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タフな議論とモラルによるコンプライアンス

加藤 龍司

金融機関のコンプライアンスについて考えたこと

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 加藤 龍司

 いくつかの視点

加藤 龍司(かとう・りゅうじ)
 1998年3月、東京大学法学部卒。1998年4月から2005年2月まで株式会社ユーエフジェイ銀行(現 株式会社三菱東京UFJ銀行)勤務。2007年3月、明治大学法科大学院 (法務博士 (専門職))。2008年12月、司法修習(61期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)。2009年1月、当事務所入所。2011年1月から2012年12月まで 金融庁監督局銀行第一課に出向。2013年1月、 当事務所復帰。
 私が、大学の法学部を卒業して17年になる。私は、学生時代、勉強せずに部活と遊ぶことに精を出したが、卒業を前にして就職活動という壁にぶち当たった。当時の先輩方に、「銀行に入れば色々な人に会える、社会勉強にもってこいだ」と教えていただき、私自身も「金融業はなくならないだろう」と考え、銀行に入行した。

 入行後、「銀行取引の法的問題をもっと知りたい、銀行が法令順守をできる方法を考えたい」と思うようになり、「どうせ考えるなら、職業も法律に特化しよう」と思い、銀行を辞めて当時設立間もない法科大学院に通うことにした。7年の社会人経験を経て入学した法科大学院では、先生方や仲間に恵まれ、楽しみながら学ぶことができた。また、司法試験に向けて、計画的に地道に勉強できた。さらに、社会人経験を通して培った「調整」の感覚は、法律の世界でも役に立った。

 弁護士業務は想像していたよりも地道だった。特に1年目、2年目の頃は、すべてが新しく、調べ物に明け暮れる毎日だった。また、弁護士は自らの見解を商品としており、できる限りそのクオリティを高める必要がある。この作業のためには、強い精神力と論理力が必要だと感じた。

 その後、事務所から、金融庁監督局銀行第一課に2年間の出向の機会を頂いた。ここでは、法令の運用を実践した。そして、日本の官庁の組織力、力強さ、情熱を体感することができた。この経験を通じて、規制を受ける側の金融機関のコンプライアンス態勢についてさらに深く考えるようになった。

 おかげで、銀行の中、弁護士、監督官庁という3つの視点から、金融機関を見ることができた。いずれも偶然の機会に恵まれたのだが、貴重な経験である。そして、現在はロンドンに留学する機会を頂き、日本の外から英国と日本の金融の動きを観察している。

 金融機関は生きている

 上記の3つの職種を経験して、金融機関は、人間と同じ生き物だと感じるようになった。それぞれの家計(健全性)を気にしつつ、時にリスクをとり、ビジネスの機会を広げていく。新しいことや難しいことにチャレンジして、他の金融機関より抜きん出ようと競争する。その結果、さらに活躍の場が広がるときもあれば、つまずく時もある。家計のために節約(合理化)も行う。人間の行う活動だから当然かもしれないが、金融機関そのものがとても人間らしいのだ。

 他の人がとれないリスクをとれば、金融機関はさらに個性を発揮できる。ただし、無理してリスクをとった場合には将来の損失につながる。そこで、他の人は無理そうだが、自分はとれるリスクがないかを探す。私自身は、銀行員時代、他社がとれないリスクをどのようにとるかが醍醐味と感じていた。しかしながら、当然これは容易ではなく、なかなか実現が難しいものだった。

 ギリギリのリスクをとろうとすると、法的問題点に直面することも多い。関連の法律や制度を駆使し、うまく解決策を作り出せることもあるが、その法的リスクをそのまま受け入れざるを得ないこともある。弁護士としては、このようなリスクをできるだけ無くす術を考えたいが、これができない場合には、依頼者にその旨を告げることとなる。ビジネスをつぶす可能性があり心苦しいが、法的分析をしっかり行い、リスクをリスクとして把握することも我々の職務である。

 社内で法的リスク分析の鍵となるのがコンプライアンス態勢である。コンプライアンス態勢は、自社内の日常的な事象における法的リスクを分析し社内の法的リスクを極小化する機能を持つ。ビジネスにおいて、人は時に、気づきながらも、不都合なリスクを隠して物事を進めたくなる。そのビジネスの担当部署内に法的リスクを埋もれさせてしまわぬように、権限の配分・協議などの方法を用い、多面的なリスク評価を行い、組織としての判断を行う。先んじてその制度の枠組みを作り、組織が把握できない法的問題点をなくすことが非常に重要だと思う。例えるならば、コンプライアンス態勢は、その会社にとっての健康相談や診断を行う医療制度であり、その会社自身の健康や長生きのためには欠かせない存在なのだと思う。私もそうなのだが、不摂生をすると健康診断にはなかなか気が進まない。ただ、症状の発見は大事だし早いほうがいい。

 コンプライアンスの今後

 コンプライアンス態勢は、医療、薬品、金融などの業界を含めたスキャンダルを受け、世界的に、その重要性の認識が高まりつつあるようだ。現在、私の在学するUCL(英国University College London)は、LawWithoutWallsという世界の大学の学生による協同プロジェクトに参加している。このプロジェクトでは、ウェブサイト上のバーチャルミーティングルームに100人近い学生、実務家及び学者が集まり、リーガルビジネスに関するグローバルな課題の解決策を検討する。この中で、今年から、コンプライアンス遵守のためのテーマ型プロジェクトが始まった。私もこのコンプライアンスに関するプロジェクトに参加させて頂いている。その中で、私が今までに感じたのは、コンプライアンスについての考え方は世界で共通する部分が多い、ということである。あるコンプライアンスオフィサーはあらゆる経験を踏まえ、コンプライアンス担当者にとって一番重要なこととして「ビジネスを知ること」を挙げていた。その通りだと思う。

 コンプライアンスの今後は、社会的な認識の高まりを受けて、経営陣中心にいかに組織的にコミットできるかにかかっているように思う。過去には、短期的な収益を優先しコンプライアンス対策がおろそかになるケースもあったように思う。しかし、短期的に収益が上がっても、その後法的リスクが現実のものとなれば会社として長期的には高いコストを支払うことになる。仮に、個人が高い報酬を受け取った後に法的リスクが実現した場合には、その人は経済的には難を逃れるかもしれない。ただ、その人が、法的リスクを看過してビジネスを行ったことを後悔せずに一生を過ごせるかというと、そうではないように思う。最終的にはその人のモラルの問題で、法律は、モラルのある経営を実現するための補助的な道具なのかもしれない。

 金融機関のコンプライアンスは、金融に関する特別な法律や技術があり、少し特殊かもしれない。適用される法律やその下位規定は毎年のように改正され、条文も複雑である。しかしながら、金融機関のコンプライアンスにおいても最も大切なのは、常識的なモラルに基づいた判断であるように思う。例えば、どこまでが許される合理化でどこがカットしてはいけないコアな部分か。顧客や公共性について考えると、ある程度答えが絞れてくる。この絞った答えに基づいてディスカッションを行い、必要があれば企業内でビジネスサイドや経営陣とも議論を戦わせる。コンプライアンス担当部署にはそんなタフな仕事が求められるのだろう。そして、この態勢を維持するためには、経営陣の中にこの部署を強力にバックアップする人材が必要になろう。

 私も弁護士として、このようなコンプライアンス態勢構築のための活動に少しでも役立ちたいと思う。そのために今までの仕事に巡り合ってきたのではないかと思う。