2015年11月25日
西村あさひ法律事務所
弁護士・弁理士 杉村 光嗣
1 職務発明制度とは
職務発明制度とは、従業者が職務上した発明についての権利や報酬の取扱い等について定める制度である。使用者と従業者との利益の調整を行うことにより、個々の従業者の権利を保護して発明のインセンティブを喚起するとともに、使用者の研究開発投資等を促すことを目的としている。
例えば、会社における新規技術の研究開発の場面で考えてみよう。あるメーカーが、自社製品に新機能を追加するべく、研究開発部門の社員に指示をして、新規技術の研究開発を行わせたとする。その過程で、社員AがXという発明をし、社員BがYという発明をし、社員CがZという発明をした。社内で検討した結果、新製品には発明X・Yを採用することにし、発明Zの採用は見送られることになった。そして、発明Xについては特許出願をするが、発明Yについては特許出願せずにノウハウとして秘匿することにした。このような場合に、発明Xの特許出願をする資格があるのは誰で、特許権は誰に帰属するのだろうか。発明Y・Zについて、会社が出願しないのであれば、社員B・Cが自ら出願したり、もしくは第三者に譲渡することはできるのだろうか。さらに、社員A・B・Cが発明をしたことについて、会社は何らかの報酬を与える必要があるのだろうか。このように、会社と社員との間では様々な権利関係を調整する必要があるが、これらの取扱い等について定めるのが職務発明制度である。
2 改正の概要
平成27年改正前の職務発明制度は、概ね次のような内容であった。
(i) 使用者は、従業者が職務発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する(改正前特許法35条1項)。
(ii) 発明をしたことによって生ずる特許を受ける権利は、常に原始的には自然人である発明者に帰属する。ただし、職務発明については、発明がされる前に特許を受ける権利又は特許権を使用者に承継させることを契約、勤務規則その他の定めにおいて定めることができる(同2項、いわゆる「予約承継」)。
(iii) 従業者は、職務発明について特許を受ける権利を使用者に承継させた場合は、「相当の対価」の支払を受ける権利を有する(同3項)。
(iv) 職務発明について特許を受ける権利が承継された場合に支払われる対価は、契約、勤務規則その他の定めにおいて定めることができる。「不合理」と認められない限りは、これらの定めによって対価を支払えばよい(同4項)。
(v) 対価についての定めがない場合又は定めたところにより対価を支払うことが「不合理」と認められる場合には、裁判所が「相当の対価」の額を判断する(同5項)。
平成27年改正法は、主に次のような改正を行った(後掲の【表】参照)。
① 平成27年改正前は、職務発明も含め、すべての特許を受ける権利は、発明が発生したときから発明者に帰属するものとされていた(上記(ii))。これに対して、改正後特許法では、職務発明について特許を受ける権利に関しては、原始使用者帰属(発明が発生したときから使用者に帰属する)と原始従業者帰属を選択できることとした(特許法35条3項)。
② 平成27年改正前は、発明者たる従業者が、使用者に対し、職務発明について特許を受ける権利を承継させる等した場合には、従業者は、使用者から「相当の対価」の支払を受ける権利を有するものとされていた(上記(iii))。これに対して、改正後特許法では、従業者の有する権利が「相当の利益」を受ける権利と規定され、ストックオプションなどの金銭以外の経済上の利益も「相当の利益」に含まれることとした(特許法35条4項)。
③ 平成27年改正前は、「相当の対価」の決定手続に関する指針等についての法律上の定めは存在していなかった(上記(iv))。これに対し、改正後特許法では、「相当の利益」の決定手続の指針(ガイドライン)を定めて公表することを法定した(特許法35条6項)。
【表】現行法と改正法の比較
現行法 | 改正法 | |
---|---|---|
特許を受け |
原始従業者帰属 (発明者帰属) |
原始使用者帰属と 原始従業者帰属 を選択可能 |
従業者の権利 | 「相当の対価」 支払請求権 |
「相当の利益」 給付請求権 |
対価・利益の 決定手続 |
指針について 法律上の定めなし |
指針について 法律上の定めあり |
※ 深津拓寛=杉村光嗣「平成27年職務発明改正対応の実務上の留意点」NBL1058号27頁所掲の表を引用
1 職務発明規程の見直し
平成27年改正を踏まえ、各使用者においては、自社の職務発明規程について主に次の2つの観点からの見直しを行うべきである。
(1)原始使用者帰属を採用するか
平成27年改正により、新たに原始使用者帰属を選択することが可能となるため、原始従業者帰属から原始使用者帰属に変更するかを検討する必要がある。
原始使用者帰属を選択する場合のメリットとしては、特許を受ける権利の取得・帰属の安定化が挙げられる。例えば、原始従業者帰属の場合は、共同研究開発によって生じた発明の持分を、自社の従業員から自社に承継する際には、共同研究の相手方の発明者の同意を得る必要がある(特許法33条3項)。これに対して、原始使用者帰属を選択した場合には、そもそも自社の従業員から権利を承継する必要がないため、そのような同意は不要となる。また、原始従業者帰属の場合は、職務発明をした従業者が使用者に黙ってその発明を第三者に譲渡し、当該第三者が先に特許出願をした場合には、特許権は当該第三者に有効に帰属してしまう(特許法34条1項)。これに対して、原始使用者帰属を選択した場合には、当該第三者は無権利者からの譲受人であるため有効な権利者とはなり得ない。
逆に、原始使用者帰属を選択する場合のデメリットとしては、従業者に特許を受ける権利を与えたい場合に、使用者から権利を譲渡しなければならないことが挙げられる。その際、使用者の法定通常実施権(特許法35条1項)は生じないと解されるおそれもあるので、使用者が将来その発明を実施する可能性がある場合には、通常実施権を留保した上で譲渡を行うことが望ましい。
原始使用者帰属を採用する場合は、現行の職務発明規程を修正する必要があるかを検討する必要がある。例えば発明が完成した後に、当該発明に係る権利を会社に承継するか否かについて会社が選択できるような規程については、「あらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めた」と解されないおそれもあるため、改正特許法の法的効果を確実に享受するためには、原始使用者帰属を選択していることが明確となるように規定を修正することが望ましい。
(2)相当の利益の内容を見直すか
平成27年改正により、「相当の利益」の内容に柔軟性を持たせることが可能となるため、従業者に対するインセンティブ付与制度を、使用者ごとの実情に即した内容に見直すべきかを検討する必要がある。
例えば、発明者によっては、金銭の給付よりも留学の機会を得ることが研究開発のインセンティブとなる場合もあると思われる。また、例えば、重要な職務発明が全社の業績に影響を与え得るような研究開発型の中小企業であれば、ストックオプションを与えることが研究開発のインセンティブとなる場合もあると思われる。
ただし、非金銭の経済上の利益を「相当の利益」の内容として定める場合には、当該利益と職務発明との牽連性(対応関係)が明確となるように規定する必要がある(なお、必ずしも1対1の関係である必要はなく、特定された複数の職務発明に対してまとめて1件の経済上の利益を与える場合も、両者の牽連性=対応関係は認められ得ると考えられる)。
2 タイムスケジュール
原始使用者帰属の適用が可能となるのは、改正法の施行日以降に完成した職務発明である。平成27年改正法の施行日は、近年の例に倣えば平成28年4月1日になる可能性が高いが、その場合には原始使用者帰属が適用されるのは、最も早いもので平成28年4月1日以降に完成した職務発明ということになる。できる限り早期に原始使用者帰属を適用したい場合には、平成28年4月1日までに職務発明規程の改定を行う必要がある。
他方で、職務発明規程の改定にあたって、相当の利益の内容も見直す場合には、従業員との協議等の手続を行う必要があるところ、当該手続はガイドライン(特許法35条6項)に示された内容に従って行うことが望ましい。そうすると、ガイドラインの告示を待ってから職務発明規程を改定する際の手続を開始することが実務上は最も安全ということになるが、ガイドラインの告示が行われるのは改正法の施行後である。
職務発明規程を改定する際の手続を、できる限り早期に開始したい場合には、ガイドライン案の内容が確定した段階で、その内容に従った手続を開始することが考えられる。現在、産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会(以下「特許制度小委」という)においてガイドライン案の検討が行われているが、特許庁によれば、平成28年1月ころには、ガイドライン案の内容が確定する予定であり、これは後に告示される正式なガイドラインとほぼ同様の内容となることが予想される。ガイドライン案に従って行われた手続であっても、正式なガイドラインとガイドライン案とが実質的に同内容である限りにおいては、正式なガイドラインに従って行った手続と実質的に同様に評価されるものと考えられる。
3 職務発明規程の改定手続
上記のとおり、職務発明規程を改定する際の手続は、ガイドライン(特許法35条6項)に示された内容に従って行うことが望ましい。執筆時現在(平成27年11月13日)で公表されている最新のガイドライン案の中で特に注目すべき内容を、以下でピックアップして紹介することとしたい。なお、上記のとおり、ガイドライン案は現在特許制度小委において検討中であり、また、以下は概要を説明するものに過ぎず、適正な手続と評価されるためには、使用者ごとの個別具体的な事情をも加味した上での検討を行う必要があることに留意されたい。
(1)相当の利益の内容の決定方法について
(2)使用者と従業者との間の協議について
(3)基準の開示について
(4)従業者からの意見の聴取について
(5)金銭以外の「相当の利益」を付与する場合の手続について
(6)基準を改定する場合の手続について
(7)新入社員等に対する手続について
(8)退職者に対する手続について
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