2015年04月29日
西村あさひ法律事務所
弁護士 泰田 啓太
■はじめに
■プリンシプルベース・アプローチと各上場会社の基本方針
コード原案は、いわゆるプリンシプルベース・アプローチを採用し、そこで示している規範(基本原則・原則・補充原則)の履行の態様は、会社の業種、規模、事業特性、機関設計、会社を取り巻く環境等によって様々に異なり得ると指摘している(前文9項)。
そして、上場会社は、コード原案の各原則を踏まえたコーポレートガバナンスに関する基本的な考え方と基本方針とを開示・公表すべきものとされている(原則3-1(ii))。これは、ニューヨーク証券取引所の上場規則が、上場会社に対して、コーポレートガバナンス・ガイドラインを採択し、開示する(ウェブ上での開示が要求されている)ことを求めていることなどに倣ったものと考えられる。ちなみに、同規則の注解(コメンタリー)では、当該ガイドラインには、取締役の選任・資格基準、取締役の責務、取締役の経営陣及び独立のアドバイザーへのアクセス、取締役の報酬、取締役のオリエンテーション及び継続研修、経営陣の承継及び取締役会の年次自己評価に関する事項が盛り込まれなければならないものとされている。
したがって、コードが東証の上場規則に盛り込まれた暁には、上場会社は、自社の状況を踏まえてコードに対してどのような考え方で対応するのかを示した上で、まずはコーポレートガバナンスに関する基本方針(以下「コーポレートガバナンス基本方針」という。)を策定・公表し、それに沿う形で、コードで定められた各原則に適宜対応していくことが必要になる。この点、日本取締役協会から、本年4月20日付けで「コーポレートガバナンスに関する基本方針ベスト・プラクティス・モデル(2015)」が公表されている(《http://www.jacd.jp/news/gov/150420_post-151.html》にて閲覧可能)ので参照されたい。なお、コーポレートガバナンス基本方針の記載振りに関しては、利用者にとって付加価値の高い記載となるよう工夫が必要であるほか(補充原則3-1①参照)、外国人持株比率の高い上場会社では、その英語版の作成・開示も行うことが望ましいものとされている(補充原則3-2②)。
■株主との対話
コード原案基本原則5は、上場会社は、その持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資するため、株主総会の場以外においても、株主との間で建設的な対話を行うべきであるとしている。そして、原則5-1は、取締役会は、株主との建設的な対話を促進するための体制整備・取組みに関する方針を検討・承認し、開示すべきものとしている。
株主との建設的な対話を促進するための方針には、少なくとも以下の5点を記載すべきものとされている(補充原則5-1②)。すなわち、(ⅰ)株主との対話全般について統括し、建設的な対話が実現するように目配りを行う経営陣又は取締役(以下「SR統括取締役等」という)の指定、(ⅱ)対話を補助する社内のIR担当、経営企画、総務、財務、経理、法務部門等の有機的な連携のための方策、(ⅲ)個別面談以外の対話の手段(例えば、投資家説明会やIR活動)の充実に関する取組み、(ⅳ)対話において把握された株主の意見・懸念の経営陣幹部や取締役会に対する適切かつ効果的なフィードバックのための方策、(ⅴ)対話に際してのインサイダー情報の管理に関する方策である。6月の定時株主総会シーズンが近づき、株主の間で会社のコーポレートガバナンスについての関心が高まっていくことが予想される中で、この方策に関しては、早期に策定・開示すべき実務上の必要性が相対的に高いのではないかと思われる。
この方針を策定するに当たっては、株主との個別面談をどのように位置づけ、それにどの程度まで積極的に対応していくかということがポイントの一つとなると考えられるが、各社ともIR・SRを実施するための経営リソースに限りがある中においては、コード原案が「市場においてコーポレートガバナンスの改善を最も強く期待しているのは、通常、ガバナンスの改善が実を結ぶまで待つことができる中長期保有の株主であり、こうした株主は、市場の短期主義化が懸念される昨今においても、会社にとって重要なパートナーとなり得る存在である」(前文8項)と指摘していることを踏まえ、個別面談の対象を、中長期的に株式を保有していく方針を明らかにしている大口の機関投資家に絞り込むことも、十分に合理的な考え方であろう。
なお、SR統括取締役等として取締役・経営陣の中から誰を指名すべきかという点について、コード原案では、「株主の希望と面談の主な関心事項も踏まえた上で、合理的な範囲で、経営陣幹部又は取締役(社外取締役を含む)が面談に臨むことを基本とすべきである」(補充原則5-1①)とされており、代表取締役をはじめとする経営陣幹部が対話に臨むことも想定されている。従って、SR統括取締役等を、SR・IR担当の業務執行取締役ないし執行役員等とすることも、十分考えられるであろう。いずれにせよ、誰が指名されるかにかかわらず、SR統括取締役等としては、株主からその意見・懸念を適切に吸い上げ、中長期的な企業価値向上の観点から、その内容を経営陣幹部や取締役会に対して適切にフィードバックすることが重要となる。
■取締役会の構成等に関する考え方
コード原案では、取締役会が経営陣幹部の選任と取締役・監査役候補の指名を行うに当たっての方針・手続を開示し、主体的な情報発信を行うべきものとされるとともに(原則3-1(iv))、取締役会全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模に関する考え方を定め、開示すべきものとされている(補充原則4-11①)。
コード原案は、多様性について、多様性に関する目標の設定を求めることまではしていないが、取締役候補の選任プロセスや取締役会の構成に関しては株主の関心が高まることも想定されることから、2010年に米国証券取引委員会(SEC)が制定した規則の下で米国上場会社が開示している、「取締役候補者の選定に際して多様性が考慮されているか、考慮されているとして当該選定プロセスにおいてどのように考慮されているか、及び会社はかかる多様性の考慮に関する方針の実効性についてどのように評価しているか」に係る開示実例などを参考に、各上場会社においては、早急に、少なくとも取締役会の構成の多様性に関する考え方を整理すべきであろう。
■取締役会の責務
コード原案は、「上場会社の取締役会は、株主に対する受託者責任・説明責任を踏まえ、会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を促し、収益力・資本効率等の改善を図るべく、(1)企業戦略等の大きな方向性を示すこと、(2)経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うこと、(3)独立した客観的な立場から、経営陣(執行役及びいわゆる執行役員を含む)・取締役に対する実効性の高い監督を行うことをはじめとする役割・責務を適切に果たすべきである」とした上で、こうした役割・責務は、監査役会設置会社・指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社のいずれの機関設計を採用する場合にも等しく適切に果たされるべきものとしている(基本原則4)。
もとより、コーポレートガバナンスを実効化するための方法論としては様々な方策があり得るところであり、企業統治の在り方は「モニタリング・モデル」だけに限られるものではないし、機関設計もそれぞれが等しく機能し得るものである。基本原則4後段は、そのことを確認したものであろう。
しかしながら、企業統治の在り方についてどのような選択をした場合でも、上場会社は、その株主及び投資家に対して、何故そのような選択をしたのかを説明する責務を負っているものと考えられる。また、平成26年会社法改正によって監査等委員会設置会社制度が導入されるという事情も踏まえれば、従来型の監査役会設置会社の形態を選択した上場会社は、何故指名委員会等設置会社又は監査等委員会設置会社ではなく監査役会設置会社を選択しているのかについて、より丁寧に説明していくことが望ましいのではないかと考えられる。
■独立社外取締役の有効な活用
独立社外取締役の活用は、前述した取締役会の責務を踏まえて検討していく必要があるが、コード原案では、そのための具体的な方策として、独立した客観的な立場に基づく情報交換・認識共有を図ること(例えば、独立社外者のみを構成員とする会合の定期的な開催等。補充原則4-8①)、経営陣との連絡・調整や監査役会との連携に係る体制整備を図ること(例えば、互選による「筆頭独立社外取締役」の決定等。補充原則4-8②)が挙げられている。
独立取締役による取締役会の監督機能を実効化させるためには、独立取締役同士で活発な意見交換がされることが望ましい。コード原案では、上記のとおり、例示の形ではあるが、それらの方策を講じることが慫慂されているが、独立した客観的な立場を有する社外役員同士の情報交換・認識共有は、独立取締役会議の開催以外の方策によって対応することも十分考えられるところであり、具体的な方策としては、例えば、社外監査役を含めた社外役員連絡会を定期的に開催することや、独立取締役と経営陣との連絡・調整や監査役会との連携のために、社外取締役事務局を設置することなども考えられる。この点、各社の事情に応じて工夫を凝らしていくことが望ましい。
■株主総会関係
コード原案の第一章では株主の権利・平等性の確保が定められており、原則及び補充原則において株主総会に関する項目が掲げられている。
このうち、補充原則1-2②では、「上場会社は、株主が総会議案の十分な検討期間を確保することができるよう、招集通知に記載する情報の正確性を担保しつつその早期発送に努めるべきであり、また、招集通知に記載する情報は、株主総会の招集に係る取締役会決議から招集通知を発送するまでの間に、TDnetや自社のウェブサイトにより電子的に公表すべきである」とされている。招集通知の電子的な公表を実施している上場会社は多いが、株主への招集通知発送より前に電子公表をしている例は未だ少ない 。この点、平成26年会社法改正に伴う会社法施行規則及び会社計算規則の改正では、事業報告全体や計算書類全体をウェブ上に開示することは妨げられない旨の確認規定が設けられ(会社法施行規則94条3項、133条7項、会社計算規則133条8項)、制度上の障害は非常に小さくなっていることから、コードを踏まえ、株主総会招集通知発送「前」における当該通知の電子公表を行うかどうか検討することが、実務上は重要となるであろう。
なお、招集通知発送前における招集通知の電子公表を行っている会社のうち47.7%は発送日前日に電子公表を実施しているが、発送日の1週間前に電子公表する会社も17.2%存在する 。招集通知発送前の電子公表については、具体的な公表時期をどの時点とするかが、今後の実務上のポイントとなろう(例えば、招集通知の印刷のための校了後速やかに電子的に公表することも、十分検討に値しよう)。
また、補充原則1-2③は、「上場会社は、株主との建設的な対話の充実や、そのための正確な情報提供等の観点を考慮し、株主総会開催日をはじめとする株主総会関連の日程の適切な設定を行うべきである」とし、補充原則1-2④は「上場会社は、自社の株主における機関投資家や海外投資家の比率等も踏まえ、議決権の電子行使を可能とするための環境作り(議決権電子行使プラットフォームの利用等)や招集通知の英訳を進めるべきである」としている。
また、コード原案補充原則1-2⑤では、「信託銀行等の名義で株式を保有する機関投資家等が、株主総会において、信託銀行等に代わって自ら議決権の行使等を行うことをあらかじめ希望する場合に対応するため、上場会社は、信託銀行等と協議しつつ検討を行うべきである」とされている。いわゆる実質株主が株主総会に来場した場合、①株主であることの確認手続をどのように行うのかという問題に加えて、②傍聴者として出席のみ認めるのか、議決権行使まで認めるのかという問題、更には、③後者の場合には議決権の二重カウントを防ぐための方策をどのようにするのかという問題等について検討する必要があるが、これらについて、事前に信託銀行等の証券代行機関と協議して対応方針を決めておくことが必要ではないかと思われる。
■今後の実務対応
東証が意見募集の手続に付した「コーポレートガバナンス・コードの策定に伴う上場制度の整備について」によれば、上場会社がコードを実施しない場合には、定時
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