米国は原発同士で融通し合い、助け合うが、日本は……
2016年03月30日
日本にある商用の原発はすべて、もとはといえば、米国から導入した技術でできている。日本で初めての炉心溶融事故を起こしたのも、米国の原子炉メーカー、ゼネラル・エレクトリックが開発した沸騰水型原子炉を備えた福島第一原発だった。
ところが、今、福島原発事故を受けての原発安全策が、日本と米国とで大きく異なっている。福島第一原発の事故から何を学ぶか。そして、将来起こるかもしれない原発事故に何をどう備えるか。それが大きく違うのだ。
そのメンフィスの国際空港から8キロほどの、かつては陸軍の物流拠点があった広大な土地に、米国の電力各社が共同で運営する緊急事態対応センター(National SAFER Response Center)の倉庫がある。
広さ7400平米の倉庫に入ると、赤、黄、青と色とりどりに塗り分けられた様々なポンプや発電機が約50台のトレーラーに縛り付けられ、それがずらりと並んでいる。
米国に約百基ある原発のどれかが重大事故に陥りそうになったとき、発電所の要請に応じて、これらの機器の出番となる。3時間以内にすべてのトレーラーがこの倉庫から出発する。
空路を使うときは、メンフィス国際空港にあるフェデックスの中継拠点スーパーハブに直接向かう。米国の空港の中で貨物取り扱い量が最も多く、貨物輸送に地の利がある。
機器はいずれもMD11貨物機に収まるサイズになっている。機器の大きさや重さは事前にフェデックスの担当者によって把握されており、機内のどの場所に置くかまで計画が練られている。
原発に通じる道路が寸断されている場合には、ヘリコプターで輸送する。そのため、機器はすべて、ヘリの能力に合わせて4トン弱より軽い。ヘリでつり上げられるように機器の上端部にフックがあらかじめ取り付けられている。民間のヘリコプター会社と契約を交わしているが、いざというときには、州政府と国防省にもヘリの出動を要請する。
24時間以内に全米のすべての原発に到着できる計画だ。
これらの機器が出動するときには、フランス系の原子力メーカー、アレバの技術者5人が現場に駆けつけて合流し、機器の起動を手伝う。70人余がふだんは別の仕事をしながら、24時間態勢で呼び出しに応じられるように交代でシフトを組んでいる。
もっとも注目すべきことは、全米の原発で同じ機器を使えるようにするため、電源やホースの接続口を同じ大きさと形に標準化し、それに合わせて各原発で接続口を改修したことだ。各社、「この接続口が必要だ」とか「このサイズのホースだ」とか、それぞれ異なる希望があったが、時間をかけて標準をまとめあげたという。その結果、各原発は、2カ所の緊急事態対応センターだけでなく、全米に約60ある他の原発からも機器の融通を受けることができるようになった。
こうした対策は、福島第一原発事故の教訓から、米政府の原子力規制委員会が外部支援を充実させるよう電力各社に要求し、それに応えるため米国の原子力業界が考案した。
業界では「多様で柔軟な対処戦略」という意味を込めた造語「フレックス(FLEX)」で呼びならわしている。
福島事故発生の翌年の2012年3月、米政府の原子力規制委員会が、第1層、第2層、第3層に分けて、新たな安全対策を2016年までに備えるよう各原発に義務づけた。第1層は各原発にもともとある非常用設備。第2層は各原発の構内に新たに備える移動可能なポンプや発電機。第3層は原発の外に置いておく同様の機器。防護を多層にしようという思想にもとづく。
このうち「第3層」の義務づけに応じるために原発各社が集まってグループをつくり、2012年10月、メンフィスとフェニックス2か所に緊急事態対応センターをつくる方針を決めた。その際、米国の原子力エネルギー協会のアンソニー・ピエトランジェロ上級副理事長は「これによって、おそらく、私たちの原子力産業の防護は世界最高水準になるだろう」と述べた。
「状況がどのようになるか分からないときに、炉心を冷却し、格納容器の健全性を維持し、使用済み燃料プールを冷やすという3つの機能を満たすためには、多様性と深層防護が大切で、どれだけ多くの異なる電源があるか、どれだけ多くの異なる給水手段があるかがそのカギになります」(The diversity and defense in depth comes into play for how many different sources of power and how many different sources of water you can put together, to fulfill those three functions, when you don’t know what the circumstances are going to be.)
「私たちは二つの緊急事態対応センターを持っていますが、私たちは同時に、同じ機器を提供する60の発電所を持っています。従って、多層の防護があります」(We say we have two national SAFER response centers, but we have 60 other sites that provide the same equipment, as well. So, there’s lots of layers of defense.)
米原子力規制委員会のスティーブン・バーンズ委員長は、福島事故5周年を前にした今月8日、講演の中で緊急事態対応センターに触れ、「最良の革新だ」と賛辞を惜しまない。
日本にはこうした緊急事態対応センターはない。
ポンプ車や電源車について、日本の原発は福島事故の後、発電所の外ではなく、発電所の敷地内に数多く急ピッチで備えつつある。その数は、アメリカの原発が敷地内に備えているポンプや発電機など「フレックス」機器をはるかに上回っている。たとえば、東京電力の柏崎刈羽原発には42台の消防車があり、視察した米国の原子力業界関係者が「東京消防庁が新潟に引っ越ししてきたのか」と驚くほどだ。これはもちろん、福島第一原発事故の教訓を受けての配置だ。
東日本大震災発生当時、福島第一原発には3台の消防車が備えられていた。しかし、その3台のうち、事故発生当初、原子炉注水に使えたのは1台だけだった。残り2台のうち1台は地震によって構内道路が壊れたり津波のガレキがあったりして移動できず、もう1台は津波で故障してしまったからだ。20キロ南の東電広野火力発電所に大型消防車があり、福島第一への投入が検討された。しかし、石油コンビナート等災害防止法で「備え付けなければならない」と義務づけられた1台だけだったため、見送られた。この結果、福島第一原発は、首都圏など遠方から消防車の応援を仰がなければならず、その手配や移動に時間がかかり、肝心な時期に必要な数の消防車を確保するのに失敗した。
外からの支援の遅れが原子炉注水の遅れの原因となり、事態を悪化させた福島事故の教訓から、日本の原発は、外部からの応援には頼らず、原発構内にあらかじめ多数の消防車を準備しておくことにした。
とはいえ、2011年3月11日に発生した地震や津波は、福島第一原発1~5号機の電源を喪失させただけでなく、それと同時に、同原発構内にあった3台の消防車のうち2台を使用不能にした。つまり、原発敷地内の機器は原発と一緒に被災して同時に使用不能になるリスクがある。
これは消防車に限った話ではない。福島第一原発ではディーゼル発電機や配電盤、直流電源など非常用電源の機器がすべて建屋の1階または地下にあったために、津波による浸水という単一の事象で軒並みすべて使用不能になり、1、2、4号機が想定外の全電源喪失に陥った。それが事故拡大の最大の原因だった。福島第一原発事故は、安全確保に重要な機器の「場所」の「多様性」を確保することの重要さを私たちに教えてくれた。
だから、共通の原因で軒並み同時に使用不能になるリスクを最小化するために、安全確保に重要な機器はできるだけ広く分散して配置し、その場所を多様にしなければならない。それらもまた福島原発事故の貴重な教訓だった。米国はそれに学び、発電所の中だけでなく、外にも分散して機器を配置し、それらからの支援を迅速に受けられるように努めている。一方、日本は逆に、外部支援なしでもやっていけるようにしようという道を選び、それに固執しているように見える。
同じ福島原発事故から日米は相異なる教訓を見い出した格好だ。
2015年10月30日、東京大学の本郷キャンパスで開かれたセミナーで、原子力規制委員会の更田豊志委員長代理は、日本の原子力業界関係者らを前に米国と同様の仕組みの導入を「けしかけ」た。
「フレックスアプローチは、規制に要求される前に、ぜひ事業者の自主的活動として高らかに打ち出したらどうですか。規制に要求されて、やるのは格好よくないし、だいたい米国だって、電力が提案したわけで。ぜひ、これは、けしかけているわけですが」
米国の原子力エネルギー協会のピエトランジェロ上級理事長も「私が思うに、日本は小さい国土なのですから、(米国以上に)お互いに助け合うことができます」と指摘する。
しかし、今のところ日本の電力業界はこうした仕組みを導入するつもりがないらしく、具体化への動きは見えない。会社を超えて非常用発電機やポンプを融通し合うことで、安全策を多層化しようという発想が見られない。ある電力会社の広報担当者は「ポンプ車や電源車については、他の電力会社との接続性は考慮していない」と断言する。そもそも、同じ電力会社の中でさえ、原発同士のポンプなどの融通の準備が十分になされているとは言い難い。
ある電力会社の事務系幹部は、法規制で要求されている数のポンプ車や電源車を発電所構内に備えておく義務があり、それらをほかの発電所に応援に出すことは社内であってもできないと言う。会社が違えば接続口が異なるなどの事情があり、会社を超えて機材を融通しあうのは難しいと指摘する声が根強くある。
九州電力の原発では、福島事故後に新たに配備した電源車やポンプ車にナンバープレートがない。公道に出るときにはナンバープレート取得済みのトラクターヘッドに交換すると九電は説明するが、そのトラクターヘッドが社内には配備されていないという。これでは、九電の川内原発で万一があったときに、同じ九電の玄海原発からポンプ車を派遣しようとしても、余分の時間がかかってしまうだろう。もちろん、他の電力会社の原発へのポンプ車などの支援は基本的に想定外で、「要請があれば状況を踏まえ検討する」ということになっている。
メンフィスの緊急事態対応センターを案内してくれた責任者のデビッド・クローリーさんは次のように話してくれた。
「私たちの文化は多様性を受け入れます。日系人であれ、白人であれ黒人であれ、男であれ女であれ、たとえ意見が違っていても、それでも尊敬され、耳を傾けてもらえます」
メンフィスの緊急事態対応センターは、万一、日本で再び原発事故が起きたときに何らかの支援をしてくれるだろうか。クローリーさんにそう尋ねると、前向きな返答があった。
「米国の業界の原子力本部長クラスの判断になりますが、もし仮に福島のような事故が再び起きれば、私は、『こんな機器があるぞ』と言いながらフェデックスで日本に飛んでいく可能性が高いと思います。日本の原発で起きたことはアメリカの原子力業界にも影響を与えます。福島の事故の結果、米国の原子力産業は数十億ドル(数千億円)を費やしました。私たち業界はみんな一緒なんです」
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