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「爆買い」する「日本人」たちに見る日本人弁護士の生きる道

唐沢 晃平

「爆買い」する「日本人」たちに見る日本人弁護士の生きる道

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
唐沢 晃平

唐沢 晃平(からさわ・こうへい)
 2007年3月、早稲田大学法学部卒。2010年3月、慶應義塾大学法科大学院修了(法務博士(専門職))。2011年12月、司法修習(64期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)。2012年1月、当事務所入所。2014年9月から2015年2月まで上海交通大学にて語学研修。2015年3月から6月まで君合律師事務所(中国・上海市)勤務。2015年6月、当事務所復帰。2015年9月から上海オフィス代表。
 2014年9月、私は人生2度目の上海生活をスタートした。
 私が初めて上海の地を踏んだのは1997年3月、ちょうど小学校を卒業した直後であった。上海日本人学校中等部に進学し、2000年3月に卒業。その後日本の高校に進学したが、その後も上海駐在を続けていた両親を訪ねたりしながら、上海の劇的な発展を目にしてきた。上海は第二の故郷といっても過言ではない。
 しかし、あれからはや十数年、家庭を持つ弁護士として改めて上海生活を始めてみると、毎日が新発見の連続である。本稿を起稿するにあたっても、話のネタには困らないと思う一方で、それぞれの話題にあまり関連性がなく、なかなかまとまりそうにない。そこで、この際きれいな文章にすることは諦めて、字数の許す限りで思うままに上海生活における雑感を綴ってみることにした。
 以下、いささか乱筆となるがご容赦願いたい。

 1.突如出現した超高層ビル

 まずは職場に行って驚いた。
 弊所上海オフィスは2008年に完成した「上海環球金融中心」というちょっと一度聞いただけでは覚えられない名前のビルの40階に入居している。このビルは101階建てなので、40階といっても中層階である。このビルの高さは492メートルである。
 上海環球金融中心は1997年の着工時から紆余曲折の建築過程を見守ってきたため、感慨こそあれ特に驚きはない。今回赴任して驚いたのは、いつの間にか上海環球金融中心の隣に総ガラス張りの巨大な建造物が微妙に捻じれつつ天に向かって伸びており、それが上海環球金融中心よりはるかに高かったことである。このビルは、2008年に着工した「上海中心」という非常に覚えやすい名前の超高層ビルで、128階建て、高さは632メートルだという。

左が上海環球金融中心、中央が上海中心、右は金茂大厦(88階建て)
 ちなみに上海環球金融中心は森ビルの設計による日系のビルだが、上海中心は中国資本。日本に負けていられるかという実に分かりやすい意気込みが感じられる。
 なお、上海中心は2014年に建物自体は完成しており、2015年夏には入居開始の予定だったが、2016年2月現在、まだ入居は始まっていない。巷の噂によると法令による規制との関係でクリアできていない部分があるらしい。この上海の最新のランドマークに転居を予定していた多くの企業は、従前のオフィスに賃貸借契約終了後も居座り続けたり、急遽空きオフィスを探して転がり込んだりして、場合によっては段ボールを机替わりにするような状況で、なんとかその場をしのいでいるという。
 この混沌とした様相こそ、急激な経済成長を遂げている上海という街の最先端の生の姿といえるかもしれない。

 2.低頭族の台頭

 現在、上海の街は「低頭族」に支配されている。
 「低頭族」とは、スマートホンやタブレット等のデジタルデバイスの画面に視線を落として頭が低くなっている人々を指す言葉である。上海におけるポータブルデバイスの浸透率と人々の依存度は日本のそれを凌駕しているように思われる。
 「低頭族」で一番多いのは「微信」に勤しむ人々だろうか。微信(英語名WeChat)とは、LINEにFacebookのようなタイムライン機能も付いたSNSアプリと言えばイメージできるだろうか。アクティブユーザー数は2015年9月30日時点で6.5億人にも上り、現代中国の社会生活における必須アイテムとなっている。そのほかにはネットサーフィンやパズルゲームに没頭する人々もいるが、日本と比べてドラマや映画を視聴している人々の割合が高いように思われる。一部の「低頭族」は外部スピーカーで堂々と動画視聴を楽しんでいるので、そこから文字通り漏れ聞いたところからすると、上海では日本のドラマの人気も高いようである。
 そういえば先日、中国人相手に「唐沢です」と名乗ったところ、「唐沢」の「沢」は「半沢直樹」の「沢」か、と確認された。「毛沢東」とか「江沢民」とか、もっといい例がたくさんあるだろうに、と思いつつ、「ええ。ちなみに白い巨塔の唐沢寿明の唐沢です。」と返してみたところ、「え、財前先生の親戚ですか?」などと大いに話が盛り上がった。
 なお、無数にいる「低頭族」たちの大部分は、自分がインターネットからダウンロードした日本のドラマや映画が著作権で保護されるべきものであるという意識はほぼ皆無であるように見受けられる。中国は1992年に著作権に関するベルヌ条約と万国著作権条約に、2006年にはWIPO著作権条約にも加盟しており、日本の著作権も中国の著作権と同様に保護されることになってはいるのだが、そもそも中国では著作権について日本ほど理解が進んでおらず、その分保護も進んでいないという問題がある。中国における知的財産権保護の問題は根深い。

 3.「インターネットテレビ」のサービス停止で阿鼻叫喚の地獄絵図

 「この部屋ならインターネットテレビも付けられますよ!」
 上海で住居を探していたとき、不動産屋にこう言われた。聞くと、日本のテレビ番組(関東・関西の地上波とBS/CS)をインターネット回線経由でリアルタイムに視聴できる装置をテレビに設置できるのだという。しかも、過去1週間分は全番組がアーカイブ化されており、いつでもオンデマンドで見られるという夢のような機能も付いているという。この上なく魅力的だが、明らかにイケない匂いがする。結局、海を越えて持ってきた弁護士バッジを握りしめ、丁重にお断りしたのだった。
 時が流れ2015年11月、そのインターネットテレビの提供業者が「国家政策上の都合により」突如サービスを停止した。すると、私の住んでいるマンション内は瞬く間にその話題一色となった。立ち話をしている奥様方の会話に耳をそばだてると…
 「突然困るわよねーウワサによるともう復旧の見込みはないって話よ。お金返してもらえるのかしら?」
 「どうせ2週間くらいすればまた元に戻るんじゃない?…違うの?」
 「え、じゃあ、私これから何を楽しみに生きていけばいいの?」
 「…もう旦那を残して帰国するしかないわね。」
 テレビ恐るべし。と思いつつ携帯電話に目を向けると、私の友人の駐在員からも
 「急にテレビが見られなくなりました。もうダメです。帰任するしかありません。」
 というメッセージが届いていた…。
 なお、料金は1年分の前払いだったらしく、当初は業者側もサービス再開を待たずに中途解約する場合は順次返金に応じると説明していたらしい。しかし、最終的には従業員が各家庭までお詫びのチョコレートを持ってきて「社長がいなくなりましたのでお金は返せません。」という腑に落ちない説明で各ユーザーを呆然とさせて回ったらしい。債権回収は中国に進出した日本企業が抱える典型的な問題であるが、駐在員個人にとっても無視できない問題のようである。
 ちなみに、そのインターネットテレビサービスは、日本人駐在員の間では非常にメジャーな存在で、中国華東地区だけで1万人のユーザーを抱えていたとのことである。やはり中国における知的財産権保護の問題は根深い。

 4.「爆買い」する「日本人」たち

 上海で生活を始めて気が付いたことがある。
 それは「爆買い」にかける情熱にかけては、中国に駐在している日本人も中国人に負けていないということである。
 実は、最近の中国ではネット通販が非常に発達しており、わざわざ日本まで足を運ばずとも、大抵の日本製品を購入できる。しかし、その価格は日本における相場と比べると約2~3倍。中国の富裕層はその値段でも日本品質を求める一方で、日本での相場感が身に染みているだけに日本人には手が出せない。そこで、中国に居住している日本人は一時帰国の際に、衣料品、日用品、食料品を中心に大量に(ひどいと日本で生活しているときの需要量より多く)日本製品を買い込んでしまうのである。
 考えてみれば、日本品質の製品の良さをよく知っている分、中国人より海外在住の日本人の方が「爆買い」しがちなのはごく当然のことともいえる。
 さらによく考えてみれば、実は我々弁護士の仕事についても同じことがいえそうである。日本のクライアントが対中ビジネスをする際に、中国現地のローファームではなく、敢えて我々日系のローファームを選んでくださる理由は、やはり使い慣れた日本の品質を求めているからではないだろうか。
 日本語で日中間の法律問題を取り扱える中国現地のローファームも増加傾向にある今、日本の弁護士としては、「やっぱり日本品質が一番」と思ってもらえるようなワンランク上のリーガルサービスの提供を続けていく必要があるだろう。そうでなければ、中国マーケットにおいて生き残れないかもしれない。
 逆に、日本企業に選び続けてもらえるような高品質のサービス提供を継続できれば、いずれ中国企業からも「爆買い」してもらえるようになるかもしれない。そうなれば、このフィールドにおける日本人弁護士の将来も明るい。
 近時は減速気味と言われたりもする中国市場だが、人口13億人のこの国は今後も世界最大のマーケットであり続けるだろう。日々是精進である。