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阪神大震災の判例が今、盛岡地裁で「距離も時間も遠いけど、共通の問題」

 震災関連死の認定に関する唯一の判例は、阪神大震災発生の75分後に兵庫県芦屋市の病院で亡くなった男性(享年75歳)の妻が起こした訴訟でつくられた。そして今、それは、東日本大震災の被災地の裁判所法廷で証拠となっている。

▽筆者: 奥山俊宏、松本龍三郎

▽この記事は2015年1月17日の朝日新聞岩手版に掲載された原稿に加筆したものです。

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 腹膜炎や糖尿病が悪化し、男性は、前の年の暮れから昏睡(こんすい)状態だった。人工呼吸器をつけられ、病院の集中治療室に寝かされていた。「いつ変化があるか分からない」と主治医から妻に伝えられていた。そんなところに1995年1月17日朝、激震が襲った。人工呼吸器は外れ飛び、心電図の監視も停電で不可能になった。当初、自分で呼吸していたが、間もなく亡くなった。

 妻は災害弔慰金の支給を芦屋市に申請した。しかし、「死の直前にたまたま震災があっただけ」と断られた。川合清文弁護士(大阪弁護士会)が相談を受けた。先例となる判決がなく、そもそも弔慰金の受け取りが法的な権利として認められるかどうかもはっきりしなかった。

 試行錯誤の末に訴訟を起こした。しかし、1997年、一審の神戸地裁では「震災がなくても数日のうちに死亡していた」として請求を棄却された。川合弁護士は、ショックを受け、落胆した。

 それでも原告は「控訴したい」と言った。川合弁護士は振り返る。「社会に対し『私たちの訴えをわかってほしい』という強い意思を根底にもっておられたのではないかと思います」

 病気などの事情でもともと死期が迫っていたとしても、震災によって死亡が早まったのならば、震災関連死と認められるべきだ。そんな川合弁護士の主張が通って、大阪高裁は98年、原告勝訴の逆転判決を言い渡した。「原告の思いに対する社会の共感が大阪高裁の裁判官の言葉で語られたのではないか」と川合弁護士は感じる。

   ◆   ◆

 最高裁の民事局長兼行政局長、事務総長、東京高裁長官を歴任した泉徳治(いずみ・とくじ)さん(75)は2002年11月、最高裁判事に任命された。主任を割り当てられた中で最も古いのが芦屋市の事件だった。阪神大震災から8年近く、市の上告から4年半が経過していた。12月19日、泉さんが裁判長を務める第1小法廷は5人の裁判官の全員一致で市の上告を棄却した。

 「極端な話、1日でも早く亡くなって、その原因が震災であれば、当然、災害弔慰金支給の対象になる」と泉さんは考える。「二審のほうが正当な解釈であるということは、なにも不思議には思わなかった」

 最高裁で確定したことによって、大阪高裁判決は、下級裁判所の裁判官に一定の拘束力を事実上持つ「判例」となった。そして、原告の夫は、阪神大震災の最後の死者となった。

   ◆   ◆

 東日本大震災では、関連死の認定を求める訴えが盛岡、仙台、福島の3地裁に起こされ、仙台地裁では先月、2件の原告勝訴判決が相次ぎ言い渡された

 1997年に言い渡された神戸地裁の一審判決があのまま確定していたら、それは東日本大震災の被災者が同様の訴訟を起こすのを萎縮させていたに違いなく、「とんでもない判決をつくった弁護士だ」と非難されていただろう――。川合弁護士は今、「一審で確定させなくてよかった」と振り返る。盛岡地裁の法廷で原告側が主張の根拠の一つに大阪高裁の判決を引用していると聞いて、川合弁護士は「よかった」と漏らし、ホッとしたような表情を見せた。「距離的にも時間的にも隔たりがあるが、同じ社会の中で生き、共通の問題を抱え歩んでいる」と実感し、その「つながり」を思う。

 大阪高裁の判決が示した災害弔慰金支給の基準について「いろいろなケースに適用できる非常にシンプルな基準です」と川合弁護士は言う。東日本大震災の震災関連死の訴訟について、「亡くなられた経過はそれぞれ違うから、裁判所は、医師の話だけでなく、家族のお話もきちっと聞いて、ていねいに事実を見てほしい」と川合弁護士は話す。

 2009年に退官した泉さんは、それらの訴訟を審理する後輩たちに「行政の判断を尊重するのではなく、裁判官は白紙の状態でじっくりと記録を見て判断すべきだ」とアドバイスする。「行政庁は大量のケースを公平な内容でできるだけ画一的に判断しようとする傾向があります。これは行政庁としては仕方のないことだと思います。けれども裁判官はそれをやっちゃいけない。一つひとつの事件で要件にあたるかどうかを慎重に見るべきです」

 陸前高田市を相手取った震災関連死の訴訟で原告の代理人を務める在間(ざいま)文康弁護士は2014年4月、大阪高裁判決を証拠として盛岡地裁に提出した。そして8月、「同様の判断がなされるべきだ」と主張した。12月の最後の弁論で陳述した書面はこう結んだ。「関連死と認定することで、災害の影響を明らかにし、将来発生する新たな災害に備えた警鐘を鳴らし、遺訓とする」

 判決は3月13日に言い渡される。