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監査役協会会長に聞く 日本の企業統治はどう変わるか

加藤 裕則

 日本企業の企業統治システムが大きく変わりつつある。スチュワードシップとコーポレートガバナンスの二つのコードの導入により、取締役会が変革を求められている。株の持ち合い解消にも投資家の圧力が高まっている。監査等委員会設置会社も着実に増加した。この状況で、「ガバナンスの要(かなめ)」と言われ、日本独自の発展を遂げてきた監査役制度は揺るぎないのか。東芝の不正会計など不祥事も絶えない状況で、企業統治はどうあるべきなのか。日本取引所グループ取締役監査委員で、日本監査役協会会長の広瀬雅行さん(59)に聞いた。

 ――監査役制度は機能していますか。社会の信頼を得ていますか。記者仲間と話しても、監査役はあまり信頼されていません。このことについてどのように思われますか。

広瀬 雅行(ひろせ・まさゆき)
 1956年生まれ。1979年一橋大法学部を卒業し、同年4月に東京証券取引所に入所。IT企画部長などをへて2009年6月に同グループ取締役監査委員に就任。2013年から日本取引所グループ取締役監査委員。2014年11月から日本監査役協会会長。
 企業不祥事が絶えないことから「機能していない」と言われる方もいることは承知していますが、私は、機能していると信じています。確かに監査役がうまく機能しなかったケースはありますが、不祥事がないほとんどの企業では、制度が機能していると言うことができます。多くの企業の監査役は、その責務を果たしています。経営者に対しても、いつも様々な観点から助言などを行っており、時には苦言を呈することもあります。口うるさいと思われることもあるでしょうが、それでも、指摘をやめたりはしないはずです。企業で働く多くの人は監査役と関わりのないところで仕事をしているため、アヒルの水かきのように目に見えるものではありません。日本監査役協会も発信力を強化し、監査役の機能についての理解促進に努めていますが、まだまだ十分でないと言われればその通りでしょう。

 ――影が薄いのは、監査役自身の努力が足りないせいではありませんか。

 例えば、「監査役通信」や「監査役便り」といった名前で社内の掲示板に情報を掲示している監査役もいます。取締役会や経営会議など、監査役は今、様々な会合に出ており、非常にフットワークが軽くなりました。しかし、動きが鈍かった過去の印象もまだ残っているのでしょう。

 ――ときに監査役は社長の部下のように見えます。このイメージを払拭する方法はあるのでしょうか。

 実は、監査役が機能するかどうかは、社長の器量によるところが大きいです。社長は孤独で、議論や反論を求めている面もあります。監査役は、会社にとって必要・重要だと思うことは、どんどん伝えなければなりません。監査役の意見を受けて情報収集してみると、実はA案以外にも、もっと効果的なB案やC案があったことを社長が知ることもあります。また、監査役に後押しされて社長が思っていることを試すこともあります。会社を良くするために、自分以外の意見をどんどん聞こうという姿勢を持つ経営者がいれば、監査役は活きてきます。
 そして、仮に社長が暴走したときには覚悟を持って止める。監査役にはそれが求められています。監査役を選ぶのは社長かもしれませんが、株主の負託を受けている以上、この責任は非常に重い。おかしいことはおかしいという覚悟を持たなければならなりません。多くの監査役はその覚悟を持っていると思っています。

 ――社内出身の監査役の場合、取締役や部長級など様々な役職から就いています。どの程度の役職から就任することが望ましいのでしょうか。また、東芝の不正会計では、財務担当副社長が監査委員長になったことで問題の発覚が遅れたと指摘されています。

 極端な話、社長でも良い。広い視野で経営を見てきており、監査役の監査機能には非常に有効です。また、監査役には、財務や会計について深い知識を持った人が必要で、CFO(Chief Financial Officer:最高財務責任者)経験者が就任することにもメリットがあります。しかし、役職が高すぎると、自分が築き上げてきた実務を監査しなければいけません。果たして本当にやりきれるかどうか。社内出身の監査役の場合、必ずつきまとう問題です。

 ――東芝の不正会計をどうごらんになっていますか。

 残念な事例です。監査委員長が不正に関与した当事者の一人だったことから、監査委員会がしっかり機能していなかったと言わざるを得ません。会社のレピュテーションの低下にもつながっています。隠ぺいをしてもいつかは判るもので、却って問題が大きくなるだけという例だと言えます。

 ――改正会社法で、監査役が、会計監査人の選解任議案の決定権を持つことになりました。新日本監査法人に会計監査を依頼している会社は、これを続けるかどうかを監査役が決めるのですね。

 協会は昨秋、会計監査人の評価及び選定基準策定に関する監査役等の実務指針を出しました。これを参考にして、各社は対応を考えてほしいと思います。実務指針は、やや長いですが、多様な会社があることから、できるだけ多くの会社に対応していただけるよう様々な要素を網羅しました。例えば、海外の事業に関する項目について、そういった事業を行っていない会社が見る必要はありません。監査役は、従来から会計監査人の選解任議案の同意権は持っていたため、これまでもやってきたということも多くあると思います。ぜひ参考にしていただきたいです。

 ――通常、内部監査部門は社長直属の組織です。監査を実施する組織としてこれでいいのでしょうか。

 社長は内部統制システムを構築し、運用していかなければいけないので、それが機能しているかチェックする組織である内部監査部門が社長直属であることは合理的です。内部監査部門の監査は、同じ監査を担うものとして、我々監査役にとっても重要なので、連携していきたい。もちろん、監査役は執行から独立した機関ですから、執行直属の内部監査部門に対して指揮・命令することは難しいですが、連携することで互いに補っていくことが日本企業にはあっています。今年、監査法規委員会で、内部監査部門との連携について研究していきます。

 ――監査役は任期4年と定められていますが、これは実際に守られているのでしょうか。一度、あるメガバンクを調べたら、平均2年でした。

 印象で言えば、多くの事業会社では4年で交代していく習慣が確立していると思います。監査役協会のアンケートでは、2002年には32%の上場会社で任期途中の辞任がありましたが、2015年には17%になりました。15ポイント減の改善傾向です。
 また、例えば、子会社の監査役にその事業を担当している親会社の部長が就くケースがあります。部長が替わると当然、監査役も代わります。一方で、上場会社ではますます投資家の目が厳しくなっています。監査役が任期途中で辞任すると、どうしてだと理由を求められる。今後は法律で決められた任期をいっそう守らざるをえなくなるでしょう。

 ――社外監査役と社外取締役に重複感はありませんか。

 監査役には、調査権や報告を求めることなどの会社法上の権限があります。社外取締役には、そのような権限はありません。指名委員会等設置会社や監査等委員会設置会社では監査役を置かないことになっていますが、「監査」の役割は企業統治には絶対必要です。監査役設置会社において、監査を行うのは監査役であり、社外取締役ではありません。監査役のやるべきことははっきりしています。さらに監査役には常勤がいます。そのうえで社外監査役と連携する。社外取締役の場合はこのようなプロセスがはっきりしていないうえ、情報を得る機会が少ない。会社の執行部が不十分な情報しか出さなかったとしても、それを打ち破る法律的な裏付けがありません。ただ、ガバナンス・コードで監査役は「能動的、積極的に発言」することが求められており、そういった役割・権限が拡張した部分については社外取締役と重なるところがあるかもしれません。

 ――調査権というのは使っているのでしょうか。

 調査権をふりかざしているわけではありません。それを背景に監査していると言えます。監査役が「報告して」と聞いたときに、できませんと言ったら、調査権を出さざるを得ない。普段、表には出しませんが、何かあった時に使うことはできます。

 ――ある電力会社の株主総会で、社外監査役への質問に対し、社内出身の監査役が答えていました。

 社内の制度は常勤の人がよく知っています。社外の人にすべて説明せよというのは無理があるでしょう。回答すること自体が、社外監査役に求められる役割ではありません。監査役として同じ意見を持っているのであれば、常勤監査役が代表して答え、そのうえで付け足すことがあれば社外監査役が述べればいいのではと思います。

 ――今回の質問は、原発を停止中の日本原電に対して、電力の買い取り料金を払っていることの妥当性に関するものでした。社外監査役としての意見を求めていました。

 そういうことであれば、社外監査役が答えるべきケースかもしれません。

 ――監査等委員会設置会社が増えています。また、監査役、委員会設置会社も含め、3つの機関設計があると混乱しませんか。

 ガバナンス・コードが導入され、会社の経営に複数の社外取締役が求められるようになりました。監査等委員会設置会社は、柔軟性のある機関設計であるため、多くの企業が採用する方向に向かったのではないでしょうか。ただ、ガバナンスの低下が懸念される面もあるため、協会としても常勤の人を置いてほしいということは言っています。ガバナンス・コードにあるように自社のおかれた状況に即して適切な機関設計を採用し、運用してほしいと思います。
 機関設計の種類が多くて混乱すると受け止めるのではなく、選択肢が増えたと理解してほしい。自らの会社にあった類型を考えるということです。取締役会の意思決定の迅速化を求めるなら指名委員会等設置会社や監査等委員会設置会社を選択することも一つの方法です。
 多くの機関設計ができて、取締役会の議論も変わってきたと聞きます。数年経過してみないと、それぞれの制度の評価はできません。試行錯誤の段階ではあります。

 ――協会の役割をどう考えますか

 会員をはじめとした監査役、監査委員、監査等委員を全力でサポートしていきます。会員相互の意見交換会である実務部会における相互研鑽は非常に有意義です。また、協会で行っている研究成果の実務への浸透を推進したいと思っています。ガバナンスの状況が刻々と変化している中で、遅れることのないように研修制度を充実していくつもりです。

 ――監査役の仕事というのは、最後は人間性が問われるような気がします。

 もちろん人間性も大切ですが、職務遂行のためのベースが必要です。必要な知識を持たずに人間性だけで監査役を務めるのは難しい。法律などで、多くの武器が与えられています。それらを行使するためのベースを身につければかなり強力。九州大学の西山芳喜教授は、「監査役は経営者と並び立つ存在」と言います。社長が暴走する場合、臨時株主総会を開くよう求めることもできるし、取締役の違法行為差止請求権も有する。そんな場面に出くわしたら、監査役は覚悟を決めるしかありません。そのためにも一定の知見を持っている必要があります。協会はそのベースづくりを手助けしたいと思います。