リニエンシー資料を民事訴訟で使うための要件
2014年07月07日
弁護士 城之内 太志
カルテルを行った企業や当該企業の役員(以下では「カルテル企業等」という)の責任を追及するにあたって、公取委の保有する文書は非常に重要な証拠となる。
カルテルに関する合意は密室で行われることが通常であり、カルテルに関与した者の意思形成過程やそれに対する役員の認識というものが外部には全く明らかにならない。取締役会議事録の開示を受けたところで、当該カルテルに関する情報などは一切書かれていないであろう。そのため、民事訴訟や株主代表訴訟の原告は、報道によって公表されている情報だけを頼りに訴訟提起に踏み切らざるをえない。
一方、公取委は、独自の調査によって獲得される内部資料や従業員の供述、および、リニエンシーによって会社から任意に提出される報告書等から、カルテルの全容を把握し、排除措置命令もしくは課徴金納付命令を課す。
したがって、多くの場合、カルテル企業等の責任を追及するためには、公取委が保有する文書の開示を受けることが必須となる。
そこで、代表訴訟の原告側としては公取委に対して保有する文書を開示するよう文書提出命令申立てを行うことになるのであるが、公取委保有文書が文書提出命令の対象となるのか、という論点が生まれてくる。
すなわち、公取委が保有文書を開示することが、「公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により・・公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」(民事訴訟法220条4号ロ)に該当するのかという点が問題となってくるのである。
(1) 住友電工光ファイバーケーブル事件文書提出命令申立事件
まず、国内カルテルの事案で、公取委の保有する文書の開示に関して、裁判所がどのような判断を下しているのかを検討する。
住友電工光ファイバーケーブル文書提出命令申立事件において、大阪地裁は、公取委の保有する文書について、インカメラ手続きを経たうえで一部開示を認めた(大阪地決平成24年6月15日、判タ1389号352頁・判時2173号58頁)。
同事件で、申立人は①公取委の職員が独禁法違反事件の審査手続過程で住友電工の従業員からの供述を録取した調書②公取委が報告命令に基づいて住友電工から取得した文書(注2)③公取委が、本件カルテルに関し、課徴金減免制度に基づいて減免申請を行った者から取得した文書(注3)について提出命令を求めた。
これに対して、公取委および基本事件被告らは、(ⅰ)本件各文書には、違反行為として認定された事実以外の端緒情報の記載があるから、これが開示されることになれば、公取委の審査業務という公務の遂行に著しい支障が生ずる具体的なおそれがあること(ⅱ)本件各文書を開示すると、同業者からの嫌がらせや住友電工からの責任追及など供述者が不利益を受けるなどして、独禁法違反者による自発的な協力を妨げるおそれや、審査の手法が違反行為者に先読みされて証拠隠滅等が行われるおそれがあること(ⅲ)課徴金減免申請書類が開示されれば、課徴金減免申請を行うインセンティブを失わせることになることなどから、上記①ないし③の文書は民訴法220条4号ロに該当すると主張した。
裁判所は、インカメラ手続を実施したうえで、③の文書は証拠調べの必要性がないとして申立てを却下したが、①および②のうち、証拠調べの必要性が認められ、かつ、端緒情報を除いた部分については、220条4号ロに該当しないとして、当該文書の提出を命じた。その理由として、独禁法上審判が開始された場合、審判手続は原則として公開され(同法61条1項)、その事件記録は利害関係人において閲覧又は謄写を求めることができるのであるから(同法70条の15)、供述者らはその供述内容が将来にわたって公開されないことを期待して供述しているとは解されず、独禁法違反者の自発的な協力を得られないおそれは抽象的なものにとどまると判示している。
かかる決定は、五洋建設株式会社の株主による文書提出命令に対する抗告事件決定(東京高決平成19年2月16日、金融商事判例1303号58頁)の流れを引き継ぐものである。
このように、国内カルテルの場合には、公取委保有文書の一部は文書提出命令の対象となるという裁判例が積み重なってきている。ただし、これらの事例はリニエンシーを利用していない企業に関する文書であり、リニエンシーを利用した企業の場合にまで射程が及ぶのか否かは争いのあるところであろう。
(2) リニエンシーを利用している場合の文書提出命令
カルテルを行っていた企業がリニエンシーを利用している場合、公取委の保有する文書が文書提出命令の対象となるのか否かについて判断された裁判例は未だにない。
この点、リニエンシーを利用している場合には、公取委保有文書は文書提出命令の対象とはならないと考えるのが通説的見解のようである(注4)。
その理由としては、リニエンシーの申請のために公取委に提出された書類について文書提出命令が認められれば、民事訴訟の原告に有利となり、損害賠償請求が認容されやすくなる。そうすると、リニエンシーを利用した企業よりもリニエンシーを利用しなかった企業のほうが、たとえ課徴金を納付したとしても、結果的に有利に扱われる場合があり、リニエンシー制度の運用に著しい支障来たすことから「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」(民訴法220条4号ロ)に該当するというのである。
しかし、一切の保有資料を開示しないことが本当に妥当であろうか。
密行性の高いカルテルがリニエンシー制度によって炙り出されているという効果は認めざるを得ないものであり、制度自体を否定するつもりは一切ないが、企業間のカルテルの抑止力となるのは、一にも二にも私訴(代表訴訟も含む)である。リニエンシー制度を維持するために私訴を制限するなど、本末転倒もはなはだしいのではないだろうか。
私訴の充実とリニエンシー制度の活用は、車の両輪のようなものであり、いずれかが欠けても問題がある。前者はカルテルの抑止につながり、後者は既に存在するカルテルの早期発見につながるからである。
この調和を図る解決策として、後述するEU指令案が一つの参考になる。ただ、EU指令案を見る前に、これまでの国内カルテルの議論が国際カルテルの場合も同様に当てはまるのか、それとも異なる視点が必要となるのかについて検討する。
(1) 公取委は、国際カルテルの場合の保有文書の開示について、国内カルテルの場合と比べてより否定的である。住友電工ワイヤーハーネス事件でも、公取委や役員らは、上記光ケーブル事件決定を前提としてもなお国際カルテルには以下のような特殊性があるため、公取委の保有する文書は文書提出命令の対象とはならないと争った。
米国の反トラスト法では、三倍額賠償制度が存在し、さらに事案によってはクラスアクションによる賠償が加重される。そして、米国民事訴訟においては、ディスカバリーの制度が認められていることから、仮に日本の裁判所において公取委保有の文書が開示されれば、その文書がディスカバリーの対象となり米国での民事裁判に影響を及ぼす可能性がある。そうすると、日本においてリニエンシーを利用してカルテルを自認し課徴金減免を受けて得られる利益よりも、米国での損害賠償額のほうが圧倒的に高額となり、日本でのリニエンシー利用が妨げられることとなる。そのため、「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」(民訴法220条4号ロ)と公取委は考えている。
このように、国際カルテルの場合の議論も国内カルテルの場面での議論の延長線上にあるといえる。結局、国際カルテルの特殊性を言い換えると、米国訴訟制度の特殊性ということとなるであろう。
しかし、規模の小さな国内カルテルの場面において裁判で提出されうる資料が、より大規模な国際カルテルの場面では提出されないということは、明らかにバランスを失している。
また、日本の公取委に提出した資料が、米国の訴訟でどの程度影響を持つのかという点も疑問である。仮に、何らかの影響があったとしても、日本の裁判所でインカメラ手続を行ったうえで海外の訴訟に影響がある部分については非開示とし、さらに証拠の閲覧制限をかけることによって、海外の訴訟で日本の公取委保有の資料が用いられるリスクというのは大幅に軽減できると思われる。
このような措置をとってもなお、公取委の資料が海外の訴訟で用いられる可能性があり、リニエンシー制度の運用に支障を来たすという意見もあるであろうが、そのような畏れは抽象的な畏れでしかなく、220条4号ロには該当しないと考える。
(2) さらに付言すると、米国では日本とは異なり、リニエンシーは最初に申請した企業にしか認められず、2番手以降に申請を行ったものは有罪答弁を行ったうえで捜査に協力することにより、量刑ガイドラインによる刑事罰の軽減を受けることができるにすぎない。また、米国でリニエンシー適用を受けた企業に対しては、その後の民事訴訟で原告に協力することを条件として、三倍額賠償ではなく実損額賠償に限定されることとなる(2004年立法:20Pub.L.No.108-237)(注5)。このように、米国リニエンシー制度を利用することによるメリットは極めて大きく、日米両国でカルテルを結んでいる企業としては、まず米国リニエンシーの適用を受けることを考える。
そして、米国リニエンシーを利用する企業は、通常、日本のリニエンシーも利用するであろう。米国市場において日本企業間のカルテルが発見されれば、当然日本市場においてもカルテルが結ばれていることが容易に推測され、日本において公取委の立入調査や他の企業によるリニエンシー申請がなされることが予想されることから、それらに遅れをとらないよう、米国と同時にもしくは米国での申請後即時に日本での手続を行うはずである。
そうすると、日本企業がアメリカでの訴訟を恐れて、日本でのリニエンシーを回避するなどといった事態は考えにくい。
なお、アメリカ司法省はリニエンシーを受けた企業名を公表しないが、他の違反行為者に対してサピーナ(召喚状)が出され捜査が進めばリニエンシーを受けた企業名は知られることとなるので(注6)、日本でのリニエンシー利用の有無にかかわらず、民事訴訟やクラスアクションは提起される可能性がある。
(3) このように、国際カルテルの場合にリニエンシー文書を開示してしまうと、米国訴訟への影響を恐れる企業のリニエンシー申請に対するインセンティブを阻害することになるのではないかとの公取委の心配は全くの杞憂であり、むしろ、米国リニエンシーとの関係からすると、国内カルテルの場合よりもインセンティブが増しているのではないかと思われる。
したがって、私は国際カルテルの場合と国内カルテルの場合とを区別する必要は全くないと考える。
結局のところ、いずれの場合でも、リニエンシー制度の活用と私訴の充実との調和をいかに図るかという問題に集約されることとなるであろう。では、いかにしてその調和を図るのか。ここでEUの例を見てみようと思う。
(1) EUでの裁判例
ア Pfleoderer事件(注7)
カルテル被害者が求めたリニエンシー資料開示に対する判断としては、Pfleiderer事件における欧州司法裁判所の判決(2011年6月14日)が先例的意味を持つ。
当該事件はカルテル事案の被害者である原告が、ドイツ競争当局(Federal Cartel Office (以下「FCO」という))に提出されたリニエンシー書類提出物をその後のドイツにおける民事損害賠償請求訴訟の準備のために開示請求したという事案である。
ボン地方裁判所から判断を求められた欧州司法裁判所は、加盟国に対して拘束力を有するEUの条約や法令には、加盟国競争当局に任意に提出されたリニエンシー申請書類へのアクセスに関する規定が存在しないため、加盟国自身が、EU競争法の効率的な適用を困難にしない範囲で、被害当事者のリニエンシー申請書類へのアクセス権に関する立法および法令の適用を行う立場にあるとした。その上で、加盟国のリニエンシー制度の実効性と、競争法違反の行為に対する抑止力ともなる民事損害賠償請求権を認められている原告の利益を衡量して判断すべきとし、そもそもEU法は、被害者がリニエンシー書類にアクセスすることを排除していると解釈されるべきではないとした。そして、具体的判断においてはケースバイケースで加盟国の法令に従って、加盟国の裁判所が決定すべきとした。
この欧州司法裁判所の判決を受けたボン地方裁判所は、2012年1月18日、リニエンシー申請書類の開示を認めれば将来のリニエンシー申請者が開示をおそれて申請を行わなくなる可能性があり、FCOのリニエンシー制度の効率性を損なうとしてその開示を認めなかった。
イ National Grid事件判決(2012年4月4日)(注8)
National Grid事件は、ガス絶縁体開閉器の国際カルテル事件の英国における民事損害賠償請求訴訟において、原告が欧州委員会に提出されたリニエンシー関連書類を含む書類の開示を求めて争った事例である。
英国高等法院は、Pfleiderer事件の欧州司法裁判所の法理は、欧州委員会のリニエンシー制度に関する本事案にも適用されるとしたうえで、リニエンシー非申請者に比べてリニエンシー申請者の責任負担が開示により増大しないことが必要であるところ、本件では、リニエンシーを申請していない違反者もリニエンシーを申請した違反者と同様に責任があると原告から主張されており、リニエンシーの申請者だけが提訴されているわけではない等の理由から、その懸念はないとした。また、リニエンシー関連書類の開示により、将来のリニエンシー申請に対する抑止とならないかという点については、欧州委員会による制裁金額が高額であること、及び、当該違反者がリニエンシーを申請しなくても他の違反者がリニエンシーを申請することにより事件が発覚し、当該違反者がリニエンシー申請を行った場合と同等の民事責任が発生する可能性は否定できないことを考えれば、将来の違反者もリニエンシー申請を続けると思われ、将来のリニエンシー申請を抑止するリスクは小さいとした。
そして、結論として、リニエンシー書類の一部の開示を認めた。
当該判決は、リニエンシー申請によって制裁金の減免という相当の利益を得られるのであるから、資料開示によるリニエンシー萎縮効果は生まれないという判断をしたのである。
ウ 小括
このように、リニエンシー書類の開示に関して、ドイツと英国では全く対応が異なっている。ドイツはリニエンシー制度の維持を理由として資料の開示を認めず、一方、英国では、民事訴訟におけるリニエンシー書類の重要性と書類を開示することによる弊害とを比較衡量したうえで、前者が優先されるべきと判断してしたのである。もっとも、ドイツでは、ドイツ競争当局や他国の競争当局による違反行為の認定にドイツの裁判所が拘束されることとなっており、民事訴訟の原告がリニエンシー書類をそれほど必要とする事情がないということに留意しておく必要があるであろう。
Pfleiderer事件の欧州司法裁判所の判決以降、上記のとおり各国の裁判所が、リニエンシー書類の取り扱いについて、それぞれ異なる判断を示したため、リニエンシー申請者にとって非常に不安定な状況が作り出されることとなった。そこで、欧州委員会は2013年6月11日に次のような指令案を出し、民事カルテル事案関連書類の開示について統一的な制度を策定しようとしている(注9)。
(2) EU指令案
ア リニエンシー書類の開示に関するEU指令案の内容は以下のようなものである。
① 加盟国裁判所は、民事損害賠償請求訴訟において、当事者または第三者に対し、(ⅰ)コーポレート・ステートメント、および、(ⅱ)和解手続における和解提案(注10)の開示を、いかなる場合も命じることができない(指令案6条1項)
② 加盟国裁判所は、競争当局が調査手続を終了し、または、決定を下した時点以降においてのみ(ⅰ)会社が調査手続において作成した書類(ⅱ)当局が調査手続において作成した書類の開示を命じることができる(指令案6条2項)
③ 上記①および②に該当しない書類については、いつでも、加盟国裁判所によって開示命令の対象とすることができる(指令案前文21項参照)
イ 指令案6条1項に記載されているコーポレート・ステートメントとは、申請事業者が自主的にカルテルに関する事実を申告するものであり、違反事実の自認である(注11)。コーポレート・ステートメントについては、米国のディスカバリー制度の適用を排除するため、口頭による申請が認められている。
ここで注意すべきなのは、コーポレート・ステートメントと共に提出する書類は、競争当局の調査手続に関係なく以前から存在するものであるから、絶対的保護(上記①)の対象とはならず、開示命令の対象となる(上記③)という点である。
次に、指令案6条2項記載の(ⅰ)会社が調査手続において作成した書類とは競争当局からの情報提供要求に対する回答書などであり、(ⅱ)当局が調査手続において作成した書類とは、当局からの異議告知書などである。これらについては、競争当局の調査が阻害される可能性があるとして、調査の終了までは民事訴訟において開示の対象とならないとしている。
ウ 以上のように、EU指令案は、ドイツ裁判所の立場と英国裁判所の立場とのちょうど間をとったような内容となっており、リニエンシー制度と私訴の活性化を図るという一見相矛盾する要求に対して、何とか応えようと模索している態度が伺われる。
上記EU指令案の方針を日本の場面に置き換えると、まず、企業がリニエンシー申請に際して公取委に提出する様式1号ないし3号などは開示されないこととなろう(上記①)。もっとも、様式2号の報告などと同時に提出する証拠については、開示されることとなる(上記③)。また、公取委の報告命令に基づく報告書に関しては、公取委の調査手続が終了した後は、開示されることとなるのであろう(上記②)。
供述調書については、上記①ないし③のいずれに該当するのか議論のあるところではあろうが、私見としては、公取委の調査手続において作成されたものであることからすると上記②に該当すると考える。
本稿の議論とは若干逸れるが、日本のカルテル規制と文書の開示に関して、私の思うところを述べたいと思う。
これまで見てきたようにEUでは、カルテル撲滅のためには私訴の活性化が重要であるとして、リニエンシー資料の開示を一定程度認めている。したがって、日本の公取委においても、最低でもEU指令案の水準と同程度の開示は認められるべきであろう。私としては、保有資料を一切開示しないという現在の公取委の態度には疑問を感じざるをえない。株主代表訴訟を含めた民事訴訟が、カルテルの予防に最も威力を発揮する(カルテルを結ばないことの最大のインセンティブになる)という点を、公取委は軽視しすぎているのではないか。
公取委はリニエンシー利用のインセンティブという点を盛んに主張するが、そもそも、リニエンシー利用のインセンティブはペナルティの大きさに比例するものである。すなわち、リニエンシーは、それを利用しない場合のペナルティが大きいからこそ利用しようと思うのであり、米国リニエンシー制度の成功は正にこの点にあるといえるであろう。日本の場合、課徴金算定の基準となるのは、カルテル実行期間中(最長3年間)の当該対象商品売上額の1%から10%程度であり、また刑事罰も上限5億円でしかなく、米国や欧州と比べてペナルティが大きいとはいえない(注12)。
公取委は、リニエンシー制度維持をお題目のように唱えて保有文書の開示を渋る前に、まず、このペナルティの問題について見直すべきはないだろうか。
▽注1: 住友電工
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