2015年11月06日
「ASEAN経済共同体(AEC)」が2015年度中に発足する。ASEAN域内におけるヒト・モノ・カネの動きが今までにも増して流動化することが期待されている。これに伴い、域内における地域統括会社の誘致合戦も起きており、各国が新たな優遇策を次々と打ち出している。今回は、今年5月1日から新たな優遇政策を実施しているマレーシアと、その隣国であり地域統括会社の設置国としてすでに確固たる地位を築いているシンガポールに焦点を当てる。シンガポールは今までの地位を維持できるのか。マレーシアはどれだけシンガポールに追随できるのか。今年6月までの2年間ベーカー&マッケンジー法律事務所クアラルンプールオフィスに出向していた東京オフィス所属の木村裕弁護士が、シンガポールオフィス所属のユージン・リム弁護士と、クアラルンプールオフィス所属のメン・ユー・ウォン弁護士に話を聞いた。
ウォン氏:世界経済の成長スピードは、マクロで見た場合、全体として減速傾向にあります。そんな中で、世界中の多国籍企業が、その持続的成長を維持した上で株主価値を守るため、新たな可能性や成長余力のある経済地域に注力しようとしています。ASEANはまさにそのような経済地域として最適なポジションにあると言えるのではないでしょうか。このような状況を受けて、マレーシア政府は新たな地域統括会社の優遇政策としてのプリンシパル・ハブを最近発表しました。マレーシアは、地政学的な観点からもASEAN域内のハブとしてASEAN全域を統括するのにふさわしいと考えられており、AECが発足した際には多くの多国籍企業が地域統括会社を設置することが期待されています。
木村氏:マレーシア政府は、プリンシパル・ハブにどのような役割を期待しているのでしょうか。
木村氏:プリンシパル・ハブと認定されるためにはどのような要件が必要なのですか。
ウォン氏:まず、マレーシアで設立された法人であることに加え、払込資本金が250万マレーシア・リンギットを超えていなければなりません。また、商品・製品の売買を行う企業では、年間売上が最低でも3億マレーシア・リンギットなければなりません。
プリンシパル・ハブにはTier1、Tier2、Tier3という3つのカテゴリーがあり、それぞれ優遇税率などの優遇措置が異なりますが、いずれのカテゴリーにおいても、プリンシパル・ハブ法人は指定された戦略サービス(経営企画・ブランド/知的財産管理等)、事業サービス(研究開発・マーケティング等)、シェアードサービス(人材管理・ITサービス等)のカテゴリーの中から3つ以上の適格サービスを運営しなければならず、うち1つは戦略サービスのカテゴリーに属するものでなければならないとされています。
高付加価値専門職* | 年間事業費 | ネットワーク会社 の所在国の数 | |
---|---|---|---|
Tier 3 法人税率10% |
15人 うち3人が戦略・経営を担う経営職** |
3百万RM | 3 |
Tier 2 法人税率5% |
30人 うち4人は戦略・経営を担う経営職** |
5百万RM | 4 |
Tier 1 法人税率0% |
50人 うち5人は戦略・経営を担う経営職** |
10百万RM | 5 |
*「高付加価値専門職」というのは、技術あるいは専門性のあるスキル等を有する職の総称。最低賃金は月5,000マレーシア・リンギット。プリンシパル・ハブのステータスを取得後3年経過した時点において、高付加価値専門職の最低でも50%はマレーシア人でなければならないとされている。
**「戦略・経営を担う経営職」の最低賃金は月25,000マレーシア・リンギット
木村氏:地域統括会社の認定を受けることによる最大のメリットの一つが優遇税制かと思いますが、これについてはどうなっていますか。
ウォン氏:軽減税率が適用される期間は、いずれのTierにおいても最長で5年で、さらに5年間の延長が認められます。5年間の延長を認めるかどうかは、各Tierで要求される高付加価値専門職の人数および年間事業費支出の達成度合いを考慮して決定されます。
一点、注意すべきなのが、プリンシパル・ハブがマレーシア国内において供給を受ける製品やサービスが軽減税率の恩恵を享受するためには、その比率は全体の30%までであることが要求されるという点です。つまり、プリンシパル・ハブがマレーシア国内のネットワーク会社に提供したサービス等からの所得は、その合計が全体の30%を超えない限りにおいて軽減税率の適用を受けることになります。
木村氏:優遇税制以外のメリットにはどのようなものがありますか。
ウォン氏:マレーシア政府の説明によれば、プリンシパル・ハブと認定された企業には外資規制が適用されないとされています。もっとも、現在規制業種とされている業態に関してプリンシパル・ハブが認められた場合、これが現在適用されている外資規制が適用されなくなることまでを意味するのか、現段階では不透明です。
木村氏:マレーシアには従前から地域統括会社に対する優遇策がありましたが、これはプリンシパル・ハブの施行によりどうなるのでしょうか。
木村氏:プリンシパル・ハブとして認定された場合の優遇策で、以前の制度と一番違う点はどこでしょうか。
ウォン氏:以前の優遇政策であるOHQステータスを取得した際に免税となるサービスの範囲は、原則としてOHQステータス企業が他のグループ会社から徴収したサービスフィーに限定されていました。これに対して、プリンシパル・ハブ制度の下では、プリンシパル・ハブの認定を受けた企業で発生した課税対象利益に関しては、例えば、Tier 1ステータスであれば、その全額が免税となる点が大きな違いとなります。そのため、ASEAN域内で発生する課税対象利益をプリンシパル・ハブに集約することで、理論上は大きな税務上のメリットを享受できる可能性があることになります。
木村氏:次はシンガポールについて聞いてみたいと思います。現在ASEANにおける地域統括会社の設置拠点としてはシンガポールが最もポピュラーで、実務的な感覚からしても、日系企業の意向としてシンガポール以外に地域統括会社を設置するという選択肢はほとんど存在しないと言えるくらい浸透しているかと思います。シンガポールは、地域統括会社に対する優遇政策として、どのような制度を打ち出しているのでしょうか。
木村氏:パイオニア・インセンティブには非常に大きなメリットがあり、また、以前であれば、これを利用することができる可能性も大きかったと思いますが、現在非常に発展してしまったシンガポールにおいて、同国にない水準のサービスを持ち込むというのは今となってはそれなりに難しくなってきていますね。もう一つの方のインセンティブはどうでしょうか。
リム氏:開発・拡張インセンティブは、パイオニア・インセンティブほど適用要件が厳格ではないですが、適用される軽減税率は原則として5%から15%となります。軽減税率の適用期間は当初10年で、原則として5年ずつ、最長で合計20年までの延長が一般的には認められます。こちらのインセンティブに関しては、所轄の当局である経済開発庁(Singapore Economic Development Board: EDB)が、シンガポールに対して経済的利益をもたらすような製造業、研究開発事業、IT関連事業などを歓迎するとしています。
シンガポールにおいても地域統括会社(Regional Headquarter)あるいは国際統括会社(International Headquarter)という言葉が使われることがありますが、いずれにしても統括会社に対する優遇政策に関しては、パイオニア・インセンティブか開発・拡張インセンティブのいずれかに整理されることになります。
木村氏:シンガポールにおいてこのような優遇政策の適用を受けるにあたっては、マレーシアにはない特徴があると理解しています。具体的にはどのような点になるのでしょうか。
リム氏:シンガポールの優遇政策の運用の特徴として、その条件の多くは所轄の当局(パイオニア・インセンティブと拡張・開発インセンティブに関してはEDB)との交渉ベースで決まるという点があります。例えばマレーシアのプリンシパル・ハブでは、売上規模や事業支出に関して各カテゴリー毎の要件が細かく決められていますよね?これに対してシンガポールでは、シンガポールに進出する企業がどのようなメリットを国にもたらすかという点に注目した上で、それに応じた様々な条件を当局が要求し、会社側とこれを協議するという点が大きな特徴になります。
木村氏:なるほど。その意味では、シンガポールという国にもたらすメリットが大きければ、企業としてはシンガポール政府と強気な交渉ができるということですね。マレーシアが新たにプリンシパル・ハブという優遇政策を導入したことは、シンガポールによる地域統括会社の誘致にどのような影響を与えると考えますか。
ウォン氏:マレーシアは、シンガポールの制度が要求するような高い水準の製品やサービスを提供する企業でなくても、統括会社を設置してもらうのはいつでもウェルカムですよ(笑)。この点はマレーシアがアピールできる点かもしれません。
木村氏:シンガポールとマレーシアは、いずれも元はイギリスが宗主国だったということもあり、法制度は非常に似通っていますが、他方で国民一人当たりのGDPの金額でみると、大きな差がついてしまっています。これは裏を返せばマレーシアにはシンガポールにはない可能性や成長余力がまだまだあるということにもなるのかと思います。その優位性を最大限活用するために、マレーシアはどのような努力をしているのでしょうか。
木村氏:ありがとうございます。私も日系企業のASEAN事業をサポートする中で様々な専門家と議論する機会があるのですが、シンガポールの高騰する人件費やオフィスの家賃に悲鳴を上げて、マレーシアに統括会社の拠点を移転しようとする動きも実際に起きているようですね。当面はシンガポールの優位性は崩れないのかもしれませんが、長い目で見ればマレーシアがどれだけASEANにおける地域統括会社の誘致に成功するのか、個人的には非常に興味深いのではないかと思います。
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