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「下町ロケット」、依頼者に求められる専門性をみがくために

桑原 秀介

下町ロケット

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
桑原 秀介

桑原 秀介(くわばら・しゅうすけ)
 2002年3月、東京大学法学部卒業。2004年10月、司法修習(57期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。2012年5月、米国Boston University (LL.M. in American Law Program)修了。2012年9月から2013年2月までオークランドのBell Gully法律事務所勤務。2013年4月、当事務所復帰。2013年10月、ニューヨーク州弁護士登録。

 1. はじめに

 この10月18日(日)より、毎週日曜午後9時から、TBS系で「日曜劇場」『下町ロケット』(主演・阿部寛)という連続テレビドラマが始まった。原作は、『半沢直樹』や『花咲舞が黙ってない』等の原作でもおなじみの、池井戸潤氏の直木賞受賞作ということで、ご覧になっている方も多いかと思われる。私も、2011年~2012年の米国留学中に、日本人留学生から原作本を借りて読んで感銘を受けた作品だったため、初回を視聴した。少なくとも初回を見る限り、原作に忠実に、かつ、原作における経営者及びそれをとりまく人間模様が的確に描かれており、今後が楽しみだと感じた(なお、第2回放送分では主人公が証人尋問を受けるという原作にはないシーンがあり、それが1つの盛り上がりを構成していたが、それ以外はおおむね原作に忠実だったように思う)。

 2. 知的財産権侵害訴訟

 さて、そのドラマの初回放送分の中で、次のようなシーンがあった。主人公である佃航平の経営する佃製作所は、精密機械製造業を営む中小企業であるが、ライバル会社のナカシマ工業から、特許権侵害を理由に訴えられてしまう。当初、佃航平は、この訴訟への対応を佃製作所の顧問弁護士である田辺弁護士に依頼するが、同弁護士は、技術や知的財産法についての知識・経験に乏しく、特許権を侵害しているとされるエンジンについて、佃製作所の担当者による技術的な説明を受けても十分に理解ができなかったばかりか、口頭弁論期日(法廷でのやりとり・議論)においても、相手方弁護士や裁判官からの質問等にも、それが基本的な事項に関するものであるにもかかわらず、適切に応答することができず、「追って回答する」という答弁に終始せざるをえなかった。これに不満を覚えた佃航平は、元妻の知り合いの弁護士で、知的財産を専門とする神谷弁護士を新たに訴訟代理人として選任し、訴訟遂行を依頼したところ、同弁護士は、依頼者である佃製作所の担当者による説明を十分に理解したうえで口頭弁論期日に臨み、相手の主張の繰り返しを指摘するなどして、訴訟において適切な対応を行うことができた、というものである。

 3. 弁護士の専門化

 弁護士の専門化ということが言われて久しいが、上記のエピソードは、まさに専門性の有無がリーガルサービスの質に大きく影響した例であるといえるだろう。もちろん、上記はあくまでも小説の中での話であって、実際には、ここまでの鮮やかな大逆転劇が、弁護士が代わることにより起こることは少ないと思われる。しかし、専門性による弁護士業務の分化というのが現実に起こっていることは事実であり、私の所属する法律事務所においては、M&A、キャピタル・マーケッツ、ファイナンス、労働、知的財産、独禁法、税務、紛争解決、事業再生など、さまざまな分野を取り扱っているが、どの分野についても、当該分野を専門的に取り扱う弁護士が複数存在し、その弁護士が中心となってチームを組んで処理するのが通常である。

 4. 私の専門分野

 私は、所属事務所において、ストラクチャード・ファイナンス、プロジェクト・ファイナンスなどのファイナンスの分野を主たる専門分野としている。これらの分野では、資金の借り手である企業そのものではなく、借り手の保有する一定の資産やプロジェクトのみを引当てにしてファイナンスを付けるという手法がとられる結果、スキームの構築にあたり工夫が必要となり、また、ドキュメントも、ファイナンスに関するもの、資産(プロジェクト)に関するものなどを含め、複雑・長大かつ多岐にわたることとなる。これらのドキュメントを短期間に作成し、交渉し、依頼者からの質問・要望にこたえつつ、ファイナライズしていく、という作業は、やはり一種の職人芸というべきものであって、冒頭に挙げた『下町ロケット』の知的財産権侵害訴訟と同じく、高い専門性が要求される分野であると思われる。

 また、『下町ロケット』では、法廷の場において適切な対応ができなかったことが問題視されたが、ファイナンスの分野においても、直接相対して交渉する場面や、あるいは、依頼者から電話でクイックに確認を求められるようなケースも少なくなく、このような場合には、「検討して追って回答」では済まず、その場において、口頭で的確なコメントや助言をする必要に迫られる。そして、(『下町ロケット』の神谷弁護士のように)このような場面で当意即妙な対応をできてこそ、はじめて、専門家としての弁護士の存在価値があるといえるだろう。

 5. 専門性をどのようにみがき、かつ、維持していくか

 専門分野において専門性を発揮する(しつづける)ための自己研鑽・自己努力が、当該専門分野を取り扱う弁護士には求められる。そのための具体的な方法としては、その分野についての書籍・雑誌などの研究、最新の法改正や動向のキャッチアップ、論文執筆やセミナーの開催(その準備をする過程で得られるものは大きい)、あるいは海外留学をして特定の分野を集中して学ぶこと、などが考えられ、私もそれらを、業務の合間を縫って実践するよう努めているつもりである。

 しかし、何といっても、一番専門性の構築に寄与するのは、具体的な案件を処理する中で交渉や議論を重ねたり、書類を作成したりすることにより得られるノウハウ・テクニックや実務感覚であるように思われる。そしてこれらのノウハウ等は、書籍などにも書いておらず、また、人から教えられることにより身につくようなものでもなく、案件を何度も担当者として処理し、そのたびに頭をなやませながら書類作成や交渉等を行うことによって、はじめて培われていくものである。佃製作所がエンジン開発に長い年月を要したように、専門性の確立にも、長い年月を要するのである。そしてそのように長い年月をかけて身につけたスキル・ノウハウを基にしたリーガルサービスであるからこそ、(大企業が佃製作所の特許の譲渡を受けるために金を惜しまなかったように)、依頼者からも対価をいただけるのだと考えている。

 6. 依頼者から求められる専門性を目指して

 『下町ロケット』の第2回放送分では、逆にナカシマ工業が製造する別のエンジンが佃製作所の特許を侵害しているという逆訴訟を行うなどの手段を講じるなどし、結果として、佃製作所にとって全面勝訴にほぼ等しい内容の和解で終結させることに成功している。上記はフィクションであるし、そもそもファイナンスの分野では、訴訟のように「勝ち負け」というものははっきりせず、また、当事者も、「勝ち負け」をつけるために交渉しているのではなく、それぞれが満足いく条件で取引を成立させることに尽力しているため、上記のようなわかりやすい形での痛快劇を演じることは困難である。しかし、「的確かつスピーディな対応をありがとうございました」「先生のおかげで無事にクローズできました」などの依頼者からのコメントは、案件を受任した弁護士からすれば、まさに痛快劇以外の何物でもない。

 以上つらつら書いてきたが、私の今持っているスキル(エンジン)は、まだまだ未熟であり、おそらく宇宙ロケットを飛ばせるようなレベルのものではないだろう。しかし、いつの日か、佃製作所のエンジンのように、依頼者からのどから手が出るほど求められるようなものになることを目指して、また、宇宙ロケットを飛ばすなどといったビジネスマンの情熱を支援できるような形で生かせることを目指して、日々精進していきたい。