2015年03月18日
西村あさひ法律事務所
弁護士 柴原 多
しばしば問題となる点の第一は、破綻懸念企業からの資産購入に関する融資の相談である。例えば、リスケ期間中の企業Aから企業Bが資産を購入する資金を金融機関が融資する場合に、(企業Aが破綻等した場合に)後から当該購入契約が否認・取消されないかどうかというものである。
このような場面について、倒産法上の否認権は3つのルールを定めている。
なお、ルール2及び3を定めた破産法161条1項は次のように規定している。
破産者が、その有する財産を処分する行為をした場合において、その行為の相手方から相当の対価を取得しているときは、その行為は、次に掲げる要件のいずれにも該当する場合に限り、破産手続開始後、破産財団のために否認することができる。
一 当該行為が、不動産の金銭への換価その他の当該処分による財産の種類の変更により、破産者において隠匿、無償の供与その他の破産債権者を害する処分(以下この条並びに第百六十八条第二項及び第三項において「隠匿等の処分」という。)をするおそれを現に生じさせるものであること。
二 破産者が、当該行為の当時、対価として取得した金銭その他の財産について、隠匿等の処分をする意思を有していたこと。
三 相手方が、当該行為の当時、破産者が前号の隠匿等の処分をする意思を有していたことを知っていたこと。
そのため、ここで問題となるのは、①「相当対価とは何であるか」という点と、②「隠匿等の処分」とは何であるかという点である。
まず対価の相当性については、当該財産の公正な市場価値を一応の基準として考えるべきものとされているが、工場や事業・企業のように市場価値の算定しにくいものについては、その評価方法が問題となりやすい。
企業の評価方法については、会社法的にはDCF法による評価方法が有力とされている。もっとも、破産管財人や破産債権者からすると、「何が適切な評価方法」かという側面よりも、「危機時期に低廉な価格で売却したのではないか」という側面に注目しがちであるので、対価の相当性を確保するためには、時価純資産法を始めとする他の複数の評価方法による検証を行っておくことが重要である。
次に、隠匿等の処分であるが、その典型例としては、「売却代金を売り手経営陣が自己の利益のために隠匿すること」が挙げられる。そのような行為に融資金融機関としても助力することが出来ないことは、誰しも容易に想像がつくであろう。これとは逆に、「借入金の返済原資を獲得することが目的で売却を行うこと」が隠匿等の処分に該当するかは争いがあるところである(この点、伊藤眞教授は、本旨弁済は「破産債権者を害する処分」に該当しないが、本旨弁済を受ける者と破産者が特別な関係にあり、本旨弁済が実質的に隠匿と同視されるべき特段の事情があれば格別としている(伊藤眞『破産法・民事再生法〔第3版〕』522頁)ところである)。
なお、このような対価の相当性に対する規律は、現行民法における詐害行為取消権(424条)には規定が存在していないが、現在検討が進んでいる民法改正案においても同様の規律が設けられることが検討されている。
(1)債権保全を必要とする相当な事由
しばしば問題となる点の第二は、融資先企業において回収上の懸念を生じさせる行為が存在する場合に、どのような事情が存在すれば、融資契約上の「債権保全を必要とする相当な事由が存在する」場合に該当するか、つまり期限の利益喪失事由に該当するかという点である。
この問題は非常にケース・バイ・ケースの要素が強いが、一般論としては、小田垣亨氏の論文(小田垣亨「危機時における期限の利益喪失、相殺実務の問題点」銀行法務21・52巻3号20頁)が参考になる。同論文によれば、融資契約上の「債権保全を必要とする相当な事由が存在する」場合に該当するためには、「取引先の経営に重大な影響を与える危機事象の発生に加えて、①融資取引先の経営改善策についての合理的説明の欠如、②報告義務不履行等の信頼関係の破壊、③融資額に比しての担保の不足が必要と思われる」とされている。
この点に関連する判例としては、東京地判平成19年3月29日金融法務事情1819号40頁が参考になる。当該判決は、「本件新聞報道及び本件インターネット情報は、X自体は、本件耐震偽装問題への関与を否定しているものの、Xが、Z建築士が構造計算書を改ざんした疑いのある物件の多くの施工又は設計・施工を行っていることを内容とするものであり、Xの本件耐震偽装問題への関与を疑わせるものであったということができ、被告において、本件新聞報道及び本件インターネット情報を受け、Xが、建設工事について新規の受注を得ることができず、既に施工が完了した工事又は継続中の工事についても工事の中断、注文者から工事代金の支払の留保や請負契約の解約がされる可能性が強く、Xが施工又は設計・施工を行っている物件については損害賠償を請求される可能性があったと判断することもやむを得なかったということができる。〔また、〕・・・構造計算書を改ざんした物件に、Xが施工、設計・施工を行った物件が含まれていることを知っていたにもかかわらず、本件約定書12条2項に違反し、このことを自ら被告に報告することもなかったのであり、これは、被告のXに対する信用を失わせるものであったということができる」として、「債権保全を必要とする相当な事由」が存在したことを認めている点で注目される(もっとも、当該判決は、その一方で、被告金融機関に対し一部敗訴の判断を下しており、かつ、当該判決には控訴がなされている点に十分な注意が必要である)。
(2)一時停止と支払停止
これに関連して問題となるのが、事業再生ADRや中小企業再生支援協議会といった準則型私的整理手続に基づく支払いの一時停止(支払い猶予の申入れ)が「支払停止」に該当するかどうかの判断である(なお、「支払停止」は、融資契約上の期限の利益喪失事由のみならず、否認権が発生するか否かのメルクマール等としても機能する)。
勿論、準則型に限らず私的整理手続が開始された場合には、全体的な経済合理性の観点からは私的整理に協力するべき場合が多いため(また、そのことが金融円滑化法の精神にも適合する)、準則型私的整理手続に基づく支払いの一時停止(支払い猶予の申入れ)を理由に「支払停止」の発生を安易に認定すべきではない。その一方で、私的整理の計画の中には、(結果はともかくとして)その実現可能性に重大な疑義が存在する場合も少なくないのも事実である。
この点、東京地決平成23年11月24日金融法務事情1940号148頁〔確定〕は、「支払の免除又は猶予を求める行為であっても、合理性のある再建方針や再建計画が主要な債権者に示され、これが債権者に受け入れられる蓋然性があると認められる場合には〔支払停止とはいえない〕」と判断しており、この判断が、実務的には一つの落としどころではないかとも思われる。
もっとも、このような判断については批判も多いところであり(例えば、①蓋然性の内容が抽象的であるとか、②形式的に判断されるべき支払停止概念に規範的要素を持ち込むべきでない、等の意見が存在する)、この問題について実務が安定するにはもう少し時間がかかりそうである。
しばしば問題となる点の第三は、経済的危機状態にある取引先へ融資を行うこと(いわゆるプレDIP)が、貸付金融機関における善管注意義務に反しないかという問題である。この問題は、簡単にいえば、追貸しを行ったにも拘らず、当該追貸しに係る貸付債権が毀損することは、貸付金融機関にとって善管注意義務上の問題となり得るため、当該貸付債権の回収可能性を担保することによって善管注意義務違反と認定されることを回避できないかという問題である。また、この問題は、厳密には、優先性付与の問題と担保設定の問題とに区別される。
(1)優先性の付与
まず、プレDIPに他の貸付金に対する優先性が認められることによって、貸付金融機関のリスクを下げることが考えられる。
この点、まず、REVIC(地域経済活性化支援機構)手続や事業再生ADR手続については法律の明文で優先性承認手続が規定されている(前者については株式会社地域経済活性化支援機構法35条、後者については産業競争力強化法58条参照)。もっとも、①厳密には優先性の効果は限定的であり(前者については法36条・37条、後者については法59条・60条参照)、かつ、優先性が確保されても必ずしも返済が保証されるものではないし、②そもそも当該手続に乗せることができる貸付先は限定されるのが実情である。
次に、中小企業再生支援協議会の案件においては、実務上、プレDIPについて優先性を付与することの承認を参加金融機関に求め、参加金融機関がこれを明示又は黙示に賛成することで優先性を確保している事例が存在する。
また、中小企業再生支援協議会では取り扱うことのできない企業についても、参加金融機関が任意にプレDIPに対して優先性を承認すれば、理論上は(相対的な)優先性を付与することができる。
(2)担保の設定
経済的危機状態にある企業の場合、既に換価性の高い物件には担保が設定されていることが多く、その余の物件に担保を設定して融資を受けることが可能か否かが、実務上大きな問題となる。
具体的には、在庫物件、売掛債権、知的財産権及び海外資産等を担保として融資を受けることが可能か否かが問題となりやすい。
何故なら、①在庫物件については、動産登記制度によって公示機能は向上したものの、担保権の実行時にその販路を確保できるかが問題となること、②売掛債権についても、譲渡禁止特約による制限(特約の効果については民法改正作業においても議論となっていた)や、第三債務者からの抗弁が問題となり得ること、③知的財産権についても、担保権の設定方法(質権なのか譲渡担保なのか)や実行手続(当該知的財産権のみで実際の換価性が確保されるのか)が問題となり得ること、④海外資産についても、準拠法や実際の実行方法が問題となり得ること、等に十分な注意を要するからである。
結局のところ
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