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上場企業が目指すべきベスト・プラクティスの行動基準を

日本版「コーポレート・ガバナンス・コード」の策定を提案する

Nicholas E. Benes

 昨年、企業統治(コーポレート・ガバナンス)向上のための会社法改正は法務省、「日本版スチュワードシップ・コード」の検討は金融庁、「企業と投資家の望ましい関係構築」についてのプロジェクトは経産省によって、それぞれ進められた。これらの政策展開の成功に不可欠な前提条件は、個々の上場企業によるコーポレート・ガバナンス体制・プラクティスについての情報開示強化・標準化である。他の先進国と比べて、この種の情報に関するディスクロージャーのルールが少ない日本において、企業間の比較を容易にする形で開示強化を図らなければ、スチュワードシップなどのせっかくの制度が、十分に機能しない可能性が高いのである。会社法改正案に盛り込まれた「従え、さもなければ説明せよ(comply or explain)」原則を前提に、投資家の保護と利回り向上の観点から考えれば、日本が次に採るべき政策は明らかである。それは、多くの国々の例にならって、企業のコーポレート・ガバナンス体制および役員の知識と資質を確認できるようにするための情報開示を促す日本版の「コーポレート・ガバナンス・コード」の策定である。政府が指示し、金融庁の指導・後ろ盾のもとで東京証券取引所(日本取引所グループ)が主導して策定されれば、他国に劣らないコーポレート・ガバナンス・コードが期待できるように思われる。(なお、この原稿の内容はあくまでも個人的な意見であることをお断りしておく。)

1   総論

Nicholas E. Benes(ニコラス・ベネシュ)
 公益社団法人会社役員育成機構 代表理事、国際大学大学院国際経営学研究科 客員教授。
 米国スタンフォード大学卒。米国カリフォルニア大学(UCLA)で法律博士号・経営学修士号を取得。旧J.P.モルガンにて11年間勤務。米国カリフォルニア州及びニューヨーク州における弁護士資格。現在、在日米国商工会議所(ACCJ)の成長戦略タスクフォース座長と人的資本タスクフォースの座長輔佐を務める。
 経済学者と内外の投資家が一番期待しているアベノミクスの「3本目の矢」の一つは、自民党が2012年12月の総合政策集の中で提案した「企業統治改革の推進」である。これは、規律が十分働かない日本企業と日本経済全体の新陳代謝、資産再配分などを推し進め、自発的に生産性を上げられるのはコーポレート・ガバナンスの強化である、という発想に基づく。別の視点では、投資家と良好な長期的関係を築いて信頼される会社が増えれば、政府予算を使わないで成長が可能な長期的な設備投資などの喚起ができる。眠っている企業預金がコア事業に投資され、脱デフレを早める。

 このような経済理論から、成長戦略「日本再興戦略-JAPAN is BACK」では、コーポレート・ガバナンス向上政策が数カ所で唱えられている。また、これまで、他国と比べ、とても遅いペースでしか進まない日本のコーポレート・ガバナンス改革は、内外から常に問題視され、象徴的な課題とされてきた。最近の会社法改正で一人の社外取締役の導入を促す方針は、大事な一歩ではあるが、そこで止まれば、本腰が入っていないことの表れと受け止められ、成長戦略とスチュワードシップ・コードは絵に描いた餅になってしまう。

 一方、従来の部分的、最小限の改革ではなく、本格的な企業統治改革路線を描いて発表できれば、内外の投資家に大きなインパクトを与えることができる。「民間投資を喚起する成長戦略」として掲げられたアベノミクスの3本目の矢の大きな柱となり得る。

2  日本におけるコーポレート・ガバナンス改革の問題点

 他の国でも簡単ではないが、日本の場合、コーポレート・ガバナンスの改善策の導入は特に難しいとされてきた。理由は様々考えられるが、過去の株式持ち合いの歴史や、産業界の体質などが影響していると言える。産業界はいつも、「企業はそれぞれ違うから、義務付けは反対」などと、抜本的な改革に否定的な立場をとり続けてきた。しかも、東証は規制を受ける側である上場企業を顧客と見ていたため、産業界の要求に弱い、というのが現実であった。(本来、他の国の株式市場と競争する上で東証の第一の顧客は投資家、市場の参加者であるはずであるが、それは日本の現実とは言えない)。このような状況下では、金融庁からの指示がない限り、東証が独自に改革を実行するのは事実上無理である。

 そして、金融庁にも似たような問題がある。抜本的でインパクトのあるコーポレート・ガバナンス改革を金融庁が自発的に行うことを期待することはできない。ここで必要とされるのが、正に政治家のリーダーシップ(政治主導)である。アメリカのような判例法の国では、裁判所の下す判決がコーポレート・ガバナンスに関するルールの改善・進化に大きく貢献することがあるが、日本の法制度ではこれを期待することはできない。従って、政治主導でしか改革が進まない。

3  「従え、さもなければ説明せよ(コンプライ オア エクスプレイン)」原則の導入の意義

 何年にもわたって会社法改正に向け、法制審議会などで多くの議論がなされてきたが、その中でも、上場企業における社外取締役の設置の義務付けは、多くの学者の賛成意見にもかかわらず、産業界が強く反対した例である。しかし、この問題は、「従え、さもなければ説明せよ」という形で解決した。すなわち、各企業に対して社外取締役の設置を法的に義務付けることはしないが、社外取締役を設置しない企業はその株主総会、事業報告書および議決権行使の参考書類にその理由を開示する義務があるというものである。このようなやり方は、各企業に個別の施策を義務付けるものではないので、「ソフト・ロー」とも言われる。

 このようにソフト・ローによる解決が示されたことは、以下に述べるコーポレート・ガバナンス・コードの策定に向けて、大きなはずみとなる。今まさに、コーポレート・ガバナンス・コードの策定に向けて機は熟したと言える。

4  コーポレート・ガバナンス・コードとは

 現状、ほとんどの国では、コーポレート・ガバナンス・コード、または、それに相当するものが策定されている。もちろん各国で、その位置付けや意味合いは異なるが、大まかに言えば、コーポレート・ガバナンスについて、上場企業が目指すべきベスト・プラクティスの「行動基準」である。コーポレート・ガバナンス・コードの基準の全てに従うことを各企業の法的義務とする国はほとんどない。ただし、各企業は、投資家に対して、自社がどのような点でコーポレート・ガバナンス・コードに従っていないのかを明確に開示するとともに、なぜ従っていないのかを説明する義務を持つ国が多い。

 このような開示は、投資家が対象企業のコーポレート・ガバナンスの体制とコミットメントを判断する有益な指針となるし、コーポレート・ガバナンス・コードに従っていない理由の説明がなされることで、投資家と企業の間の深い対話・意見交換が可能になる。投資家は、コーポレート・ガバナンス・コードに係る開示内容を見て、どの企業の株式を買うのか売るのかを判断する材料にすることができる。例えば、独立性のある指名委員会が設置されていなければ、それを勘案し議決権を行使できるし、企業の役員研修方針についての開示を見た上で、新しい取締役を承認するかどうかを判断できる。つまり、投資家の判断に有益な影響を与える。その結果、優れた企業に対して、投資家の信頼が高まる。また、株式市場に対しても、投資家の信頼が向上する。

 このことは、スチュワードシップ・コードの中でうたわれた、機関投資家の投資先企業に対する建設的な「目的を持った対話(エンゲージメント)」にも効率的に資するものである。長期的保有を想定するスチュワードシップのプラクティスや建設的な対話は、投資家が企業から有意義な情報を得ることが出来て初めて可能となる。逆に、このような情報が十分開示されない市場では、投資家にとっては安心して株式を長期的に保有することが難しくなるし、建設的かつ効率的な対話も生まれない。コーポレート・ガバナンス・コードから生まれるガバナンス体制の情報開示は、スチュワードシップ・コードや建設的な対話を推進するための大前提であり、これらは両輪として機能すべきものなのである。

 コーポレート・ガバナンス・コードは多くの国で策定されている。この名称・形態をとっていなくても、ガバナンスの改善を図るために、これと同様の役割を果たす枠組みを持っている国も多い。今の日本のように、具体的なベスト・プラクティスの行動基準を示していない国はむしろまれだ。日本も、一刻も早く諸外国と肩を並べるようなコーポレート・ガバナンスの改善に向けての体制作りに取り掛かるべきである。

5  コーポレート・ガバナンス・コードの例

 日本におけるコーポレート・ガバナンス・コードの検討にあたっては、諸外国の例を検証することが有意義である。各国の状況をまとめた。

 イギリス

 海外の多くのコーポレート・ガバナンス・コードは、それらの先駆けとなったイギリスのキャドバリー報告書(1992年)の影響を受けている。同報告書は、アメリカとイギリスの裁判の判例を参考にしながら不祥事件を分析した。その結果、 明確に説明されたガバナンスの最善慣行と、「従え、さもなければ説明せよ」原則を組み合わせた方式を採用することで、イギリスの最初のコーポレート・ガバナンス・コードのベースになって規制に柔軟性を与えた。その後、イギリスの当局は、英国コーポレート・ガバナンス・コードを定め、定期的に改定している。

 OECD

 同様に多くの国にインパクトを与えたのは、1999年にOECDが発行した「OECDコーポレート・ガバナンス原則」(2004年改訂)である。OECD原則はどの国でも応用できるよう、「コーポレート・ガバナンス・コード」の策定にあたって一番守るべき原理についてのコンセンサスを作って明確に提起し「最小限」になる枠組を提供した。例えば、少数株主と外国株主の権利を公平に保護する原則、財務諸表の適正性の確保、取締役会の経営者に対する監視・監督の義務、役員の指名に関する透明且つ正式な決定プロセスの義務、社外取締役の役割など、様々な「近代的コーポレート・ガバナンス体制」原則を明文化した。(ちなみに、今年、OECDは「コーポレート・ガバナンス原則」の改定・アップデートを検討するプロセスに入っている。)

 EU (欧州連合)

 英国のコーポレート・ガバナンス・コードとOECD原則は、世界中のコーポレート・ガバナンス・コードに弾みをつけた。イギリスが導入した「従え、さもなければ説明せよ」方式は、 多くの欧州諸国でも採り入れられた。今や、ドイツやフランス、イタリアなどほとんどの国で導入している。(EUの会社法指令2006/46/ECにこれが事実上義務付けられている結果である)

 米国

 米国は連邦制なのでそれぞれの州ごとに会社法がある。それら州ごとの会社法に定められていない点については、連邦政府の証券取引委員会(SEC)が規則を定め、各取引所はSECの指導を受けて細かい上場規程を定める。こうして定められた上場規程は、コーポレート・ガバナンス・コードと同じように、「最善慣行」と情報開示を促す役割を果たしている。

 例えば、ニューヨーク証券取引所(NYSE)の上場規程は以下のようになっている。

  •  独立取締役の定義・基準
  •  業務執行取締役が参加しない社外取締役の定例会の開催について
  •  独立社外取締役でしか構成されていない指名・ガバナンス委員会、報酬委員会、監査委員会を創設する義務
  •  各社は、自社のコーポレート・ガバナンス・ガイドラインを設け、自社のウェブサイトに掲載しなければならない。その中では、役員研修に関する企業方針も開示・説明しなければならない。
  •  各社は、自社の倫理コード(基準)を設け、自社のウェブサイトに掲載しなければならない。
  •  ストック・オプションその他の株式連動報酬プランについて、株主による承認を受けなければならない。
  •  利害関係者取引の監視に関する原則

 厳密に言えば、概して米国は「comply or explain」というより、「complyと開示」原則を導入しているが、日本のように監査役制度など特有のプラクティスが理解されていない国では、前者の原則が特に意味があると思われる。

 アジアと日本

 香港、シンガポールなど活発な株式市場があるアジアの国々の多くは、日本を除き、実はEU加盟国より早いタイミングでコーポレート・ガバナンス・コードと「従え、さもなければ説明せよ」の制度をセットで導入してきた。国によっては必ずしもイギリスのモデルほど詳しく「最善慣行」を促しているわけではないが、重要と思われているものについてはルールを定めている。

 一つの例は、役員研修に関するルールである。2011年に経済協力開発機構委(OECD)のアジア・コーポレート・ガバナンス検討会議が「改革プライオリティ」について合意し、「役員研修と指名プロセス」という項目も盛り込まれた。それに沿って、シンガポール、香港、オーストラリア、韓国、インドは役員研修のルールを設けている。そのほか、マレーシア、インドネシア、中国、台湾なども役員に研修について何らかの規定を設けている。

 これに対しては、日本にはコーポレート・ガバナンス・コードがなく、会社法という最小限のスタンダード以上の「最善慣行」を促す機能がほとんどない。さらに、スチュワードシップ・コードの実効的な運営に必要である各社のガバナンス・プラクティスについての標準化された情報開示を促す機能も存在せず、役員研修については、何のルールもない。会計監査と適法性監査の義務を負う監査役には会計および法律の知識が求められていないし、監査役の知見についても何の開示もない。

 今まで個別企業にほぼ任せ切りだった日本でも、経済成長のため、企業の競争力のため、市場に対する信頼維持のためにも、日本版コーポレート・ガバナンス・コードの制定が不可欠である。

6  コーポレート・ガバナンス・コード策定を実現するための方法

 「3本目の矢」を効果あるものとするためには、コーポレート・ガバナンス・コードの策定は迅速に行わなければならない。これまで、会社法や金融商品取引法の改正のために行われてきたような法制審議会や金融審議会の開催、各界の意見の聴取といったプロセスは不要である。コーポレート・ガバナンス・コードの場合は、(情報開示を促すために)あるべき一つのベストプラクティスを示すという性質上、諸外国の例を緻密に比較検討することは有用であるが、各業界の調整といった政治的な作業は不要である。

 具体的な方法であるが、金融庁の指導・後ろ盾のもとで東証が主導して策定するのが現実的であり、かつ最も質の良いコーポレート・ガバナンス・コードが期待できるように思う。しかし、先ほど述べたように、強い政治家のリーダーシップ(政治主導)がなければ、抜本的でインパクトのあるコーポレート・ガバナンス改革を金融庁が自発的に行うことを期待することはできない。

 例えば、平成21年6月17日付の「金融審議会 金融分科会 我が国金融・資本市場の国際化に関するスタディグループ報告~上場会社等のコーポレート・ガバナンスの強化に向けて~」では、以下のように記述されている。

  •  市場運営の適正を確保するという取引所本来の役割を果たすため、取引所がそのルールによって、会社法制との整合性を保ちつつ、適切な規律付けを行うことは極めて重要なことであり、かつ取引所の使命でもある。
  •  金融商品取引法上、取引所は、取引所金融商品市場における有価証券の売買及び市場デリバティブ取引を公正にし、投資者を保護するため、証券会社や上場会社を適切に規制することが義務付けられており、上場会社に対して適切な規律付けを行い、高い水準のコーポレート・ガバナンスを確保することは、取引所の業務の重要な部分を占めるものであると解される。

 すなわち、金融庁は、「高い水準のコーポレート・ガバナンス」の確保の重要性を認識しつつも、それを「取引所の使命」、「取引所の業務の重要な部分」とすることで取引所に責任を押し付けている。

 この点、現状の金融庁設置法では、金融庁の義務として以下の規定が掲げられている。

  •  国内金融に関する制度の企画及び立案に関すること(同法第4条第1号)
  •  金融商品市場を開設する者の検査その他の監督(同法第4条第3号タ)
  •  金融の円滑化を図るための環境の整備に関する基本的な政策に関する企画及び立案並びに推進に関すること(同法第4条第26号)

 つまり、現状でも、これらの規定に従い金融庁が取引所を指導・監督し、コーポレート・ガバナンス・コードの策定等を積極的に推し進めることは可能である。しかし、金融庁はこの方向に動いていないようである。

 実際上、コーポレート・ガバナンス・コードのような抜本的な改革を取引所の自主性のみに任せるのは無理がある。やはり金融庁の指導・後ろ盾が必要である。また、そのために、政治家のリーダーシップ(政治主導)が必要である。この主導力を発揮するものとしては、成長戦略「日本再興戦略-JAPAN is BACK」で何度も「ガバナンス」という言葉を唱えて、政策集に2度ほど「企業統治改革の推進」を約束した自民党と安倍政権に期待したいのである。