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米司法省のトヨタ摘発でも使われた「郵便・通信詐欺」とは何か

米国法令の域外適用の広がりと司法取引 (上)

荒井 喜美

 米国の連邦犯罪である「Mail & Wire Fraud(郵便・通信詐欺)」と「Conspiracy(共謀罪)」は、日本企業の摘発にもしばしば用いられるが、いずれも日本には存在しない犯罪類型で、詳細に解説した日本語の論考も乏しいため、いかなる罪で、どういう場合に抵触するのか、また、米政府の「域外適用」や「司法取引」拡大路線とどう関係しているのか、などは不透明なままだった。米国留学中の荒井喜美弁護士が2回にわたり、この2つの罪について現地の調査を踏まえ、詳細に解説する。連邦刑事法の基本的な考え方から、罪が制定される沿革、最近の米司法省や証券取引委員会の摘発事例などを詳細に論述する。法曹実務にとっては極めて参考になる論考だ。初回は、郵便・通信詐欺について語る。

 

米国法令の域外適用の広がりと司法取引(上)
 ~ Mail & Wire Fraud及び共謀罪から考える ~

西村あさひ法律事務所
弁護士 荒井 喜美

1 はじめに

荒井 喜美(あらい・よしみ)
 2004年に慶應義塾大学、2006年に慶應義塾大学法科大学院を卒業。司法修習(新60期)を経て、2007年12月より西村あさひ法律事務所弁護士(第一東京弁護士会所属)。現在、コロンビア大学ロースクール留学中。
 2014年3月19日、トヨタ自動車は、2009年秋から2010年初頭にかけて米国で発生した大規模リコール問題に関し、米国司法省(以下「DOJ」)との間で、Deferred Prosecution Agreement(起訴猶予合意、以下「DPA」)を結び、12億ドルの制裁金を支払うことに合意した。このトヨタ自動車に対する制裁は、Wire Fraud(18 U.S.C.§1343)に基づく一つの訴因を根拠とするものであり、DPAの関係資料によれば、トヨタ自動車は、意図的ないし故意的に、「アクセルペダルの戻り不良」及び「フロアマットのアクセルペダルへの引っ掛かり」の両リコールに関連する情報を関係当局に報告せず、また、誤解を生じさせるような情報を公表することによって、米国の消費者に車を買わせるように仕向け、詐欺を働いたとされている(詳細は、DOJのリリース等参照。http://www.justice.gov/opa/pr/2014/March/14-ag-286.html)。

 近年のDOJ(米司法省)の発表等を見ていると、米国の独占禁止法(以下「独禁法」)や連邦海外腐敗行為防止法(以下「FCPA」)の違反事件を多く目にするが、これらの事件に適用された法令に注目すると、独禁法やFCPAといった日本でも比較的知られるようになった法令のほか、Mail Fraud(18 U.S.C.§1341)や、トヨタ自動車のリコール問題の根拠法令となったWire Fraud(以下Mail Fraud及びWire Fraudを総称して「MWF」)、共謀罪(Conspiracy、18 U.S.C.§371)が登場する。MWFとは、ごく簡単に説明すると、直訳した語感が示すとおり、Mail Fraudは手紙や配達物を使った詐欺、Wire Fraudは電話、ラジオ、電子メール等の電子通信を使った詐欺のことをいい、米国の企業犯罪の世界では、相当重要な法律として認識されている。近時の著名な適用事例としては、エンロン関連の事件やLIBOR問題が挙げられる。さらに、MWFは、汚職事件やインサイダー取引事件において、当局が、汚職に関する法令や証券取引法が定める構成要件を立証できない場合に、企業を訴追する代替的手段として機能している。共謀罪とは、2名以上の者による実体犯罪(substantive offenses)に向けた合意を、実体犯罪とは別に処罰する犯罪類型のことをいう。例えば、カルテル(実体犯罪)の合意をして、その実行行為に及んだ場合、独禁法違反の罪とは別に共謀罪が成立することになる。

 MWF(Mail Fraud 及び Wire Fraud)や共謀罪は、日本ではあまり知られておらず、特にMWFについては、和訳すら定着していないようである。しかし、近年の議論や適用事例を見ると、特に、米国法令の域外適用や司法取引の文脈で、MWF及び共謀罪を理解しておくべきように思われる。そこで、まず本稿では、連邦刑事法の基本的な考え方を押さえた上で、MWFの沿革や内容、判例・裁判例を概観するとともに、近時のDOJ(米司法省)、米国証券取引委員会(以下「SEC」)の事例も紹介する。さらに、次稿では、米国の共謀罪について、その内容や判例・裁判例のほか、近時の事例も紹介する。なお、2000年11月15日に国際連合総会で採択された国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約をきっかけに、日本でも共謀罪の導入が議論されているため、米国の共謀罪を概観することは、今後の議論に資するであろう。そして、最後に、MWF及び共謀罪について、今後の留意点や検討課題を述べることとする。

2 米国の連邦刑事法の考え方

 検討の前に、米国連邦政府による刑罰権の行使の実情について簡単にまとめておく。

 近年の米国連邦政府は、日本企業を含む外国企業の違法行為に対し、積極的に米国法令を適用して、その摘発を強化しているため、連邦政府の刑罰権が強大であるかのような印象を受けることがある。しかし、歴史的に見ると、連邦政府の力は、州政府の力に比べて遥かに弱い。20世紀に、強要行為によって通商を阻害する行為等を取り締まるHobbs法、組織犯罪を取り締まるRICO法等が制定され、連邦政府の刑罰権が強化されたものの、現在の連邦政府の力も、州政府に比べると、予算的にもマンパワー的にも制限された状況にある。そのため、近年、連邦政府が企業犯罪を摘発する場合、企業側に積極的に調査を実施させた上で、司法取引を行い、不訴追や起訴猶予合意によって事案を解決することが多い。

 連邦政府には、刑罰権を拡大するために、当初立法府が意図した範囲を超えて連邦刑事法を適用する理論を作り出してきた歴史がある。この最たる例が、本稿で述べるMWF(MAIL FRAUD 及び WIRE FRAUD)であり、これにより、連邦政府は、刑罰権の発動根拠を容易に作り出すことに成功した。

 さらに、連邦刑事法の本質的な成り立ちは、連邦政府が自由に刑罰権を発動する根拠となっている。つまり、米国には、連邦刑事法以前に、州法及び州の法律システムが存在しているため、連邦刑事法は、連邦政府が州法とは別の目的を達成するために制定した任意的な法律に過ぎない。そのため、連邦議会は、連邦政府の利益及び米国憲法の範囲内で、自由に連邦刑事法を創設することができる。そして、連邦刑事法の任意性と自由創設性ゆえに、連邦政府は、一定の本来的犯罪を処罰する目的で、別の犯罪を立証して処罰するなど(例えば、インサイダー取引を処罰する目的で、MWF(Mail Fraud や Wire Fraud)を立件する)、迂遠な方法で刑罰を科すことが許されている。

 このような背景事情の中で発達した連邦刑事法の解釈は、外国企業による違法行為にも幅広く適用されている上、司法取引による事案解決の材料を生み出す根拠として、さらには独禁法やFCPA等の米国法令の域外適用を加速化させる素地となっているように思われる。そのため、これらの連邦刑事法の特色を念頭に置きながら、MWF(Mail Fraud 及び Wire Fraud)や共謀罪の議論を考える必要がある。

3 MWF(Mail Fraud 及び Wire Fraud)の沿革と発展

 (1) 概要

 MWFの条文は少し複雑であるが、その骨格は、他人から金銭や財産を奪う目的で、詐欺のスキームや策略を考え、その実行のために、州際(米国内で州と州をまたぐこと)又は国際的な配達手段や電子通信を使用する行為を処罰するものである。現在の法定刑は、20年以下の懲役又は個人25万ドル、法人50万ドルの罰金(併科あり)であり、仮に、金融機関に影響を与える行為であった場合には、30年以下の懲役又は100万ドル以下の罰金(併科あり)とされている。また、MWFによって金銭的利益を得た場合、ないし金銭的損失を与えた場合は、その利益ないし損失の2倍の金額まで罰金額が引き上げられる(18 U.S.C.§3571)。

 (2) 立法沿革

 Mail Fraudの起源は、1860年代の南北戦争以前に遡る。当時の米国には、消費者、証券、土地、銀行等に関する詐欺を処罰する法律が複数存在していた。しかし、時代の変化に伴い、これらの法律から漏れる新しい形態の詐欺が登場すると、連邦政府が州政府の刑罰権の範囲に介入する必要性が認識され、南北戦争後の1868年にLottery Actが制定された。Lottery Actは、違法なLottery(宝くじ)に関する手紙や案内状を郵送することを処罰する法律であったが、その処罰範囲を拡大すべく、1872年にMail Fraudとして改正された。この時点のMail Fraudは、猥褻、粗悪、常識外れの物品を送る行為を処罰とするとともに、金銭を得るための詐欺の計画を実行するために、手紙や案内状を郵送する行為を処罰する法律であった。つまり、Mail Fraudの本質は、「連邦の郵便サービスを悪用」した詐欺を処罰することにあり、「連邦の郵便サービスの悪用」こそが、連邦政府による刑罰権の発動を根拠付けていた。そのため、当時のMail Fraudでは、人を欺く行為と「連邦の郵便サービスの悪用」行為の双方について故意が必要とされ、法定刑もまた、「連邦の郵便サービスの悪用」行為に釣り合ったレベルであり、現在の法定刑よりも軽いものであった。しかし、1909年改正により、Mail Fraudの本質から「連邦の郵便サービスの悪用」が取り払われると、これに対する故意は不要となり、Mail Fraudの本質は、詐欺の計画自体を処罰することに変容していった。

 Wire Fraudは、電子通信の近代化に伴い、1952年にMail Fraudの内容を電子通信の手段にも拡張する形で制定された法律であり、以下に述べるMail Fraudの解釈論はWire Fraudにも該当し、その逆もしかりであるとされている。

 さらに、1994年のViolent Crime Control and Law Enforcement Act改正に伴い連邦政府の刑罰権の発動根拠を米国憲法第1条8項3号の州際取引条項に求めることにより、Mail Fraudは、連邦の郵便サービスだけでなく、私企業の配達サービスを利用した詐欺も処罰することとされた。つまり、物が州際間で配達されたという事実は、連邦政府の刑罰権の発動根拠となった。通常の詐欺の過程には、手紙、電話、メール、電子送金等の通信手段が介在するであろうから、MWF(Mail Fraud 及び Wire Fraud)は、詐欺の計画を広く処罰する法律となり、現在では、連邦政府の刑罰権の発動根拠として、最も柔軟な手段であると称されるに至った。

 (3) 判例・裁判例の発展

 以下では、上記(2)を前提に、MWF(Mail Fraud 及び Wire Fraud)に関する議論や判例・裁判例を、①詐欺に向けた行為に関する議論、②財産に関する議論、③MWFを根拠とする連邦政府の刑事管轄権の議論に分けて整理する。

 ア 詐欺に向けた行為に関する議論

 立法当初のMail Fraudは、郵便を使って第三者を騙す行為、すなわち過去の詐欺行為を処罰していたが、最高裁は、証券会社が、将来、償還や利息を支払う意思がないにもかかわらず、顧客に債券を販売した事件において、相手方を騙すことを策略する行為、つまり将来の詐欺の計画もMail Fraudによって処罰すると判断した(1896年のDurland事件)。なお、本判決は、実現意思のない約束をして金銭等を騙し取る場合を念頭に置いているのであり、一定の約束をしてその実現のために努力したものの、約束を実現できなかった場合(以下「善意の約束」)は処罰対象としていない。Durland事件を受けた連邦議会は、Mail Fraudを1909年に改正し、「詐欺をするためのスキーム又は策略」の実行(つまり将来の詐欺の実行)のために郵便を利用することも処罰することを明文化した。

 1909年改正の後は、「詐欺をするためのスキーム又は策略」の内容について、判例・裁判例が蓄積されていった。例えば、1970年のRegent Office Supply Co.事件において、第二巡回区控訴裁判所は、Mail Fraudが処罰するのは実際の詐欺ではなく、詐欺の計画自体であるから、連邦政府は、被害者が実際に騙されたことを立証する必要はないし、被害者に実際の損害が発生していることは必要ないと判断した。また、MWF(Mail Fraud 及び Wire Fraud)が、不作為による詐欺についても適用されるようになると、情報の非開示による詐欺についてもMWFによる処罰が行われるようになった。なお、情報の非開示による詐欺を違法と評価する根拠については、控訴裁判所の見解が分かれており、法令や当事者の関係を根拠とする情報開示義務に違反するとする見解や、詐欺行為を目的とした情報の非開示自体に違法性を見出す見解などが出された。さらに、詐欺行為の程度について、第十一巡回区控訴裁判所は、2009年のSvete事件において、MWFは、常識的な一般人に対する詐欺行為のみならず、無知で騙されやすい人に対する詐欺行為も処罰対象に含むものであり、通常人であれば騙されないような簡単な詐欺であっても、詐欺の対象者が騙されたという事実があれば、騙す行為の程度は問わないと判断した。

 イ 財産に関する議論

 (ア) 概要

 MWF(Mail Fraud 及び Wire Fraud)には、他人から「金銭又は財産」を奪うことを目的とする「詐欺のためのスキーム又は策略」を処罰することが明記されているが、この「金銭又は財産」の解釈については、Mail Fraudの1909年改正以降、様々な議論が展開された。1970年代になると、MWFは、①財産に関する詐欺と、②誠実なサービス(honest service)を受ける権利に関する詐欺(以下「HSF」)に分けて議論されるようになり、さらに、①財産に関する詐欺については、(i)有形財産に関する詐欺と、(ii)無形財産に関する詐欺の2種類に分けて整理された。また、②HSFについては、1987年のMcNally事件において、最高裁によってその成立が否定されたものの、1989年に立法的に解決されるに至った。以下では、MWFが、①(ii)無形財産に関する権利と、②誠実なサービスを受ける権利を侵害する際を処罰することになった経緯を概観する。

 (イ) 無形財産に関する権利

 無形財産に関する権利については、HSF(誠実なサービスを受ける権利に関する詐欺)を否定したMcNally事件の直後に最高裁が判断した1987年のCarpenter事件が有名である。本件被告人は、ルームメイトがウォール・ストリート・ジャーナル(以下「WSジャーナル」)で、株価に影響を与える重要なコラムを書いていたことを利用し、このコラムが一般公開される前に、その内容をブローカーに教えて株取引をさせて、利益を得ていたことから、米国証券取引法(1934年)第10条(b)のインサイダー取引、Mail Fraud等により訴追された。最高裁は、①本件コラムは、WSジャーナルのビジネス上の秘密情報という無形財産に該当する以上、WSジャーナルはこの情報を排他的に利用する権利を有している、②WSジャーナルの従業員は、書面による契約がなくても、雇用されている間に取得したWSジャーナルの秘密情報を守る信任義務を負っている、③したがって、その従業員がWSジャーナルの秘密情報を他者に漏らし、WSジャーナルの排他的権利を侵害すれば、Mail Fraudが成立すると判断した。なお、最高裁が、1987年に、HSF(誠実なサービスを受ける権利に関する詐欺)を否定しながらも、その直後に、無形財産に関する詐欺を認めていることは、最高裁の考え方を明確に示すものとして、注目に値する。

 その後も、無形財産に関する権利の侵害行為にMWF(Mail Fraud や Wire Fraud)を適用する事例が続いた。例えば、2003年のWelch事件において、第十巡回区控訴裁判所は、被告が、第三者に実質的な損害を与える危険のある重要な虚偽情報を、故意に提供したり、隠したりした場合は、その危険が顕在化しなくても、MWFが成立すると判断した。また、2004年のAl Hedaithy事件において、第三巡回区控訴裁判所は、TOEFLという世界的な英語能力テストで替え玉受験が行われ、テストを受けていない人物にスコアレポートが発送されたことについて、TOEFLの試験問題は、TOEFLの実施機関であるESTが排他的権利を持つビジネス上の秘密情報であり、替え玉受験により、ビジネス上の秘密情報の利用方法を決めるESTの権利が奪われたとして、Mail Fraudの成立を認めた。なお、スコアレポートという紙切れを騙し取る行為は、法的処罰に値しないという議論もあったが、スコアレポートに記載されている得点が、米国大学等への留学の重要な要素になることから、スコアレポートの内容に情報価値を認め、Mail Fraudの成立が認められた。

 (ウ) 誠実なサービスを受ける権利を侵害する詐欺

 無形財産に関する議論とは別に、各巡回区控訴裁判所は、特に汚職事件について、国民が政府から「誠実なサービスを受ける権利」を奪われたとして、MWF(Mail Fraud や Wire Fraud)の成立を認めるようになった。しかし、1987年のMcNally事件で、最高裁が「誠実なサービスを受ける権利」についてMWFの成立を否定すると、連邦議会は、1989年に、HSF(18 U.S.C.1346)を制定し、「誠実なサービスを受ける権利」を他人から奪う詐欺もMWFの処罰対象とした。

 HSFは、被害者が「誠実なサービスを受ける権利」を持つことを基礎づける要素として、行為者と被害者との間に信任関係が存在することを要求する。役人や政治家といった公人の場合は、法律により連邦政府ないし州政府に対し信任義務ないし法的義務を負っていることになる。他方、私人の場合は、2009年のMcGeehan事件において最高裁が判示するように、公人の場合に比べてその成立を認める正当化要素は少ないものの、誠実なサービスを提供する義務を負う場合も存在し、一般に、信託や契約によって、信任義務が発生するとされている。

 「誠実なサービスを受ける権利」は、文字通り抽象的かつ曖昧な権利である。そのため、例えば、投資銀行が、事業会社から買収案件を引き受け、秘密保持契約を結ぶなどの契約関係に入ったものの、買収案件が成立しなかった場合、その事業会社は「誠実なサービスを受ける権利」を奪われたのであるから、HSF(誠実なサービスを受ける権利に関する詐欺)が成立するという議論も存在した。しかし、エンロンの破綻に関連する2010年のSkilling事件において、最高裁は、HSFの拡大に一定の歯止めをかけた。具体的には、エンロンのCEOだったSkillingは、エンロンの公表資料上で、エンロンの財務状況を偽ることにより株価を釣り上げるなどして、投資家を騙して投資を誘導し、その結果、多額の給与や賞与、株式や株式オプション等を取得して利益を上げ、エンロン及びその株主の「誠実なサービスを受ける権利」を侵害したとして起訴された。なお、この起訴内容の本質は、情報を開示せずに行う株式等の利益相反取引であった。これに対し、最高裁は、HSFの成立を否定したMcNally事件以前は、贈収賄及びキックバック事案について、HSFが適用されてきたのであるから、HSFの核心及び適用範囲は、信任義務に違背して、贈収賄及びキックバックに関与することに限定され、本件のような利益相反取引にHSFは適用されないと判断した。

 Skilling事件による歯止めについては、明確な立法経緯が存在しない中で、HSF(誠実なサービスを受ける権利に関する詐欺)の適用範囲を贈収賄とキックバックに限定することは、司法権による立法権の侵害だとする有力な反対意見が存在している。また。Skilling事件以降も、信任関係の発生根拠やその程度などについて議論がされていることからすれば、HSFに関する司法判断の動向については、今後も留意する必要があろう。

 (4) MWF(Mail Fraud 及び Wire Fraud)を根拠とする連邦政府の刑事管轄権

 MWFは、州際ないし国際間の配達又は電子通信を利用した詐欺を処罰する法律であるため、詐欺に向けた行為と郵便又は電子通信との間に一定の関連性が存在することが必要であるが、その関連性の程度については議論が存在する。判例・裁判例は、配達又は電子通信が、詐欺に向けた行為の遂行に必要不可欠な要素であったか否かという基準を用いて判断している。例えば、最高裁は、被告人が他人名義のクレジットカードを無断利用した結果、クレジットカードの請求書が本人に郵送された事案(1960年のParr事件、1974年のMaze事件等)において、被告人は、請求書が本人に郵送される前に財産を得て、詐欺を完結させている以上、郵便は詐欺の遂行に必須の要素とはいえず、よって、Mail Fraudは成立しないと判断した。他方で、1988年Schmuck事件では、被告人が、約15年間にわたって、走行距離を改ざんして価格を釣り上げた中古車を転売し、転売手続の一環として、ウィスコンシン当局に郵便で関係書類を送っていた事案について、最高裁は、中古車の権原を買主に移転させて、転売を完結させるためには、当局への書類提出が必須であり、被告人は、長年の書類提出により当局やディーラーと信頼関係を築き、中古車の転売事業を成立させてきた以上、郵便は詐欺の遂行に必須であるとして、Mail Fraudの成立を認めた。

 さらに、この論点は、電子送金の利用行為にWire Fraudの適用根拠を見出す事案においても議論されている。まず、2008年のTurner事件において、第七巡回区控訴裁判所は、被告が米国内で電子送金によって金銭を詐取した点について、これにより詐欺が完結するとして、Wire Fraudの成立を認めた。他方で、2004年のGiffen事件では、米国人が、カザフスタン政府に電子送金の手段で賄賂を送った点について、ニューヨーク南部地方裁判所は、FCPA違反は認めたものの、カザフスタン政府が同国の国民に信任義務を負っているか不明であるから、Wire Fraudは成立しないとした。なお、米国人が他国の政府関係者に対し電子送金により賄賂を送る場合とは異なり、下記のとおり、米国人以外の自然人ないし法人が、米国政府関係者に対し、電子送金により賄賂を送る場合は、Wire Fraudが成立する点に注意する必要がある。

4 最近のMWF(Mail Fraud 及び Wire Fraud)の適用事案

 (1) FCPA案件に対するMWFの適用

 DOJ(米司法省)とSECが2012年11月に共同して発行したガイドライン(“A Resource Guide to the U.S. Foreign Corrupt Practices Act”(以下「FCPAガイドライン」))には、FCPAの事案にMWFを適用する方針であることが明記されており、具体例として、2006年にDOJとの間で司法取引が成立した、SSI International Far East(以下「SSI」)事件が紹介されている(http://www.justice.gov/criminal/fraud/fcpa/cases/ssi-intl.html。Criminal Informationの6ページ参照)。SSIは、韓国法によって設立された法人であり、オレゴン州法によって設立されたSchnitzer Steel Industries Inc.の100%子会社であった。SSIは、中国や韓国政府及び一般私企業等の顧客から多額の支払いを受けたり、親会社から原資を得るなどして、その顧客従業員らに対し、キックバックやコミッション等を支払っていた(以下「本件汚職行為」)。Wire Fraudの適用根拠となった事実関係は、本件汚職行為に使用する資金を、親会社がオレゴンに保有していた銀行口座から電子送金を受け、SSIの韓国の簿外の銀行に保有していた点であった。また、同種事例として、デラウエア州法によって設立されたInnospec Inc.が、イラクのエネルギー省の元役人にキックバックを支払った事件(2010年)も挙げられる(http://www.justice.gov/criminal/fraud/fcpa/cases/innospec-inc.html)。

 (2) 金融規制事案におけるMWF(Mail Fraud 及び Wire Fraud)の適用

 インサイダー取引や利益相反取引にMWFが適用されることは、上記のとおりであるが、2012年~2013年にかけて、DOJ(米司法省)を含む米国当局等が、複数の金融機関との間で高額な罰金の支払い等を内容とする司法取引を行ったことで有名な、LIBOR等を利用した不適切行為に関する事案(以下「LIBOR問題」)についても、Wire Fraudが適用された。なお、LIBORとは、ロンドン市場で、銀行同士が資金調達取引を行う際に用いる金利指標のことをいい、英国銀行協会が指定した金融機関が、同協会にオファードレートを報告し、その平均値を採るなどして計算される。LIBOR問題に関し、2012年6月18日に、UBS Securities Japan(以下「UBS Japan」)がDOJ(米司法省)との間で合意した司法取引の内容には、処罰の根拠法令として、Mail Fraudが明記されている。同法が適用された事実関係は、日本にいるUBS Japanのトレーダーが、自分や知人が保有する金融取引のポジションを利するため、スイスのUBS Japanの親会社であるUBS AGにおいて、英国銀行協会にレートを提出する業務に従事していた人物と連絡を取り、特定のレートを英国銀行協会に提出するように要請し、これを受けて決まったLIBORを用いて、自ら、又は金利ブローカーを利用して、米国投資家と取引をしたこと等であった。LIBORの不正操作に関する重要行為は、日本、スイス、英国で行われたものであるから、このように米国投資家に間接的な影響があったことを理由に、Wire Fraudを適用することは、同法を相当広く適用していることを意味する。

 (3) リコール問題におけるMWF(Mail Fraud 及び Wire Fraud)の活用

 冒頭で述べたとおり、米国におけるトヨタ自動車のリコール問題では、Wire Fraudを法的根拠としてDPA(起訴猶予合意)が締結された。本件でDOJ(米司法省)が採用した理論を一般化すると、製品の安全性能に関する情報について、当局に報告をしなかったり、虚偽情報を公表することによって、消費者の購買を誘発することを画策した場合には、消費者に対する電子通信を利用したWire Fraudが成立するということである。この理論は、もちろん、Mail Fraudにも利用しうるものであり、また、自動車のみならず、電化製品や食品等、日本企業が米国で、製品やサービスを販売する場合には、等しく適用される可能性があるものであるため、今後注意を要する。

5 小括

 上記のように、MWF(Mail Fraud 及び Wire Fraud)を概観すると、MWFが米国法令の域外適用及び司法取引に果たす役割としては、①MWFの積極的適用により連邦政府の刑事罰の範囲が拡大すること、②それにより、米国の司法当局が司法取引の道具を入手すること、③米国連邦刑事法の性質と相まって、証券取引法、FCPA、独禁法の違反行為による摘発が難しい場合に、MWFは代

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