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最恵国待遇は競争にどのような影響をもたらすのか

中野 清登

 電子書籍の価格決定をめぐりアップルと出版社が欧米の競争当局の調査を受けたことは記憶に新しい。そこで問題になったのが価格契約の「最恵国待遇」条項だ。そもそもは、国家間の条約で締結相手国に有利な扱いを保証する約束ごとだった。いまでは、企業間取引で広く採用され、競争制限を問われる一因ともなっているとされる。国内のみならず海外の独占禁止法(競争法)にも詳しい中野清登弁護士が、最恵国待遇条項の競争制限効果について解説するとともに、米国でのアップル訴訟など海外における近年の代表的な事案を紹介する。

 

独占禁止法における最恵国待遇条項

西村あさひ法律事務所 弁護士
中野 清登

1 はじめに

中野 清登(なかの・すみと)
 2005年弁護士登録(司法修習58期)、2013年ニューヨーク州弁護士登録。2004年京都大学法学部卒業、2012年ジョージタウン大学ローセンター卒業(LL.M.)。2005年~2013年弁護士法人中央総合法律事務所勤務、2012年米国連邦取引委員会国際室にてエクスターンとして勤務、2012~2013年ワシントンDCのクリアリー・ゴットリーブ・スティーン・アンド・ハミルトン法律事務所勤務。独占禁止法、訴訟などの業務に従事。
 近年、独占禁止法の分野で、後述するような米国での訴訟などを契機として、最恵国待遇条項(most-favored-nation clause、MFN clause)が国際的な注目を集めている。最恵国待遇条項とは、元来は、国家間の条約などにおいて、条約の相手国の国民や企業を、その他の国の国民や企業よりも不利に取り扱わない旨の条項を指す。この最恵国待遇条項の考え方は、現在では私人間取引にも広く取り入れられているが、独占禁止法の観点からは、私人間取引における最恵国待遇条項が競争に及ぼす影響は一面的ではなく、競争制限効果と競争促進効果の双方を有し得るとされている。
 本稿では、まず、私人間取引における最恵国待遇条項とはどのようなものか、最恵国待遇条項が競争にどのような影響を与えるかについて概観した上で、最恵国待遇条項が問題となった米国の近時の事例である、米国ブルークロス・ブルーシールド・オブ・ミシガン(以下「BCBSM」という。)訴訟、及び米国アップル電子書籍訴訟を紹介する。

2 私人間取引における最恵国待遇条項とは

 私人間取引における最恵国待遇条項とは、契約当事者の一方が相手方に対し、当該相手方に対する取引条件よりも有利な条件での取引を、当該相手方以外の者との間で行わないことを約する条項を指す。最恵国待遇条項は様々な類型の契約に用いられ得るが、以下では、典型的な例として、最恵国待遇条項が売買契約に盛り込まれている場合を考えてみたい。例えば、ある商品に関する売主と買主との間の売買契約において、売主がその買主に対する売価よりも安い価格で第三者にその商品を販売した場合には、売主は、その契約の相手方である買主に対するその商品の売価を、第三者に対する売価まで引き下げる義務を負う、という内容の最恵国待遇条項が規定されているとしよう。この場合、仮に、売主が最恵国待遇を受ける買主(以下「最恵国買主」という。)に対してその商品を1個当たり100円で販売している状況において、第三者には同じ商品を1個当たり80円で販売した場合には、売主は、最恵国買主に対する売価を1個当たり100円から、少なくとも80円まで引き下げる義務を負うことになる。

3 最恵国待遇条項が競争に及ぼす影響

 最恵国待遇条項は、競争にどのような影響を及ぼし得るであろうか。上記のような売買契約における最恵国待遇条項を念頭に置いて考えてみる。

 まず、売主は、最恵国買主に販売する当該商品の価格を下げないようにするため、当該商品の第三者に対する売価を引き下げることを避けるようになるかもしれない。そのようにして売主における価格引下げのインセンティブが低下した場合、売主間の価格競争が緩和され、当該商品の価格が上昇する可能性が生じる。

 また、売主が、最恵国買主以外の者に対して、最恵国買主に対する販売価格以下で当該商品を販売することを避けるようになった場合、最恵国買主以外の者は、当該商品を最恵国買主よりも安価で調達することができず、その結果、当該商品の売買取引から排除されたり、売買取引への参加を断念するという事態が生じ得る。

 さらに、当該売主が当該商品の売主間での価格カルテルに参加している場合を想定してみよう。この場合、当該売主が、他のカルテル参加者に隠れて値下げ販売、いわゆるカルテル破りをしようとすると、最恵国買主に対しても等しく値下げをしなければならないことが考えられる。その場合には、カルテル破りのコストが増加し、その結果、売主のカルテル破りへのインセンティブが減少し、売主間カルテルが安定的なものとなる。

 以上は最恵国待遇条項の競争制限的側面の例であるが、他方で、最恵国待遇条項には競争促進的側面ないし効率性向上に資する側面もある。一例を挙げると、ある買主が、特定の売主が販売する特定の商品のためにのみ役立つ設備等への投資を行ったとしよう。いったん設備投資をしてしまった以上、当該買主は、当該売主から当該商品を継続的に購入することを事実上余儀なくされ、当該売主は、それをよいことに、当該買主への売価を引き上げかねない。もし、当該売主と当該買主との間の売買契約に最恵国待遇条項が規定されていれば、当該売主は最恵国買主への売価を、少なくとも他の販売先への売価以上に引き上げることはできなくなるため、最恵国買主は安心して設備投資を行うことができ、取引が促進され、ひいては効率性の向上に資することとなる。

 最恵国待遇条項は、上記以外にも競争に対して多様な影響を及ぼし得ることが知られているが、最恵国待遇条項が競争に及ぼす影響の種類及び程度は、市場の状況等の複数の要因によって左右される。例えば、一般に、買い手市場において高いシェアを占める買主と売主との間の売買契約に最恵国待遇条項が含まれる場合には、買い手市場におけるシェアが高くない買主の場合に比べて、競争制限効果がより強く懸念される。重要なのは、最恵国待遇条項は一概に競争制限的であるとも競争促進的であるともいえないということであり、最恵国待遇条項が競争に与える影響を検討するに当たっては、事案ごとに、競争制限効果と競争促進効果を慎重に検討する必要がある。

4 米国における最恵国待遇条項に関する近年の事例

 我が国では、最恵国待遇条項が直接の争点とされた事例は存在しないと考えられるが、米国をはじめとする海外の複数の競争当局が、過去に最恵国待遇条項の競争制限効果を根拠とした法執行を行っている。以下、近年の事例として、最恵国待遇条項の他者排除効果が問題とされた米国BCBSM訴訟を紹介する。また、最恵国待遇条項自体の競争制限効果が問題とされた事例ではないものの、最恵国待遇条項が価格カルテルの道具として用いられたとされた米国アップル電子書籍訴訟も併せて紹介する。

   (1) 米国ブルークロス・ブルーシールド・オブ・ミシガン訴訟

 BCBSMは、ミシガン州の最大の医療保険会社であり、2010年の時点で、ミシガン州の商業医療保険市場における保険契約者数で60%以上のシェアを占めていた。また、BCBSMは、自身の保険契約者に医療サービスを提供するために、病院等から医療サービスを購入しているが、医療サービスの購入者として非政府組織としてはミシガン州で最大のシェアを占めていた。
 BCBSMは、遅くとも2007年より、ミシガン州の病院等に対し、医療サービス提供契約に最恵国待遇条項を盛り込むよう要求するようになり、その結果、2010年の時点で、ミシガン州の総合救急病院のうち半数以上の病院とBCBSMの間の契約に最恵国待遇条項が含まれるようになっていた。また、各地域の主要な病院等との契約では、BCBSM以外の医療保険会社との間の医療サービス提供契約において、医療サービスの代金をBCBSMよりも高額なものとすることを病院等に義務付けることを内容とする、「MFN-plus」という条項が規定されている場合もあった。

 2010年10月、米国司法省およびミシガン州は、上記最恵国待遇条項によって、BCBSMの競争事業者である医療保険会社がミシガン州の医療保険市場から排除され、かつ、当該医療保険会社等が病院等に支払う医療費の価格が引き上げられたとし、BCBSMの行為は違法な取引制限の禁止を定めたシャーマン法1条等に違反するとして、BCBSMを被告として、最恵国待遇条項を病院との契約に盛り込むこと等の差止め等を求めて、連邦地方裁判所に対して民事訴訟を提起した。
 2013年3月、司法省らは、医療保険会社が病院との間で最恵国待遇条項を含む契約を締結することを禁止する法律がミシガン州において成立したこと、及びミシガン州保険局長によって同内容の禁止命令が発令されたことを理由として、裁判所に上記訴訟の棄却を申立て、上記訴訟は終了した。本件は、最恵国待遇条項による他社排除効果がもたらす弊害を、司法的手段ではなく、立法的ないし行政的手段によって解決した事案ということになる。

   (2) 米国アップル電子書籍訴訟

 2009年頃の米国における電子書籍販売市場では、アマゾンが電子書籍の販売者(電子書店)として高い市場シェアを占めていた。当時、アマゾンは、出版社との間で卸販売方式(ホールセール・モデル)の契約を締結しており、アマゾンが電子書籍の小売価格の決定権を有していた。アマゾンは、電子書籍のうち一部のタイトルについて、9.99ドルという低価格で販売する戦略をとっており、出版社らは、アマゾンの低価格戦略が紙の書籍の価格を押し下げる要因となること等を非常に危惧していた。

 アップルは、2010年4月にiPadの発売を予定するとともに、iPadの発売と同時に電子書籍販売市場に参入することを計画しており、2009年12月以降、出版大手6社と個別に交渉を重ねた上で、出版大手6社のうち5社との間で電子書籍についての販売代理店契約を締結した。当該契約の内容は出版社間で非常に似通っており、いずれも、出版社に電子書籍の価格決定権を与えることとなる販売代理店方式をとること、電子書籍の価格の上限を定めることが規定されていたことに加え、アップルの電子書店における電子書籍の価格を他の電子書店における同一タイトルの電子書籍の価格まで引き下げることを出版社に義務付ける旨の最恵国待遇条項を含んでいた。

 アップルと販売代理店契約を締結した出版大手5社は、アップルとの契約締結後、相次いで、アマゾン等と交渉し、アマゾン等との間でも販売代理店契約を締結するに至った。これらの結果、出版大手5社はアマゾン等を通じて販売される電子書籍についても価格決定権を得ることとなった。

 出版大手5社は、アップルが電子書籍の販売を開始した2010年4月以降、短期間の間に、それまで9.99ドルで販売されていた電子書籍の価格を、販売代理店契約上の上限価格である12.99ドル又は14.99ドルまで引き上げた。2012年4月、米国司法省は、アップル及び出版大手5社の行為は価格カルテルであって、シャーマン法1条に違反するとし、当該価格カルテル行為の禁止等を求める民事訴訟を連邦地方裁判所に提起した。その後、アップルを除く出版大手5社を被告とする訴訟は、司法省との間の和解に基づいて同意判決がなされ、アップルとの関係においてのみ弁論が実施された。

 2013年7月、裁判所は、出版大手5社が共謀してアマゾンから電子書籍の価格決定権を奪い、電子書籍の価格を吊り上げたのであり、また、アップルは、出版大手5社の上記行為を促進し、かつ助長したのであって、アップル及び出版大手5社の行為は価格カルテルに該当し、シャーマン法1条に違反するとの判断を下した。アップルは、上記判決を不服として連邦控訴裁判所に控訴し、2014年3月現在、控訴審が係属中である。

5 おわりに

 上記では米国の事例を紹介したが、欧州においても、近年、最恵国待遇条項の競争制限効果を理由に競争当局が法執行を行った事例が複数存在する。また、2012年には、英国公

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