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シャルレMBO株主代表訴訟判決の大きな意義と問題点

前川 拓郎

シャルレMBO株主代表訴訟の判決について

弁護士 前川 拓郎

前川 拓郎(まえかわ・たくろう)
 北海道大学法学部卒。平成15年11月司法試験合格。平成17年10月大阪弁護士会登録。現あさひパートナーズ法律事務所パートナー弁護士。株主の権利弁護団事務局次長。

 平成26年10月16日、神戸地方裁判所第5民事部(伊良原恵吾裁判長)においてシャルレのMBO(経営者による自社買収)を巡る株主代表訴訟の判決が出た。

 本論稿では、株主代理人の立場から、この判決の意義と問題点について述べたい。私の意見に対しては、広く批判、意見、賛同などを賜れば、これに勝る喜びはない。

 第1 概観

 1 事例紹介

 シャルレ(神戸市、大証2部。女性用下着メーカー)が、平成20年9月19日、買付価格800円でのMBOを発表した。しかし、その後、大阪証券取引所などに創業家取締役の利益相反行為について内部通報が相次ぎ、平成20年12月、MBOは頓挫した。

 2 本訴訟の意義

 本件訴訟は、買付者側である創業家取締役の利益相反行為の責任を追及し、あわせて、創業家取締役の利益相反行為を止めなかった社外取締役の責任も追及する訴訟である。この訴訟の意義は、MBOを行う取締役、これを監視する取締役に対して警鐘を鳴らすところにあった。

 3 文書提出命令

 本訴訟では、神戸地裁でMBOに関連する文書について広範な文書提出命令が出され(神戸地裁平成22年(モ)第230号、第231号事件、平成24年5月8日付決定)、大阪高裁(大阪高裁平成24年(ラ)第684号事件・平成24年12月7日付決定)、最高裁(最高裁平成25年(ク)第146号、平成25年(許)第8号事件、平成25年4月16日付決定)でも維持された。具体的には、株価算定の基礎となる利益計画の試算経過を記載した書面、役員ミーティング関連資料、買付者側取締役が受発信したメール等の内部文書などについて開示が認められた。

 かかる文書提出命令が、買付者側取締役の利益相反行為の認定、そして株主勝訴の結論に大きく影響を及ぼしたと言える。

 4 本判決の意義は、MBOにおいて取締役にどのような義務があるか、という点について正面から答えようとした点にあり、他方、問題点は、事業価値の算定について十分に理解していないのではないかと思われる点にある。

 第2 本判決の意義

 1 本判決は、まず、MBOにおける取締役は、善管注意義務の一内容として「MBO完遂尽力義務」を負っているとの解釈論を展開し、これに由来するものとしてMBOの合理性確保義務、MBOの手続的公正性配慮義務を認めた(本判決47頁)。本MBOが、利益相反行為(=手続的不公正)の発覚により頓挫したため、裁判所としては「手続的公正性に配慮する義務」をまず考え、その前提として、MBO完遂尽力義務を認めたものと思われる。

 2 MBO完遂尽力義務

 本判決によると、MBOの完遂尽力義務とは、「企業価値の向上に資する内容のMBOを立案、計画した上、その実現に向け、尽力すべき義務」とのことである。

 私は、上記MBOの完遂尽力義務の意味するところがよく理解できない。「立案、計画」と「尽力」がどのような関係に立つのかも不明である。

 立案、計画と尽力をそれぞれ独立の義務と捉えた場合、MBOを立案、計画すべきであるにもかかわらず、立案、計画しなかった場合に、義務違反が認められるということになるが、これに賛同する人は少ないであろう。MBOは、会社の企業価値向上を目指して行うことが本来の姿だが、必要性もないMBOを企図することが善管注意義務違反となることはあっても、MBOを立案、計画しないことが義務違反となることなど、およそありうるとは思えない。本来、取締役は、企業価値の向上を通じて株主の利益を代表すべき立場にある(平成19年9月4日付け経済産業省指針3頁)のであって、これと、ある種の矛盾関係にあるMBOを立案、計画する義務が認められることは想定しがたい。

 仮に、MBO完遂尽力義務が、MBOを立案、計画した以上、これに尽力し、完遂する義務をいうのであったとしても、やはり賛同する人は多くはなかろう。本判決が、MBO完遂尽力義務が認められる根拠として「MBOは、企業価値の維持・向上、ひいては会社の存亡に関わる重大な会社経営上の問題である上、その実施に当たっては巨額の出費を伴うのが通常であること」を挙げているところからみると、本判決は、このような理解なのかもしれない。

 しかしながら、MBOにおいては、本判決も認めるとおり、買付者である取締役と買われる側の会社は利益相反的な関係に立つ。MBOを立案、計画するのは、あくまで買付者としての立場である。他方で、対象会社の取締役の立場としては、企業価値の向上を通じて株主の利益を代表すべきである。このような両地位が併存している中で、対象会社に対する善管注意義務として、MBOの完遂尽力義務なるものを負うことがありうるであろうか。ありうるとしたらそれはいかなる立場に基づくものか。本判決のいうMBO完遂尽力義務は、MBOの利益相反的構造を見誤ったものではないか。MBOの合理性確保義務、MBOの手続的公正性配慮義務は、端的に、取締役の善管注意義務(会社法330条・民法644条、会社法355条)を根拠として導き出すべきではなかったか。会社との利害対立状況において私利を図らない義務が善管注意義務の一内容であることについては、異論のないところであり、取締役の善管注意義務からMBOの合理性確保義務、手続的公正性配慮義務を導くことは、さして困難とは思われない。損害との関係についていえば、因果関係の問題に帰着させることで足りる。利益相反行為を規制する会社法356条1項や369条2項の趣旨にも合致すると思われる。

 3 MBOの合理性確保義務

 本判決は、取締役は、「自己又は第三者の利益を図るため、その職務上の地位を利用してMBOを計画、実行したり、あるいは著しく合理性に欠けるMBOを実行しないとの義務」(=MBOの合理性確保義務)を負っていると判示している。

 この点は、本判決の意義として評価すべきである。上記の義務は「著しく合理性に欠けるMBOを実行しないとの義務」と表記されていること、社外取締役については、MBOの合理性配慮義務が問題とされていないことからからすれば、買付者としての立場においても、対象会社の取締役である以上、合理性に欠けるMBOを企図することが善管注意義務違反となりうることを判示したものである。もっとも「著しく合理性に欠ける」ことまで要求することまでが必要かどうかは議論の余地がある。本来、取締役は、企業価値の向上を通じて株主の利益を代表すべき立場にある。このような立場に鑑みれば、これとある種の矛盾関係に立つMBOを実行したことによる善管注意義務違反としては、合理性に欠けるMBOを実行したことをもって足りると考えるべきである。

 4 MBOの手続的公正性配慮義務

 本判決の最大の意義は、「公開買付価格それ自体の公正さ」に加えて、善管注意義務の一内容として、「利益相反的な地位を利用して情報量を操作し、不当な利益を享受しているのではないかとの強い疑念を株主に抱かせぬよう、その価格決定手続の公正さの確保に配慮すべき義務」(=MBOの手続的公正性配慮義務、本判決48頁)を正面から認めた点にある。

 公開買付価格の公正さとは別に、価格決定手続の公正さに配慮する義務を認めることで、今後のMBOに強い警鐘を鳴らした。今後のMBOは、これまでのように「野放図」に行うことは許されず、価格決定手続の公正さに対して十分な配慮をすることが求められ、買われる会社の側の価格決定のプロセスに買付者側が関与しないことが求められる。これを一歩進めると、今後のMBOにおいて買付者側が、買われる会社の側の価格決定のプロセスに関与した場合は、原則として違法となるとの解釈論も導きえよう。

 5 MBOの手続的公正性監視義務

 本判決は、買付者側以外の取締役について、MBOの手続的公正性配慮義務のみならず、MBOの手続的公正性監視義務、すなわち「被告創業家らが上記手続的公正性配慮義務を尽くさず、あるいはこれにもとる行動等に出ることがないよう、取締役会を通じて、これを監視すべき」義務を認めた(本判決58頁)。MBOの手続的公正性配慮義務を認めたことと並んで、本判決の大きな意義と評価すべきである。

 本判決は、手続的公正性監視義務の根拠を、手続的公正性配慮義務と取締役の監視義務に求めている。「シャルレの取締役である以上、『本件公開買付価格の前提となる株価決定それ自体の公正さに配慮する』義務があるほか、上記手続的公正性配慮義務の一環として、『株主からみて、本件公開買付価格の決定手続の公正さに強い疑念が生じないよう、その公正さの確保に配慮して行動すべき』義務(手続的公正性配慮義務)があることに加え、シャルレの社外取締役として、代表取締役等の業務執行一般を監視し、取締役会を通じて業務執行が適正に行われるようにする任務も負っていたものと解される」(本判決58頁)と述べているからである。

 より実質的には、買い手側は会社の情報に精通している反面、一般の株主は会社についての情報がほとんどなく(情報の非対称性)、会社の賛同・不賛同意見を前提に、自らがTOBに応募するか否かを決定する以外に道はない。一般株主からすれば、買われる会社の側の取締役を頼る以外にはなく、この観点から、手続き的公正性監視義務は、重要な意味を持つ。買われる会社の側の事業価値評価、株式評価は、一般株主にとってとりわけ重要な情報である。

 第3 本判決の問題点

 1 社外取締役らの責任はないのか。

 本判決の問題点は二点ある。一点目は、本判決において「8月31日付け利益計画の作成が行われた同月31日の臨時取締役会の開催と近い時刻に、ハヤテ杉原は、被告木村ら3名に対し、別紙「ハヤテ杉原の社外取締役に対する送信メール」(ハヤテ杉原メール)を送信したところ、上記臨時取締役会において、被告達三及び被告水弘は、同メールに記載された内容と同様の趣旨の内容を、同メールに記載された文言と類似した言葉を用いて発言した。」(本判決60頁)との事実認定を行いながら、社外取締役らが利益相反行為を受け容れていたと評価しなかった点にある。ハヤテ杉原は本件MBOにおける創業家取締役のアドバイザーである。創業家取締役は、特別の利害を有するので8月31日の臨時取締役会には参加していない。他方で、創業家取締役のアドバイザーであるハヤテは、臨時取締役会の開催と近い時刻に社外取締役らに対してハヤテ杉原メールを送信し、被告達三及び被告水弘は、同メールに記載された内容と同様の趣旨の内容を、同メールに記載された文言と類似した言葉を用いて発言したというのである。その結果、従前の利益計画(7月22日付理系計画)の利益見積もりを大幅に下回る8月31日付け利益計画が作成されている。これらの事実からすれば、実質的には、8月31日の利益計画は創業家取締役の意向が強く働いたものと判断すべきではないか。そうであるとすれば、社外取締役らは、創業家取締役らの利益相反行為を受け容れていたと評価すべきであったように思う。

 2 MBOにおいて事業価値評価はどうあるべきか。

 (1) 本判決の二点目の問題点は、市場株価と乖離が認められることを理由として、DCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー、割引現在価値に基づく価値評価の手法)の基礎となる利益計画に介入することや、利益計画を見直すことを認めている点である。その結果、本判決は「被告社外取締役らは、7月22日付利益計画に比して保守的な8月31日付利益計画を作成するに当たって、ハヤテ杉原氏に対して作成作業の一部を担わせたり、そのアドバイスを受けたりしながら、従前の利益計画(7月22日付理系計画)の利益見積もりを大幅に下回る8月31日付け利益計画を作成し、これをKPMGの株価算定の一資料としたことが認められるところ、ハヤテ杉原は、創業家一族のアドバイザーであって、かつ、本件公開買付者らの側の人物であるから、本件公開買付価格の決定のために行われる利益計画の見直し作業に、上記のような立場のものを関与させることは、その公正さに疑念を生じさせる一要因となりうる」(本判決61頁)との事実認定を行いながら、社外取締役らの手続的公正性配慮義務、手続的公正性監視義務違反を認めないという結論に至った。

 (2) 創業家取締役の善管注意義務違反の説示中には下記の部分がある。

 「実際、本件MBOにおいてもKPMG7月30日付算定結果は、DCF法で1104円から1300円、株価倍率法の上限値で1129円というものであり、500円台前半で推移していた当時のシャルレの市場株価よりもかなりの高値であって、公開買付価格の交渉において、かかるKPMGの株価算定結果をそのまま維持することは難しく現実性にかけていたものといえ、その限りでは、被告創業家取締役が本件公開買付価格に決定プロセスに関与することには、それなりの理由があったと言えなくもない」(本判決55頁)。

 (3) 社外取締役らの善管注意義務違反の説示中には下記の部分がある。

 「しかし、本件MBOを完遂する上で、シャルレ側の評価機関であるKPMGと本件公開買付者ら側の評価機関であるEYTASの株価算定結果が乖離したままであれば、本件公開買付価格の交渉が行き詰まり、ひいては本件MBOが頓挫する可能性は高く、また、平成20年7月のシャルレの平均株価は、おおむね500円台前半を推移していたのに対し、KPMG7月30日付算定結果では、シャルレの株価はDCF法で1104円~1300円と、同平均株価の2倍以上の価格を示しており、この価格が高すぎるのではないかとの疑問をもつことや、KPMG7月30日付算定結果の基礎資料とされた7月22日付利益計画は取締役会の承認を経ていないものであり、実現可能性の観点からこれを見直す必要があるのではないかと考えることは、それ自体不自然なことではない」(本判決61頁ないし62頁)。

 (4) 要するに、本判決は、KPMGのDCF法による算定結果が、市場株価と乖離している場合に、「本件公開買付価格に決定プロセスに関与することには、それなりの理由があったと言えなくもない」「利益計画を・・・見直す必要があるのではないかと考えることは、それ自体不自然なことではない」としているのである。

 この論理をみると、本判決は、株式評価、事業価値評価を十分に理解していないのではないか、との疑念を抱かざるをえない。株式評価には様々な手法がある。具体的には、DCF法、収益還元法、市場株価法、簿価純資産法、時価純資産法、類似企業比較法、類似業種比較法などである。

 DCF法は、評価対象会社の将来のキャッシュフローに基づいて価値を評価する方法であり、将来の収益獲得能力を現在価値に反映させやすい点でメリットがある。他方で、利益計画の作り方によって価値が大きく変化するというデメリットも有する。評価対象会社の利益計画を基に価値を測定することから、評価対象会社が持つ固有の価値を示すと言われる。

 市場価格法は、市場価格をもとに、MBOの場合はこれに一定のプレミアムを乗せて価値を算定する。メリットは一定の客観性を有する点である。他方で、需要と供給のバランスによって決定されることから、値上がりが予想される株式は買いが集中し、より高値を付けることになり、値下がりが予想される株式は売りが集中し、より低値を付けることになるなどのデメリットがある。

 このようにDCF法による算定結果と市場株価法による算定結果は、併存するものであり近似値でなくてはならない種類のものではないし、重なり合いが認められなければならない種類のものでもない。異なる観点からの評価方法であり、その結果は異なって当たり前である。そのため、DCF法による算定結果はDCF法による算定結果として、市場株価法による算定結果は市場株価法による算定結果として、買われる会社の側の賛同・不賛同意見表明に、それぞれ記載される。

 ところが、本判決は、市場株価と乖離が認められることを理由として、DCF法の基礎となる利益計画に介入することや、利益計画を見直すことを認めているかのようである。

 このようなことを認めれば、複数の方法による算定結果を記載した意味が全くない。株主は、賛同・不賛同意見表明における買われる会社側のDCF法による算定結果をもって、買われる会社の側の利益計画や将来のキャッシュフローを理解するものである。市場株価法と乖離が認められるからと言って修正純資産法による時価評価に介入したり、見直したりしてはいけないのと同様、上場企業といえども、市場株価と乖離が認められることを理由として、DCF法の基礎となる利益計画に介入することや、利益計画を見直すことは許されないように思う。

 ▽筆者注:本論稿については、株主の権利弁護団の加藤昌利弁護士からご意見を頂戴しました。この場を借りてお礼を申し上げます。