2015年08月05日
西村あさひ法律事務所
パートナー弁護士 曽我美紀子
1.はじめに
2.プロジェクト・ファイナンスとは
大規模な事業を行うためには、事業に係る施設・設備の設計、調達及び建設等を行う必要があり、その発注先に支払う請負代金や事業会社(対象事業を行うことのみを目的として設立された特別目的会社=SPCとして設立されることが多い)の開業費等として、多額の初期投資が必要となる。一方で、事業収入が生み出されるのは、施設が完工して運営・操業が開始してからであり、事業会社は運営・操業開始後にその収入から徐々に投資資金を回収することになる。そこで、事業会社は、初期投資費用を賄うために資金調達を行う必要があり、そのための手法として、プロジェクト・ファイナンスがしばしば利用される。
プロジェクト・ファイナンスは、一般に、「①特定の事業に対するファイナンスであって、②そのファイナンスの元利金弁済の原資を、原則として当該事業から生み出されるキャッシュフローに限定し、また、③そのファイナンスの担保をもっぱら当該事業に係る資産に依存して行う金融手法」などと定義される。
このうち①は、ファイナンス(資金調達・資金提供)が、ある特定の事業に着目して行われることを意味する。なお、プロジェクト・ファイナンスでいう「ファイナンス」とは、一般的に融資(ローン)を指す。
また、上記の②は、資金提供者である銀行等の金融機関等に対する元利金弁済が、原則として対象事業から生じるキャッシュフローから行われることを意味する。これは、融資の元利金弁済が事業収入を原資として行われることを前提に、金融機関等が収入を拠り所として融資を提供することを意味する。つまり、信用(融資)の供与が、スポンサー(事業を企画し事業会社に出資する等により、事業に関与する者)の一般的な信用力や、事業に関する個別の資産の交換価値に依拠する訳ではない。
これに対して、スポンサーの信用力に依拠して行われるファイナンスは、コーポレート・ファイナンスと呼ばれる。コーポレート・ファイナンスでは、スポンサーは、自ら資金調達を行い、当該資金を事業会社に貸し付けるか又は自ら資金調達を行わないものの事業会社の債務について連帯保証するのが一般的である。このように、特定の事業のためにSPCを用いて資金調達を行う場合でも、プロジェクト・ファイナンスではなくコーポレート・ファイナンスとして分類すべき場合があるので、留意が必要である。
そして、上記の③は、プロジェクト・ファイナンスにおける担保の目的と関連する重要な要素である。前述のとおり、プロジェクト・ファイナンスにおいては、事業のキャッシュフローに着目して信用の供与が行われることから、事業が順調に営まれることが前提となる。それ故、プロジェクト・ファイナンスでは、融資の返済が遅延した場合に、担保実行により対象資産の交換価値を実現して資金回収することよりも、(ⅰ)事業に必要な資産に担保を設定することにより、第三者による担保設定や差押え等を防止し事業の継続を図ること(いわゆる防衛的担保)や、(ⅱ)万が一事業が頓挫し又はその可能性が高まった場合に、スポンサーの交代や新会社への事業承継等を通じて対象事業を再構築した上で事業を継続させて事業収入からの資金回収を図ること(いわゆるステップ・イン)に主眼が置かれる。
このように、プロジェクト・ファイナンスとは、事業がキャッシュフローを生み出す力に着目したファイナンスであるといえる。そして、事業がキャッシュフローを生み出すためには事業の安定的かつ継続的な運営が必要であることから、プロジェクト・ファイナンスの検討に際しては、「事業の安定性・継続性」を常に念頭に置く必要がある。
3.プロジェクト・ファイナンスの特徴
(1)ノン・リコース又はリミテッド・リコース
プロジェクト・ファイナンスにおいては、前述のとおり、融資の返済のための原資は原則として対象事業の事業収入に限定され、スポンサーの信用力に依拠せずに資金調達が行われる。この特徴は、スポンサーへの責任追及(遡及=recourse)がないという趣旨で、ノン・リコースと呼ばれる。ただし、実際には、事業収入が得られないか又は収支が安定しない要因となる事由(事業リスクなどと呼ばれる)の一部に対応するために、スポンサーが追加の資金提供義務を負う等スポンサーの信用力に部分的に依拠するリミテッド・リコースの方法によることもある。
(2)担保の目的(防衛的担保とステップ・イン)
プロジェクト・ファイナンスにおける担保の主な目的は、前述のとおり、事業継続のための防衛的担保やステップ・インの手段の確保にある。これらの目的に照らし、法令等により可能な範囲で、事業会社が保有する事業に関連する概ね全ての資産(但し、各種の例外もあり得る)及びスポンサーが保有する事業会社の出資持分に担保が設定される。
(3)事業リスクの分析・分担
事業リスクが顕在化した場合、追加費用や損害の発生により事業会社の資金不足が起き、金融機関等が資金を回収できなくなるおそれがある。そこで、金融機関等は、かかる事業リスクを予め把握し、当該事業リスクが顕在化した場合の事業や資金回収への影響を分析し、仮に事業会社に資金不足が発生し、提供した資金の回収が困難となることが予測されるときは、事業会社以外の適切な関係者(スポンサー、対象事業に係る各業務の受託者・請負者、保険会社等)にそれぞれ適切な契約条件で事業リスクの顕在化による費用や損害を負担させて事業会社の費用・損害の負担を限定し、資金回収ができなくなる可能性を限定するよう試みる。このような検討を経て、金融機関等は、資金の回収リスクが許容可能な範囲内である(bankableである)と判断する場合に限って融資を行う。
事業リスクは、ただ闇雲に第三者に転嫁すれば良いというものではなく、当該第三者が当該事業リスクを負担することが相応しいと合理的に判断されるものでなければならない点に注意を要する。つまり、事業リスクの分担は、関係者の役割や得意分野等を勘案の上で、「リスクを最もよくコントロールできる者が当該リスクを負担する」との考え方に基づいて行われる必要がある。そうでなければ、無理な事業リスクの負担のために、適切なリスク管理が行われなかったり、リスク管理に必要な費用が不当に増大するおそれがあり、事業に悪影響が生じかねない。
(4)金融機関等による事業のモニタリング
プロジェクト・ファイナンスでは、提供した資金の回収が事業収入から行われることから、金融機関等は、事業が適正に実施されるかを常に監視し、仮に事業運営に支障が生じた場合には、事業会社や関係者に適切な対策を要請すること等により事業の安定性・継続性を確保するよう努める。このように、プロジェクト・ファイナンスでは、通常のコーポレート・ファイナンスと異なる形での事業の監視が必要となる。具体的な監視の方法としては、主として、事業会社と金融機関等との間の融資契約において、事業会社の財務状況や事業状況等の報告・通知義務を課したり、事業計画の変更や事業計画で予定されていない資産購入や支出を禁止したり、元利金返済余裕度(Debt Service Coverage Ratio)の基準値を充足すべき旨を定めたり、多岐に亘る事項について義務を課す方法が用いられる。
(5)セキュリティ・パッケージ
金融機関等がプロジェクト・ファイナンスにより融資を行う際に構築する、融資回収を確保するための工夫・手段を総称して、セキュリティ・パッケージと呼ぶことがある。その具体的な内容としては、前述したスポンサーによる資金援助、担保権設定、事業リスクの適切な分析・分担、事業の監視のほか、金融機関等によるキャッシュフローの管理など、様々なものが挙げられる。このうち最後に挙げたキャッシュフローの管理は、プロジェクト・ファイナンスの特徴といえるものであり、事業会社の収入が事業継続のための公租公課・営業費用の支払いや元利金返済等に適切に充当されることを確保するとともに、事業会社が、金融機関等の同意を得ることなく予め決められた使途以外の使途に金銭を支出することを禁ずることを目的とする。かかる目的のために、事業会社名義の預金口座は、基本的に金融機関等を代理・代表する特定の金融機関(エージェント行などと呼ばれる)に開設され、口座からの出入金は全て当該金融機関に監視され、管理される。このような預金口座は、複数開設され、融資契約において、口座間の送金、出入金のタイミング、資金充当の優先順位や条件等の資金管理ルールが厳格に定められる。このような仕組みは、金銭に見立てた水が上から順に流れ落ちてそれぞれの段階の器に満たされていく様子に喩えて、キャッシュ・ウォーターフォール(Cash Waterfall)などと呼ばれる。
4.プロジェクト・ファイナンスの利点等
プロジェクト・ファイナンスには、他の金融手法と異なる特徴が見られるが、関係者は、プロジェクト・ファイナンスの仕組みを利用することにより、どのようなメリットを享受することができるのであろうか。
(1)スポンサーにとっての利点
まず、コーポレート・ファイナンスによる融資と比較すると、スポンサーの負担する責任が限定される点が最大の利点である。また、スポンサーや事業関係者の事業遂行能力を前提として適切な事業リスクの分担を行うことにより、個々のスポンサーの信用力に依拠したコーポレート・ファイナンスの場合よりも、全体としての資金調達力が高くなる場合がある。さらに、スポンサーは、出資等の限定された範囲でのみ資金提供を行い、金融機関等から多額の借入れを行うことによって投資収益率を高めることができ、少ない元手で高いリターンを得るというレバレッジ効果が期待できる。また、適用される会計基準等によっては、スポンサーの貸借対照表へ影響しないか(オフ・バランス)又は当該影響を限定的なものとすることが可能な場合がある。
(2)金融機関等にとっての利点
金融機関等は、資金提供の機会が増えることにより業容が拡大する点や、融資期間が長期に亘るため(事業環境の変化等により融資回収のリスクが高まると考えられることで)融資に係る利率をコーポレート・ファイナンスによる場合よりも高く設定できる場合が多いこと等の利点を享受できる。
(3)まとめ
以上述べたとおり、プロジェクト・ファイナンスは、スポンサーにとっても金融機関等にとっても多くのメリットがあるが、他方、スポンサーにとっては、金融機関等によるモニタリングにより経営の柔軟性が制約されるといったデメリットもあるため、プロジェクト・ファイナンスの手法を採用するか否かは、事業毎に、それらのメリット・デメリットを比較考量した上で決すべきことになる。
5.プロジェクト・ファイナンスの対象事業
これまでにプロジェクト・ファイナンスの対象となった事業としては、海外では、石油・LNG(液化天然ガス)等のエネルギー資源や銅・ニッケル等の金属資源などの資源開発事業、道路・鉄道・病院・刑務所等のインフラ事業、各種発電事業や石油精製・石油化学事業等がある。国内では、プロジェクト・ファイナンスは、主として、PFI(Private Finance Initiative)と呼ばれる国又は地方公共団体等が行ってきた公共事業を民間の資金やノウハウを活用して行う手法の対象事業(病院、刑務所、廃棄物処理施設等)や各種発電事業等の資金調達に用いられることが多い。
一般論として、プロジェクト・ファイナンスの対象事業として相応しいのは、次の要件を満たす事業である(なお、資金調達の必要がなければプロジェクト・ファイナンスの必要もないことから、事業のための施設等の設計、調達及び建設等の費用として多額の初期投資が必要な事業であることが前提となる)。
6.最近の発電事業の実務の動向
(1)太陽光発電事業
再エネ特措法施行時から急速に導入が進んでいた太陽光発電事業については、新規の開発案件は、固定価格買取制度の運用の厳格化や、事業化が進むに従って新たな事業のための用地が減少していることに伴い、土地利用権原を設定するために複雑な土地の権利関係を整理しなければならない等の各種の問題点を解決する必要が存すること等により、難易度が高い案件が増加しており、案件数も今後減少することが見込まれる。なお、建物の屋根を使ったいわゆる屋根貸し案件は、ポテンシャルは相当程度あるものの、建物の屋根のみを対象とする利用権については不動産登記その他の対抗要件を具備するための法整備がなされていないため、プロジェクト・ファイナンスの対象とするためには、信用力の高い建物所有者との間で各種合意を行う等の手当てが必要となる。それ故、現在のところ、資金調達の方法が限定的となり易く、いわゆる土地置き案件(空き地に太陽光パネルを設置することにより太陽光発電を行う案件)と比べると、プロジェクト・ファイナンスの対象件数は限られるといわざるを得ない。
他方、運転開始後の太陽光発電事業については、事業の売買取引や私募ファンド化が行われているほか、先日の東京証券取引所におけるインフラファンド市場の開設に伴い、上場案件に関する具体的な検討がなされる等の動きが見られる。事業開発に当たってプロジェクト・ファイナンスにより借入れを行っていた場合には、当該借入れにどのように対処するか(そのまま存続するか、返済するか、リファイナンスするか等)につき検討を要する。
(2)その他の再生可能エネルギー発電事業
風力発電事業については、陸上での事業は、風況の良い場所を確保した上で、規模により環境影響評価(環境アセスメント)の実施が必要となる点や広域系統に関する問題がある点のほか、住民との調整等の様々な論点を解決した上で開発を行う必要がある等により、太陽光発電事業ほどの増加は見られないが、引き続き、ノウハウのある開発業者等が主導して開発が進んでいる。洋上での事業は、港湾区域等で大規模案件の開発や検討が進められており、今後の案件数の増加が期待されるが、水域の利用権原の長期確保や漁業関係者等との利益調整、事業期間に亘るメンテナンスの確保等につき、陸上での事業と異なる論点がある。従って、これらにプロジェクト・ファイナンスを利用するにあたっては、上記の事業リスクを考慮する必要がある。
その他、バイオマス発電事業や地熱発電事業等についても、開発や検討が進められている。このうち、バイオマス発電事業については、バイオマス燃料の長期安定供給が最大のポイントであり、プロジェクト・ファイナンスによる資金調達を行うためには、この点の手当てが鍵となる。
(3)火力発電事業
火力発電事業に関しては、2016年の電力小売の全面自由化に向けて、一般電気事業者のみならず特定規模電気事業者(いわゆる新電力・PPS)による電源確保の観点等からも、主に石炭火力発電事業につき検討が進んでいるが、火力発電設備の設置費用を調達するためにプロジェクト・ファイナンスが利用される場面も増加している。もっとも、環境影響評価における二酸化炭素排出削減の取扱いやエネルギーの使用の合理化等に関する法律(いわゆる省エネ法)に基づくベンチマーク制度の動向等が事業にどのように影響を及ぼすかについて、注意することが必要である。
(4)まとめ
上記で指摘した問
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