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押収された取締役会議事録の閲覧許可を株主が申し立てたらどうなるか

笠井 計志

取締役会議事録閲覧謄写における裁判所の許可の性質について
   ~取締役会議事録が捜査機関に押収されている場合~

弁護士 笠 井 計 志

第1 取締役会議事録が押収されている場合

笠井 計志(かさい・けいじ)
 弁護士。米田総合法律事務所(大阪弁護士会)所属。
  灘高等学校,京都大学法学部,関西大学大学院法務研究科修了,2012年大阪弁護士会登録。
 大阪弁護士会自治体債権管理研究会,遺言相続センターに所属。現在,株主の権利弁護団で活動中。
 今般、取締役の責任を追及する株主代表訴訟の提訴とあわせ、取締役会議事録(「議事録」と呼ぶ。)の閲覧謄写許可の申立を行ったところ、会社から、対象の議事録が捜査機関に押収されており、会社に現存していないという主張がなされた。
 このような場合、裁判所においていかなる判断が行われるべきか、非常に興味深い問題に直面したため、以下、私の個人的な見解と実際の解決についてご紹介させて頂きたい。

第2 会社法上の定め

 会社法において、取締役会設置会社は取締役会の日から10年間、議事録を本店に備え置かなければならず(会社法371条1項、以下、条数のみ)、これに違反した場合には100万円以下の過料の制裁が定められている(976条8号)。
 そして、株主は、権利行使のために必要があるときは、会社の営業時間内にいつでも議事録の閲覧及び謄写の請求を行えるとされており(371条2項)、この請求を正当な理由なく拒否した場合にも、100万円以下の過料の制裁が定められている(976条4号)。
 もっとも、監査役設置会社と委員会設置会社においては、議事録の閲覧謄写を請求するためには裁判所の許可が必要となる(371条3項)。この場合、裁判所は、閲覧又は謄写により、会社又はその親会社若しくは子会社に著しい損害を及ぼすおそれがあると認めるときは、許可をすることができないとされている(同6項)。

第3 制度趣旨

 取締役会議事録は、株主にとって、会社の意思決定がなされた判断過程を明らかにし、どの取締役がいかなる責任を負うかを判断し、立証するために非常に重要である。もっとも、議事録の内容には会社経営上の機密も含まれていることから、広く公開されると会社の利益を害する危険がある。
 そこで、不正又は濫用目的の閲覧謄写請求を排除するため、請求する株主側において、権利を行使するため必要があるときに限って認められる。また、閲覧謄写によって会社側に著しい損害を及ぼすおそれがある場合には、許可を制限することにより、会社の利益を保護しようとする趣旨である。

第4 議事録が存在しない場合の検討

 1 はじめに

 許可に際して、裁判所が、株主の請求が不正又は濫用目的でなく正当な権利行使のためか否か、また、会社側に著しい損害を及ぼすおそれがあるか否かを判断することは明らかであるが、閲覧謄写請求の許可の判断に際し、議事録の存否についてどのように考慮されるべきか、明確には規定されていない。
 つまり、様々な事情によって議事録が会社に存在しない場合において、裁判所が許可しうるかどうかという問題が生じる。

 2 不許可説

 1つの考えとしては、議事録が存在しないものについては一律に却下するという判断が考えられる(「不許可説」と呼ぶ。)。
 この考えは、閲覧謄写請求を行う株主において、対象の議事録が存在することの疎明義務があると考えられるところ、会社に存在しないのであれば株主の疎明が認められず、請求が却下されるとの考えで、理論的には最も整合性を有する考えと思われる。
 しかしながら、捜査機関からの還付時期は株主にとって不明であり、(会社が任意で返還の連絡を行ってくれるのであれば別として)会社から返還の通知を受けるような手続が規定されていない以上、還付されたことを期待して一定期間が経過する毎に模索的な申立てを行わざるを得ない。このような模索的な申立ては株主にとって多大な負担になるだけでなく、会社や裁判所もその都度対応しなければならず、訴訟不経済である。

 3 許可説

 議事録の存否については考慮せず、裁判所は条文上の要件のみを判断して許可を出すという考えもありうる(「許可説」と呼ぶ。)。会社が許可に基づく閲覧謄写に応じなかった後の閲覧謄写請求事件(給付訴訟)の段階において、議事録が不存在である事情を考慮するという運用が考えられる。しかしながら、許可に際しては対象たる議事録の状態についても当然考慮されるべきであり、不存在の事情によっては、裁判所が不可能ないし理不尽な閲覧謄写を認めることになってしまうという問題がある。

 4 条件付許可説

 そこで、裁判所が、議事録が存在しない事情を考慮し、事情にあわせた形で許可を出すという判断が考えられる(「条件付許可説」と呼ぶ。)。不存在の事情が将来的に解消される事情か否か等によって、具体的な条件を付した許可決定を行い、事案に即した許可を行うことができる。
 これまでに、実際に条件付きで出された許可決定は見当たらない。しかし、閲覧謄写の必要性等の判断とあわせ、議事録の存否について裁判所において審理を行う以上、一定の条件のもとにおいてのみ許可が認められるとの判断に至れば、裁判所の裁量として、条件付きでの許可も出すことは可能であると思われる。
 なお、今回の事案を少し離れるが、裁判所の許可を得た後、会社に閲覧謄写請求を行える期間(許可の有効期間)についても条文上定められていない。例えば、株主の権利行使の必要性が一定期間経過後には認められないといった事情のもとでは、一定期間内に限定した許可を出すことにより、会社側の利益にも考慮した許可決定が望ましいと考えられる。
 もっとも、条件付での許可決定を行えるという裁量が条文上は明確でないという点が障害となる上、条件成就時(将来)における許可の判断となる点で裁判所として躊躇があるのではないかと思われる。

第5 具体的事案における解決

 具体的な事件は、株主の権利弁護団として、公正取引委員会からカルテルを理由とする課徴金納付命令を受けた会社に関し、取締役の責任を追及する株主代表訴訟を提起するとともに、先立って取締役会議事録の閲覧謄写許可申立てを行った案件である。会社は捜査機関に対して仮還付(刑事訴訟法222条1項、同123条2項)の請求も行わないという非協力的な態度であった。
 そこで、押収先の検察庁に対し、押収されている議事録を会社に還付(刑事訴訟法222条1項、同123条1項)されるように上申した。結果、速やかに会社に還付されたため、開示を受けることになった。
 したがって、今回の事案における許可の判断については、なお問題として残っている。今後、裁判所による判断が期待される。