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契約条項が不当と判断される基準は何か

松原 大祐

 いわゆる悪質業者により被害を蒙った消費者の救済に役立つと期待される一方で、企業活動への懸念も指摘されている日本版クラスアクション制度。松原大祐弁護士が、携帯電話の中途解約金条項をめぐる消費者団体訴訟を例に、日本版クラスアクション制度でも訴訟の行方を左右する、契約条項の不当性の判断基準について概説し、事業者側は、同制度導入に備え、契約条項に無効とされるような規定がないか、改めて検討しておく必要がある、と警告する。

 

携帯電話中途解約金条項と消費者契約法

 

西村あさひ法律事務所
弁護士・NY州弁護士 松原 大祐

1. はじめに

松原 大祐(まつばら・だいすけ)
 2000年京都大学法学部卒業、2001年弁護士登録、2012年デューク大学ロースクール卒業(LL.M.)、2013年ニューヨーク州弁護士登録。現在西村あさひ法律事務所パートナー。
 M&A、会社関係訴訟をはじめコーポレート分野の案件を幅広く取り扱う。

 2013年12月4日に、「消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律」が成立し、同月11日に、公布された。日本版クラスアクション制度は、消費者と事業者との間の情報の質・量や交渉力の格差により、個々の消費者が個別に訴えを提起することによって被害救済を図ることが困難な場合において、消費者の請求権を束ねて行使することにより、消費者被害の救済の実行性を確保することを目的とするものであるが、他方で、企業の活動への影響も懸念されているところである(注1)
 日本版クラスアクション制度の下における訴訟の対象になると想定される典型的な事案としては、例えば、継続的契約の解約に関する約款や契約条項が、いわゆる不当条項に該当し、無効であるとして、不当利得返還請求等がなされる事案が考えられる(注2)

 この点、現行法の下においても、適格消費者団体(消費者契約法2条4項)は、資格予備校の解約制限条項、携帯電話の中途解約金条項等について、これらがいわゆる不当条項に該当し、無効であるとして、消費者契約法12条に基づく差止請求訴訟(消費者団体訴訟)を提起しているところである。そこで、本稿においては、適格消費者団体である特定非営利活動法人京都消費者契約ネットワーク(以下「KCCN」という。)が、携帯電話各社に対して、携帯電話の中途解約金条項が消費者契約法9条1号及び10条によって無効であるとして差止請求を提起した事案を例に、いわゆる不当条項に該当するか否かの判断基準について概説する。

2. 事案の概要

 大手携帯電話会社は、加入者との間で、2年間の継続利用をコミットしてもらう代わりに基本使用料金を半額とする(又は有利な取引条件を提供する)が、加入者がこの2年間の期間内に解約する場合には、9,975円(消費税込み)の解約金を支払わなければならない旨の解約金条項を含む契約を締結している。
 KCCNは、このような解約金条項が消費者契約法9条1号及び10条によって無効であるとして、NTTドコモ、KDDI及びソフトバンクモバイルに対して、それぞれ、消費者契約法12条に基づく差止請求訴訟を提起した。これらの事件におけるKCCNの主張は以下のとおりである。

 解約金条項に基づき加入者が支払義務を負う9,975円は、携帯電話会社に生ずべき「平均的な損害」の額を超えるものであるため、このような解約金条項は消費者契約法9条1号によって無効である。また、携帯電話会社と加入者との間の契約は、準委任契約又はこれに類似する非典型契約であるところ、その解約については、民法651条により解約の自由が原則であり、解約金条項は加入者側の義務を加重するものといえるが、このような解約金条項は、信義則に反して「消費者の利益を一方的に害するもの」であるため、消費者契約法10条によって無効である。

 なお、これらの事件については、いずれも、解約金条項は消費者契約法9条1号及び10条に違反しないとしてKCCNの請求を棄却する控訴審判決が出されている(NTTドコモ事件について大阪高判平成24年12月7日判時2176号33頁、KDDI事件について大阪高判平成25年3月29日(判例集未登載)、ソフトバンクモバイル事件について大阪高判平成25年7月11日(判例集未登載))。

3. 消費者契約法9条1号及び10条とは?

 (1) 消費者契約法9条1号

 消費者契約法9条1号は、消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき「平均的な損害」の額を超えるものについては、当該超える部分について無効とする。
 この点、「平均的な損害」とは、同一事業者が締結する多数の同種契約事案について類型的に考察した場合に算定される平均的な損害の額という趣旨であり、具体的には、解除の事由、時期等により同一の区分に分類される複数の同種契約の解除に伴い、当該事業者に生じる損害の額の平均値を意味する(注3)
 もっとも、下記4.(2)(b)のとおり、携帯電話各社に対する差止請求訴訟においても、「平均的な損害」の算出方法について、異なる判断が下されているように、「平均的な損害」として認められる範囲については、判断が分かれているところである。

 (2) 消費者契約法10条

 消費者契約法10条は、民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定(任意規定)の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法1条2項に規定する基本原則(信義則)に反して消費者の利益を一方的に害するものは無効とする。
 消費者契約の条項が信義則に反して「消費者の利益を一方的に害するもの」に該当するか否かは、消費者契約法の趣旨、目的に照らし、当該条項の性質、契約が成立するに至った経緯、消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考慮して判断すべきとされており(最判平成23年7月15日民集65巻5号2269頁)、携帯電話各社に対する差止請求訴訟においても、かかる基準に従って判断されている。

4. 判決の内容

 これらの事件においては、下記(2)(b)を除き、概ね同様の判断がなされているが、その概要は以下のとおりである。

 (1) 解約金条項に消費者契約法は適用されるか?

 消費者契約法9条及び10条は、事業者と消費者との間に情報の質及び量並びに交渉力の格差が存在することを踏まえ、消費者の利益を不当に侵害する条項を無効とするものであるが、契約の目的である物又は役務等の「対価それ自体に関する合意」については、このような格差が存在することを踏まえても、当事者の自由な合意に委ねるべきであり、消費者契約法9条及び10条は適用されないとする。
 そして、ある条項が、契約の目的である物又は役務等の対価について定めたものに該当するか否かについては、条項の文言を踏まえつつ、実質的に判断すべきとした上で、解約金条項は、契約上の対価についての合意ではなく、消費者契約法9条及び10条の適用は排除されないとする。

 (2) 解約金条項の消費者契約法9条1号該当性

 (a) 解約金条項は「解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項」に該当するか?

 解約金条項は、消費者が契約期間内に解約した場合に、携帯電話会社に対して一定額の金員を支払う義務があることを規定したものであり、「解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項」に該当するとする。

 (b) (上記(a)に該当するとして)「平均的な損害」とは?

 それぞれの事件における、「平均的な損害」の算出方法は、以下のとおりであるが、いずれの事件においても、解約金は「平均的な損害」の額を超えず、解約金条項は消費者契約法9条1号に抵触しないとされている。「平均的な損害」の算出方法について異なる判断が下されたのは、この点に関して携帯電話各社が異なる主張を展開したことにも理由があるものと考えられるが、本来、同一(又は類似)であろう携帯電話会社に生ずべき「損害」概念について異なる捉え方がなされている結果には、若干違和感も持つ向きもあろう(注4)

 NTTドコモKDDIソフトバンクモバイル
契約の類型 当該事案において事業者が損害賠償の予定又は違約金についての条項を定めた類型を基礎とすべきである。解約金条項は、加入者の具体的な特性、料金プラン及び解約の時期等を問わず、一律に解約金の支払義務を課しており、加入者を一体のものとみて判断すべきである 区分は、事業者が定め消費者がこれに同意した契約内容に従うと解すべきであり、当事者が設定した区分を裁判所がさらに細分化することを認める趣旨ではない。解約金条項は、2年間という期間を一つの区分としている 消費者保護の観点から著しく不当であるような事情のない限り、条項で定められた区分毎に判断するべきである。解約金条項で定めた2年間という期間を平均的損害を算定するための区分とすべきである
中途解約時までの基本使用料金の割引分 加入者は、標準基本使用料金を支払うべきところ、中途解約しないことを条件として値引きを受けており、NTTドコモは、継続して安定した収入を得られるという前提で割引を行っている。基本使用料金の割引分の中途解約時までの累積額は「平均的な損害」の算定の基礎となる 契約期間が長くなるほど平均的損害の額が大きくなるのは不自然である。定期契約の加入者から基本使用料金を得ることは予定されていない。したがって、基本使用料金の割引額の中途解約時までの累計額を平均的損害の算定の基礎にはできない  
中途解約時から契約期間満了時までの基本使用料金(逸失利益) 消費者契約法9条1号は、契約の目的を履行する前に契約が解除された場合においては、その契約を締結したことによって他の消費者との間で契約を締結する機会を失ったような場合を除き、履行利益を損害賠償として請求することを許さないものと解することができる。 損害賠償の範囲は、契約が約定どおりに履行された場合に得られたであろう利益(逸失利益)に相当する額である。中途解約されることなく契約が期間満了時まで継続していれば得られたであろう通信料収入等(逸失利益)を基礎とすべきである 消費者契約法9条1号の平均的な損害は、民法416条にいう「通常生ずべき損害」と同義であって、事業者の営業上の利益(逸失利益)が含まれると解するのが相当である
「平均的な損害」の額 料金プラン毎の割引額の加重平均(1,837円)×解約までの平均経過月数(13.5か月)=24,800円 (ARPU(5,000円)-解約に伴い支出を免れた費用(5,000円×20%))×契約の平均残期間(12.41か月)=49,640円 (ARPU-変動コスト)×契約の平均残期間=47,689円

 

 (3) 解約金条項の消費者契約法10条該当性

 (a) 解約金条項は「消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する」条項に該当するか?

 民法等の「法律の公の秩序に関しない規定」は、明文の規定のみならず、一般的な法理等も含まれるところ、民法は、委任契約、準委任契約、請負契約等の役務提供契約において、役務の提供を受ける者が、不必要となった役務の受領を強いられることはないという一般法理を定めているとする。
 そして、携帯電話会社と加入者との間の契約は、準委任契約等の役務提供契約と類似するところ、解約金条項は、一律に一定の金員の支払義務を加入者に課すものであり、解約に伴い役務の提供者に生ずる損害の限度で損害賠償請求を認める一般法理と比較して、「消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する」条項に該当するとする。

 (b) (上記(a)に該当するとして)解約金条項は信義則に反して「消費者の利益を一方的に害する」条項に該当するか?

 消費者契約の条項が信義則に反して「消費者の利益を一方的に害するもの」に該当するか否かは、消費者契約法の趣旨、目的に照らし、当該条項の性質、契約が成立するに至った経緯、消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考慮して判断すべきとする。
 そして、加入者は割引料金での役務の提供を受けていること、解約金は上記のとおり「平均的な損害」を超えず合理的な範囲にとどまっていること、携帯電話会社は契約時に解約金条項についての説明をしていること等から、解約金条項は信義則に反して「消費者の利益を一方的に害する」条項には該当しないとする。
 なお、加入者に対して、契約書以外の書面による説明等がなされていることも考慮されている点は、事業者にとって注目に値しよう。

 (4) 自動更新後の解約金条項の有効性

 携帯電話会社と加入者との間の契約は、契約締結から2年が経過すると自動的に更新されるが、加入者は、更新月に解約する場合を除き、更新後に解約する場合にも、同様に、解約金を支払わなければならないとされているところ、契約更新後の解約金条項の有効性についても争点となったが、いずれの事件においても、契約の更新は新たに2年間の契約を締結するのと同様であり、契約更新後の解約金条項の有効性については、更新前の解約金条項の有効性と同じように考えることができるとされている。

5. 終わりに

 現行法の下における消費者団体訴訟制度が、事業者の不当な行為について差止請求をすることにより、(現在生じている)消費者被害の拡大防止を図るものであるのに対して、日本版クラスアクション制度は、過去の消費者の被害について救済、被害回復を図るものである。日本版クラスアクション制度は、適格消費者団体が提起する一段階目の手続(共通義務確認訴訟)における勝訴の結果を踏まえて、被害をそれまで認識していなかった消費者等にも債権届出を促す効果を有するものであり、事業者の活動への影響は無視できない。

 事業者側においては、日本版クラスアクション制度の導入に備えて、想定される事案毎に対応を求められることになる。例えば、本稿において紹介したような、消費者との間の契約や約款に関しては、消費者契約法その他に照らして無効とされるような規定がないか、改めて検討しておく必要があろう。

 ▽注1:日本版クラスアクション制度の詳細については、2013年5月1日付けで「西村あさひのリーガルアウトルック」にアップされた藤田美樹弁護士執筆に係る「集団的消費者被害回復に係る制度の導入について」、及び、2014年1月22日付けで「西村あさひのリーガルアウトルック」にアップされた八木聡子弁護士執筆に係る「日本版クラス・アクション制度とビジネスへの影響 「消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律」の成立を受けて」を参照されたい。

 ▽注2:日本版クラスアクション制度において対象となる請求

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