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インド法人株式の間接譲渡めぐる判例と立法の最新動向

今泉 勇

 インド市場への進出を目論む企業が戸惑う問題のひとつがインドの複雑な税務だとされる。世界有数の通信会社、ボーダフォン(Vodafone)によるインド法人株の間接譲渡に対する課税を認めなかったインド最高裁判決を、インド政府が受け入れず、税法解釈を変更して課税を押し通した事件はその象徴といえる。インドの法律事務所に出向した経験のある今泉勇弁護士が、同事件のインド最高裁判決の内容とその後の法改正の動き、関連する重要判例を紹介する。

 

インド法人株式の間接譲渡スキームについて
 ―Vodafone事件最高裁判決後におけるインドの立法・裁判例の動向―

西村あさひ法律事務所
弁護士 今泉 勇

1.はじめに

今泉 勇(いまいずみ・いさむ)
 2004年東京大学法学部卒業。2006年弁護士登録。2012年南カルフォルニア大学ロースクール卒業(LL.M.)。同年9月から2013年4月にかけてインドのKhaitan & Co法律事務所(ムンバイ、デリー)へ出向。同年ニューヨーク州弁護士登録。出向終了後は西村あさひ法律事務所東京事務所にて勤務。
 インドでは、2014年5月の国会下院総選挙の結果、ナレンドラ・モディ氏の率いるインド人民党が単独過半数を獲得し、10年ぶりに政権交代が実現した。同氏は、インド経済の更なる発展のため、日本からの技術及び資金の流入を大いに期待しており、その表れとして、同氏の首相就任後、近隣諸国を除いては初の外遊先として日本を訪問している。
 一方、インドに進出している日系企業に目を向けると、その数は同年1月時点で1072社(JETROウェブサイト、在インド日本国大使館進出日系企業リスト)と、近年着実にその数は増えているものの、2030年には世界最大の人口を抱える国となるともいわれるインド市場の潜在性に比して、日系企業の進出スピードは緩やかであると言わざるを得ない。その背景として、インドのマーケット・ビジネス環境の厳しさやインフラ未整備、連邦制を背景とする二元的で複雑な法制度等、様々なハードルが挙げられるが、その中でも非常に複雑な税務は、実務担当者の頭を悩ませるものである。
 本稿では、特にインド企業のM&Aの際に問題となるインド法人株式の間接譲渡スキームについて、2012年に注目を集めたVodafone事件最高裁判決とその後の経緯を確認するとともに、近時の重要裁判例を紹介したい。

2.間接譲渡スキームとは

 間接譲渡スキームとは、インド法人株式の譲渡を行う際、当該インド法人自身の発行する株式を譲渡するのではなく、当該株式を保有する他国に所在する法人(中間持株会社)の株式を譲渡する手法である。
 このような間接譲渡スキームは、インドへの投資からのExitの場面で税務上有利に働くことを期待して用いられる。即ち、第一に、非居住者である日本企業が直接保有するインド法人の株式を譲渡する場合、当該株主に関するキャピタル・ゲインについて、当然わが国法人税の課税を受けることになるる。更にインド所得税法(Income Tax Act, 1961)において、インド法人株式の売却益(「インドに所在する資本資産の売却による収益(“all income…through the transfer of a capital asset situated in India”)」)に対する課税につき源泉地主義が採られているため、当該日本企業は非居住者として、インド所得税法に基づく課税も受けることになる(9条1項、5条2項)。なお、日印租税条約は、一方の締約国の居住者が、他方の締約国の法人が発行する株式の譲渡を行った場合のキャピタル・ゲインについて源泉地国課税を認めており(13条3項)、上記の事例ではインドの課税権は排除されていない。
 このような日印双方の課税権が行使されることによる二重課税の状況は、日本において外国税額控除制度を利用することによって解消することが可能であるものの、いわゆる外国税額控除枠を使い切っている場合には、これを利用することによる二重課税の解消はできない(但し、外国税額控除に関しては、3年間は繰越可能)。第二に、インド所得税法上、非居住者に対して同法の課税対象となる支払いを行う者は源泉徴収義務を負うことから(195条)、インド法人株式の売主が非居住者である場合、買主は、上記のキャピタル・ゲインに関する課税額を買収対価から控除(源泉徴収)してインドの課税当局に納付しなければならない。
 以上に対する対策として、間接譲渡スキームが生み出されるに至った。即ち、そもそも中間持株会社を通じてインド法人の株式を保有し、投資からのExitに際しては、当該中間持株会社の株式を間接的に譲渡することで、インド所得税法の適用を受けないというメリットを享受できることになる。なお、印星租税条約(インド=シンガポール租税条約)13条4項では、一方の締約国に居住する当事者が、他方の締約国の法人が発行する株式譲渡を行った場合におけるキャピタル・ゲインについて源泉地国課税が排除されているため、本文の事例において、仮に中間持株会社がシンガポール法人であれば、敢えて上記の間接譲渡スキームを利用しなくとも、特に二重課税の問題は生じない。
 なお、上記売却の場面に先立ち、インド法人の株式を中間持株会社を通じて継続保有していること自体にも各種のメリットがあり得る。即ち、(a)インド法人とともに関連する事業を行う複数の法人を中間持株会社に保有させることにより、グループ内の資金・人・知的財産等の効率的な管理を可能にするというメリット、また、(b)中間持株会社の所在する国における低い法人実効税率及び当該国とインドとが締結する租税条約上の恩典を享受できるメリット等が考えられる。なお、(b)に関し、法人実効税率が低い(20%以下)国に中間持株会社を設立する場合には、タックス・ヘイブン対策税制(租税特別措置法66条の6)の適用があり得る点に留意する必要がある。

3.Vodafone事件

 インドでは、近年、間接譲渡スキームに対してインド所得税法に基づく課税がなされるか否かが最高裁において争われ、これを否定する判決が2012年1月に下されていたところである(Vodafone International Holdings B.V. v. Union of India & Anr. in the Supreme Court of India, Civil Appellate Jurisdiction, Civil Appeal No. of 2012 (arising out of S.L.P. (C) No. 26529 of 2010): Vodafone事件最高裁判決)。この事案では、非居住者からインド法人の株式を間接的に取得した買主(Vodafone)が、インド所得税法に基づく源泉徴収を適正に行わなかったとして、課税当局が、Vodafoneに対し、約26億ドルもの支払いを求める課税処分を行っていたところ、控訴審では課税当局の主張を支持する判決が出され、インドへの投資を検討していた海外企業に衝撃を与えていた(久保光太郎「インドVodafone事件の衝撃と教訓」(2010/12/29)参照)だけに、最高裁がどのような判断を示すかが注目されていた。

 実際には、当該事案においては、資本関係が複数の国にまたがっていたが、説明のために資本関係を簡略化して図示すると右のとおりとなる。

 これに対し、インド最高裁の判断の概要は以下の通りである。

  1.  原則として、このような複数の会社により構成される企業集団であっても、それぞれの法人格は別であり、また、このようなストラクチャーは会社法上も租税法上も認められることを判示した上で、これが虚偽や租税回避に過ぎない場合又は租税回避以外の事業目的が認められない場合、租税回避対抗策として、ストラクチャーとは異なる課税を行うことが認められる場合がある。
  2.  間接譲渡スキームがインド所得税法9条1項の規定する「資本資産の移転」に当たるかに関しては、同項がインドに所在する資本資産の譲渡によりインド国外で非居住者に対してインドで擬制的に所得が生じるとみなすものである以上、同項は限定的な範囲をもって理解されるべきであること、また、同項の「移転」を透過(look through)的に解釈することを許容する文言がない以上は間接移転を含むと安易に拡大解釈することはできないことに鑑みると、間接譲渡スキームは「資本資産の移転」には該当しないと考えられる。
  3.  裁判所が取引の法的性質を判定する際、取引全体を総体的に検討する(“look at the entire transaction as a whole”)べきであり、あるべき文脈から離れて文書又は取引を調べる解析アプローチ(“dissecting approach”)は採用すべきでないとし、当局による複数の主張(①売主による支配権の喪失が「資本資産の移転」を構成する、②譲渡対象となったケイマン法人が人工的な租税回避目的で考案された、③ケイマン法人の株式譲渡とは切り離した、他の「権利及び法的地位(“rights and entitlements”)」の譲渡がなされた、等々)を、いずれも退けた。

4.Vodafone事件最高裁判決後の状況

 Vodafone事件最高裁判決は国際課税の趨勢にも整合するものとして、外国投資家からは歓迎された。もっとも、インド政府は、政治上の背景もあり、上記判決の直後の2012年3月、インド所得税法自体の改正ではなく、同法の条文に関する解釈を示す説明(Explanation)の追加という形式で、同法9条1項に関して、外国法人株式の価値が実質的にインド国内所在資産に由来する場合、当該株式はインド所在の資本資産とみなされるという追加(具体的には「説明5 (Explanation 5)」の追加)その他所与の改正を行った。これにより、非居住者による間接譲渡スキームであってもインド所得税法の適用となり得ることが明示されるとともに、法律の条文自体の改正ではなくその解釈を明確化したに過ぎないとの形式が用いられたことにより、上記は、当該改正よりも前に行われたVodafone事件(及び過去に行われたすべての間接譲渡スキーム)にも適用があり得るということとなった。これは、Vodafone事件最高裁判決を無効にする事実上の遡及的な法改正であるとして、外国投資家からは強く批判された。
 さらに問題なのは、「説明5」がカバーする範囲が必ずしも明確ではなかった点である。「説明5」では、実際に譲渡する株式等の価値が、インド国内に所在する資産に「実質的に(substantially)」由来する場合(直接・間接を問わない)には間接譲渡スキームについてインド所得税法に基づく課税を行うという定めになっているものの、この「実質的に(substantially)」が具体的にどの程度を意味するかは定義されておらず、解釈に委ねられているため、実務は混乱することになった。
 なお、上記に関連する事情として、2010年直接税改正案は、一般的な海外資産の売却に際して、当該資産の価値がインド国内に所在する資産の価値に「実質的に(substantially)」由来する場合、インドの課税権を認めるという規定を含んでいたが、そこにおける「実質的に(substantially)」の意味は、全体の資産価値の50%超と定められていた。もっとも、この案は法律として成立することはなく、その後新たに2013年直接税改正案が策定され、そこでは、上記の基準が20%に引き下げられていたところである。

5.近時の裁判例(Copal事件に関するデリー高裁判決)

 以上のような状況下において、2014年8月14日、デリー高裁において上記の「説明5」にいう「実質的に(substantially)」の意味を明確化する裁判例が出された(DIT v. Copal Research Mauritius Limited, Moody’s Analytics, USA & Ors., [W.P. (C) 2033 / 2013 & other connected matters])(以下「Copal事件判決」という)。当該事案では、インド法人の譲渡を含む3つの国際的な複合的取引において間接譲渡スキームへの課税が問題になったが、事実及び主張の概要は以下のとおりである。

  1.  2011年11月3日、売主グループと買主グループとの間で、売主グループに属するインド完全子会社Aの株式全部の売却(取引①)、インド完全子会社Bの100%親会社である米国中間持株会社の株式全部の売却(取引②)が合意された。
  2.  取引①及び②に係るそれぞれの買収対価が支払われた後、取引②の対価は直ちにモーリシャス法人B’からその株主であるモーリシャス法人A’に配当された。当該配当及び取引①の対価は、直ちに株主である売主グループ全体の米国持株会社Xに配当され、さらにXの各株主に対して配当された。
  3.  取引①及び②の翌日(2011年11月4日)、米国持株会社Xの67%を保有していた個人株主が、買主グループに対して保有株式全部を売却することが合意された(取引③)。
  4.  インド=モーリシャス租税条約により、株式譲渡のキャピタル・ゲインについて源泉地国課税が排除されていることから(13条4項)、モーリシャス法人A’及びB’が売主である取引①及び②については、インド所得税法に基づく買主の源泉徴収義務がないと考えられたが、当事者はこの点を確認するため、当局に対して事前確認(Authority for Advance Ruling: AAR)を求めた。
  5.  AARでは、当該取引はインド所得税法上非課税であり、買主の源泉徴収義務はないと判断された。これに対して課税当局側がデリー高裁に不服申立てをし、(a)取引①~③は全体として一つの取引であり、取引①及び②はインドの租税回避目的で行われたものである、(b)取引①~③が一体である以上、インド所得税法9条1項及び説明5に基づく「間接譲渡スキームに対する課税」が行われると主張した。

 以上の事実及び主張に対し、デリー高裁は、まず、(a)取引①及び②が租税回避目的で行われたものではないと認定した。理由としては、以下の2つが示された。まず、i) 上記(2)において米国持株法人Xからなされた配当は、取引③の売主である個人株主だけでなく、33%を保有する他の株主(金融機関)に対しても均等に交付されており、この事実は取引①及び②なしには行われなかった以上、ビジネス上、取引①及び②を取引③とは別に行う意味があったことである。次ぎに、ii) 本件の買主は、インド法人A及びBについては100%の支配権を取得したかったがために取引①及び②(モーリシャス法人A’及びB’を売主とする取引)を行っているのに対し、取引③に関しては、他の株主が存在する以上、米国持株会社Xの67%の支配権だけを取得することが元々想定されていたことである(これに反するような事情は課税当局からは特に主張されていない)。
 さらに、(b)取引①~③が一体を成す取引であることを前提に「間接譲渡スキームに対する課税」が適用されるという課税当局の主張に関しては、デリー高裁は、まず、それら3つの取引に関する対価のうち、どの程度までがインド国内資産の由来であるかを検討した。そして、取引③の対価(93.5百万米ドル)は、既に取引①及び②が完了し、それらの対価が配当の形で米国持株会社Xの両株主にわたっていた以上、これはインド国の資産のみに由来するものであると評価されるのに対し、売主グループの頂点に立つ個人株主が元々保有していた価値のうち、インド国資産(即ち、インド法人A及びB)に由来すると考えられるのは取引①及び②の対価の合計額の67%(28.53百万米ドル)に過ぎない旨を指摘した上で、このように、取引全体の対価のうちの一部のみがインド国内資産に由来する場合、「説明5」によりインド所得税法9条1項の適用があるかを検討した。
 然るところ、デリー高裁は、一般論として、法律に含まれるこのような「説明」については限定的な解釈がされるべきであるところ、インド所得税法9条1項の目的は、インド国内に所在する資産から基因する所得に課税するところにある以上、「説明5」を解釈する際に、9条1項がカバーする範囲がインドと何らつながりのない所得に対して課税することまで拡大されるべきではないということを根拠として、「説明5」にいう「実質的に(substantially)」とは、「主として」又は少なくとも「過半数」(“principally,” “mainly” or at least “majority”)を意味するものと判示した。このような解釈は、Vodafone事件最高裁判決の後にインド財務省に設けられた委員会(Shome Committee)が、上記の2010年直接税改正案を根拠に、「説明5」にいう「実質的に(substantially)」に該当するか否かについては「50%超」の基準を用いるべきと勧告していたことも整合的である。
 加えて、デリー高裁は、OECDモデル租税条約委員会(OECD Model Tax Convention on Income and on Capital)及び国連モデル租税条約委員会(United Nations Model Double Taxation Convention between Developed and Developing Countries)においても、ある国が当該国の法人株式の譲渡に対して課税権を行使するためには、当該法人の価値のうち、当該国に所在する資産から50%以上が由来していなければならないと定められていることも、根拠として挙げている。

6.終わりに

 Copal事件に関するデリー高裁判決において、「説明5」にいう「実質的に(substantially)」の解釈につき「50%超」という明確な数値基準が示されたことは、大いに歓迎すべきである。また、同判決において、(Vodafone事件最高裁判決と同様、)ビジネス上の合理性や当事者の意思を裁判所も原則として尊重する姿勢が採られた点も、同様に評価に値する。Vodafone事件最高裁判決の後における間接譲渡スキームに関する法改正以降、外国投資家の間に広まっていたインド税制に関する不信感も、Copal事件に関するデリー高裁判決により改善されることが期待される。
 他方、Copal事件に関するデリー高裁判決に関しては、いくつかの懸念点も存在する。まず、同判決は、より直近の改正案である2013年直接税改正案が基準を20%に引き下げたことについて触れておらず、この点の法改正に関する動向に

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