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近年の「立法爆発」で法律は「スパゲティ状態」の限界に

榎並 利博

立法爆発と法律のオープン化
 第1回 立法爆発の実態と専門家の限界

株式会社 富士通総研 経済研究所
主席研究員 榎並 利博

 近年、法律の現場では「立法爆発」という現象が起きている。法律の制定が増加しているだけでなく、法改正も増大しており、文書量も増えている。このような立法環境の変化は、法律条文の形式的なミスを引き起こすだけでなく、条文の内容にまで影響を与えており、その深刻さは時代とともに増している。従来の法律の条文のあり方や官僚・法曹界によるチェックだけでは限界にきており、新たな条文のあり方や国民を巻き込んだオープンな法律のあり方が求められてくるのではないだろうか。きょうから隔週で4回にわたって「法と経済のジャーナル Asahi Judiciary」に「立法爆発と法律のオープン化」を連載し、現状を明らかにし、解決を模索・提案したい。

1. はじめに

 我が国における法律の数は1950本(2015年8月1日現在)にも達し、憲法や政省令などを含めると8000本を超える。1970~80年代の法律が1000本前後であったことを考えると、この30~40年間で倍増したことになる。
 法律について、我が国の社会をコントロールするコードであると捉えるなら、コンピュータをコントロールするコード(プログラム)と似通った宿命を持つことが推測される。つまり、コードの数が増大して複雑に絡み合ってくるといわゆる「スパゲティ状態」になり、理解が難しいものになると同時に、様々な問題を引き起こす要因ともなってしまう。
 これを逆に考えると、コンピュータのプログラム開発で利用されている様々なツールやノウハウを使えば、法律をより理解しやすいものへ改善したり、問題を未然に防いだりすることも可能になるのではないか。このような観点から法律の現状とその問題を整理し、これまでにない発想やツールを採り入れ、国民全体を巻き込むような新たな法律の姿について展望してみたい。

2.立法学から見た立法の現状

 立法学という学問分野では、法律の現状をどのように見ているのだろうか。実は昨年、近年の立法学の集大成とも言うべき共同論集『立法学のフロンティア』(全3巻、ナカニシヤ出版、2014年7月)が出版されると同時に、学術フォーラム「立法システム改革と立法学の再編」(日本学術会議講堂、2014年7月6日)が開催された。そこでは「立法爆発」、「立法の洪水」、「立法のインフレーション」という言葉が頻繁に登場し、『立法学のフロンティア』の編者の一人である井上達夫は、バブル経済崩壊が露呈した日本型システムの構造危機やそれを背景にした政治改革の帰結としての55年体制の終焉が、固定化した立法環境を大きく変え、特に量的な面において急激な増加が見られると指摘している。
 その原因として具体的には次のような事象があったと分析しているが、その他にもITなどの新たな技術の登場によって従来の法制度が見直しを迫られる事象が追加できるだろう。

  1.  資本主義経済の法的インフラの根幹に属する会社法の大改正
  2.  ピラミッドのように不動とみなされた刑事分野での基本原理を転換する抜本的改正
      ・ 犯罪新設、重罰化、可罰行為の早期化
      ・ 裁判員制度、被害者訴訟参加制度、刑事訴訟手続への民事賠償手続の部分的併合
  3.  行政事件訴訟法における主要部分の大改正
      ・ 当事者適格や訴えの利益の拡大、差止め訴訟、義務付け訴訟
  4.  民法について、債権法の大改正の議論
  5.  宣言的規定からなる○○基本法や○○推進法が、議員立法により量産

3.立法爆発の定量的な把握

 「立法爆発」なる現象について、まず法律制定に関して定量的に捉えてみる。現在施行されている法律の数は1,950本であり、明治時代から現在まで、その年に公布され現在も施行されている法律をグラフにすると図表1のようになる。1945年以前の法律が現在も86本施行されている事実があるものの、ほとんどは戦後公布された法律であり、終戦直後と2000年前後に法律の公布が増加している事実がある。
 次の図表2は、図表1の終戦後以降のみを切り取ったグラフである。終戦後10年くらいは法律の制定が多かったものの、それ以降高度経済成長時代には年間10~20件で落ち着いており、2000年になって急激に制定数が増えてきたことがわかる。図表3は、図表2を累積グラフで表現したものである。1970~80年代の法律が1000本前後であったのに対し、この30~40年間で急激に増えて倍増したことがわかるだろう。
 次に、法律改正の状況はどうなっているか。図表4は、改正法の成立件数を示したものである。法律成立件数から法律数[その年に公布され、現在施行されている法律の数]を引いて求めた。1本の「○○法等の一部を改正する法律」に複数の法改正が含まれている場合もあるため正確な法改正数とは異なるが、傾向をつかむには支障ない。これを見る限り、終戦後約10年の間に法改正が多かったことが指摘できるが、その後はほぼ安定した状況で法改正が行われているように見える。
 しかし、ここには整備法・整理法という一つの法律で何本もの法改正を行う法律が含まれており、整備法・整理法で実際にどれくらいの法改正が行われているかを確認しておかなくては、法改正の正しい量的把握ができない。そこで、整備法・整理法における法改正の数を考慮して図表5に整理した。このグラフを見ると、年間200本を超えるような大量の法改正が、1980年代から整備法によってたびたび見られるようになり、2000年前後にはそのような状態が定常化しており、1999年には地方分権一括法の影響もあって1,000本以上の法改正が行われていることがわかる。
 このように法律の制定および法律の改正という事象を定量的に見ると、確かに「立法爆発」が近年起こっていると言ってよいだろう。なお、法改正の文書量については分析の余裕が無く、一つの事例を挙げるに留めておく。2005年に成立した会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律は改正法律数が293本であるが、その文書量は文字数で160万字以上、原稿用紙で4,000枚以上であり、約230ページの文庫本10冊分の分量である。法改正の数が激増するだけでなく、改正の文書量についても激増していると推測される。

4.立法爆発から帰結される立法のミス

 このように「立法爆発」という状況が生まれているならば、技術的・実務的に立法過程が耐えられず、立法におけるミスが発生していると推測できる。そこで、1990年以降の全国紙を対象に「法改正ミス」「条文ミス」「法改正不備」「条文不備」等のキーワードで該当する新聞記事を洗い出し、立法過程におけるミスについて調査を行った。その結果、2004年を境に状況が大きく変化していることがわかった。

 1990年から2003年までの間、新聞記事として報道されたものだけで6件発生している。このうち、1998年の「法律の成立前に大蔵省令を官報に掲載」した件については大蔵省事務次官が処分を受けている。新聞記事では「役所の気の緩み」を指摘しつつも、条文のミスを追及するというよりは、野党が与党を攻撃するための材料として使っている面もあることを客観的に報道している。
 ところが、2004年の年金制度改革関連法における条文ミスを契機に、ミスの数や内容の深刻さが度を増してくることになる。年金制度改革関連法では、「43条に新たに43条の2~5を付け加え、年金の給付額を抑制する『マクロ経済スライド』の内容を盛り込んだ」が、「44条は手直ししなかったため、(44条の条文における)『前条』『同条』は、新たに加わった43条の5を示すことになり、上乗せ支給の法律上の根拠がなくなってしまった」(2004年6月23日、朝日新聞「年金改革法、条文ミス 支給根拠、不明確に」)というもので、対象者320万人に影響が及ぶことになった。さらにその後、新たに同法で40箇所のミスが見つかり、条文の参照先を誤る同様のミスのほか、引用する法律の名称を誤るなどのミスも見つかった。
 これらの一連のミスの責任を取るかたちで、内閣法制局長官や厚労省事務次官が処分を受けることになり、内閣法制局としては「条文直し漏れ」などのミスを防止するための「手引書」を各省庁に配布したり、「条項ずれ」など法改正のミスを防ぐソフトを開発したりという対策をとった。
 しかし、内閣法制局の対策によっても、事態はそう簡単には収まらなかった。2004年以降になると形式のミスだけでなく、定義した言葉を誤って使ったり、最終校正前のデータを提出するという版数管理を誤ったり、条文漏れで1億円の減収を招いたり、罰則が重くなる条文の誤記をしたりと条文の内容にまでミスが及んできている。
 内閣法制局による法改正ミスを防ぐソフトもその効果が出ているとは思われず、2006年の改正銀行法施行規則の条文ミスは「592箇所にも及び過去最大級(金融庁)」、2013年の改正所得税法のミスは「法律施行後に条文の記載漏れが見つかるのは過去に例がないミス(財務省)」、2014年の労働者派遣法改正案のミスは重大ミスとして厚労省事務次官が処分されるなど事態は深刻化している。
 その原因としては、内閣法制局のソフトが有効に機能していない、あるいはそれ以上に法令が複雑化している、または法令の条文そのものに問題が内在していると考えるべきであろう。

5.官僚や法曹界による立法チェックの限界

 内閣法制局などの官僚によるチェックおよび議員などによる立法過程におけるチェックだけでは限界があり、民間から条文がおかしいと指摘されることが近年起こっている。
 例えば、2006年に起きたPSE問題において、経産省がミスを認めて謝罪することになった。PSE法は2001年に施行された法律で、PSEマークなしの電気機器の販売を禁止(種類により猶予期間あり)するというものであった。立法当時は中古品が対象になることが想定されておらず、施行後に中古品も対象となるという解釈で中古業者から大きな反発を招き、社会な混乱を生じることになった。中古品について例外を設けるなど対応が後手に回っただけでなく、「旧法とPSE法で安全基準に差がない」ことも発覚し、経産省としては大失態を演じることになった。

榎並 利博(えなみ・としひろ)
 株式会社富士通総研(FRI) 経済研究所 主席研究員。
 1981年4月、富士通株式会社入社。1995年12月、富士通総研 公共コンサルティング事業部へ出向。2010年4月、富士通総研 経済研究所へ異動。
 情報処理技術者特種。2013年度電気通信普及財団賞テレコム社会科学賞受賞。最近の著書に「実践!企業のためのマイナンバー取扱実務」(日本法令、2015年3月)がある。
 また、2013年6月にはJR東日本のSuica問題が起きた。報道によれば、利用者に対する説明不足などが問題だとされているが、それだけでは個人情報保護法違反とはならない。違法と判断されたのは、事業者が匿名化したと認識して提供した情報が、匿名化されていない個人情報であったことによる。提供情報は、SuicaIDや氏名などの個人情報を除外した乗降駅名や乗降時刻(時分秒)などであった。しかし、乗降駅名と乗降時刻(時分秒)で照合すれば個人を特定できるからこれは個人情報であるとされた。その理由は、個人情報保護法では、個人情報の定義として「他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む」と記述されているからである。事業者側からは、照合とは提供元と提供先のどちらが対象となるのか、どこまで匿名化すれば個人情報とみなされないのかなど、適法の線引きがあやふやなままではビッグデータの解析などできないという問題が提起され、今回の個人情報保護法改正の議論へとつながることになった。
 さらに、2013年11月には父子の遺族年金で問題が起きた。これまで母子家庭にしか認められなかった遺族年金について、2012年にようやく父子にも認める法改正が成立した。しかし、厚労省が政令案で「3号被保険者は一律対象外」としたことに、社労士が「不公平になる」と反発することとなった。「3号被保険者=専業主婦」とは限らず、夫の病気のために妻が生計維持者となり、夫が3号被保険者となって死亡する場合があるからである。
 このように、ますます複雑化する社会、技術の進歩、家族関係の変容など、社会変化のスピードに法制度が追いつかず、官僚や法曹界など法律の専門家だけで内容のチェックをすることに限界がきていると考えられる。法制度の問題を法律の専門家まかせにせず、国民が実生活やビジネスの実務のなかで、法制度について考え、意見を提出していく社会になっていく必要があるのではないだろうか。