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株主総会、議案の否決リスクが高まる 機関投資家の動向

依馬 直義

2014年6月総会における機関投資家の議決権行使状況

 

三井住友信託銀行株式会社
証券代行コンサルティング部
IR・SRチーム
チーム長 依馬直義

 

依馬直義依馬 直義(えま・なおよし)
 三井住友信託銀行株式会社 証券代行部 証券代行コンサルティング部 IR・SRチーム チーム長。
 1991年中央大学法学部卒、中央信託銀行(現・三井住友信託銀行)入社。信用格付機関の出向等を経て、IRコンサルティング業務に携わり、2012年4月より現職。
 日本の株式市場における外国人持株比率は、2014年3月末に初めて3割を超えた。安倍政権が掲げる「日本再興戦略」の下、日本版スチュワードシップ・コードの制定、公的年金の運用方針の見直し、コーポレートガバナンス・コードの検討など、グローバル市場における日本の存在感をアピールし、株式市場を活性化するための様々な施策が打ち出されており、海外機関投資家の注目が集まっている。株式会社の基本的事項を決定する最高の意思決定機関である株主総会においても、日本企業に対し資本効率の向上やコーポレートガバナンスの強化を求める声が一層高まっている。そこで、本年6月総会における機関投資家の議決権行使状況について振り返った。

 本年の特徴としては、国内機関投資家および議決権行使助言会社の議決権行使ガイドラインに大きな変更はなかったものの、本年5月末に120社を超える機関投資家が「日本版スチュワードシップ・コード」の受け入れを表明した影響などもあり、外形的な基準に加え、実質面も精査したうえで判断するケースがあり、議決権行使スタンスがより厳しくなる傾向がみられた。2013年に、米大手議決権行使助言会社のISS(Institutional Shareholder Services)が取締役選任議案について、「監査役設置会社の取締役会に社外取締役の選任を必須」とするガイドラインに変更した影響を受け、本年も新たに社外取締役を選任する企業が増えた。この結果、東証1部上場企業のうち社外取締役を選任した企業の割合は前年の62%から74%に上昇した。また、監査役選任議案については、特に社外監査役の独立性を一層重視する傾向がみられた。

 日本版スチュワードシップ・コードの制定を背景に、機関投資家は投資先企業との「目的を持った対話」(いわゆるエンゲージメント)を求められており、企業も株主総会対策として、機関投資家の議決権行使ガイドラインの把握や上程する議案内容の説明等を通じたコミュニケーション活動の強化が課題となっている。

1.議決権行使率

 三井住友信託銀行の集計によれば、2014年6月に株主総会を開催した企業(約800社)の議決権行使率(前日集計ベース)は、全体で5割半ばとなり、前年を若干上回った。所有者別にみると、信託銀行9割半ば、外国人7割、個人3割強となった。

2.本年6月総会のトピックス

 (1)剰余金処分議案

 一般的には反対行使が少ない議案である。しかし、自己資本比率の高い企業あるいは潤沢な資金を保有しさらなる内部留保の必要がない(キャッシュリッチ)企業でありながら、株主還元(配当および自己株取得)が十分でないと判断する場合には、一部の国内機関投資家が議決権を行使して反対するケースがみられた。また、業績や株価が低迷している、あるいは配当性向が低い水準である場合に、国内機関投資家が議決権を行使して反対する事例もあった。なお、ISSは通常の場合、配当性向が15~100%の範囲内であれば、賛成を推奨している。

 (2)取締役選任議案

 前年に続いて、新たに社外取締役を選任する企業が増えた。背景には、ISSが2013年より、「監査役設置会社の取締役会に少なくとも1名の社外取締役が選任されない場合、経営トップの選任に反対を推奨する(ただし社外取締役の独立性は問わない)。」としたことがある。特に外国人持株比率の高い企業では、海外機関投資家からの反対の増加が予想されたことから、新たに選任するケースがみられた。また、会社法の改正により、来年度から「社外取締役を置かない理由」を説明しなければならなくなることも後押ししたとみられる。なお、ISSは現在のガイドラインでは、社外取締役に独立性を求めていないことから反対は推奨しないが、助言レポートの中で社外取締役候補者の独立性に必ず触れている。各企業の助言レポートの中で、社外取締役の候補者について、大株主・取引先・主要な借入先等の出身者を「関係のある社外者」(Affiliated Outsider)に分類しており、「独立性がない」という事実を明記し、海外機関投資家に伝えている。これを受けてなのか、独自の判断によって特定の社外取締役候補に反対する海外機関投資家もみられた。

 一方、国内機関投資家の中に、社外取締役の選任を必須とするガイドラインを定めているところは少数派であるが、社外取締役を選任している場合には、その独立性を必ずチェックしている。社外取締役に対する「独立性の基準」は、機関投資家によってそれぞれ異なるが、主なポイントとしては①親会社・大株主の出身者、②取引先出身者、③主要な借入先、④顧問契約のある弁護士事務所あるいは会計事務所の出身者、⑤コンサルティング契約のある企業の出身者、⑥株式の持合いがある先、⑦役員を相互に派遣している先、⑧親族等をみて判断している。また、国内機関投資家の場合、取締役選任の判断基準として、一般的に業績や株価パフォーマンス基準を採用しており、直近決算期あるいは過去2~3期のROEまたは利益の水準、配当性向、株価水準等をみて、再任に反対するケースもあった。さらに、国内機関投資家の一部には、取締役会の構成をみて判断するケースもあり、一定規模以上の員数(15名超)や合理的説明なき増員の場合には、候補者全員に反対する事例もみられた。その他には、法令違反・不祥事等といった反社会的行為があった企業については、代表権のある取締役や関与した担当役員に対する反対もみられた。

 (3)監査役選任議案

 社外監査役の独立性については、海外機関投資家ばかりでなく、国内機関投資家も非常に重視していることから、より厳格に判断されるケースが増えた。特に、大株主・取引先・顧問契約のある弁護士事務所または会計監査人等の出身者に対し反対する事例が多くみられた。ISSは、監査役設置会社において社外取締役の場合には独立性を問わないため、社外取締役を選任さえすれば特段問題としていないが、社外監査役の場合には独立性をチェックして反対を推奨するケースが多くみられた。ISSの独立性の基準として、①大株主、②メインバンクや主要な借入先、③主幹事証券、④主要な取引先、⑤監査法人、⑥コンサルティング契約や顧問契約などの重要な取引関係、⑦親族に該当する場合には、独立していないと判断している。なお、ISSは賛否推奨の判断にあたって、情報ソースとして株主総会の招集通知書ばかりでなく、有価証券報告書や独立役員届出書といった開示情報も参考にしており、当該企業と出身先との取引関係が明確でない場合、当該候補者について独立性がないと判断し、反対を推奨するケースもみられた。

 他方、米大手議決権行使助言会社のグラスルイスは、監査役会全体の独立性をみて判断している。改選後の監査役会メンバーに独立性のあると判断される社外監査役が過半数いない場合には、社内監査役あるいは独立性がない社外監査役候補者に対して反対を推奨している。取引関係のある企業出身の社外監査役候補者に対し反対を推奨する助言レポートがグラスルイスから発表された後、当該企業が独立役員届出書に社外監査役候補者の出身企業との取引金額を明記して再提出し、それによって、賛成に変更されるケースもあった。

 (4)退職慰労金支給議案

 退職慰労金支給については、対象者に社外取締役あるいは監査役(社外・社内)が含まれている場合、国内外の機関投資家の多くは反対している。ただし、ISSは、社外取締役あるいは社外監査役が含まれていても支給額が個別開示され、それが過大でない場合、例外的に賛成を推奨する。一方、グラスルイスは、2013年より打ち切りを含む全ての退職慰労金支給議案に反対を推奨している。

 (5)賞与支給議案

 日本企業の場合、支給金額が過大と判断して反対する機関投資家はほとんどみられないが、業績・株価パフォーマンスや不祥事の発生などを考慮して反対するケースがみられた。また、グラスルイスは、2013年から社外取締役および監査役(社内外を問わず)に支給する場合、反対を推奨している。

 (6)買収防衛策議案

 買収防衛策は3年ごとに更新されるケースが多いが、本年は廃止する企業が増えた。また、初めて否決される事例もあった。議決権行使助言会社のISSが賛成を推奨したのは1社のみ、グラスルイスが賛成を推奨したのは2社となった。

 【表】買収防衛策について議決権行使助言会社が賛成を推奨した企業の数の推移

  2010年 2011年 2012年 2013年 2014年
ISS 0社 2社 1社 1社 1社
グラスルイス 0社 3社 0社 0社 2社

(出所)筆者調べ

3.米大手議決権行使助言会社の賛否推奨の状況

 本年6月に開催された企業をサンプル抽出し、ISSとグラスルイスがそれぞれ反対推奨した議案について分析した。反対推奨が多かった議案のトップ3は、①買収防衛策、②監査役選任、③取締役選任であった。①買収防衛策についてはいずれもほぼ100%、②監査役選任についてはISSが43%、グラスルイスが63%、③取締役選任についてはISSが22%、グラスルイスが80%の反対推奨となり、グラスルイスのほうが厳しい結果となった。

 買収防衛策に対するガイドラインでは、買収防衛策のスキームや取締役会および特別委員会の独立性などの項目がチェックされているが、買収者が現れた場合に経営陣の恣意性や保身を排除できる仕組みが構築されていないと判断され、反対推奨されるケースが多くみられた。監査役選任については、社外監査役に独立性がないと判断され、反対推奨のケースが多かった。ISSは、社内監査役の選任に対して反対を推奨することは少ないが、グラスルイスは改選後の監査役会メンバーの構成をみて、「独立性がある社外監査役が過半数を占めない場合(たとえば、監査役4名のうち独立性がある社外監査役が2名以下しかいない場合)」には、社内監査役に対しても反対推奨していることから、ISSよりも反対が多かった。また、取締役選任については、ISSは「社外取締役を少なくとも1名選任すればよい(社外取締役の独立性を問わない)」というガイドラインに基づいて賛否を推奨しているのに対し、グラスルイスは「独立性がある社外取締役が2名以上かつ20%以上いない場合には経営トップに反対する」としていることから、グラスルイスの反対推奨が多くみられた。一方、いずれも反対推奨がなかった議案は、剰余金処分、役員報酬額改定、およびストックオプションであった。

4.来年に向けた課題

 外国人持株比率の上昇にみられるように、日本の株式市場への期待は高まっている。また、最近の市場を取り巻く環境面でも、日本版スチュワードシップ・コードの制定と機関投資家の受け入れ表明、国内機関投資家の最大のスポンサーである年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)による運用受託機関やマネージャーストラクチャーの見直し、新たなベンチマークである「JPX日経インデックス400」の算出、会社法の改正、コーポレートガバナンス・コードの検討といった新しい動きがみられる。海外機関投資家を中心に日本株の投資銘柄の選定にあたって、資本効率の向上やコーポレートガバナンスを重視する傾向が強まっている。また、ISSは来年以降、取締役選任議案においてROE基準の採用を検討しており、株主還元を重視した経営も求められている。

 社外取締役については、ISSの取締役選任ガイドライン変更や会社法の改正などにより、東証1部上場企業の7割以上が選任するという環境の変化がみられるが、社外監査役については選任のサイクルが4年に1度という事情もあり、社外監査役の独立性の確保を十分に認識しないまま再任あるいは前任と同じ出身先の候補者を選任するケースもみられることから、改めて社外監査役の独立性をチェックしておく必要がある(なお、独立役員に関する東京証券取引所の定義、社外取締役・社外監査役に関する会社法の定義とは異なり、機関投資家のガイドラインには独自の独立性基準があることに注意が必要)。機関投資家の議決権行使方針はHPなどを通じて一般に公表されているものの、具体的な議案に対する判断基準あるいはガイドラインの詳細まで開示されていないことが多いため、企業としては想定される議案に関する機関投資家の考え方やスタンスを十分に把握し理解したうえで、上程する議案内容を慎重に検討しておく必要がある。たとえ前回と類似した議案であっても、機関投資家(信託銀行・外国人名義の株主)による持株比率の上昇等による株主構成の変化や機関投資家の議決権行使基準の厳格化などによって、議案の否決リスクが一層高まることも予想される。このため、次回総会対策として国内外機関投資家の実質株主調査、議決権行使予測シミュレーション(票読み)、あるいは機関投資家とのコミュニケーション活動などもあらかじめ実施しておく必要があろう。

 ▽注:本稿における意見などは、あくまでも個人的な見解であり、筆者の所属する会社および組織を代表するものではありません。