

 米国の訴訟制度が日本企業にとって脅威と映る理由の1つに、広汎なディスカバリー制度の存在がある。ディスカバリー制度とは、訴訟手続の中で、相手方当事者の支配領域下にある文書や証人等について開示を求めることを認めた極めて強力な証拠収集手段である。米国のディスカバリー制度は、世界的にも例を見ない極めて強力かつ広汎なものであり、これに対応するための費用は高額に上る可能性があることから、米国訴訟の標的とされた日本企業としては、かかる訴訟費用の負担を回避するため、不本意ながら和解に応じざるを得ない場合もある。このような米国のディスカバリー制度の適用等を回避する目的で、米国の当事者との契約に当たっては仲裁合意や米国外での裁判管轄の合意の利用が好まれているところである。

 ところが、米国のディスカバリー制度は、米国外での訴訟や国際仲裁等の法的手続にも利用できる場合があることから、このような自衛手段も完璧なものではない。今回は、その実例として、米国の裁判例(In re Application of Caratube Int'l Oil Co., F.Supp.2d (D.D.C. 2010))を紹介したい。

2 事案

 以下の事実関係は、申立人であるCaratube国際石油会社(以下「C社」という)の主張による。

 C社は、2002年、カザフスタンとの間の石油の探査と生産に関する契約の当事者となったが、カザフスタンは、2008年、C社が契約に違反したことを理由に当該契約を終了した。C社は、かかる契約の終了は、2007年に、カザフスタンのナザルバエフ大統領の対立候補として、同大統領の元娘婿であるアリエフ氏が2012年の大統領選挙に立候補する意思を表明したことに対する嫌がらせとして行われたものであると主張し、紛争となった(アリエフ氏の妹は、C社の92%のオーナーの兄弟と婚姻関係にあった)。そこで、C社は、2008年6月、米国とカザフスタンの二国間投資協定に従い、投資紛争解決国際センター(ICSID)に対し、仲裁の申立てを行った。その後、かかる仲裁手続は相当程度進み、仲裁手続中の証拠開示手続の終了期限間際になって、C社は、合衆国法典第28編1782条(以下「USC1782条」という)に基づき、米国コロンビア特別区連邦地方裁判所(以下「本裁判所」という)に対し、ディスカバリーの申立てを行うとともに、カザフスタン及びナザルバエフ一家のためにC社に対する様々な工作を行ったという、米国所在の個人1名及び法人4社に対する文書提出命令状の発出に関する申立てを行った。カザフスタンは、仲裁手続の中で、仲裁廷に対し、本裁判所へのUSC1782条に基づく申立てを中止する命令を出すように求めるなど抵抗したが、仲裁廷はこれを認めなかった。

3 USC1782条の制度の内容

 C社が申し立てたUSC1782条とはどのような制度であろうか。USC1782条(a)は以下のとおり規定する。

 その者が居住又は所在する地区を管轄する連邦地方裁判所は、その者に対して、正式起訴前の刑事捜査を含む外国又は国際法廷の手続で使用する目的のため、その者に対して、証言若しくは陳述を行い、又は文書その他の物を提出するよう命令することができる。当該命令は、外国若しくは国際法廷による嘱託書又は要請に従って、又は利害関係者の申立てによって出され、裁判所が任命した者の前で証言若しくは供述し、又は文書その他の物を提出するよう指示することができる。この任命を理由として、任命された者は、必要なすべての宣誓を行わせ、証言又は供述を録取する権限を取得する。当該命令は、証言若しくは供述を録取し、又は文書その他の物を提出するための実務と手続を定め、当該実務及び手続は、外国若しくは国際法廷の実務及び手続の全部又は一部とすることができる。当該命令が別段の定めをしない限り、連邦民事手続規則に従って、証言若しくは供述を録取し、又は文書その他の物を提出させるものとする。

 その者は、証言若しくは供述、又は文書その他の物の提出を、法律上適用される秘匿特権に反して強制されない。

 米国においては、相手方当事者の支配領域下にある文書や証人について、極めて広汎な証拠収集の手段を訴訟当事者に認めていることは、前記のとおりである。このように強力な証拠収集のためのツールを、米国国内における訴訟手続だけでなく、米国外における訴訟手続等についても使用することを認めたものが、USC1782条の手続である。

4 Intel事件最高裁判決

 ところで、USC1782条に関しては、米国連邦最高裁判所が、2004年、Intel事件(Intel Corp. v. Advanced Micro Devices, Inc., 542 U.S. 241 (2004))において、その要件の解釈と、ディスカバリー命令を発するための判断基準を示している。同事件は、AMDが、欧州委員会競争総局の調査手続の開始手続を申し立てるために、Intelが別の独占禁止法上の私訴(Intergraph Corp. v. Intel Corp.)に関してアラバマ州の連邦地方裁判所に提出していた文書を利用したいと考え、その取得を目的として、カリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所に、USC1782条によるディスカバリー命令の発令を求めたというものであった。同事件では、結論的に、米国連邦最高裁判所は、このような場合に、地方裁判所がUSC1782条によるディスカバリー命令を発する権限があるとした上で、地方裁判所がUSC1782条に基づきディスカバリー命令を発するか否かを決定するに当たっては、以下の要素を考慮すべきものと判示した。

 ディスカバリーを求められた者が、米国外で行われている手続の参加者であるか。

 外国法廷の性質、外国で進行中のかかる手続の特徴、米国連邦裁判所による司法共助を当該外国裁判所が受容する可能性があるか。

 USC1782条(a)の申立てが、外国又は米国の、外国における証拠収集に関する制約又はその他の政策を迂回するための試みであることを隠ぺいするものであるか。

 不当に侵害的であり、又は負担の重い要求であるか。

 

 上記の判断基準は極めて曖昧であり、ディスカバリー命令を出すか否かについて地方裁判所に与えられた裁量は広汎である。Intel事件では、欧州委員会が米国の裁判所による援助は不要であると述べており、最高裁もそのことは把握していたが、結論的に、欧州委員会がこのように述べる趣旨には不明な点があるとして、下級審に事件を差し戻した。しかし、差戻し後の裁判所は、結局、このような米国の裁判所の援助に対する欧州委員会の消極的な意向を1つの重要な理由として、ディスカバリー命令の発出を拒絶した(Advanced Micro Devices, Inc. v. Intel Corp., 2004 U.S. Dist. LEXIS 21437 (N.D. Cal., Oct. 4, 2004))。

5 Caratube事件の結論

 Caratube事件でも、本裁判所は、Intel事件最高裁判決の上記各要件を当てはめ、結論としては、USC1782条に基づくディスカバリー命令の発令を拒絶した。

 まず、Intel事件では、ディスカバリーを求められた者が、米国外で行われている手続の参加者であれば、当該手続の中で証拠開示を求めることができるので、申立てを認めることについては否定的に解すべきとされていた。しかし、Caratube事件においては、C社の申し立てたディスカバリーの相手方らはいずれもICSID仲裁手続の当事者ではなかったことから、本裁判所は、上記4の①の要素は、申立てを認める方向に働くと判断した。

 他方、本裁判所は、Caratube事件のケースにおいては、仲裁廷がUSC1782条の申立てによるディスカバリーの結果を拒絶することになるとの信頼すべき証拠はないが、i) 紛争当事者自らがICSID仲裁パネルによる仲裁手続を選択し、かつ、ii) 当該手続の中で、証拠収集手続についてはIBA証拠収集規則によることを選択し、しかも、iii) 申立人であるC社は、仲裁廷が設定した証拠開示手続期間の終了間際になってUSC1782条の申立てを行ったので、このようなUSC1782条の申立てを認めることは、仲裁手続に関する当事者の期待に干渉することになるとして、結論的に、上記4の②・③の要素の観点から、申立てを拒絶すべきと判断した。

 従って、本裁判所は、上記4の④の要素である、ディスカバリーの対象とされた者の手続の負担に関しては判断するまでもなく、結論として、C社のUSC1782条の申立ては却下されるべきものとした。

 USC1782条の制度は、国際仲裁手続に、国家法秩序が援助を与えることを可能としたものであるが(もっとも、後記5のとおり、USC1782条が国際仲裁に利用可能かについては米国の判例においても判断が分かれている)、援助のあり方によっては、国家法秩序による国際仲裁手続への干渉となりかねない。Caratube事件において、連邦地方裁判所は、上記のとおり、USC1782条の制度が国際仲裁の自律性に対する干渉となり得ることを強く意識し、均衡の取れた判断を行おうとしたことが窺える。

6 USC1782条と国際仲裁

 もっとも、USC1782条の制度が、米国外での国際仲裁において利用できるかという点については、米国における判例においても見解が分かれている。USC1782条は、「外国又は国際法廷の手続(a proceeding in a foreign or international tribunal)」と規定しており、この「tribunal」に仲裁廷が含まれるかという問題である。この点について、Intel事件最高裁判決以前は、否定的な判例が目立つ状況にあった。

 ところが、i) Intel事件最高裁判決は、欧州委員会がかかる「tribunal」に当たるかを判断する際、「tribunal」には仲裁廷(arbitral tribunals)が含まれるとのハンス・シュミット名誉教授(コロンビア大学)の文献を引用していたこと、また、ii) Intel事件最高裁判決が、欧州委員会が「tribunal」に当たると判断する際に、これが「第一次的な判断を行う機関であること」という、当該機関の判断作用の実質を見る判断を行ったことから、仲裁廷も「tribunal」に当たる旨の判断が、米国の判例上現れるようになった。

 他方で、Intel事件最高裁判決後も、同判決は、仲裁の性質によっては、仲裁廷が「tribunal」には当たらないとの解釈を許容する旨の下級審判決が出されている。例えば、ある下級審判決は、ICC仲裁手続に関する仲裁廷は、仲裁判断について国の裁判所による審査が限られていること等を理由に、Intel事件最高裁判決の枠組みの下でも、USC1782条の「tribunal」の要件を満たさないとした(In re Operadora DB Mexico, S.A., LEXIS 68091(M.D. Fla. Aug. 4. 2009))。

 このように、仲裁に関しては常にUSC1782条による申立てが認められるのか、仲裁の性質によって認められる場合と認められない場合があるのかについては、依然として明確でない状況にある。

7 まとめ

 Caratube事件では結論としては申立てが認められなかったが、米国外における訴訟や仲裁においても、USC1782条を用いて米国のディスカバリーによる証拠収集が認められる可能性があることには、日本の企業法務の観点からも留意が必要である。筆者も、日本企業間のわが国裁判所における純粋な国内民事訴訟において、相手方当事者が、ニューヨーク州連邦地方裁判所に対してこのような申立てを行ったというケースに遭遇している。当該事件では、日本の裁判所で被告とされた日本企業の子会社がニューヨークに現地法人を有していたため、相手方当事者(米国企業の関連子会社である日本法人)が、日本の事件の内容とは全く何の関係もないニューヨークの現地法人に対し、USC1782条によるディスカバリーを申し立てた。この点に関して米国連邦地方裁判所に与えられた裁量は広汎であり、かかる申立てに対抗することは一般論としては容易ではない。

 米国に子会社や現地事務所を開設する場合には、上記のようなリスクがあることも念頭に置いて、文書の保存期間も厳格に定め、米国流の文書管理を徹底することが重要

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