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建て替えできるマンション、建て替えしにくいマンション、その違いとは

米山 秀隆

 スラム化した「限界マンション」が近い将来、社会問題となるのではないかと心配されている。老朽化が進むと同時に居住者の高齢化、空室化が進んで管理が不良になっていく。この連載「限界マンション:次に来る空き家問題」では、分譲マンションの建て替え、改修、取り壊しなどで直面する法律上、経済上の課題と、分譲マンションに代わる新たな共同住宅の仕組みがあるかを考える。前回はマンション老朽化の進展の実情を見たが、第2回の本稿ではマンション建て替えの実情を紹介する。

 

2 マンション建て替えの現実

富士通総研 経済研究所
上席主任研究員 米山 秀隆

米山 秀隆(よねやま・ひでたか)
 1986年筑波大学第三学群社会工学類卒業、1989年同大学大学院経営・政策科学研究科修了。
 野村総合研究所、富士総合研究所を経て、1996年富士通総研入社。2007~2010年慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所客員研究員。著書に『限界マンション』、『空き家急増の真実』、『少子高齢化時代の住宅市場』ほか多数。
 これまで老朽化したマンションの出口の主流と考えられてきたのが、建て替えだった。しかし、建て替えには、容積率に余裕があって建て替え前よりも多くの住戸を造ることができ、その売却益が見込めなければ、デベロッパーの協力は得られにくい。そのマンションが建てられた時点が最近であればあるほど、容積率に余裕がなくなっている物件が多い。また、そもそも建築後の法改正によって、建て替え前と同じ容積率を使うことすらできなくなっている物件も多い。

 建て替えの実績

 これまでに行われたマンション建て替えは、全国で211件、1万6千戸(15年4月時点)である(阪神大震災関連を除く)。このうち都内での建て替え実績は約100件あり、建て替え時の平均築年数は約40年であった(東京都調べ)。建て替えが実施されたのは、駅の近くに立地しており容積使用率が低い、敷地面積が広く容積使用率が低いなど、条件に恵まれたものが多かった。建て替えが行われたもののほとんどは、最寄駅からの距離は500m以内、敷地面積は500㎡以上という条件のものであった。

 また、延床倍率(建て替え後の延床面積/建て替え前の延床面積)が高いものほど、還元率(持ち分の床のどの程度の割合が、建て替え後に無償で取得できるかという比率)も高くなる傾向があった。還元率が100%ならば、建て替え前と同じ床面積の住戸が、建て替え後に無償で手に入ることになる。

 建て替えのスキーム

阪神大震災で被災したマンション=神戸市で
 建て替えを行う場合には大きく分けて、①全員の同意による建て替え、②区分所有法の建て替え決議による建て替え(区分所有者の5分の4の賛成が必要)、③都市再開発法による法定建て替えの三つがある。阪神大震災発生前までに行われた建て替えは、全員同意(①)と同潤会アパートに適用された市街地再開発事業による法定建て替え(③)などであり、②が使われることはなかった。市街地再開発事業とは、老朽化した低層建築物が密集した地域について、敷地を共同利用して中高層化し、街路やオープンスペースも含めて再開発を行うものである。②は阪神大震災の被災マンションで初めて使われた。

 さらに①、②の方式の場合は、建て替え事業を区分所有者が「自主」で行うか、他者と「共同」で行うかによって二つに分けることができる。自主は、区分所有者自らが資金調達して建て替えを行うものであり、共同は、デベロッパーなど他の事業協力者ととともに建て替えを行うというものである。これまでの事例では、自主的に行ったのは極めて稀であり、ほとんどがデベロッパーなどと共同で行う方式が採られている。その際使われるのが、等価交換方式と呼ばれる方式である。

 等価交換方式とは、区分所有者が土地持ち分を出資し、デベロッパーなど事業協力者が建設資金を出資して、完成建築物の占有面積をそれぞれの出資比率で取得し、事業協力者はその持ち分を分譲するというものである。この方式では、通常、建て替え後には建て替え前を大きく上回る床面積を確保できるよう計画され、従前の区分所有者には建て替え前と同等以上の床面積を付与した上、余剰部分(保留床または余剰床)を分譲することで、建て替え費用とデベロッパーの利益が賄われる。これにより、従前の区分所有者は追加負担なしで建て替えることでき、デベロッパーも分譲利益を得られるというメリットがある。好条件のケースでは、還元率を100%以上にしても、デベロッパーは利益を確保することができる。

 デベロッパーとの共同事業には、マンション建替え円滑化法の枠組みで行われる場合もある。建替組合を設立するに際し、デベロッパーが参加組合員となり、マンションの土地持ち分を取得する、または組合の保留床を買い取ることでデベロッパーがその対価として組合に資金を拠出するという形である。このように、円滑化法により組合が事業を実施する場合でも、実際には、デベロッパーと協力して保留床を売却する形で、事業費の大半を賄っているケースがほとんどである。

 このように、現実にはデベロッパーなどの協力が得られなければ、建て替えは難しい状態になっている。デベロッパーは、一定の利益が期待できる限りにおいて、事業リスクを負担して建て替えに参加する。しかしその際、当然のことではあるが、デベロッパーの意思決定は、老朽化が著しく建て替えなければ生活に支障を来すなどという住民側の事情とは無関係である。デベロッパーは善意で建て替えに協力するわけではなく、すべての老朽マンションがデベロッパーの要求水準を満たすわけではない。デベロッパーの協力が得られなければ、住民が自力で建て替えを行うしかないが、その場合には資金面の問題のほか、誰が事業のリスクを負って、建て替えを進めるかという深刻な問題が生じる。

 必要な容積率割り増しの試算

 現実には、容積率をアップして保留床を売却できるという条件が満たされ、デベロッパーが事業リスクを取るのでなければ、建て替えにはかなりの困難を伴う。では東京では、実際どの程度容積率を上乗せすれば、保留床の分譲によって建て替え費用を賄う形で、建て替えできるのだろうか。筆者はかつて一定の仮定をおいてその試算を行ったことがある。

 試算の考え方は以下の通りである。築後30年以上のマンションを建て替えるに当たって、デベロッパーと共同で事業を行い、保留床の分譲によって建て替え費用とデベロッパーの利益を賄うものとする。区分所有者は現在以上の床面積を取得できるものとする。保留床の分譲による収益が建設費用を上回れば、区分所有者にとっては無償で建て替えができる計算になる。

 保留床を設けるためには、建て替え後に、マンションの容積率を増やす必要が生ずる。マンションの容積率を建て替え前よりどれだけ増やせば、建て替え費用とデベロッパーの利益を賄うことができるかを計算し、東京都内の区ごとに集計した。区によってばらつきはあるが、容積率を従前の1.6~2.8倍にしなければ、建て替え費用及びデベロッパーの利益を賄うことができないという結果が得られた。このように、床面積を新築マンションの平均並みに増やした上で、区分所有者の負担なしで建て替えを行うとすると、大幅な容積率の割り増しが必要になることがわかる。

 もっともこの結果は、還元率、建設費用、デベロッパーの利益率、保留床の売却価格の想定によって大きく異なってくる。しかし、ほとんどの住民の同意を得て建て替えをスムーズに行うことができるのは、床面積が増えた上、建て替え費用も無償であるという条件が満たされた場合と考えられる。

 既存不適格物件の存在

 初期のマンションは容積率に余裕を持って建てられていたため、容積率を大幅に割り増すこともできたが、最近時点になればなるほど、容積率には余裕がなくなっている場合が多い。また、そもそも既存不適格になっているマンションも少なくない。既存不適格とは、建設された時点では合法だったが、その後の法改正により、現在の基準に合わなくなったものである。東京都内の民間の物件では、既存不適格物件は、70年以前の建設で67%、71~75年の建設で65%もある。

 さらに問題になるのは、仮に容積率を大幅に増やすことができたとしても、保留床を確実に分譲できるかどうかである。これについては、立地条件に大きく左右される。マンションの新規購入者の立場になれば、新築マンションがどんどん分譲されているのに、あえて建て替えマンションの保留床を購入するとしたら、やはりよほど条件の良い物件でなければ考えにくいであろう。実際、最近の建て替え事例も都心部の好立地のものがほとんどである。

 さらにタワーマンションの場合は、仮に将来的に、建て替えを行う場合でも、容積率はすでに目いっぱい使っていると考えられるため、より多くの住戸を造り、その売却によって建て替え費用を賄うというスキームは使いにくい。おそらくは、その敷地に価値があって、周辺街区と一体化した再開発が行われる場合に、建て替えの可能性は出てくるが、人口減少が本格化する中、そのような大規模な開発に果たして需要がついてくるのかという疑問もある。(次回につづく