2015年02月09日
アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 野﨑 雅人
伝統と革新、自然と人工
他方で、私はいわゆるアーリーアダプターでもあり、新しい技術・製品には目がない。また、人間の知的創造物の極致であり、海外からの評価も高い「我が国のコンテンツ」の応援団長を自認している。私が知的財産法という分野と出会ったのは、大学3年生の著作権法ゼミに所属した時であるが、そのゼミに応募したのも、ITなどの新しい技術や、音楽・小説・ゲームといったコンテンツに関連する分野に人材を多数輩出しているという理由からである。一般に「知的財産」といえば、こうした最新技術やアニメなどのコンテンツをイメージされると思うが、当時の私もそうしたイメージを抱いていたのである。
特許庁への出向
好きこそものの上手なれとはいうが、幸運にも現在の事務所に採用され、著作権法やIT関連の法律に関する業務、工業所有権のライセンス契約などを広く取り扱うようになっていた弁護士4年目のある日、とあるパートナー弁護士から「特許庁が弁護士を募集しているが、応募してみないか」と声をかけられた。詳しく聞いてみると、今回は特許法だけでなく、商標法や意匠法の改正にも携わる機会があるとのことであった。一も二もなく応募したところ、無事に採用され、2012年7月から2014年7月までの約2年間、特許庁総務部総務課に出向することとなった。
特許庁の法制専門官の業務
特許庁とは、「発明、実用新案、意匠及び商標に関する事務を行うことを通じて、経済及び産業の発展を図ることを任務とする」官庁であり(経済産業省設置法22条)、これらに対応する特許法、実用新案法、意匠法、商標法の4法及びその関連法令(総称して工業所有権法ということがある。)を所管している。また、工業所有権法に基づく制度を運用する「実施官庁」でもあり、経済産業省の外局の1つに過ぎないにもかかわらず、3000人近くの職員を抱える巨大官庁だ(ちなみに著作権法を所管する文化庁の定員は250人前後である。)。
特許庁の総務課に出向した弁護士の業務は大きく分けて2つある。1つは、総務課内に設けられている制度審議室の室員として、工業所有権制度の改正に関する企画・立案等を行うこと。もう1つは、総務課員として、庁内の様々な事務をサポートすることである。
総務課での仕事
総務課での仕事は多岐にわたる。例えば、庁外からの工業所有権法や制度に関する問い合わせ。一般の方からの質問もあれば、捜査機関や他の官庁からの照会もある。また、庁内の各部署からも様々な問い合わせがある。行政処分の妥当性の判断、外部と締結する契約のチェック、新しく導入するシステムに関する法的問題の整理、特許庁の関与する訴訟への助言など、知的財産法以外の知識も広く求められた。この点は、当事務所がセクション制(特定の専門分野に特化した部門毎に弁護士を配属する制度)を採用しておらず、業務の半分程度が知的財産法以外の分野であったことに助けられた。
総務課の仕事で一番興味深かったのは企画調査課のヘルプで行っていた新規業務の企画・立案である。知的財産に関する相談・支援体制の強化に関するものであったが、業務の洗い出し、必要な人員・予算の手当て、関係各所との調整など、およそ法律事務所ではできない経験をさせていただいた。ちなみに、特許庁以外の中央官庁への出向者は、特定の業界等を所管する部署、訴訟・審判・調査などに関連する部署、法律・制度の企画・立案を行う部署(後述の制度審議室がこれに該当)のいずれかに配属されるケースがほとんどであり、総務課に相当する部署に配属される例は稀である。
制度審議室での仕事
私が、制度審議室において行った一番大きな仕事は昨年の第186回通常国会で承認された2件の条約の締結に関する業務、そして、同国会で成立した「特許法等の一部を改正する法律」の企画・立案である。その前段階として、関連する審議会の事務局としての業務も行った。中央官庁に出向する弁護士も増え、法案制定(条文を作る)過程について述べた論稿、ブログ等も多くなったが、それらの中では内閣法制局で審査を受ける時期の忙しさに触れられていることが多い。しかしながら、私はそうした「繁忙期」をほとんど体験することなく任期を終えることができた。これは、ひとえに経済産業省から来ていた一人の優秀な若手官僚のおかげである。企画・立案する政策の中身(霞が関用語では「サブ」)が一番重要であるのは間違いないが、仕事の段取りを整えることや円滑に進めるための準備(同「ロジ」)が同じくらい重要であることを思い知らされた次第である(なお、件の若手官僚はサブ・ロジの両面で高い能力を発揮していたことを付言しておく。)。
ちなみに、弁護士は、当事務所のような大手事務所であっても大規模なチームを組んで作業をすることが少ない。また、秘書や事務員等から構成される事務局を持っている事務所がほとんどである。そのため、弁護士本人が「ロジ」を担当することはあまり多くない。「多忙」な弁護士が多いのは、この辺りにも理由があるのかもしれない。
「デザイン」の法律
話を戻そう。「特許法等の一部を改正する法律」はその名のとおり、特許法を含む複数の法律を改正する法律である。中でも、特に大きな改正があったのが「意匠法」である。知的財産権に関する法律は複数あり、中でも特許法、商標法、著作権法といった法律は一般にも広く知られているが、「意匠法」という法律にはあまり馴染みがないのではないだろうか。
「意匠法」とは、物の形状や色彩などのデザインを保護する法律である。鉛筆・消しゴムといった文房具にはじまり、冷蔵庫・エアコンといった生活家電、古くから受け継がれる伝統工芸品からウェアラブル・コンピューターといった最新の機器に至るまで、不動産や液体といった一部の例外を除き、形あるもののデザインのほとんどが意匠法によって保護され得る。伝統工芸品のデザインもれっきとした「知的財産」なのである。ちなみにデザインというと著作権法というイメージがあるが、物のデザインに限っていえば、著作権法で保護される範囲は意外と狭い(昨今話題となっている3Dプリンタなども、著作権法以上に意匠法や特許法が問題となる可能性があり、その検証も特許庁時代の職務の1つであった。)。
この意匠法、現在はメーカー等、「ものづくり」の担い手である限られた人たちにしかあまり意識されていない法律であり、専門家の数もとても限られているが、今後、3Dプリンタの登場によって個人にも身近な法律になる可能性がある。そうした時期に貴重な意匠法改正に立ち会い、数少ない専門家の末席に加わるという栄誉を賜ることができたのは僥倖であった。
「地方創生」と法律
「特許法等の一部を改正する法律」では、商標法も改正している。商標法とは、端的には商品やサービスの名称や、これらに付されているマークを保護する法律である。マーク等を商標として特許庁に登録した人は、商標権者として模倣品を販売している人等に対して損害賠償や販売の差止めなどを請求することができる。これまでは文字や図形、絵柄など目に見えるものしか登録できなかったが、この4月から「音」なども登録できるようになる(例えば、CMで流れているサウンドロゴなど。)。しかし、今回の商標法改正にはもう1つの目玉がある。「地域団体商標」制度の改正である。
実は、先の通常国会ではもう1つ似通った法律が成立している。「特定農林水産物の名称の保護に関する法律」、通称「地理的表示法」である。海外の「地理的表示」としてはパルマハムやフェタチーズなどが有名であるが、商品の名称等を保護する制度であるという点で商標法と共通している部分もあるため、特許庁もこの法律の企画・立案に協力している。地理的表示法では、商標法のように、登録者に損害賠償や差止めといった請求を可能とする権利を付与するのではなく、違法に名称を使用している者に対して、農林水産省が行政処分をするという仕組みが取られている。金銭賠償が得られないというデメリットはあるが、自らコストをかけて訴訟等をしなくとも国が模倣品を排除してくれるという点は、あまり体力のない生産者団体等にとってそれを補って余りある大きなメリットになり得るだろう(ちなみに商標と地理的表示、両方の登録を受けることも可能である。)。
ただ、ここで注意していただきたいのは、これらの法律はいずれも目的を達成するための「手段」を提供しているに過ぎないということである。目的はあくまで地域ブランドを構築することであり、登録すること自体が目的なのではない。ゆるキャラが好例であるが、商標や地理的表示の登録はあくまできっかけに過ぎず、地域おこしの成功には適切なブランド戦略が不可欠なのである。
豊富な資源を活かすために
専門家による十分な支援を受けられない中小企業や地方をサポートするため、国は専門家人材を派遣するなどの体制を整備・強化している(デザイン戦略・ブランド戦略に知見がある者の派遣も行っている)し、弁護士にも知財ネットという全国的な専門家集団の組織がある。
故郷の金沢市や、川越市、飯能市はもちろんのこと、各地の自治体がこれらの組織・制度をうまく利用して、より良い地域ブランドを育んでいってほしいと願う次第である。
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