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東大ロースクールの実務家教員として

黒田 康之

法科大学院の実務家教員として

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 黒田 康之

黒田 康之(くろだ・やすゆき)
 1999年3月、東京大学法学部卒。2000年10月、司法修習(53期)を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)、当事務所入所。2007年5月、米国Northwestern University School of Law(LL.M.)。2008年5月、ニューヨーク州弁護士登録。2008年9月、当事務所復帰。2010年1月、当事務所パートナー就任。
 2000年10月に弁護士となって以降、14年あまりの間、国際的な証券発行案件を中心とする企業法務の分野で業務に従事してきた。その傍らで、2013年4月に、3年の期限付きで東京大学大学院法学政治学研究科客員准教授の職務を拝命し、それ以降、東京大学法科大学院(東大ロースクール)の実務家教員として、週に1、2回講義を行っている。

 ご存じの方も多いと思うが、念のため、法科大学院制度の概要について説明したい。
 法科大学院は、法曹(裁判官・検察官・弁護士)に必要な学識および能力を培うことを目的とする専門職大学院である。標準的な修業年限は3年間であるが、大学において法学部に在籍していた者を対象とした2年間の課程も設けられており、3年間の課程を(法学)未習者コース、2年間の課程を(法学)既習者コースと呼ぶことがある。
 法科大学院を修了すると司法試験の受験資格が与えられる。司法試験に合格し、その後に行われる約1年間の司法修習を経れば、法曹となる資格を得ることができる。なお、司法試験の受験資格としては、このように法科大学院を修了する途のほかに、予備試験と呼ばれる試験に合格する途も設けられている。

 このように、法科大学院は法曹を養成することを主たる目的としているので、東大ロースクールに在籍しているのは、主に法曹を志望する学生たちである(法学者を志す学生もいる。)。年齢層としては、やはり大学を卒業して間もない20代前半から半ばの学生が多いが、企業等で働いた後、法曹になることを目指して入学した30代ないし50代の学生も相当数在籍している。
 現在、東大ロースクールにおいては、3年間の未習者コースに在籍する学生のみで構成される1年次の間は、1学年は2クラスで構成されており、その間に、学生は法律学の基礎的な項目を体系的に習得することになる。既習者コースの学生が加わる2年次以降は、各クラス約60人の4クラスに再構成され、主として応用的・実務的科目を履修することになる。2年次以降に割り当てられている必修科目については、このクラスの単位で受講することになるほか、年に数回、クラス対抗での球技大会なども催されているので、クラスの連帯感は(クラスの特性にもよるかもしれないが)比較的強く、学生の年齢層にはばらつきはあるものの、高校時代のクラスに似た雰囲気が感じられる。
 ただ、東大ロースクールにおいても、在学中に司法試験の受験資格を取得するために(司法試験の模擬試験として、といった感覚もあるようではあるが)、おそらく過半の学生が予備試験を受験している。そのため、予備試験に合格し、さらに司法試験にも合格した後、2年次または3年次の途中でロースクールを退学し、司法修習に入る学生も一定数存在する。

 東大ロースクールにおいて私が担当している科目は、2年次(既習者にとっては1年目)に配当されている「Research Writing & Drafting」(RWD)と、3年次に配当されている「法曹倫理」および「先端会社法」の3科目である。
 RWDは、法律家として必要な法令・判例の調査方法や、法的な文書の作成の基礎の習得を目的とする必修科目であり、具体的には、法令・判例調査の基礎を紹介するほか、不動産売買契約書等の各種契約書、法律意見書、内容証明郵便、遺言等の法的文書を題材として取り上げ、それに関連する論点や、作成上の注意点について学生と議論する形態をとっている。
 法曹倫理もまた必修科目であり、法曹が職務を遂行するに当たって遵守すべき行動規範の習得を目的とするものである。特に、弁護士に関しては日本弁護士連合会が定める弁護士職務基本規程が存在するので、その中の守秘義務や真実義務、利益相反行為の禁止等に関する規定について、教科書や設例を題材に、その解釈について学生と議論する形で講義を進めている。
 先端会社法は選択科目であり、企業法務の実務において生じる会社法に関連する問題を取り上げて検討することを通じて、会社法の理解を深め、また、企業法務の実務に関する具体的なイメージを掴むことを目的としている。具体的には、私が実際に取り扱った事例を設問形式にして学生に提示し、見解を求めつつ議論を進めていく方法をとっている。

 弁護士業務を行う傍らで、毎週の授業の準備、課題や定期試験問題の作成・採点を行うことは、なかなかに骨の折れる作業ではある。そのことは教員になる前から十分に推測できたので、教員をやってみてはどうかという話を頂いたときには、引き受けるべきかどうか悩みはあった。教員を引き受けてみると、実際に、労力や時間の面で相当な負担があり、特に着任1年目における苦労は想像以上のものであったが、反面として、やはり大変やりがいのある職務であり、また得るものも大きい。
 まず、授業の準備を行う過程で、新しい知識を習得したり、既存の知識を整理したりすることができる。たとえば、RWDにおいては、私自身、業務で日常的に取り扱っている契約書や法律意見書を題材とする回もあるが、遺言などについては正直なところ司法試験のために勉強して以来、長らく接することがなかった分野である。また、法曹倫理についても、弁護士として業務を進めていく上で必要となる知識は踏まえていたつもりではあったが、直接業務として取り扱う分野ではないため、体系的に研究する機会は設けられなかった。そのような分野について、現在の私自身の業務に直接的には役立たないものであっても、法律家として知っておくべき知識を再確認することが有益であることは言うまでもない。また、先端会社法で取り扱っているような、私自身が業務の中で日常的に取り扱っているような分野であっても、学生に教えるという観点から再確認・整理をしてみることで、知識が更に確かなものになる。
 また、授業の中で学生と行う討論からも様々な刺激を受ける。私としては周到な準備をしていったつもりでも、学生から思わぬ指摘を受けることがある。もちろん、実務的な視点からの検討が十分に行われていない指摘であることも多いが、その場合であっても、弁護士の立場からは当然であると認識している実務の正当性を理論的に再考する良いきっかけになる。また、法曹倫理の授業では、(法曹倫理という科目は、その字義から想像されるであろう哲学的なものではなく、より法律の条文解釈に近いものではあるが)学生各人の価値観や思考方法が意見の中に表れやすく、そういった点でも授業中の学生の議論は大変興味深い。
 もちろん、学生たちとの課外での交流も大きな楽しみである。クラスの学生や選択科目の受講生の飲み会に声を掛けてもらう機会も多く、可能な限り参加するようにしているが、その席で、学業や日常生活、趣味の話などに花を咲かせたり、進路についての相談を受けたり、時にはクラス内でできたカップル(上記のようなクラスの雰囲気から、クラス内でカップルができる例も多い。)の様子などの恋愛事情について話が及んだりと、仕事仲間や同年代の友人とは違った話題で盛り上がるのもまた非常に刺激的である。
 もっとも、そのような交流の機会に学生たちと話をしていると、東大ロースクールの学生であっても、進路やその先の将来に関して大きな不安を抱えている者が多いことに気づかされる。メディアでもしばしば取り上げられるように、法曹界の状況も大きく変化しており、司法試験の合格者数の推移も先行きが不透明であり、また、全体的な弁護士数の増加により、司法試験合格者の就職難も問題となっている。東大ロースクールの学生も、このような状況を決して他人事とは考えていないようである。

 私の実務家教員としての任期も1年を残すのみとなった。私のできることは限られているが、学生たちが将来、社会に必要とされる法律家となり、明るい未来を持つことができるよう、最大限の努力をしていきたい。