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ICIJの前事務局長 「国際化した悪い奴らに記者もキャッチアップする必要」

世界にまたがる調査報道記者ネットワークをつくる
「ウォーターゲート世代」のベテラン記者にインタビュー

 

 「パナマ文書」の報道で話題になっている「国際調査報道ジャーナリスト連合」(ICIJ)の事務局長を2008~2011年に務め、今は「グローバル調査報道ネットワーク」(GIJN、Global Investigative Journalism Network)の事務局長を務めるディビット・カプラン氏に2013年6月にインタビューした。カプラン氏が語った内容を以下に再録する。カプラン氏は、ニュース週刊誌「USニューズ・アンド・ワールドリポート」の記者を務め、『ヤクザ ニッポン的犯罪地下帝国と右翼』などの共著書があり、日本にも詳しい。(聞き手・構成=奥山俊宏)

▽この原稿は朝日新聞社ジャーナリスト学校発行の月刊誌『Journalism』2013年9月号に掲載されたものです。

▽関連リンク: グローバル調査報道ネットワークのウェブサイト

▽関連リンク: 国際調査報道ジャーナリスト連合のウェブサイト

▽関連記事: 租税回避地の秘密ファイル 2.6TB 流出 露大統領周辺の資金の流れも

▽関連記事: 米国で広がる非営利の報道 ジャーナリズムの危機への処方箋として

 

■世界に広がる調査報道

ICIJの事務局長に就任して間もないころのディビット・カプラン氏=2008年5月16日、ワシントンDCで
 この10年、世界で調査報道が爆発的に広がってきている。インターネットなど技術の発達、グローバル化、冷戦の終結などの要因があいまって大きな変化を生じさせている。調査報道の国際化がどんどん進んできている。

 現在(2013年6月当時)、世界には、調査報道について実践や教育・訓練、啓蒙を手がける非営利組織が115ある。このうちの大部分は10年前には存在しなかった。アフリカ、ネパール、フィリピン、パキスタン、ラテンアメリカで、彼らは今や、民主主義と透明性のための戦いの最前線にいる。韓国にも調査報道センターができた。

 彼らは、非常に厳しい環境で、場合によっては暴力にもさらされる環境の下で働いている。にもかかわらず、彼らをサポートする仕組みがない。米国や日本には調査報道のしっかりしたコミュニティがあるが、発展途上国、あるいは、民主化の途上にある国々、抑圧的な政府のある国々では、助けが必要だ。世界中で調査報道がさらに広がり、それらが持続可能となるためには、グローバルな機関が必要だ。我々は今、それをつくるための作業に取り組んでいる。

■取材・報道の技法を向上させる
 ジャーナリズムの研究開発部門

 調査報道記者・編集者協会(IRE、1975年発足。事務局は米ミズーリ州コロンビアのミズーリ大学ジャーナリズム大学院に置かれている)は、調査報道のための非営利組織の中でも、もっとも古く、もっとも大きい。取材の技法に関するトレーニングのレベルが極めて高い。ほかの分野で用いられるデータ分析やビジュアル化、フォレンジック(法科学・鑑識)の技術を採り入れ、個人や大組織の背景をどのように探るか、国際的なカネの流れをどう追いかけるかを議論している。

 調査報道のスキルは一般の日々の報道とは少し異なっている。どのように端緒を得て、何に注目して、どのようにインタビューを進め、データや文書をどのように用いるか。どちらかといえば、社会科学のアプローチに似ていて、プロの調査官や捜査員、情報分析官、文化人類学や社会学の学者の手法に近い。したがって、これらのスキルは一朝一夕に得られるのではなく、多くのトレーニングが必要で、テクニックを学ぶための歳月を要する。

 我々は2001年、世界中の調査報道ジャーナリストに呼びかけてコペンハーゲン(デンマーク)で大会を開き、2003年に2回目を開いた。30か国から参加者があった。我々が考えたのと同じように、みんなが同じことを口にした。「この手法を使いたい」「このテクニックをより良くするのに貢献したい」と。その年、緩やかなネットワーク型の組織として、グローバル調査報道ネットワーク(GIJN)は発足した。

 2年前にウクライナのキエフで開いた7回目の大会には40の組織から参加があった。GIJNに事務局をつくることを決めた。現在、GIJNには40か国にある90の組織が加入している。

 これは今やグローバルなムーブメントだ。調査報道の非営利組織だったり、教育・訓練の組織だったり、記者の協会だったり、そういうものをつくりたいというグループから毎週のように私のもとに相談が寄せられている。これはまだ始まりに過ぎない。とても刺激的だ。

ディビット・カプラン氏=2013年6月21日、米テキサス州サンアントニオで
 日本からの加入はない。私の理解では、日本には、調査報道のための非営利組織がない。営利企業の加入を認めるべきかどうか議論はあったが、我々としては、教育の側面を重視したいと思い、プロのための協会などはいいのだが、営利企業の加入は見送らせてもらっている。

 この(2013年)10月12日から15日にかけてブラジルのリオデジャネイロで8回目のGIJNの大会を開く。ここへの参加は、営利企業も含め、だれでも大歓迎だ。百の国から千人の参加が見込まれていて、世界中の調査報道記者と交流できる。最新の手法や技術を学べる。我々はIREの影響を色濃く受けていて、データジャーナリズムに関する集まりも40ほど用意するつもりだ。

 データジャーナリズムは今や極めて人気が高いが、それにはルーツがある。それを始めた人たちがIREにはいる。調査報道というのは、ジャーナリズムにとってはいわば研究開発部門にあたるもので、ブラント・ヒューストン(元IRE事務局長)やスティーブ・ドイグ(アリゾナ州立大学教授で元新聞記者)らが「取材や報道にコンピューターをどのように使えるだろうか」と言っていたのは1980年代のことだ。ヒューストンが著書「コンピューター支援報道 実践ガイド」の初版を出したのは1990年代のことだ。「コンピューター支援報道」(CAR)はデータジャーナリズムの古い呼び名だが、彼らは今は教育・訓練に取り組んでいる。そして、新しい世代の人たちがそれを追っている。我々のベンチには良質の講師陣が控えている。

■ウォーターゲート世代の
 ベテラン記者の一人として今は

 私は「ウォーターゲート世代」の人間だ。

 ウォーターゲート事件が起きたころ(1972年)、私は大学生だった。1960年代の公民権運動や反戦運動の影響を受け、理想を夢見て、世の中を変えたいと思っていたときに、二人の若い記者が世界最大の権力者であるアメリカ大統領をその座から引きずり下ろすのを目の当たりにした。よし、ジャーナリズムをやろう、と思った。より良い社会、より良い民主主義、そして、より高い透明性に貢献しようと考えた。何千人もの学生がジャーナリズムを学び、私もその一人だった。

 そして現在、みんな去ってしまった。仕事がないから。

 私は以前、USニューズ・アンド・ワールドリポート誌の調査報道班のチーフだった。タイムやニューズウィークとともに3大誌と呼ばれていた。200万の購読者がいて、1千万の読者がいた。ところが、今やUSニューズはインターネット版の病院や大学のガイド誌になり下がっている。ニューズウィークもネット版のみになった。USニューズは2007年にすべての調査報道記者とおさらばした。私のかつての職はもはや存在しない。

 30年以上、調査報道ジャーナリストをやってきた。国境を越えて働いてきたし、IRE(調査報道記者・編集者協会)のトレーナーとして、ほかのジャーナリストのための教育や訓練にも携わってきた。私のキャリアの中で現時点では、グローバルなコミュニティを強めるのに貢献したいと思った。

 犯罪者たちははるか昔から国際化していて、国境を簡単に越えてカネやヒトを移動させている。ジャーナリストも、そういう悪い奴らにキャッチアップする必要がある。