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会社から見た法律事務所と法律事務所から見た会社

加藤 賢

会社への出向で知ったこと

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
加藤 賢

加藤 賢(かとう・さとし)
 2004年3月、東京大学法学部卒業。2006年10月、司法修習(59期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。2011年3月まで1年余、国内の外資系金融機関出向。2014年5月、米国Northwestern University School of Law (LL.M.)修了。2015年10月まで1年、マレーシアの日系金融機関出向。2015年5月、ニューヨーク州弁護士登録。
 外部の会社に出向する機会をこれまで二度いただいた。一度目は国内の外資系金融機関であり、二度目はマレーシアの日系金融機関であった。それぞれ大変親切にしていただき、得難い経験ができた。出向先には大変感謝している。出向により法律事務所では分からなかった会社の特徴のいくつかを知ることができた。また、会社に法律事務所の事情が十分に伝わっていないと思われる場面もあった。それぞれの立場でもちうる疑問を若干記してみたいと思う。

 なお、会社の事情は各業界、各社により千差万別で、本来一般的な議論をすべきものでなく、また、特に経験を積んだ会社側担当者や弁護士であれば常識に属する事項が多く含まれると思われる。個人的な経験に基づく雑感ということでご容赦をいただければ幸いである。

 1 会社がもちうる疑問

 (1) 弁護士は専門家なのでなんでも知っているのでは?

 やや大げさな表現だが、会社には弁護士に対して何でも知っているとご期待をいただいているように思える場面があった。それは弁護士を職業とする者にとって光栄なことであるし、その期待に応えるべく努力を続けることは不可欠と思う。

 しかしながら、弁護士の専門分野は法律に限られるし、さらに専門化の進んだ企業法務分野では得意分野をもたざるを得なくなっている。また、ビジネス現場の知識について一般的には不足していることが多く、会社にとっては常識に属するような事柄について知らない場合も少なくないように思う。

 例えば、金融機関で新たなスキームを構成する際、弁護士は提案されたスキームについて法的検討を行う。しかしながら、会社では弁護士から直接には見えないところで、会計、税務、システム、オペレーション、既存スキームとの整合性、将来的な変更の柔軟性、新スキームについての各種承認取得の容易さ、タイムラインといった要素を優先順位をつけながら総合的に考慮している。そのなかで法的検討は考慮要素の一つである。会社で勤務する前の私はこのような位置づけを明確には認識できていなかったように思う。

 では弁護士は役割分担を前提に得意分野の法律の研鑽のみを積めばよいか。それはもちろんあてはまらない。法律は利害関係調整の手段である。弁護士は依頼者のかかえる具体的な問題に対して法律を適用して解決策を助言することが求められている。であれば、その問題の実際を知らずに依頼者に納得感のある解決策を助言することはできないと考える。

 先の例でいえば、弁護士に依頼した時点までに検討済みだった点と未検討だった点が明確になると法的検討の役割がより明確になると思う。例えば、他の点を検討する前にまずは法的有効性を確認したいという段階では、場合によっては同様の効果をもたらす類似の法的構成にも言及するなどして、後に選択の幅を残す助言をするほうが好ましいと思われる。

 一方で、税務上のメリットを得ることを目的としたスキームについて既に税務上の十分な検討が行われた段階では少し事情は異なる。この場合、スキームに法的に重大な問題が含まれるかの確認が求められ、法的にはより簡素な構成があったとしてもそれらを提案することは一般的には求められていない。弁護士としては必ずしも目の前には見えないビジネス現場の事情も知ることができればより実践的な助言が可能になると思う。

 ではどのように法律以外の知識も取得していくか。弁護士側からは好奇心をもってビジネスの実際を知る努力をするとともに、案件で知らないことに直面した際には謙虚に質問を通じて教えていただくことが必要と感じている。

 一方で、会社側からは、まずは問題分野を得意分野とする弁護士に依頼をすることで認識違いを少なくできると思われる(大規模事務所には幅広い分野の専門家が集まっており、事務所内で依頼事項を得意分野とする弁護士が見つかる確率が高い。この点が大規模事務所にご依頼をいただくことのメリットのひとつといえる。)。また、問題の内容や依頼に至る検討の経緯などを相手が弁護士だからとお気遣なくご説明いただくことでより認識の違いが生じにくくなると思われる。

 月並みではあるが、弁護士側と会社側が相互に情報共有の努力をすることで、問題に対してより実際的な法的解決にたどり着ける場面は少なくないと考えている。

 (2) 弁護士からすれば簡単な問題なのですぐに回答してもらえるのでは?

 会社側で、弁護士に簡単に確認をしておきたい問題点が生じることがある。質問内容が十分限定的な法律問題であれば迅速な回答を期待することになる。

 経験を積んだ弁護士の場合長年の鍛錬を経て文字どおり即座に回答する場面も少なからずあり、目標とすべき地点であるが、一般には時間をいただき確認してから回答することも多くなる。

 これは会社内における弁護士見解の重要性が理由と思われる。会社に勤務し、弁護士の見解が尊重され、その見解を前提に多数の関係者の方向性が定められていく状況を目にしてその思いはより強まった。原則論は記憶していても、実は若干の例外があり、その例外が依頼者にあてはまる場面がありうる。そんな場面を考えると、文献を調べたり経験者に質問したりして確認をしてから慎重に回答したくなるのが弁護士の率直な気持ちとなる。

 2 弁護士がもちうる疑問

 (1) ご依頼はなぜいつも急ぎで難易度が高いのか?

 弁護士は会社からのご依頼がなぜいずれも急ぎで難易度が高いのか疑問を持つこともある。そのようなご依頼は信頼の裏返しであって誇りに感じるし、また安くはない報酬を対価とするので当然といえばそのとおりであるが、そのほかに次のような事情もあるように思えた。

 法律事務所への依頼は会社にとっては追加の費用負担となる。そのため、将来的に依頼の必要性がなくなるような場面では会社は依頼をできない。会社内での検討が進み依頼の必要性が確実になってから依頼をする。そのため依頼時点では期限が迫っており急ぎの回答が求められるという事情があるように思う。

 また、会社では多種多様な法務事案について経験豊富な法務担当者が日常的、効率的に対応されている。法律事務所に依頼されるのはその範囲に収まらないか、慎重に外部の確認を得ておく方が好ましいと思われる案件のみとなる。そのために難易度があがらざるを得ないと思われる。

 (2) 時として社内検討に時間がかかるように思えるのはなぜか?

 弁護士は会社に確認・検討を依頼した事項についての回答に想像していたよりも多くの時間を要しているように感じ疑問を持つこともある。

 この理由のひとつは会社組織の複雑さがあるように思う。特定の案件について通常は数人でチームを組む法律事務所とは異なり、会社では分業化が進んでいる。確認・検討の必要な事項について複数の部署が関与することの方が通常である。その場合、法律事務所の窓口となっている会社側担当者は、各関係部署から情報提供や意思決定を取得しなければならない。各関係部署の担当者又は決裁権者の時間を確保し、必要に応じて資料を添えて説明も行ったうえで反応を待つこととなる。依頼先の関係部署では、より優先的な対応事案を抱えていることも少なくはなく、それゆえ必然的に時間を要する場面が多くなるように思う。

 以上、あるいは当然の事項ばかりではあるが、会社への出向を通じて感じたいくつかの点について、会社と弁護士との相互理解の一助となればと思い記した次第である。