2014年02月24日
アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 生島 隆男
ブリスベンは、オーストラリア東海岸の真ん中あたりに位置する、クイーンズランド州の州都である。都市圏の人口は約200万人で、規模としてはオーストラリア国内でシドニー、メルボルンに次いで3番目となる。私が勤務していた法律事務所は、ブリスベンの中心街にあるリバーサイドの高層ビルにそのオフィスを構えていたが、この辺りは他にも高層ビルが立ち並び、街の人口も増加の一途を辿っていて、メインストリートはいつも多くの人で賑わっていた。
少し郊外に行くと、車で約20分のところに世界最大のコアラ保護区がある。すぐ沖合には野生のイルカに会える島がある。また、南の方には熱帯雨林が広がっている。非常に豊かな自然を身近に感じることができる。特にコアラ保護区には、コアラだけでなく、カンガルーやエミュ、タスマニアデビルなど、オーストラリア特有の動物たちがおり、よく家族で遊びに行っていた。また、車で道を走っていると、道路脇にカンガルーに注意という道路標識を見かけることもあり、私はてっきりこのような標識は土産物屋のネタでしかないと思っていたため、最初に見つけたときは結構衝撃を受けた。
さらにはオーストラリア全体を見渡しても、グレートバリアリーフ、エアーズロックなどに代表されるように、自然の魅力を満喫できる観光地が多くある。オーストラリアという国はまさに自然の宝庫といっていいように思う。
このように自然豊かな反面、山火事や洪水、サイクロンなどの自然災害も多い。日本も台風や地震などの自然災害が多い方の国だと思うが、オーストラリアは日本に比べて国土が広く、それにかかる自然の力が強大なせいか、何度も同じような被害が繰り返され、かつその影響がいつも甚大である。
例えば、私が滞在していた期間中、10月から2月頃の春から夏にかけてはオーストラリア国内のどこかで大規模な山火事が発生していた。テレビのニュースを見ていても、1週間以上山が燃え続け、数百人に避難命令が出されたという報道がよく流れていた。ブリスベンも例外ではなく、郊外で山火事が発生したときは、街中を歩いていても風で運ばれてくる煙の臭いを感じることが多々あった。
この山火事の原因にはいろいろあるが、そもそも気候的にかなり乾燥しており、火災が発生しやすい状況があるところに、落雷などの自然現象により発火する場合も多く、さらにはオーストラリアの森林に広く分布しコアラの食料としても有名なユーカリが、揮発性の油分を多く含んでいてよく燃えることも一因になっているとのことである。
洪水もある。ブリスベンでは2011年1月に大規模な洪水が発生し、市の中心部まで水に浸かるという甚大な被害に見舞われた。私はこのときまだ米国留学中であったが、海外でも報道されるこのニュースを耳にしたときは、これでオーストラリア研修の話がなくなることも覚悟した。幸い、予定通りに赴任を果たし、法律事務所の同僚に当時の様子を聞いたところ、その洪水で事務所のビルも浸水したほか、各地で長期間にわたる大規模停電が発生し、その同僚が住むマンションではエレベーターが止まって住人全員が退去させられたとのことであった。
かなり信じ難い状況だと思ったが、なんと私が赴任中の2013年1月にもブリスベンで再び洪水が起きた。このときはシティの中心部は一部を除いて大幅な浸水を逃れたが、街の中心を流れるブリスベン川の水位は溢れる一歩手前まで上昇し、郊外では多くの家が流されるなどの大きな被害が出ていた。
このような経験をすると、日本人の通常の感覚であればなるべく川から離れた高い場所に住みたいという意識になりそうなものだが、それでも相変わらずブリスベンでは川沿いに新築の住居やマンションが立ち並び、その人気も高いとの話を聞き、オーストラリア人の感覚に妙に感心した。実際に私の知人のオーストラリア人も、夢は川岸にボート小屋付きの豪邸を持つことだと真顔で話していた。洪水の可能性を考えると、無謀だからやめろと全力で止めたくなるところだが、その知人はその時はその時という感じで、洪水も自然の一つとして受け止める感覚が備わっているようだった。
これ以外にも、サイクロンが襲来して農作物が大打撃を受けたり、乾燥が続いて水不足に陥ったり、内陸部からの熱波が押し寄せてきて都心でも気温40度の日が連日続いたりと、様々な自然の影響を受けていることを知り、オーストラリアが想像以上に過酷な自然環境にあり、そこに住む人がこれと闘いながら生活していることを実感した。
ところで、オーストラリアは自然のみならず資源も豊富である。これはオーストラリア大陸が世界最古の大陸の一つで、その古い地質の中に多くの天然資源が眠っていることなどが理由とされている。産出される鉱物資源としては、石炭、ボーキサイト、鉄鉱石、ウラン、金、銅、ダイヤモンドと多岐にわたり、それぞれの世界シェアも上位を占める。これらの豊富な資源をめぐっては、北米や西欧諸国、近年では中国やインドなどを含めて、多くの国の企業が進出している。日本企業では、商社や電力会社、ガス会社や各種メーカーなどが資源の権益やその関連設備に対する投資などを行っている。
私はオーストラリアの法律事務所ではコーポレート・M&Aチームに所属していたが、やはり資源絡みの案件が多かった。具体的には、資源の権益を保有する会社を対象会社とするM&A、資源プロジェクトに関する設計・調達・建設契約(EPC契約)や合弁契約に関するアドバイスなどである。なかでも、日本人として日本企業の案件に関与することが多く、当時日本では東日本大震災の影響で原子力発電所が操業を停止し、原子力の不足分を埋める代替エネルギーが必要となっていたため、石炭や天然ガスのほか、非在来型のコールシームガス(炭層メタン)のプロジェクトに関する検討などが盛んに行われていた。
資源案件に関与する中で特に印象に残っているのは、資源プロジェクトにおいて、多くの場合にオーストラリアの先住民であるアボリジニの人々の権利が問題となる点である。通常、資源が存在する場所は都市から離れた内陸部にあるため、アボリジニの人々が暮らす場所と重なることが多く、そこでの採掘行為はその土地におけるアボリジニの人々の生活や環境、信仰などに影響を与えるおそれがある。そして、これらの土地に関するアボリジニの人々の土地所有権は、オーストラリアの歴史における先住民と入植者との間の長い闘争の末に1993年に成立した、先住権原法(Native Title Act)という法律で保護されている。それゆえ、鉱山開発などによりその権利を侵害するおそれがある場合には、これらのアボリジニの人々との交渉および合意が必要になるのである。
この話を聞いて、資源ビジネスというものが、その根底において、土地に眠っている天然資源を掘り起こすという自然と密接に関連するものであり、その土地に昔から住んでいる人々の生活や環境などにも影響を与える非常に複雑で難しい問題を孕んでいることを改めて認識させられた。ただ同時に、このようなプロジェクトが経済的にはその地域社会に一定の豊かさをもたらしているという側面もあるため、資源開発者と地元住民がそれぞれ誠実に交渉と合意を重ねることで、双方が納得できる調和点を見つけ出すことが重要なのだと思う。
以上のように、オーストラリアで生活すると、その独特の気候や生態系をはじめ、文化、産業、物事に対する考え方も含めて様々な点で新たな発見があり、学ぶことも多い。とりわけ私にとっては、資源やインフラビジネスを間近で経験する非常によい機会となった。
最近新聞などでは、中国やインド、東南アジアなどが主に注目を集めているが、オーストラリアも地理的にはアジアのすぐ近くであり、また、先進国かつ英語圏でありながらどこか田舎っぽいところもある、不思議なバランスの国である。さらには資源が豊富でインフラの面でもまだ発達の余地があり、人口も増加中という新興国に似た要素も兼ね備えている。これらを考慮すると、オーストラリアは自然豊かな観光地としてだけでなく、ビジネス的にも日本企業にとってより一層有望な投資先になるのではないかと期待している。
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