2016年08月05日
『秘密解除 ロッキード事件
―― 田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか ――』
2016年7月22日発売
著者:奥山俊宏
岩波書店
そんな折り、奥山俊宏(朝日新聞記者)による『秘密解除 ロッキード事件』が上梓された(岩波書店)。もちろん、同書は、角栄礼賛本ではない。『内部告発の力』『ルポ東京電力 原発危機1カ月』などの労作がある著者は、米国に研究滞在中、公文書館で公開されたばかりの政府資料を読み解き、米国側から見たロッキード事件の「秘密」を明らかにしたという。
30歳以下の若い世代は、田中角栄という政治家、あるいは、ロッキード事件そのものについて、詳しく知らないかもしれない。著者と同じ齢50を迎える私にとって、前首相の逮捕は、トイレットペーパーを買い求めて主婦がスーパーに殺到したオイルショックとともに、子ども時代に体験した社会的事件であった。
また、その後の長期にわたるロッキード裁判と「闇将軍」と呼ばれた田中支配は、1980年代の日本政治史そのものである。
一審判決の日、私は、わずかな傍聴券を求めて抽せんの列に並ぶことさえ知らぬまま、高校をさぼって、霞が関の東京地裁へと向かった。偶然、社会科のY先生と出くわしたが、彼もまた授業をさぼって来ていたのだろうか。思えば、あの日は、東京地裁に行った初めての機会だった。
本書に記載された米国側の見方はあまりに興味深く、また、当時聞き慣れた登場人物の名前(児玉、小佐野、コーチャンら)が懐かしく、一気に読み通した。クラッター氏というロ社の人物もニュースによく出てきたため、倉田君は、クラス内で相当にからかわれた。
中曽根康弘自民党幹事長(当時)が、「苦しい」ので「もみけす」よう米国側に嘆願したこと、児玉が米国企業やCIAから金銭供与を受け、自民党誕生の後見人役を果たしたことなども、本書は明らかにする。
著者が、これらの事実にたどり着くことができたのは、米国国立公文書館の非公開資料が年月の経過などにより「秘密解除」されたこと(及び膨大な資料を精査した著者の労苦)の賜物である。
「評価は後世の歴史家に委ねる」
日本の政権政治家は、国民的な批判を受ける政策を強行するとき、こう強弁する。しかし、日本では、政府の内部資料が公開されることはなく、歴史家も評価のしようがない。
これに対し、米国では、公文書の秘密解除のしくみによって、歴史家(それは、現在の有権者と重なる)が検証することができる。この制度は、政治家の言動の正当性を担保し、民主主義にとって重要な役割を果たしていることに気づかされる。
事実調査能力において、メディアが劣化していると嘆くことも多い昨今、信頼しうる資料に基づき歴史的事実を解明した本書を読んで、久しぶりにジャーナリズムの良心を見た清々しい気持ちになった。取材対象との適切な距離感も好ましい。
なお、ロッキード事件に同時代で接していない読者のためにも、巻末に、日米双方の事実年表、簡単な人物説明があれば、さらにわかりやすいとは思う。(岩波書店HPの書籍紹介に略年表は掲載されていた。)
フルコースのデザートとして、本書は、「米国虎の尾論」について言及している。本書副題、田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか。田中は日本独自のエネルギー資源外交をしたために米国の逆鱗に触れたのだ、勝手に中国と国交回復したから米国の落とし穴にはめられたのだとする田中擁護論が日本政界やメディアに根付いている。
果たして、それが真実なのか、虎の尾論が持つ政治的意味を含め、ぜひ本書を読んで確認してほしい。
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