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日本企業のトルコでの活躍のために弁護士として

江本 康能

日本企業のトルコでの活躍のために弁護士として

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 江本 康能

 1.はじめに

江本 康能(えもと・やすたか)
 2005年3月、東京大学法学部卒。2007年3月、東京大学法科大学院 (法務博士 (専門職))修了。2008年12月、司法修習(61期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)。2009年1月、当事務所入所。2013年5月、米国Vanderbilt University Law School (LL.M.)修了。2014年2月までロンドンの法律事務所で勤務。2014年4~11月、イスタンブールの法律事務所に出向。2014年12月、当事務所復帰。
 高校の卒業文集でヨースタイン・ゴルデルの哲学入門書『ソフィーの世界―哲学者からの不思議な手紙』の一説のパロディを書いたのは今から約15年前。この世界は、実は異次元にいる作家が書いた物語。私たちは自分の意思で動いていると思っているが、実は作家の思うとおりに動かされているだけ。作家に誘導され、作家が思い描くとおりに結果を出す。偶然だ、奇跡だ、と思えるようなことも、作家が綿密に張り巡らせた伏線の中で、必然的に起こっている。

 そんな世界を描きながら、当時の私が自分の生き方についてどのように考えていたかは覚えていない。仮にそのような異次元の作家がいるとしても、その作家も最初からストーリーを全て思い描いているわけではないだろう。日々考えをめぐらせ、いろいろなことに接し、書きながらストーリーを作っていく。登場人物を描く中で、作家自身も考えていなかった登場人物の魅力を見出し、その人物に新たな役割を担わせる。そんなこともあるだろう。自分はそういう登場人物でありたい。おそらくそんなことを考えていたのではないかと思う。

 異次元の作家を動かすということは、すなわち、世の中の大きな流れを動かすということ。そういう人間になりたい。その思いは今でも変わらない。縁あって手がけるようになった日本企業のトルコ投資に関する業務についても、同じ思いをもって携わっている。

 2.トルコ投資に関わる

 私が日本企業のトルコ投資に関わることになったきっかけは1年半ほど前、当時ロンドンの法律事務所で研修していたときにかかってきた先輩弁護士からの一本の電話だった。そのときに初めて接したトルコの魅力、マーケットとしてのポテンシャルの大きさ、そしてこの分野のパイオニアの1人として奔走する先輩弁護士の熱い思い。その思いに応えたい、自分も役に立ちたいという衝動。そして、この分野において誰もひいていないレールをひきたい。そんな思いをかかえながら、ロンドンでの研修を終えたあと、そのままイスタンブールへ飛んだ。

 3.トルコでの活動

 2014年4月から、イスタンブールのパクソイ法律事務所という大手法律事務所に籍を置き、日本企業のトルコ投資に関する業務を開始した。赴任当初、駐在期間は半年を予定していた。この短期間に、トルコ法の弁護士ではない自分がトルコにおいて日本法の弁護士として何ができるか、どのような足跡を残せるか。模索しながらの活動だった。具体的な活動内容は大きく2つに分けられる。

 (1)トルコ進出案件のサポート

 主な業務は、日本企業のトルコ進出案件のサポート。私の所属するアンダーソン・毛利・友常法律事務所の弁護士と私が日本とトルコの両面からサポートする。フィージビリティスタディをはじめとして、M&A、ジョイントベンチャーによる進出案件など、様々な案件に関与した。最前線の契約交渉やデューデリジェンス等は全てトルコの弁護士が行う。そのような中での日本人弁護士としての私の役割は、日本企業のニーズに合ったきめ細かいサービスを提供することにある。例えば、トルコ会社法には取締役会の開催頻度や招集期間に関する規定がない。日本企業がジョイントベンチャーにおいて日本法における株式会社と同じようなガバナンスの仕組みを作ろうと思えば、合弁契約において、取締役会の開催頻度や招集期間に関する定めを置く必要がある。このような日本企業ならではの関心事をトルコの弁護士に伝え、合弁契約に盛り込む。また、トルコにおいて当たり前のことは、日本企業にとって驚くべきことであっても、こちらからトルコの弁護士に質問しないと議論の俎上にのらないこともある。例えば、トルコでは印紙税の課税範囲が非常に広い。すなわち、基本的には、何らかの形でトルコから利益を享受すれば、その取引に関する書面に印紙税がかかる。税率も約1%(上限約7700万円)と高額である。このため、トルコ企業の買収において、株式譲渡契約にかかる印紙税を売主と買主のどちらが支払うかは交渉のポイントとなる。進出後においても、例えば複数の現地企業を下請けとして使用する場合に下請契約一本ずつに印紙税がかかるとなると、相当なコストになることもある。これを免れる方法はあるのかという点も進出の際の事前の検討事項となる。トルコへの投資案件をサポートする弁護士としては、このあたりの土地勘を持ってアドバイスをする必要がある。トルコにいる間、案件を通じてノウハウの蓄積に努めた。

 (2) トルコ法に関する情報提供

 次に大きな仕事が、トルコ法に関する情報提供。研修先の法律事務所の弁護士と協働して、日本企業からのトルコ法に関する一般的な質問に回答する。増資のスケジュール、適格合併の要件、といった法制度の概要から、ジョイントベンチャーにおいてトルコ人に経営を任せた方がいいのか、トルコでは毎年賃上げをする慣習があるのか、といった実務的なものまで、実に様々な質問を受けた。質問を受けたときには、トルコの弁護士に対して、日本企業がどうしてこのような質問をするのかを説明し、本当に知りたい内容をトルコの弁護士から引き出す。そして、日本法との違いをふまえて、ポイントを日本語で回答する。この仕事を通じて、日本においてトルコ法に関する基礎的な情報がまだまだ不足していると実感し、短期間のトルコ駐在ではあるものの、ここに自分の足跡を残す余地を見つけた。企画したのは、トルコ投資に関連する法律の概要をまとめたトルコ投資ガイドブックの作成。このため、駐在期間を少し延ばした。パクソイ法律事務所と協働して、私の経験と、パクソイ法律事務所の日本企業のトルコ進出案件における経験をふまえ、日本企業がよく関心を持つトルコ法のポイントを盛り込んだブックレットを作成した。この他にも、ニュースレターによるトルコ法の最新情報の発信も行い、現在でも継続している。

 4.日本企業のトルコでの活躍のために

 トルコに赴任して間もない頃、同じ時期に赴任された駐在員の方と飲む機会があった。当初、私の駐在予定期間は半年、駐在員の方は少なくとも5年。半年で一体何ができる。そのようなことを考えさせられた。しかし、私にとってトルコ駐在は、日本企業のトルコ進出のサポート業務の始まりであり、1年弱の駐在によりその第一歩は踏み出せたのではないかと思う。日本に帰国して半年が経ったが、これまで培った知識と経験を活かして、これから先自分に何ができるか、実際に日本企業のトルコ進出案件にも携わりながら日々思案している。

 日本に帰国してから半年の間に、ISISに端を発する治安の問題などにより、これまで順調に進んできたように見えた日本企業のトルコ投資の流れが減速したかと思われるような時期もあった。この出来事には、自分ではどうすることもできないと思うような新興国投資の壁を感じたりもした。しかし、そのようなとき、トルコで出会った駐在員の方々との日々を思い出した。今もトルコに駐在されている方々は、毎日苦労されている。既にトルコに進出している企業は間違いなく前に進んでいる。そのことを思ったとき、自分も日本にいながら何ができるか考え続け、少しでも力になれるよう前に進もう、改めてそう思った。

 日本とトルコの友好関係の始まりとなったともいわれるエルトゥールル号の海難事故から125周年を迎える今年、日本・トルコ合作映画『海難1890』も公開予定である。日本とトルコの関係深化という時代の大きな流れは間違いなくあると思う。そのような時代の流れを一法律家としてサポートし、貢献できるよう、日々精進を重ねていきたい。