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シンガポールの食文化、法律業務、仲裁

藤原 利樹

シンガポールの食文化、法律業務、仲裁

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
藤原 利樹

 はじめに

藤原 利樹(ふじわら・とししげ)
 2004年3月、東京大学法学部修了。2006年3月、東京大学法科大学院 (法務博士 (専門職))修了。2007年12月、司法修習(60期)を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)。2008年1月、当事務所入所。2014年5月、米国Columbia University School of Law(LL.M.)修了。2015年までシンガポールのWong Partnership法律事務所勤務。2015年6月、当事務所復帰。
 前回に引き続き、今回の本コラムでも、シンガポールのことを取り上げさせていただく。

 2014年11月から2015年5月まで、シンガポールの法律事務所で研修する機会をいただいた。米国のロースクールを卒業した後の研修先を探していた折、シンガポールで研修するお話をいただき、二つ返事でお受けした。元々、留学後は英語圏で研修したいと考えていたうえ、アジアのハブとして成長を遂げているシンガポールにも興味があったので、幸運だったと思う。

 マリーナ・エリアの光景

 研修先の法律事務所は、マリーナ・エリアと呼ばれる地区にあった。研修先が私に割り当ててくれた部屋からは、今話題のホテル、マリーナ・ベイ・サンズや視界いっぱいに広がる外海を見ることができた。外海が見えるのは、マリーナ・エリアがまだ開発中の地域であり、外海に近い場所に空き地が多いためである。入所した時、部屋を案内してくれた同僚は、「君は、この部屋に今入ることができて運がいい。何年か経つと、他のビルが建つので、ここから見える景色はそれほど良くなくなる。」と言っていた。現在、マリーナ・エリアでは、複数の建設プロジェクトが進行中である。マリーナ・エリアの建設ラッシュを見れば、発展を続けるシンガポールの勢いを感じることができるだろう。

 多様な食文化

 シンガポールの食文化は、多様で奥深い。フードコートに行けば、数十軒に及ぶ屋台が提供する料理を自由に選んで楽しむことができる。もちろん、レストランに行って、西洋料理や日本料理を食べることもできる。東南アジア料理やインド料理の店も多い。もちろん、中華料理の店も多いが、四川料理を出す店は、それほど多くないように感じた。

 東京と比べて違うのは、価格の差が大きく感じられるところだ。フードコートでは、3~4シンガポールドルで食事をとることができる(現在、1シンガポールドルは約90円)。これに対し、レストランに行くと、数十シンガポールドルかかってしまうことも珍しくない。

 では、どちらがよいかといえば、私は、フードコートを勧める。安くて手ごろなうえ、評判の良い店に行けば、レストラン以上に美味しいご飯が食べられる。ホッケン・ミー(福建風シーフード焼きそば)、ナシ・レマク(マレー風ココナッツミルクご飯)、ロティ・プラタ(インド風パン。カレーをつけて食べる。)といった料理を自由に選んで楽しむことができるのは、シンガポールならではといえるのではないだろうか。

 同僚から聞いたところによると、シンガポールの屋台には、後継者難に苦しんでいるところが多く、有名店でも、今の店主が引退すればそのまま店をたたむ予定のところが少なくないそうだ。有名店が店じまいをする前に、評判の良い屋台を回ってみてはいかがだろうか。

 日本人にとって住みやすい国

 シンガポールは、日本人にとっては住みやすい国である。在留邦人の数は約3万人と、人口約500万人の国にしては比較的大きな日本人コミュニティが存在する。日本の食材を購入できる大きなスーパーが存在し、日本食レストランも至る所にある。治安も非常によい。

 シンガポールでの日本のイメージも、概ね良好である。研修先では、数年に1回のペースで日本に旅行に行くと言っていた同僚が少なくなかった。私の研修中も、冬休みの旅行先に日本を選択する同僚が多かった。私が研修していた部門のボスは、北海道にスキーに行くのが大好きであったため、別荘まで買ってしまった。コマーシャルでも、日本で人気がある商品であることや、日本製であることを前面に押し出した宣伝文句を見かける。

 法律業務

 基本的に、シンガポールの法律業務は、すべて英語で行われている。もちろん、弁護士同士が、日常会話の中で、例えば華語で冗談を言い合うことはある。しかし、法律の条文、判例、及び、文献は、いずれも英語である。

 驚いたのは、外国の判例を参照する頻度の高さである。日本では、法令の解釈を行う際に、外国の判例を参照することはほとんどない。これといった日本の判例が見当たらない場合は、研究者が書いた基本書や注釈書などの文献を参照することが多い。これに対し、シンガポールでは、判例の数も、法律文献の数も、日本ほど多くない。このため、シンガポール弁護士がある論点について調査を行ったが、その論点を取り上げたシンガポールの判例が見当たらなかった、ということはそれなりに起こる。このような場合、シンガポール弁護士は、英国、オーストラリア、マレーシアなど、自国以外の英米法系の国の判例を参考にすることが多い(ただし、米国は、同じ英米法系の国でもやや特殊とみなされているようであり、シンガポールで米国の判例を参照することは、あまりないようである。)。このため、外国の判例を参照しながら主張や検討を行うということがごく日常的に行われる。

 訴訟そして仲裁

 私は、シンガポールの法律事務所の紛争解決部門で研修していたため、訴訟や仲裁などの紛争案件に関わる機会が多かった。

 シンガポールの民事訴訟や仲裁の手続は、「口頭弁論」である。日本の民事訴訟では、実際には、書面を通じて主張のやり取りを行っているが、シンガポールでは、「口頭」で「弁論」を行っている。もちろん、裁判官や仲裁人が混乱することがないよう、あらかじめ、主張の概要を記載した書面を提出したうえで弁論するのではあるが、何時間にもわたり口頭で主張を展開することもある。

 手続を傍聴していて興味深く感じたのは、流暢さは、説得力のある弁論を行うための絶対条件ではないということである。シンガポールの訴訟や仲裁では、イギリス人弁護士とシンガポール人弁護士とが対峙して弁論を行うことが少なくない。シンガポール人弁護士は、イギリス人弁護士ほど英語が流暢ではないことが多い。にもかかわらず、シンガポール人弁護士の弁論の方が迫力があると感じることは少なくなかった。弁護士にとって重要なことは、ポイントを突いた的確な議論を展開することであると改めて認識させられた次第である。

 シンガポールは、現在、アジアの仲裁センターとして成長を遂げている。シンガポール国際仲裁センターに持ち込まれた仲裁の件数は、過去10年間で約3倍に増えている。成長の背景としては、シンガポールが、経済規模の大きいアジアの国の企業同士の紛争を裁定するのに適した中立な第三国であること、シンガポールの政府及び法曹界のクリーンさに対する信頼が存在すること、並びに、シンガポールのインフラが充実していることなどを挙げることができる。これに加え、シンガポール弁護士と一緒に仕事をして感じたのは、アジアの紛争解決センターとしてのシンガポールの地位を向上させていこうという法曹コミュニティ、さらには立法府を含めた官民一体の共通意識である。この共通意識は、立法府及び司法府による法政策的サポートにつながっており、シンガポールの仲裁地としての発展に小さくない役割を果たしていると感じた。

 おわりに

 シンガポールでの研修生活は、日本とは異なる法律業務のあり方を学び、新たな知見を得る貴重な機会となった。特に、研修先で、高い専門的知識とプロ意識を持つ現地の同僚たちと知り合うことができたのは、得がたい経験であった。今後もシンガポールに関する案件に関与することができればと考えている。