2014年08月11日
アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 森下国彦
「添付は、貴社から当事務所宛の委任状のドラフトになります。」
「先ほどお送りしたwordファイルのパスワードは『×××』になります。」
「添付エクセル表中の頁数は、昨年提出の有価証券報告書の該当頁数になります。」
「本日の○○会の会場は、△階の××(ボードルーム)になります。」
この表現が違和感を持たれる理由については既に語りつくされていて、今さら述べる必要もないくらいであるが、「なる」は「成る」であって、本来「AからBに“成る”」という変化の要素を含むところ、そのような意味合いのない文脈で「~になる」が使われるところに違和感の源泉がある。この「~になります。」は、ファミレス(ファミリーレストラン)やコンビニで使われ始め、それが次第に広まってきたと言われている(2003年5月24日の日経プラスワンに、「~でよろしかったでしょうか」とともに、「数年前から若者の間で広まった新しい言葉」として「~になります」が取り上げられている)が、当初より特に年長者から「おかしい」とか「間違った言葉の使用法」であるという反応があった。
ちなみに、上記2003年の日経プラスワンの記事によると、ファミレス・チェーンのロイヤルホストでは、同年の1月に店内で使用を禁止する5つの言葉と、その正しい使い方を通達したとのことである。それによると、禁止する5つの言葉とは、
1.「こちら(ケチャップ)になります」
2.「(1,000円)から(お預かりします)」
3.「(おタバコ)の方、(お吸いになられますか)」
4.「(山田様で)ございますね」
5.「(以上で)よろしかったでしょうか」
であり、これらの場合の“正しい”言い方は、以下の通りであるとのことである。
1.「お待たせしました。ケチャップでございます」
2.「1,000円、お預かりします」
3.「おタバコは、吸われますか」
4.「山田様でいらっしゃいますね」
5.「以上でよろしいですか」
私自身は最近ロイヤルホストを訪れる機会がないので、現在、店内でこの通達が実践されているかどうかは確認できていない。しかし、他のファミレスやコンビニ等では、“正しい”とは言えない「禁止」対象の言葉を依然として多く耳にする。
「~になります」に話を戻すと、最近でもその勢いは衰えるところを知らず、むしろ増えているのではないかとさえ思える。私も、当初は事務所の若い弁護士がこれを使っているのを目にすると注意したりしていたが、クライアントから送られてくるメールにも「下記が現時点での本件のスケジュールになります。」などと、当然のように使われているのを見ると、もしかすると、数年後にはこの表現は完全に市民権を得るのかもしれないと思ったりもする。
言葉は揺れ動いており、何が“正しい”かを決めることはできない。従前より“誤り”と言われてきた、いわゆる「ら抜き言葉」(“来れる”、“着れる”など)も、話し言葉ではかなり定着してきただけでなく、メールでも「先ほどお送りいただいたURLでは、リンク先のサイトがちゃんと見れました。」といった表現はよく目にするようになり、私自身も(それが使われる状況や、使う人が誰かにもよるが)それほど強い違和感を抱かなくなってきた。「とんでもない」の丁寧語としての役割を果たす「とんでもございません」も、従来は誤用とされてきたが(「とんでもない」全体が一つの形容詞であることがその理由である)、文部科学大臣による諮問を受けて文化審議会が平成19年2月に公表した「敬語の指針」(http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/bunkasingi/pdf/keigo_tousin.pdf)では、現在では、使うことに「問題がない」表現であるとされている(47頁)。
誤用と言われつつその使用が衰えず、むしろ勢いを増す言葉にはそれなりの理由なり合理性もあり、「ら抜き言葉」の場合には、受身形との区別がしやすいという事情がある。「見れる」で言えば、“正しい”表現としての「見られる」では、見ることができるという意味と、誰かに見られるという受身表現との区別ができないので、誤解のないように書こうとすると「見ることができました」とやや長い表現になってしまう。「~になります」については、推測するに、「~です」では短すぎて丁寧な感じが足りないように思われ、かといって「~でございます」では逆に丁寧すぎると感じられるところ、「~になります」はその穴を埋めるところにその“人気”の秘密があるのかもしれない。
実は、少し前に所内の若い弁護士向けに、「~になります」の使用は控えたほうがいいのではないかとの私見を伝えたところ、ある若手弁護士から、昭和23年(1948年)の国会議事録中に既に使用例があるという指摘を受けた。昭和23年12月7日の参議院法務委員会での質疑応答がそれである(会議のテーマは、「検察及び裁判の運営等に関する調査の件」というもの)。
○委員長(伊藤修君) あなたと浦和語助とは、どういう関係になりますですか。
○証人(岡田公君) 浦和語助は妹の夫になります。
国会会議録検索システム(http://kokkai.ndl.go.jp/)を使うと、昭和22年(1947年)の第1回国会から、両院の本会議のほか各委員会の議事録の内容を見ることができる(見れる)。議事録に使われている単語や文章をキーワードにして検索することができるが、期間や対象を限定せずに単純に「になります」で検索すると、3000件以上がヒットして検索制限値(1000件)を超えてしまうが、その多くは、見てみると「体制整備も必要になります」とか、「厳しい状況になります」など、ここで問題にしている用法ではない。上記の昭和23年の使用例は、よく見つけたものだと感心してしまった。これは国会の委員会での口頭での質疑の記録なので、「書き言葉」とは言えないが、それにしても「~になります」が今から60年以上前に既に一部で使用されていたということには興味深いものがある。
この稿のタイトルに「“正しい”日本語とは?」と書いたのは、“正しい”日本語(外国語でも同じであるが)というのは多義的であって唯一の正解があるわけではなく、また言葉は時代とともに動いていくものであるが、それが使われるシチュエーションにおいて、“より適切”な言葉や表現があるはずだ、ということが言いたかったのであり、(昭和23年の用例はともかく)現在(私を含めて)無視できない一定割合の人が違和感を覚える表現は、やはり使うのを避けるのが無難であろう。ただ、違和感を覚える人がいる、という事実は、場合により上の世代から若い世代に伝えなければ認識されないということもあるであろう。
法令・規則の条文が言語によって書かれていることはもちろん、法律家である我々は、契約書、意見書・メモランダムなどの作成、クライアントに対するメールでのアドバイスなど、言葉を扱うことにより仕事が成り立っている。誤解なく所期の内容を相手に伝えること、さらに将来の不特定の読者に対してもその内容がニュアンスを含めて正確に伝わるようにすることが必要であり、そのためには言葉に対する感覚を養う必要がある。母国語ではない外国語を扱うについては、一層の困難があるのはもちろんであるが、日本語についても、母国語だからという甘えを捨て、常に「これでいいのだろうか」という自省を忘れないようにしなければと思う。
皆が使っているから、ということで安易にそれを真似てよしとするのではなく、これが(“正しい”か、というよりも)適切な表現かどうか、伝えるべきことを過不足なく伝え、かつ相手に失礼にならず、また逆に慇懃無礼になっていないか、ということをおろそかにせず、常に真剣に考える癖をつけることで、法律家として必要な言葉に対する感覚を磨くようにしたい。
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