2014年07月28日
アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 塚本 英巨
法案の企画・立案に携わったとは、端的には、条文案を書いたということである。もっとも、条文案を書くためには、当然のことながら、条文の内容が決まっていなければならない。今般の会社法の改正のケースで言えば、法制審議会(法務大臣の諮問機関)に設置された会社法制部会において会社法制の見直しについて議論がされ、「会社法制の見直しに関する要綱」として取りまとめられたものが、法案の内容の基となっている。法制審議会会社法制部会の事務当局として同部会に関与すること(いわゆるロジ担当)は、条文案を書く前の段階における私の主な仕事であった。
法律が成立するまでの過程では、法案について幾つかの段階で審査を受ける。もちろん省内でも審査を受けるし、議会制民主主義国家である日本においては、国会における審議が最も重要であることは言うまでもない。他方で、今般の会社法改正法のように、内閣提出の法案である場合には、内閣法制局における審査がとりわけ重要である。なぜなら、内閣法制局における審査を通らなければ、法案を閣議に付すことができない、すなわち、国会に法案を提出することができないからである。
内閣法制局での審査は、条文案の内容はもちろん、条文案の表現・用語法が適切かといったことについて、かなり緻密に行われ、法案の国会提出予定時期の前は、連日のように行われ、宿題も出されるため、かなり忙しくなる。私は、出向前、法律事務所で深夜まで仕事をすることも多かったが、忙しさの最大瞬間風速は、内閣法制局で審査を受けている最中のほうが高かったのではないかと思われるくらいである。
それはともかく、条文案を書くに当たっては、個々の担当者の自由演技で作文していいというわけではなく、具体的な文言の書き方・配置等の形式的なあらゆる事項について、一定のルール(「法制」上のルールと言われることがある。)があり、それに従う必要がある。会社法の一部を改正する法律案であれば、当然のことながら、会社法の既存の条文との平仄を合わせる必要があるが、他の法律中に既に同様のことを定めた似た条文があれば、それを参照する必要があるので、他の法律の用例も探す必要がある。
そのような一定のルールに従って条文案を書かなければ内閣法制局での審査を通過することができないわけである。そして、そのルールをまとめたものが、法制執務研究会編『新訂 ワークブック法制執務』(ぎょうせい、平成19年 )であり、法律案の立案に携わる者にとってのバイブルである。
以下では、既存の条文との平仄の関係や条文案を書くルールについて、簡単に紹介したい。
今般の会社法の改正では、監査役会設置会社及び委員会設置会社(今般の改正により、「指名委員会等設置会社」に改称)と並ぶ第3の類型の新しい機関設計として、「監査等委員会設置会社」が設けられている。
監査等委員会設置会社には、監査役の代わりに、「監査等委員会」が置かれる。この監査等委員会に関する条文として、監査等委員が取締役の不正行為等を発見したときは、その旨を取締役会に報告しなければならない旨を定める399条の4と、監査等委員が株主総会提出議案等について法令違反等を発見したときは、その旨を株主総会に報告しなければならない旨を定める399条の5があるが、それぞれの条文には、見出しを付ける必要がある。
会社法には、一定の機関への報告に関する条文が幾つかあるが、その見出しの書き方は、2通りある。「~への報告義務/への報告の省略」(382条等)という「への」報告類型と、「~に対する報告義務/~に対する報告」(384条等)という「に対する」報告類型である。報告義務を定める条文の見出しであっても、「への」報告類型と「に対する」報告類型の両パターンがあるため、どちらに揃えて上記の監査等委員会の報告義務を定める各条文の見出しを書くかを考えないといけない。会社法の既存の条文の見出しがなぜそのように規定されているのかということを検討し、それと整合的にそれぞれの見出しを書く必要がある。
整合的な説明をパッと見つけるのは容易ではない場合もあるが、条文の見出しの書き方一つとってみても、そのような地道な作業が行われているのである(399条の4と399条の5の実際の各見出しについて、どのような理由からそれぞれの見出しが付けられているか、読者の皆様にもお考えいただけたらと思う。)。
次に、条文を書くに当たってのルールはたくさんあるが、ここでは、お恥ずかしいことに、私が法務省民事局に出向するまではあまり意識していなかったルールを一つ紹介したい。
それは、「第○項の場合において」と「第○項に規定する場合において」の使い分けである。両者の使い分けは、法制上は、はっきりとしており、「第○項の場合において」とは、第○項で規定された事項の補足的事項を定める場合に用いられ、簡単に言えば、「第○項が適用される場合において」というくらいの意味であるが、これに対し、「第○項に規定する場合において」とは、当該第○項に、「~の場合において」とか、「~のときは」というように、仮定的条件を示す部分が定められている場合における当該部分を指すものである(前掲ワークブック法制執務708頁参照)。
ただ、このような使い分けは、あくまでも法制上のものであり、出来上がった条文がこの使い分けどおりに実際に運用されるか、究極的には、裁判所が当該条文をどのように解釈するかは、必ずしもそのような形式だけにとらわれるわけではなく、条文の趣旨等も踏まえて決せられるのではないかと思われる。
この点で興味深い条文が会社法にある。すなわち、784条2項は、「前項本文に規定する場合において」、吸収合併等の法令違反等がある場合であって、消滅株式会社等の株主が不利益を受けるおそれがあるときは、消滅株式会社等の株主は、吸収合併等の差止めを請求することができるとしている。他方で、784条1項は、その本文において、存続会社等が「消滅株式会社等の特別支配会社である場合には」、消滅株式会社等の株主総会の決議による吸収合併契約等の承認を要しないものとし、そのただし書において、例外的に消滅株式会社等の株主総会の決議を要するケースを定めている。
784条2項でいうところの「前項本文に規定する場合」とは、法制上の読み方からすれば、784条1項本文でいうところの存続会社等が「消滅株式会社等の特別支配会社である場合」を指すことになる。平成17年の会社法の立案担当者は、この見解である。
しかし、一般的な教科書では、784条2項の消滅株式会社等の株主の差止請求権の趣旨に関し、違法・不公正な内容の吸収合併等が行われる場合に、株主総会の決議の取消しという方法で少数株主を保護することができないことの代わりとして認められたものであるという説明がされている。そうすると、株主総会の決議が必要となる784条1項ただし書に該当する場合には、存続会社等が「消滅株式会社等の特別支配会社である場合」であっても、差止請求権を認めなくともよいのではないか、すなわち、784条2項でいうところの「前項本文に規定する場合」とは、単に、存続会社等が「消滅株式会社等の特別支配会社である場合」だけでなく、これに加えて、株主総会の決議が不要となる場合を指すのではないかという疑問が出てくる。そのため、立案担当者の上記考え方を「有力な学説」として位置付けるにとどめる文献もある。
今般の改正により、組織再編に関する一般的な差止請求権が784条の2において創設されたため、784条2項は削られているが、同項の文言は、784条の2第2号 に引き継がれているので、今般の改正後も、どのように解すべきかが論点となる場面があるかもしれない。
弁護士になりながら、法律の条文案を作成する、有り体に言えば、自分がその原案を書いた条文が六法に載るという幸運に恵まれた。もとより、法律は、国民の権利義務を定めるものであり、その内容はもちろん、文言に誤りがあってはならず、一言たりとも疎かにすることはできない。その意味でも、法律の条文案を作成する仕事は、非常に責任が重く、やりがいのある仕事であった。
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