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核合意・制裁緩和後のイランビジネスと米国の対イラン制裁法

中島 和穂

 中東のイランに対して米国や欧州連合(EU)、日本が続けて来た経済制裁がこの1月に緩和されて半年あまりが過ぎた。石油資源が豊富で8千万人の人口を持つイランは日本企業にとっても魅力的なマーケットだが、一部の制裁は依然として継続している。中島和穂弁護士が、米国の対イラン制裁法の中身や法抵触リスクなどについて詳細に解説する。

 

米国による対イラン制裁法と日本企業によるイランビジネス

弁護士・NY州弁護士
中島和穂

中島 和穂(なかじま・かずほ)
 2001年東京大学法学部卒業、2002年弁護士登録、2009年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)、2009年~2010年、ニューヨークのワイル・ゴッチェル・マンジェス法律事務所勤務、2010年~2011年、三井物産株式会社法務部出向、2010年ニューヨーク州弁護士登録。
 国連安全保障理事会常任理事国及びドイツ(P5+1)とイランとの間の昨年7月の核合意(包括的共同行動計画、JCPOA)に基づき、国連、米国及びEUは、本年(2016年)1月、イランに対する制裁を大幅に緩和した。日本も、本年1月、国連などの制裁緩和に併せ、外為法上の制裁を緩和し、本年2月にはイランとの間で投資協定を締結すると共に、イラン国内で日本企業が関与するプロジェクト向けに、株式会社国際協力銀行(JBIC)、及び、独立行政法人日本貿易保険(NEXI)が、最大100億米ドル相当円(約1.2兆円)のファイナンス・ファシリティを設定することに合意した。
 イランは、技術水準や教育レベルが高く、生産拠点として魅力的であるのみならず、人口約8000万人を有しており、消費地としても高い潜在性を有している。イランビジネスに対して強い関心を示す日本企業も多い。この点、日本企業がイランへ輸出や直接投資を行う際に頻繁に問題となるのが、米国の対イラン制裁法である。本年1月の核合意に関する履行日(implementation day)の到来により、米国は、核関連の制裁を解除したが、大量破壊兵器やテロ関連の制裁を維持している。本稿は、制裁緩和後も存続する米国制裁法が日本企業によるイランビジネスに与える影響について解説する。

1. 米国による対イラン制裁法とは

 米国による対イラン制裁法は、米国が自国の外交政策・安全保障上の目的を達成するために、イランという国家や、イランの国民・企業及びそれらに関係する個人や団体に対して取引禁止や資産凍結などの措置を定めるものである。米国のイランに対する制裁は、イランによる核兵器開発の懸念が高まる中、2010年から2013年にかけて厳格化され、米国企業又は非米国企業を問わず、イランとの取引の決済を事実上不可能にするものであった。

 今回の制裁緩和の対象は、いわゆる二次的な制裁(Secondary Sanction)であり、これによって米国域外の非米国人によるイラン関連取引が可能となった。他方、一次的な制裁(Primary Sanction)は維持されている。例えば、米国人によるイラン向け取引、米国原産品をイラン向けに輸出する取引は、原則としては引き続き禁止される。つまり、米国人、米国の金融システム、米国領内での取引、米国原産品のように、米国の要素が含まれるものについては引き続き禁止されている。
 また、米国域外の非米国人によるイラン関連取引であっても、米国当局(Office of Foreign Asset Control。略してOFACと呼ばれる)が指定する個人・団体(Specially Designated Nationals。略してSDNと呼ばれる) との取引は引き続き禁止される。このSDNのリストは、米国当局のホームページで公表されている。今回の制裁緩和により400を超える人・会社がSDNリストから除外されたが、依然として200を超える人や会社がリストに掲載されている。例えば、イランイスラム共和国の軍事組織であるイラン革命防衛隊(IRGC)やその関連企業は引き続きSDNに指定されている。

2. 米国の対イラン制裁法に関する主な留意点

 日本企業がイラン向けの取引を実行する際、米国の対イラン制裁法に関連する留意点は以下のとおりである。イラン制裁法に違反すれば、罰金のみならず、米国当局から禁輸や資産凍結の対抗措置を受けるケースがあり得るため、特に米国でビジネスを展開する企業にとっては重大な問題である。

 (1) スナップバック(Snap Back)

 昨年7月の核合意(JCPOA)によれば、本年1月の履行日以降も、イランは、核の平和的利用に向けた一定の義務を履行し、P5+1(国連安全保障理事会常任理事国+ドイツ)は本年1月の制裁緩和を維持することを合意している。いずれかの当事国がこの合意に違反する場合には、核合意当事国による合同委員会や外務大臣の協議により問題の解決が図られるが、解決に至らない場合には、本年1月に緩和された制裁は復活する。この制裁の復活は「スナップバック」と呼ばれている。
 米国当局が公表したFAQによれば、復活する制裁は遡及適用しないとされており、本年1月以降の制裁緩和期間中に緩和された後のルールに従ってなされた行為について制裁を受けることはない。また、制裁が復活する場合であっても、米国当局は、企業がイランから撤退するために必要な猶予期間を設ける予定であると述べている。
 米国や欧州各国は、中東地域の安定化のためにイランが地域大国として一定の役割を果たすことを期待しており、イランも制裁により停滞していた経済を成長させるため、いずれの側も核合意の履行に向けた意思は強く、現時点でスナップバックの可能性が高いわけではない。
 しかしながら、国連や各国の経済制裁が復活する場合には、日本企業が契約上の義務を履行しようとすれば、制裁違反となる可能性があり、万が一の備えとして契約において対応しておくことは必要である。例えば、不可抗力事由(Force Majeure)の例示として、明示的に制裁の復活を含めたり、制裁の復活を契約解除事由としたりすること、現地企業への出資の場合には、制裁復活時における出資の払戻しや現地イラン企業による買取義務等を規定しておくことが考えられる。

 (2) SDNチェック

 既述のとおり、本年1月の制裁緩和以降も、日本企業を含めた非米国人がSDNと取引することは、米国の経済制裁法上禁止されている。また、SDNのみならず、SDNが株式を50%以上保有していたり、実質的に支配していたりする企業との取引も禁止されている。
 SDNのリスト自体は米国当局のホームページに掲載されているが、取引の相手方のみならず、相手方の役員や株主等の経営を支配する者がSDNのリストに掲載されていないかを確認する必要がある。
 方法としては、①取引の相手方から任意に情報の開示を受ける②国際的な企業情報調査会社を起用して調査する③インターネットなどの公表情報から調査する④取引の相手方との契約上、SDNではないことやSDNに支配されていないことを表明保証させる等が考えられる。
 このSDNチェックについては、リスクベース・アプローチ、つまり、規模、回数、目的物等に応じた合理的なレベルの調査を行う必要がある。また、米国当局から調査を受ける場合に備えて、確認の過程や結果を記録として残しておくことも重要である。
 このSDNチェックに関しては、近時、米国当局(OFAC)幹部が、シンポジウムにおいて、①適切なデューディリジェンスを実施し、書面を収集している限り、結果としてイラン革命防衛隊(IRGC)のフロント企業と取引してしまったとしても摘発しない、②一次制裁違反が疑われた事件のうち、95%超はノーアクションレター又は警告文で終わり、何れも公表されることはなく、残りの5%は違反の事実認定又は民事罰などの公になる制裁が執行されるが、その中の80%超は、故意によるもの(willful)、又は、全く無頓着なもの(reckless)であった、と発言しており、大いに参考になる。

 (3) 米国人役員・従業員による関与の回避

 既述のとおり、残存する米国の対イラン制裁法は、米国人によるイラン向け取引を禁止しており、日本企業に在籍する米国人の役員や従業員による関与も禁止される。この点については、米国当局が本年6月に公表した核合意に関する追加のFAQで明らかにしており、非米国企業において米国人役員や従業員が在籍することを理由として、その非米国企業がイラン向けの取引をすることが必ずしも禁止されることはないが、米国人の役員や従業員が、イラン向け取引を一律に忌避する仕組み(blanket recusal policy)を検討すべきであると述べている。
 イラン向け取引については、米国人が関与していないことを客観的に明らかにするため、米国人をメンバーとしない部署やチーム(クリーン・チーム)を設置する等の対応が必要となる。

 (4) 米国原産品の再輸出規制(10%ルール)

 米国の対イラン制裁法は、米国原産品が米国からイランに対して輸出される取引のみならず、米国原産品が日本等の第三国からイランに対して再輸出される取引についても規制している。後者の規制は「再輸出規制」と呼ばれている。
 日本企業がイランに製品や技術を輸出しようとする場合、その原材料や元になる技術に米国原産品が組み込まれていることがあり、再輸出規制による制約を受ける。
 もっとも、この再輸出規制には例外があり、簡単にいえば、再輸出される製品の金額に占める米国原産品の合計金額の割合が10%未満であれば、再輸出規制は適用されない。この10%の計算方法は少々複雑で、貨物、ソフトウェア及び技術の3つに分類した上で、それぞれについて米国原産品の合計金額の割合が10%未満でなければならず、また、米国原産の貨物、ソフトウェア及び技術の複合品が組み込まれている場合には、その複合品の割合が10%未満でなければならないとされている。
 日本企業が新しい製品を製造して輸出する場合には、米国原産品の合計金額の割合は10%未満であるが、製品の一部が故障し、部品のみを輸出する場合に、米国原産品の割合が10%を超えてしまうということがあり得るため、十分な注意が必要である。

3. 最後に

 EU諸国やアジア諸国は、昨年の核合意以降、首脳や多数の企業トップがイランを訪問し、「最後のフロンティア市場」といわれるイランへの進出を着実に進めている。例えば、自動車業界では、プジョーシトロエングループは、イランのホドロと合弁企業を立ち上げる文書に署名したとされ、航空機では、欧州のエアバスや米国のボーイングがイラン航空との間で航空機の売買に関して合意したと報じられている(なお、米国企業による民間旅客機の輸出は、米国当局の認可が必要となるが、米国当局は、認可の審査において好意的に取扱うとの方針を公表している)。また、アジア企業でも、韓国の斗山重工業がイランにおいて海水淡水化プラントの建設を受注したと公表している。
 イランに対する制裁緩和後、このような欧米企業やアジア企業に先を越されないようイランへの進出を真摯に検討する日本企業が多い一方で、残存する米国の経済制裁法について懸念しているとの声を聞くことが多い。本稿がそのような日本企業の実務担当者の検討の一助となれば幸いである。