2016年06月08日
西村あさひ法律事務所
弁理士・弁護士 濱野敏彦
改正前の営業秘密に関する不正競争行為は、いずれも営業秘密自体の取得、使用又は開示に関するものであった。
しかし、営業秘密の侵害行為に対する抑止力を向上させるためには、実際に生産された製品の第三者による販売を禁止することによって、侵害行為が割に合わないものとなるような制度的環境を構築することが望ましい。そこで、改正法では、新たな不正競争行為として、技術上の営業秘密の不正使用行為により生産、製造等された物を譲渡等する行為が追加された。
具体的には、技術上の営業秘密の不正使用行為により生産、製造等された物を譲渡等する行為が、新たな不正競争の類型として追加された(法2条1項10号)。もっとも、①この規定では対象となる営業秘密が技術上の営業秘密に限定されているために、顧客名簿等の営業秘密には不競法は適用されない。また、②取引安全等の観点から、対象となる物を譲り受けたときに、その物が技術上の営業秘密を不正使用したことによって生産等されたものであることを知らず、かつ、知らないことについて重大な過失がない場合には、譲受人に不競法は適用されない。
なお、上記の新たな不正競争行為の類型に該当する行為を行った場合には刑事罰も科されるが、刑事罰を科すためには、①技術上の営業秘密の不正使用行為により生産、製造等された物を譲渡等する行為が「不正の利益を得る目的」又は「その保有者に損害を与える目的」に基づくものであることが必要である点、及び、②譲渡等する物が不正使用行為により生じたものであることを知っていることが必要である点が、民事上の責任が発生する場合と異なる。
(1) 改正の趣旨
営業秘密侵害訴訟の局面では、原告は、被告が原告の保有する営業秘密を不正に取得し、不正に使用したこと(使用していること)を立証しなければならない。しかしながら、これらの行為は秘密裡に行われることが多いために、原告がこれらを立証することは容易ではない。特に、使用行為については、証拠が被告側の方に偏在することが一般的であるため、原告が被告による不正使用を立証することは極めて困難である。
そこで、一定の場合には、被告の不正使用を推定する規定が新たに設けられた。
(2) 法5条の2の推定の要件
具体的には、原告が、以下の1~3の全てを立証した場合には、被告による物の製造に原告の営業秘密が使用されたことが推定される。
(3) 被告側の反論
被告側は、法5条の2による推定を阻止するために、上記1~3のいずれかの事実がない旨の反論をすることができる。
また、法5条の2の推定がなされた場合であっても、被告側は、被告は原告の営業秘密を使用しておらず、被告の独自技術を用いて物が生じていることを立証できれば、責任を免れることができる。しかし、このような反論を行う場合、被告が独自に開発した技術の内容を説明せざるを得ず、その結果として被告の営業秘密を開示しなければならなくなるという問題が生ずる。そこで、このような場合には、被告の営業秘密が開示されることによる問題を回避するため、実務上、(i) 裁判所から秘密保持命令(当事者等、訴訟代理人又は補佐人に対し、その営業秘密をその訴訟の追行の目的以外の目的で使用し、又はその営業秘密を秘密保持命令を受けた者以外に開示してはならない旨の命令)を発令してもらうこと、又は(ii) 原告との間で秘密保持契約を締結することにより、第三者への開示、その営業秘密が記載された準備書面、証拠を閲覧することができる者を法務部に所属する者に限定する(原告の技術者には閲覧を認めない)ことを約すること等の対処が必要となる。
(4) 中途採用に関する注意点
一旦、法5条の2による営業秘密の不正使用の推定がなされると、被告側がその推定を覆すことは容易ではないと思われる。そこで、万が一、他社から営業秘密侵害訴訟を提起された場合でも、法5条の2の推定を及ぼされないようにするために、実務上は、特に中途採用者から他社の営業秘密を取得してしまうことがないように注意することが重要である。
具体的な対策としては、中途採用者の採用面接時に、前の勤務先での業務内容、前の勤務先との間の秘密保持契約の有無等について確認し、採用する際には、前の勤務先の営業秘密の侵害行為を行わないこと、及び、前の勤務先との関係で秘密保持義務を負う情報を開示しないことを規定した秘密保持契約を締結することが有益である。具体的な行為は多岐に亘るが、特に、中途採用者から前の勤務先の資料の提供を受けると、不競法違反とされる可能性が高まる(従業員は、不競法違反のみならず、前の勤務先との間の秘密保持契約違反にも問われる可能性も高まる)ため、中途採用者に対して、前の勤務先の資料は一切提供してはいけないことを十分に説明し、納得させることが重要である。
本改正までは、営業秘密の不正使用行為の開始から10年以上経過した場合には、侵害の停止又は予防を請求することはできないこととされていた。また、損害賠償請求の対象となる期間が、差止請求ができる期間内に制限されているため(4条)、営業秘密の不正使用行為の開始の時から10年以内に生じた損害の賠償しか請求できないこととされていた。
しかし、事案によっては、営業秘密の侵害の時点から長期間が経過した後に事実が発覚し、その後も侵害行為が継続している場合もある。
そこで、本改正により、不正使用行為の開始から20年以内であれば、侵害の停止又は予防を請求することが可能となった。その結果、営業秘密の不正使用行為の開始から20年以内に生じた損害についても損賠賠償請求が可能となった。
(1) 転々流通した企業情報の転得者(法21条1項8号)
本改正により、新たに営業秘密の三次以降の取得者であっても、不正に開示されたことを知って故意に営業秘密を使用又は開示する行為が処罰されることになった。
本改正までは、営業秘密の不正取得者(一次取得者)及びその一次取得者から直接にその営業秘密を不正に取得した二次取得者による使用・開示のみが処罰対象とされていた。しかし、高機能携帯情報通信端末の普及、クラウドコンピューティングサービスの利用の拡大等に伴い、特に電子情報が転々流通していくリスクが増大している。そこで、改正法では、三次以降の取得者についても、不正開示行為が介在したことを知っている場合には、処罰対象とされることとなった。
(2) 企業情報窃取等の未遂行為(法21条4項)
本改正までは、営業秘密侵害罪の未遂行為は処罰対象とされていなかったが、本改正により、営業秘密の窃取、転売等の未遂についても刑事罰の対象となり、保護が強化された。
インターネットを介した外部からの情報窃取行為は、年々、巧妙化してきている。また、電子データは一旦取得されれば、容易に拡散してしまうという特質を有している。さらに、企業においても、営業秘密を電子データで保存することが多くなってきている。そのため、インターネットを介した外部からの情報窃取行為により、企業に甚大な被害が生じるリスクが増大してきている。そこで、改正法では、未遂行為をも処罰の対象とすることにより、営業秘密の保護を強化した。
なお、未遂行為が処罰対象となったことにより、実際上、営業秘密侵害行為の立証が行いやすくなったように思われる。近時のコンピュータ・ウィルスの中には、感染しても感染したことを検知しづらいタイプのものが増えており、ウィルスの感染に気がついたときには、すでに何かの情報が外部に流出してしまっているにも拘らず、流出した情報が何であったかすら分からない場合も多い。そのため、営業秘密侵害罪につき、処罰の対象が既遂行為のみにとどまっていると、セキュリティを破って情報窃取者が社内システムに入り込んだことまでは分かったとしても、実際に漏洩した情報が何であるかを特定することができないために、不正取得を立証することができず、営業秘密窃取行為を処罰できないことになりかねない。これに対して、未遂行為についても処罰対象とすれば、セキュリティを破って社内システムにアクセスしたことさえ立証できれば、処罰できる可能性が生まれるため、営業秘密の保護が実際上強化されることになる。
(3) 海外保管情報の窃取(法21条6項)
本改正までは、日本国内において管理されている営業秘密については保護が及ぶことが規定されていたものの、日本企業が海外で管理する営業秘密に対する侵害行為については、不競法による処罰対象となるか否かが必ずしも明らかではなかった。
しかしながら、日本企業のグローバルな事業展開が加速しているため、日本企業が海外で営業秘密を管理することも多くなってきている。また、以前は、日本企業は日本国内のサーバで営業秘密を管理することが一般的であったが、近時のクラウドコンピューティングサービスの普及に伴って、日本企業がかかるサービスを利用して営業秘密を保管している場合、当該サービスで利用するデータセンターが海外にある場合には、営業秘密侵害行為を処罰できない可能性があった。
そこで、本改正により、日本企業が海外で管理する営業秘密についても不競法による保護の対象とされることになった。これにより、日本企業が日本国内において管理する営業秘密の海外における使用・開示のみならず、日本企業が海外で管理する営業秘密の取得・使用・開示が、不競法による処罰対象とされることとなった。
なお、日本企業自らやその外国支店が海外のサーバで管理している営業秘密には本規定による保護が及び得るが、日本企業の外国子会社が独自に保有している営業秘密については、本規定による保護は及ばない点に注意する必要がある。
(1) 罰金額の引き上げ・海外重課
本改正により、罰金刑が重罰化された。また、①海外における使用を目的とした営業秘密の不正取得、②海外の者に対する開示、③海外における営業秘密の不正使用といった一定の行為については、原則よりも重い法定刑とする、いわゆる「海外重課」が導入された。
改正前 | 改正後 | |
---|---|---|
個人 | 懲役:10年以下 罰金:1000万円以下 |
懲役:10年以下 罰金:2000万円以下 |
法人 | 罰金:3億円以下 | 罰金:5億円以下 |
海外重課 | なし | あり 個人:3000万円以下 法人:10億円以下 |
(2) 没収
新日鐵住金が韓国のPOSCO社を提訴した事件では300億円、東芝が韓国のSKハイニックス社を提訴した事件では330億円が、それぞれ和解金として被告側から支払われている。これらの事案において被告側から原告側に対して多額の和解金が支払われていることに鑑みると、営業秘密の侵害者は、法人に対する罰金刑の上限である5億円以上の利益を受けている場合があるものと思われる。
そこで、営業秘密の侵害者にいわゆる「やり得」を許さないために、本改正により、営業秘密侵害によって得た犯罪収益を個人及びその所属する法人の双方から没収することができることとなった。
近年、営業秘密の保有者と、営業秘密漏洩の被害者とが必ずしも一致せず、漏洩の被害者が一企業にとどまらないケースが多く発生している。例えば、個人情報漏洩事案においては、個人情報を管理している企業のみならず、その企業が保有していた個人情報の対象者である個人も被害者であるといえる。しかし、本改正までは、営業秘密侵害罪は親告罪とされており、かつ、告訴権者は営業秘密たる個人情報を保有していた企業とされていて、漏洩された個人情報の対象者である個人は告訴権者とされていなかったため、個人情報を保有していた企業が告訴を望まなければ、侵害者が処罰されないことになってしまうとの問題があった。しかしながら、このような場合に、営業秘密侵害罪に係る刑事責任追及の可否を一企業の判断のみに委ねることは必ずしも適切ではない。
そこで、本改正により、営業秘密侵害罪は、全て非親告罪とされることになった。
以上の
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