メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

公募増資インサイダー取引事件を踏まえた情報伝達・取引推奨規制の導入

上島 正道

 公募増資インサイダー取引事件などを受けて、近年、金融商品取引法のインサイダー取引規制を見直す法改正が相次いでいる。今年6月末まで金融庁総務企画局市場課専門官として法改正の動きを間近で体験してきた上島正道弁護士が、3回にわたり、最近のインサイダー取引見直しの動向について解説する。2回目の今回は、公募増資インサイダー取引事件等の対応が検討された平成24年のインサイダー取引規制に関するワーキング・グループを踏まえ、情報伝達・取引推奨規制の導入などが行われた平成25年改正法などについて語る。

 

近年のインサイダー取引規制に関する見直し(2)

西村あさひ法律事務所
弁護士 上島 正道

1 はじめに

上島 正道(かみじま・まさみち)
 2004年慶應義塾大学法学部卒業、2007年弁護士登録。2011年4月から2014年6月まで金融庁総務企画局市場課専門官として、金融商品取引法等の改正等を担当。2014年7月より西村あさひ法律事務所に復帰。
 近年の相次ぐインサイダー取引規制に関する見直しを踏まえ、「近年のインサイダー取引規制に関する見直し・1」(本年9月17日)では、平成24年改正法に関する見直しについて解説した。本稿では、平成25年改正法における見直しについて、解説することとしたい(注1)。なお、本稿中、意見にわたる部分は、筆者の個人的な見解であることを申し添える。

2 平成25年改正法及び関連政府令による見直し

 (1) 経緯

 平成24年に設置された「インサイダー取引規制に関するワーキング・グループ」においては、公募増資インサイダー取引事案を踏まえ、情報伝達行為への対応、課徴金額の計算方法その他近年の違反事案の傾向や金融・企業実務の実態に鑑みたインサイダー取引規制の見直しが審議され、平成24年12月25日に報告書「近年の違反事案及び金融・企業実務を踏まえたインサイダー取引規制をめぐる制度整備について」(以下「平成24年インサイダーWG報告書」という。)が公表された(注2)
 また、平成22年12月24日に金融庁が公表した「金融資本市場及び金融産業の活性化等のためのアクションプラン」(注3)を踏まえ、平成24年に設置された「投資信託・投資法人法制の見直しに関するワーキング・グループ」においては、投資法人に関するインサイダー取引規制の導入が検討され、平成24年12月に「投資信託・投資法人法制の見直しに関するワーキング・グループ最終報告」(以下「平成24年投信WG報告書」という。)が公表された(注4)
 平成25年改正法では、平成24年インサイダーWG報告書を踏まえ、①情報伝達・取引推奨規制の導入、②資産運用業者の違反行為に対する課徴金の引上げ、③近年の金融・企業実務を踏まえたインサイダー取引規制の見直しが行われ、平成24年投信WG報告書を踏まえ、④上場投資法人等の会社関係者による投資証券等についてインサイダー取引規制が導入されることとなった。また、そのほか、いわゆる対抗買いに関する適用除外規定やいわゆる知る前契約・計画に係る適用除外規定について、解釈の明確化等が検討されている。

 (2) 平成25年改正法の具体的内容

 平成25年改正法では、インサイダー取引規制について、制度導入時以来の大改正が行われている。

 まず、①情報伝達・取引推奨規制が導入された。具体的には、未公表の重要事実・公開買付け等事実を知っている会社関係者・公開買付者等関係者が、他人に対し、「公表前に取引させることにより利益を得させる目的」等をもって、情報伝達・取引推奨を行うことを禁止することとされた(金商法167条の2)。当該行為により重要事実等の公表前の取引が行われた場合には、刑事罰・課徴金の対象とされている(金商法175条の2、197条の2第14号・15号)。
 例えば、上場会社Xの従業員Aが、同社の重要事実を知って、友人Bを儲けさせようと思い、Bに対し、「今、X社の業績はすこぶる快調で、大幅に業績予想が上方修正されることになる」と情報伝達したり、「理由は言えないが、今、X社の株式を買っておくと儲かる」と取引推奨し、実際に、Bが(業績予想の上方修正が公表される前に)取引した場合には、Aは刑事罰に問われたり、課徴金納付命令の対象となり得ることとなる。

 また、情報伝達・取引推奨規制違反に限らず、不公正取引等の違反行為を繰り返し行う可能性が高い者については課徴金を課すことに加え、取引相手方となり得る者に注意喚起をすることが重要であることから、公益又は投資者保護のため必要かつ適当であると認めるときは、違反行為者の氏名等の公表措置が設けられた(金商法192条の2)。
 例えば、情報伝達・取引推奨規制に違反する行為にかかわった証券会社等の役職員(補助的な役割を担った者を除く。)や、取引上の立場を利用して未公表の重要事実を要求するなどにより、インサイダー取引を行った者、インサイダー取引等の不公正取引を反復して行った者の氏名が公表される可能性がある。この氏名公表は、あくまでも違反行為者の取引相手先となり得る証券会社や投資家等に対して注意喚起し、将来的な違反行為の未然予防等を図っていく制度であり、制裁目的の制度ではないが、ひとたび氏名が公表されると、公表された者の社会的信用等に与える影響は大きいため、手続面の整備も行われている(後記(3)参照。)。
 なお、この情報伝達・取引推奨規制については、新規の規制であり、「目的要件」など、これまでのインサイダー取引規制にはない新たな概念が用いられていることから、金融庁は、情報伝達・取引推奨規制の解釈の明確化を図るため、平成25年9月12日に「情報伝達・取引推奨規制に関するQ&A」を公表した(注5)

 次に、②資産運用業者の違反行為に対する課徴金の引上げとして、「他人の計算」により違反行為を行う可能性がある者として、(ア)運用委託契約等に基づき、資産運用業務として売買等を行う資産運用業者と、(イ)その他業者以外の者が考えられるところ、(ア)については、3ヶ月分の運用報酬相当額を課徴金額とすることとし、(イ)については違反行為に係る手数料、報酬その他の対価の額を課徴金額とすることとされた(金商法173条~175条)。実際に、いわゆる公募増資インサイダー取引事案で資産運用業者に課された課徴金は数万円程度であり、課徴金額が安すぎるのではないかとの指摘があった(注6)。これに対し、公募増資インサイダー取引事案のうち、12万円の課徴金が課された事案では、改正後の計算方法では2億8560万円の課徴金が課されることとなり、8万円が課された事案では、8868万円の課徴金が課されることとなる(注7)

 そのほか、平成24年インサイダーWG報告書において指摘された③金融・企業実務を踏まえた見直しとしては、公開買付け等の対象企業の役職員が公開買付者等関係者に追加されている(金商法167条1項4号)。これにより、公開買付け等の対象会社の役職員が、自社に対する公開買付け等が行われることを知って、それが未公表のうちに自社株の買付け等を行うとインサイダー取引規制に違反することとなり(金商法167条1項)、当該役職員から公開買付け等事実の伝達を受けた者も情報受領者としてインサイダー取引規制の対象となる(金商法167条3項)。また、公開買付者等関係者から公開買付け等事実の伝達を受けた者については、伝達を受けた事項を公開買付開始公告や公開買付届出書に記載した場合や、公開買付け等事実を知ってから6ヶ月が経過した場合には規制の適用除外とする(金商法167条5項8号・9号)などの見直しが行われている。
 例えば、上場会社X社に対してAとBが競合して公開買付けを行うことを検討しており、AがBに対して「X社に対する公開買付けを行う予定である」と伝達した場合、改正前は、BがX社の株式を(公開買付けによるとしても)買い付けるとインサイダー取引規制に抵触することとなっていたが、改正後は、Aから伝達を受けた事項を公開買付開始公告等に記載することで、インサイダー取引規制の適用除外となることとされた。

 また、平成24年投信WG報告書を踏まえ、④上場投資法人等の会社関係者による投資証券等についてのインサイダー取引規制が導入されている。従前、投資法人が発行した投資証券等の取引については、原則としてインサイダー取引規制の対象外とされていたが、実際には、いわゆるスポンサー企業の変更、公募増資、大口テナントの退去等に際して、投資証券の価格や売買高が変動した事例が見受けられたことなどを踏まえたものである。そして、投資法人の発行する投資証券等のインサイダー取引規制については、既存の会社関係者によるインサイダー取引規制(金商法166条)に関し、規制対象者(上場投資法人等、その資産運用会社、特定関係法人(注8)の役員等)や、重要事実(投資法人である上場会社等や、その資産運用会社に関するもの)について、投資法人特有の修正を加える方式で改正が行われている。特徴的な点は、投資法人である上場会社等についての決定事実・発生事実・決算情報が重要事実になることに加え、投信法上、資産の運用に関して生じる事実に関する情報が資産運用会社において取得、保有又は管理されることが予定されていること等を踏まえて、資産運用会社も「上場会社等」に位置付け、当該資産運用会社についての決定事実・発生事実も当該上場会社等の重要事実とされる点である。
 例えば、資産運用会社は、投資法人とは別法人であることから、従前の金商法166条の枠組みであれば、当該投資法人の契約締結者として会社関係者に位置付けられることになるが、資産運用会社を「上場会社等」に位置付け、資産運用会社の契約締結者も「会社関係者」としてインサイダー取引規制の対象となり、資産運用会社についての決定事実・発生事実も「重要事実」となり得ることとなっている。

 さらに、平成25年改正法の公布後1年半以内施行部分においては、投資法人について投資法人が投資主との合意により自己の投資口を取得するための制度(自己投資口取得)が新設されること、投資口に係る新投資口予約権無償割当て(いわゆるライツ・オファリング)が導入されることに伴い、通常の株式会社について自己株式取得やライツ・オファリングが重要事実とされている(金商法166条2項1号ニ・ホ)ことと平仄を合わせ、投資法人の発行する投資証券等に係るインサイダー取引規制についても自己投資口取得や新投資口予約権無償割当てを重要事実に含める(金商法166条2項9号ハ・ニ)等の所要の改正が行われている。

 (3) 平成25年改正法(1年以内施行・1年半以内施行)関連政府令の改正の具体的内容(注9)

 上記(2)の改正法の成立後、関係政府令の策定作業が進められ、パブリックコメントを経て平成26年1月21日に関係政令の閣議決定が行われ、同月24日に公布され(注10)、関係内閣府令は同年2月14日に公布された(注11)。また、④上場投資法人等の会社関係者によるインサイダー取引規制については、一部分について、改正法の公布から1年半以内施行とされていたことから、当該部分について同年6月27日に関係政令の閣議決定が行われ、同年7月2日に公布された(注12)

 まず、情報伝達・取引推奨規制の導入については、情報伝達・取引推奨が仲介関連業務・募集等業務に関し行われた場合以外の課徴金は、情報伝達・取引推奨を受けた者の「利得相当額」に2分の1を乗じた額とされていることから、この「利得相当額」の算定に必要な事項や、違反行為が市場デリバティブ取引である場合の課徴金の算定に必要な事項(金商法施行令33条の18~33条の22、金融商品取引法第6章の2の規定による課徴金に関する内閣府令(以下「課徴金府令」という。)1条の26)、仲介関連業務の内容(課徴金府令1条の24)、仲介関連業務や募集等関連業務の対価に相当する額の具体的算定方法(課徴金府令1条の25)といった技術的な事項が定められている。さらに、情報伝達・取引推奨規制違反を犯則事件の範囲に追加し、犯則調査の対象とすることとされている(金商法施行令45条) (注13)
 また、平成24年インサイダーWG報告書において、情報伝達・取引推奨規制と法人関係情報(注14)を提供した勧誘の禁止の整合性を図るべきことが指摘されたことを踏まえ、業規制上も同様の行為を禁止することとされている(金融商品取引業等に関する内閣府令(以下「業府令」という。)117条1項14号の2等)。

 次に、資産運用業者の違反行為に対する課徴金の引上げを踏まえ、課徴金額の計算に必要な「運用対象財産」の範囲として、資産運用業者の業務の種類(投資一任契約に基づく運用、投資信託財産の運用、ファンドの自己運用等)ごとに、違反行為に係る利益又は損失が帰属するもの(課徴金府令1条の10第1項等)や、運用の対価に相当する額の内容(課徴金府令1条の10第2項等)といった技術的な事項を定めている。なお、不公正取引のうち、インサイダー取引については、運用報酬額を算出できない場合には違反行為に係る取引をした価格に数量を乗じた額の10分の1を「運用の対価に相当する額として内閣府令で定める額」としている(課徴金府令1条の21第2項)。これにより、違反者が具体的な報酬額を明らかにしないような場合であっても、違反行為に係る取引額から、課徴金額が算定されることとなり、報酬額が「算定不能」であるとして、課徴金を免れるということはできなくなっている。

 このほか、新設された氏名公表措置については、氏名等の公表の方法及び手続について定める「金融商品取引法令に違反する行為を行った者の氏名等の公表に関する内閣府令」(以下「氏名公表府令」という。)が新設されている。氏名公表府令1条は、金融庁長官、監視委又は財務局長は、金商法192条の2に基づき違反行為者の氏名等を一般に公表するときは、インターネットの利用その他の適切な方法により行うこととしている。氏名公表は、今後、金融庁等のウェブサイトにおいて行われることが予想され、長期にわたり、違反行為者の名前がインターネット上で閲覧可能となるとともに、業界団体においても不利益を被ることとなる(注15)。また、課徴金事案に係る違反行為者の氏名公表については、審判手続とは独立した事前手続として、違反行為を行った者に対して意見を述べる機会が付与される(氏名公表府令2条)。特に、証券会社の業務として同社の役職員(補助的な役割を担った者を除く。)が違反行為を行った場合、課徴金納付命令の審判手続の被審人は当該証券会社となるが、氏名公表の対象となるのは、当該役職員であることから、この意見陳述の機会の重要性は高い。
 また、公開買付け等事実の情報受領者に係る適用除外については、当該情報受領者が公開買付開始公告等に記載すべき公開買付け等の実施に関する事実の内容が定められている(取引規制府令62条の2)。例えば、他社株TOBの実施に関する事実の伝達を受けた場合には、伝達を行った公開買付者等関係者(特定公開買付者等関係者)から伝達を受けた事項であって、(ア)当該他社株TOBに係る公開買付者等の氏名・名称、住所・所在地、(イ)当該他社株TOBの対象となる株券等の発行者の名称、株券等の種類、(ウ)当該他社株TOBに係る買付け等の期間、価格、買付予定の株券等の数、買付予定数の下限・上限に係る条件の内容とされている(取引規制府令62条の2第1号)。

 投資法人である上場会社等に関する投資証券等にインサイダー取引規制を導入することに伴う見直しとしては、不動産投資法人が発行する投資証券等を規制の対象とするとともに(金商法施行令27条~27条の3、取引規制府令25条)、投資法人である上場会社等の業務等に関する重要事実のうち政令に委任されている事項や重要事実に係る軽微基準等(金商法施行令29条の2の2~29条の2の5、取引規制府令55条の2~55条の6)、特定関係法人の範囲(金商法施行令29条の3、取引規制府令55条の7)、公表措置(金商法施行令30条1項)、適用除外に関する所要の措置(取引規制府令30条1項、59条1項、63条1項)等について定めている。また、投資口に係るライツ・オファリングの導入に伴う所要の規定の整備が行われている。重要事実や軽微基準等の内容は、基本的には従前の会社関係者に係るインサイダー取引規制の内容(金商法施行令28条、28条の2、取引規制府令49条、50条、51条等)を踏まえた内容となっているが、投資法人である上場会社等に関する投資証券等に係るインサイダー取引規制特有のものとして、資産運用会社に関する重要事実が定められている。例えば、資産運用に係る業務の承継が行われると見込まれる会社分割など、資産運用会社が投資法人から委託を受けて行う資産の運用に影響を及ぼし得る事項が重要事実に該当することとされている(金商法施行令29条の2の4第1号、取引規制府令55条の5第1項4号イ)。

 (4) 小括

 情報伝達・取引推奨規制の導入以前から、重要事実を他者に伝達し、インサイダー取引を行わせれば、インサイダー取引の共犯に問われる可能性があった。しかし、情報伝達等について独自の禁止規範が設けられたことで、インサイダー情報の不正な伝達については、より一層厳しい目が向けられることとなっている。他方、業務の遂行上、情報伝達・取引推奨を行わねばならない場合もあり、不正な情報伝達・取引推奨が行われることを防ぎながら、適切に業務を遂行することの重要性が高まっている。例えば、情報伝達・取引推奨を行う際に、重要事実の公表前に取引を行わせる等の目的がないことを証拠化するなどの措置が重要であろう。
 また、情報伝達・取引推奨規制及び投資証券等に関するインサイダー取引規制のいずれも新設の規制であり、最初の摘発事案となれば世間の耳目を集めることが予想される。そこで、新設された規制についてはうっかり違反することがないよう、規制内容を正確に理解し、従業員のコンプライアンス教育の充実など、適切に防止体制を構築する必要があると考えられる。

 ▽注1:

・・・ログインして読む
(残り:約1878文字/本文:約9321文字)