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家具は美術の著作物となり得るか 美術工芸品と純粋美術

宍戸 充

 著名デザイナーがデザインした幼児用椅子をめぐる著作権侵害訴訟の判決で、知財高裁は昨年春、「家具も美術の著作物となり得る」との判断を示した。家具や電気製品など量産型実用品のデザインは著作権法ではなく意匠法で保護するとしてきた判例・通説を覆すものだ。意匠法の保護期間が特許庁登録から20年なのに対し、著作権はデザイナーの死後50年保護される。仮に、この判決の解釈が定着すると、意匠権切れの模倣品販売が違法とされたり、日用品の写真撮影なども制限される可能性がある。宍戸充弁護士が知財高裁判決や判例を読み解き、問題の本質に迫る。

家具は美術の著作物となり得るか

西村あさひ法律事務所
弁護士・弁理士 宍戸 充

1 はじめに

宍戸 充(ししど・みつる)
 1969年横浜国立大学工学部機械工学科卒業。司法修習(33期)を経て、1981年から1990年まで検事、1990年から2008年まで裁判官。その間、東京地裁知財部、東京高裁知財部、知財高裁において知財訴訟を担当。2008年弁護士登録、弁理士登録。日本大学大学院法務研究科教授。
 応用美術(いわゆる美的実用品)については、著作権法2条2項に定める「美術工芸品」を除けば、例外的に純粋美術と同視できる程度に美術鑑賞の対象とされると認められるものに限って美術の著作物と認めるべきであるとするのが判例・通説であったが、最近、家具(幼児用椅子)に関する著作権による保護の有無が問題となった事例において、著作権法による保護を広く認めるべきであるとする判決が現れた。この判決の解釈論は、単なる応用美術に関する法解釈の問題というだけにとどまらず、企業実務や社会生活にも看過できない影響を及ぼす可能性がある。そこで、家具が美術の著作物になり得るかという切り口から、応用美術の抱える問題について、以下考察することとする。

 そもそも、家具は実用品であるから、産業上利用することのできる意匠に属するものであり(意匠法3条1項)、視覚を通じて美感を起こさせる物品として意匠権による保護の対象となる。意匠法施行規則における家具の分類(18類)によれば、ベッド等、いす及び腰掛け、机、テーブル及び台、収納家具、鏡台、ついたて等、家具用部品に分類されている。
 一方、著作権法も美的創作活動を保護するものである。すなわち、同法は、絵画、版画、彫刻を典型とする美術の著作物を広く保護の対象とするとともに(著作権法2条1項、同法10条1項4号)、美術工芸品も美術の著作物に当たるとしている(同法2条2項)。ここでいう美術工芸品とは、一般的には手工による一品制作の陶芸の茶碗、仏壇彫刻等をいうものと考えられており、美術的な手法を実用品に適用したいわゆる応用美術の一種であるとされている。ちなみに、応用美術とは、絵画、版画、彫刻等の「純粋美術」に対応する概念である。
 このような美的実用品に対して意匠法及び著作権法の両面から保護を与えるべきか否かについては古くから学説上争いがあった。判例はほぼ一貫して原則として意匠法によってのみ保護を受けるべきであるとして、意匠法と著作権法の重複適用に消極的であった。しかし、最近になって、幼児用椅子に関する著作権の有無が問題となった事例において重複適用を認める立場に立った判決が現れた(知財高裁平成27年4月14日判決・裁判所HP)。
 そこで、これを機会に、家具が美術の著作物になり得るかという切り口から、古くて新しい応用美術の問題について考察してみたい。

2 幼児用椅子事件の概要

 この事件で問題となった幼児用椅子は、幼児の成長に合わせて、座面及び足置き台の固定位置を、左右一対の部材の内側に床面と平行に形成された溝で調整することができるように設計された椅子である。左右一対の部材は、側面から見ると鋭角のほぼL字型をしており、L字の底辺が地面に接地するようになっている。著作権法と民法の不法行為に基づく損害賠償等を求めた事案であるが、このような形態の椅子が美術の著作物として著作権法の保護を受けるかどうかが主要な争点となった。判決は、「美術の著作物」には当たるとしたものの、相手方商品と類似していないということで請求を排斥した。とはいえ、「美術の著作物」に当たるとした法解釈は、従来の判例・通説と比べて異色の判断であった。

3 美術の著作物

 著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいうとされており(著作権法2条1項1号)、絵画、版画、彫刻その他の著作物のほか、美術工芸品も含むものとされていることは、上述したとおりである。
 一般的・歴史的には、「絵画、版画、彫刻」はファイン・アート(fine arts:純粋美術)と称されてきたものであるが、わが国の著作権法の実務においては、漫画、挿絵、舞台装置、生け花等も美術の著作物と認められているので、純粋美術の範囲はかなり広くなっているといえる。
 ところで、著作権に関する国際的な条約であるベルヌ条約(正確には「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」)において、1948年以降、著作権法による保護の対象として応用美術を追加することに関して改正案が検討され、最終的に1971年のパリ改正で、次のとおり、応用美術に関する規定が追加された。すなわち、ベルヌ条約(パリ改正条約)2条(1)で、美術の著作物は応用美術を含むと規定された。ただし、同条(7)において、応用美術が(1)のような保護を受けるのは、その国が応用美術を意匠によって保護していない場合であって、その国が応用美術を意匠として保護している場合は、美術的著作物として保護しなくてもよいとされている。
 ベルヌ条約加盟国であるわが国においても、上記条約改正にあわせて、昭和40年以降、応用美術の問題が検討された。その上で、昭和41年7月に公表された「著作権制度審議会答申説明書」によれば、同審議会では、現行の著作権法制定の過程において、応用美術の保護の方向性について2つの案が出ていた。
 第一案は、実用品自体である作品については、保護の対象を美術工芸品に限定する、というものであった。
 第二案は、図案その他量産品のひな型又は実用品の模様として用いられることを目的とするものについては、著作権法においては特段の措置は講ぜず、原則として意匠法等工業所有権制度による保護に委ねるものとするが、それが純粋美術としての性質をも有するものである場合は、美術の著作物として取り扱われるものとする、というものであった。
 結局、昭和45年に「美術工芸品」(著作権法2条2項)について美術の著作物とする旨の規定が新設されたものの、応用美術一般については結論は先送りされた。この経緯に鑑みると、上記第一案は採択されなかったものと考えられる。
 このように「美術工芸品」を美術の著作物として追加したものの、意匠法と著作権法の重複適用の問題は全く解消されなかった。著作権法2条2項が「美術工芸品」のみを著作物と認めたと解して重複適用に消極的な見解(限定説)と、同規定は例示規定であり、これ以外にも著作物たり得る応用美術は存在すると解して重複適用に積極的な見解(拡張説)とに分かれて、現在もなお論争が続いているところである。冒頭で触れたとおり、判例はほぼ一貫して意匠法と著作権法の重複適用に消極的であり、「美術工芸品」の範囲についても、通説である限定説の立場に立っていた。

4 美術工芸品とは何か

 (1)量産品も含むか

 「美術工芸品」を手工による一品制作の陶芸の茶碗、仏壇彫刻等に限定すれば、意匠は産業性を必要とするものであるから、一品制作を目的として作られることは考えられないので、美術の著作物と意匠とが完全に棲み分けられることになる。
 しかし、陶芸の茶碗、仏壇彫刻等が手工による一品制作かあるいは量産品であるかを区別することは困難な場合が多く、それをあえて区別すべき合理的な理由もなかったため、判例は早い段階から、手工による一品制作を著作権法、量産品を意匠法というように、保護する法律を棲み分けることには反対であった。具体的には、①美的実用品が、量産されて産業上利用されることを目的として製作され、現に量産されたということのみを理由としてその著作物性を否定すべきいわれはない(長崎地裁佐世保支部昭和48年2月7日決定・無体集5巻1号18頁)、②実用性と芸術性とは必ずしも相矛盾するものとは思われないのに、実用品に応用することを目的として制作された美的創作物は、美術工芸品を除き、すべて美術の著作物ではないことになって相当ではない(京都地裁平成元年6月15日判決・判時1327号123頁)などとする判例が相次ぎ、これらの考え方が判例上定着した。その結果、陶芸の茶碗、仏壇彫刻等の美術工芸的なものに限ってではあるが、意匠法と著作権法とが重複適用される場面が生じることになったのである。

 (2)美術工芸品と純粋美術

 一般的な意味では、「美術工芸品」とは次のように説明されている。
 「日本では美術工芸といわれているジャンルがある。・・・高度の美術上の技術を応用したもので装飾的価値の非常に高いものをいう。実用的用途に奉仕するとは称しながら、実際には飾り物としての用途にしか用いられないものである。こういうものは実用品という姿をかりながら実は感情のおもむくままに個性を表現しようとしているのであって、ファイン・アートの分野に近接すると見ても差しつかえないように思われる。例えば日展の工芸部へ出品されるようなものがこれである」(高田「意匠」の附録、参考第1 意匠・工芸・美術・応用美術)
 上記の意味での「美術工芸品」は、絵画、版画、彫刻といった純粋美術とほとんど変わるところがない。しかし、著作権法上、絵画、版画、彫刻のみならず「その他の著作物」にまで純粋美術が広がっているため、著作権法上の「美術工芸品」に関しても、その範囲については上記のとおり広げられた純粋美術を前提に考えることになる。
 判例・通説は、おおむね上記の著作権法改正の経過を考慮して、原則として「美術工芸品」のみを「美術の著作物」としているが、例外的に、純粋美術と同視できる程度に美術鑑賞の対象とされると認められるものについても「美術の著作物」に該当すると解している。
 例えば、携帯用折りたたみ椅子に関する著作権の有無が問題となった事例において、大阪高裁は、「美術の著作物」の意義について、原則として、専ら観賞の対象となる純粋美術のみをいい、実用を兼ねた美的創作物である応用美術でありながら著作権法上保護されるのは、同法2条2項により特に美術の創作物に含まれるものとされた美術工芸品(実用性はあるものの、その実用面及び機能面を離れて、それ自体として、完結した美術作品として専ら美的観賞の対象とされるもの)に限られると判示し(大阪高裁平成2年2月14日判決・判例未登載)、最高裁は、この判断を是認した(最高裁平成3年3月28日判決・判例未登載)。この事例では、最高裁は単に高裁の判断を是認したに過ぎないが、一応最高裁が個別的な事案に判断を示したものであり、最高裁の考え方を窺うことができる。
 このように、判例・通説は、「実用性はあるものの、その実用面及び機能面を離れて、それ自体として、完結した美術作品として専ら美的観賞の対象とされるもの」に限って「美術の著作物」と認めてきた。要するに、「完結した美術作品として専ら美的観賞の対象とされる」点が純粋美術と同視できる程度ということである。例えば、家具にロココ調の華麗な彫刻、あるいは伝統工芸の重厚な手打ち金具が施された場合等が考えられる。

 (3)実用面及び機能面の制約

 次に、判例・通説のいう「その実用面及び機能面を離れて」の意味が問題となる。
 「実用面及び機能面を離れて」とは、例えば、袋帯に関する事例で、判例は、枝垂れ梅の部分、二重桧垣、丸紋じたい、丸紋内の菊、椿、菖蒲もしくは杜若等の花柄等からなる帯の柄について、その図柄は、帯の図柄としてはそれなりの独創性を有するものとはいえるけれども、帯の図柄としての実用性の面を離れてもなお一つの完結した美術作品として美的鑑賞の対象となり得るほどのものとは認め難いと判示している(前掲の京都地裁平成元年6月15日判決)。また、Tシャツに模様として印刷された図案に関する事例で、判例は、その図案の原画は、思想又は感情を創作的に表現したものであって、客観的、外形的にみて、Tシャツに模様として印刷するという実用目的のために美の表現において実質的制約を受けることなく、専ら美の表現を追求して制作されたものと認められるから、純粋美術としての絵画と同視し得るものと認められ、著作権法上の「美術の著作物」に該当すると判示している(東京地裁昭和56年4月20日判決・判時1007号91頁)。

 (4)実用面及び機能面と美術作品の部分とが区別できない場合

 一般的には、応用美術は次の4類型に分類されるといわれている(前掲著作権制度審議会答申説明書)。

 ①美術工芸品、装身具等の実用品そのもの
 ②家具に施された彫刻等の実用品と結合させたもの
 ③文鎮のひな型等量産される実用品のひな型として使用されることを目的とするもの
 ④染織図案等、実用品の模様として利用されることを目的とするもの

 家具にロココ調の華麗な彫刻、あるいは伝統工芸の重厚な手打ち金具が施された場合が上記②に当たり、袋帯に関する事例とTシャツに模様として印刷された図案に関する事例は上記④に当たることになる。このような場合には、実用面及び機能面と美術作品の部分との区別は比較的容易である。しかし、美的実用品には、実用面及び機能面と美術作品の部分とが渾然一体となっている場合も少なくない。
 例えば、ファービーというぬいぐるみに関する事例(仙台高裁平成14年7月9日判決・判時1813号145頁)では、問題となった「ファービー」の形態は、体長が約13センチメートルある、頭の部分が大きい二頭身ほどのずんぐりした架空の動物を表した体型をしたぬいぐるみで、顔面部分は本体と一体となっており、球形の大きな両眼と同じく球形の口や三角形の大きな耳と頭上部分にたてがみ様の毛があり、3本指の足がついている、というものであった。架空の動物を表した創作的なぬいぐるみであって、通常であれば、優に「美術の著作物」として著作物性が認められ、著作権法による保護が認められるものであった。
 しかし、このぬいぐるみの内側には、電子回路やモーター等が内蔵されたプラスチック製の本体があり、本体内部に内蔵された多数のセンサーが外部からの刺激に感応し、その刺激に反応して目、口、耳、足が動き、かつ言葉を発するようになっていた。さらに両目の間には半円形に隆起した部分があり、これが左右の眼球を連結する軸を隠していた。
 仙台高裁は、ファービーのデザイン形態が、当初から工業的に量産される電子玩具のデザインとして創作されたものであって、ファービーの最大の特徴は、あたかもペットを飼育しているかのような感情を抱かせることを目的に、各種の刺激に反応して各種の動作をするとともに言葉を発することにあり、そのため、そうした特徴を有効に発揮させるための形状、外観が見られると認定し、この認定を前提に、ファービーに見られるこのような形態には、電子玩具としての実用性及び機能性保持のための要請が濃く表れているのであって、これは美観をそぐものであり、ファービーの形態は、全体として美術鑑賞の対象となるだけの審美性が備わっているとは認められず、純粋美術とは同視できない、と判示した。この判決は、「実用面及び機能面」と「完結した美術作品として専ら美的観賞の対象とされるもの」とが不可分であることを前提として、ファービーの形態における美観を一応認めつつ、「実用性及び機能性」が美術作品の純粋美術たることを減殺する方向に働くものとして評価したものといえる。
 なお、上記のとおり、ファービーの事例では、実用性及び機能性が美術作品の部分の純粋美術たることを減殺したと判断されたが、かなり微妙な判断であったように思われる。というのも、仙台高裁は、著作権法と意匠法とが併存する現行法制度においては、工業的に量産される実用品のデザイン形態については、意匠制度の存在を考慮するとき、著作権法の適用を拡大するのが妥当であるかは慎重な検討を要し、殊に刑事罰の適用に関してはより慎重でなければならないと判示しているからである。
 刑事裁判の証明は、裁判官が合理的な疑いを超える高度の確信がなければ有罪の判決をすることはできないが、民事裁判の証明は、相当程度の蓋然性では足りないが通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得る程度であればよい、とされている。ファービーの事例では、有罪か無罪かを決する必要がある刑事裁判であったために慎重な判断とならざるを得なかったが、これが民事裁判であったならば、別の結論もあり得たのかもしれない。
 ところで、事案によっては、「実用性及び機能性」が美術作品の部分の純粋美術たることを減殺する方向に働かない場合もあり得るものと思われる。上記の袋帯に関する事例でも、実用性と芸術性とは必ずしも相矛盾するものとは思われないとしているし、最近の純粋美術の中には「動く彫刻」等も見られる。また、例えば、わが国の伝統的な工芸品であるからくり人形の場合も、人形自体が純粋美術たる審美性を備えているとともに、その動きや表情も美的鑑賞の対象となるものが存在する。
 したがって、応用美術の中には、その実用面及び機能面が相俟って美術作品として美的観賞の対象とされ得る場合もあるように思われる。実用的な機能に係る部分と美術作品の部分とが不可分であったとしても、それ故に常に著作物性を認めないというものではないと思われる。

5 企業実務や社会生活からの視点

 (1)意匠制度との競合問題

 上述したとおり、ベルヌ条約(パリ改正条約)2条(7)において、応用美術が一般的に「美術の著作物」として著作権法の保護を受けるのは、その国が応用美術を意匠によって保護していない場合であり、その国が応用美術を意匠として保護している場合には、美術的著作物として保護しなくてもよいものとされている。
 意匠制度においては、意匠権の保護を受けるためには、意匠権の設定登録を求めて特許庁に出願をし、審査を受けなければならず、しかも、新規性その他所定の登録要件を備えた出願人のみが意匠の設定登録を受けることができる。設定登録された意匠は権利の有無を明確にするため原則として公表される。意匠権の存続期間は、設定登録の日から20年である。
 これに対して、著作物は、個人の思想・感情を表現するものであって、1個の絵画なり彫刻なりを制作し終えたときに美的創作活動が完成する。その後に同じものを作るのであれば、それは複製となる。そのため、美的創作活動が完成したときにその著作物について著作権が発生し、登録などの手続は不要である。しかも、著作者の死後50年間も権利の存続が認められる。
 このように意匠制度と著作権制度が異なっているため、仮に意匠法と著作権法との棲み分けがなくなると、実用品であっても、それなりの創作性と美感が認められれば「美術の著作物」として著作権法による保護を受けることが可能になる。そうなると、当初から工業的に量産される実用品であるにもかかわらず、最初の製品が完成した時点で著作権が発生するため、わざわざ意匠権の設定登録を求めて出願をし、審査を受けるという手間をかける必要もないことになる。
 しかも、著作権の場合、複製権、翻案権、譲渡権、貸与権等といった支分権が発生するばかりでなく、著作者人格権も発生するため、その保護は手厚い。工業的に量産される製品はすべて複製物となるが、無断でカメラやビデオで撮影したりスケッチしたりすると、複製権侵害となる可能性があり、著作者人格権を侵害する可能性も生じる。
 また、仮に意匠法と著作権法との棲み分けがなくなると、意匠権の設定登録を求めて出願をし、審査を受け、意匠権の設定登録を受ければ、設定登録の日から20年間その意匠についての権利を独占し、意匠権の存続期間が満了した後、さらに、著作権法に基づいて長期間に亘って権利の独占を続けることができることになる。
 さらに、意匠は産業上の権利であるため、意匠の改良の積み重ねによってよりよいものへと工夫・改良していくことが想定されているにもかかわらず、産業とは無縁で、そのような工夫・改良を一切考慮しない著作権法による長期間の独占を認めることになると、産業上の権利である意匠の発展が妨げられ、意匠法制度の趣旨に反することになるおそれもある。
 例えば、最近の、意匠に工夫を凝らした新型の航空機、豪華客船、スポーツカー、大型テレビジョン等には機能美を兼ね備えたものが多く、実用性、機能性の見地からも美感を感じさせるものも少なくないが、もし、「美術の著作物」として著作権法の保護を認めるならば、極めて長期間にわたって類似する形態の航空機、豪華客船、スポーツカー、大型テレビジョン等を新たに製作することができなくなるおそれがある。
 判例・通説は、このような意匠制度と著作権制度との競合は妥当ではないとの前提の下、「美術工芸品」を除く応用美術は原則として著作権法の適用対象とはならないが、純粋美術と同視できる程度に美術鑑賞の対象とされるものに限って「美術の著作物」として著作権法で保護するのが合理的であるとしているのである。
 ドイツやイタリアでも、わが国と同様、意匠制度と著作権制度との競合を避けており、応用美術のうち、程度が高いものだけを著作物として著作権法によって保護するものとし、それ以外のものは意匠法により保護している。美的実用品を広く著作物として認めているフランスでも、判例上、明らかに機能性を司る形態のみからなる実用品については、著作物性は認められていないようである。

 (2)幼児用椅子判決の実質的な問題点

 幼児用椅子判決は、一般的な美的実用品について、何らかの個性が発揮されていれば「美術の著作物」として著作権法による保護を認めるものとし、意匠法との重複適用も問題ないと判示しているが、この判断が維持されれば、企業実務や社会生活にも看過できない影響を及ぼす可能性を含んでいる。
 すなわち、意匠制度と競合するという問題は上述したとおりであるが、我々が日常的に見かける様々な商品のデザインが、意匠法のみならず著作権法によっても保護されることになるので、商品のデザインに工夫を凝らしている企業の間で広く著作権訴訟が生じかねない。そのため、企業としても商品のデザイン開発に当たって著作権問題に大きな注意を払わなければならなくなる。また、家具をカメラやビデオで撮影したりスケッチしたりすることも、その家具が「美術の著作物」として著作権法による保護の対象となり、複製権侵害、著作者人格権等の問題となる可能性があるので、注意しなければならなくなる。
 したがって、この幼児用椅子判決の解釈論は、単に応用美術に関する法解釈の問題だけにはとどまらず、少なからず社会的影響を及ぼす可能性がある。

6 おわりに

 以上のとおり、家具が「美術の著作物」になり得るかという切り口から考えた場合、判例・通説の立場からは、家具は、量産されて産業上利用されることを目的とするものであるから、それが美的実用品である場合、「応用美術」に該当する。そして、その家具が、実用面及び機能面を離れて、純粋美術と同視できる程度に美術鑑賞の対象とされると認められる場合、いいかえると、それ自体として完

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