2016年09月29日
イランは、世界有数の石油産出国であり、約7,900万人もの人口を抱える中東の有力国である。近時、主要国における対イラン制裁が大幅に緩和され、イランビジネスに対するチャンスが大きく広がることになった。対イラン制裁の現状と、米国、欧州、日本のイラン経済制裁最新動向と今後のイランビジネスにおいて日本企業が注意すべき点について、ベーカー&マッケンジー法律事務所・中東アフリカグループ代表の伊藤(荒井)三奈外国法事務弁護士が、ベーカー&マッケンジーのワシントンDC事務所パートナーのニコラス・カワード氏、ロンドン事務所パートナーのロス・デントン氏、東京事務所の濵井宏之弁護士と共に解説する。
伊藤(荒井)三奈氏:イラン経済制裁はもともと米国によって牽引され、米国は世界で最も厳しい制裁を課してきました。JCPOAによって、まず、米国のイラン制裁はどのように変わったのかについて、見ておきましょう。
濵井宏之氏:まず、イランビジネスに関しては、従来から、国連の制裁と各国の制裁があり、これらは互いにリンクしています。日本企業がイランビジネスを行うにあたっては、日本の規制のみならず、事業が関係するそれぞれの国の規制もみていく必要があります。特に、米国の規制は特殊かつ広範であり、米国外で行われた行為に対しても域外適用されてきました。まず一番厳しい米国の規制を確認し、その上でその他の国の規制もみていくことを行っており、基本的な方向性は、JCPOA後も同様だと思います。
伊藤(荒井)三奈氏:そうですね。日本企業が米国の巨額制裁の対象となったケースもあります。米国の経済制裁で罰則を課されると、その経済的インパクトは本当に大きいリスクとなり得ますからね。さて、カワードさん、今回発表された米国の緩和措置の内容について、もう少し詳しく教えていただけませんか。
ニコラス・カワード氏:具体的には、JCPOAによってなされた緩和措置は次のとおりです。
第1に、多くの分野での核関連のセカンダリー・サンクションが緩和されました。すなわち、米国は、金融、保険、エネルギー、運輸、金属、自動車の各セクターにおけるイラン関連取引について、核活動に資するものとして、セカンダリー・サンクションを課してきましたが、それらが緩和されました。
第2に、JCPOA Annex IIのAttachment 3にリストされた400以上の個人・法人がSDNリストから除外されました。したがって、非米国人が、今後これらの者との取引を行ったとしても、制裁の対象とはなりません。
第3に、OFAC(米国の財務省外国資産管理室)により、General License Hと呼ばれるものが出されることになりました。これにより、米国人が所有・管理する非米国法人も、ライセンスを受けることで、一定のイラン関連取引を行うことができるようになりました。もっとも、General License Hを受けた場合においても、SDNリストに掲載された者との取引はできないことを含む、様々な制約が存在するため、実際にどのような業務を行うことができるかについては精査が必要となります。
第4に、Statement of Licensing Policy (SLP)が出され、OFACによるライセンスを受けることにより、米国人及び非米国人が民事・商用目的でのイラン向け航空機の輸出・販売・リース等を行うことができるようになりました。
第5に、イラン産のカーペットや食品(ピスタチオ・キャビア等)といった一定の物品を米国へ輸入することができるようになりました。
伊藤(荒井)三奈氏:こうやって見てゆくと、General License HやSLPといった米国人に対する制裁の緩和もありますが、今回の緩和措置は、主に、セカンダリー・サンクションの緩和を目的としているといってよいですね。他方で、セカンダリー・サンクションについて、一定の緩和がなされたとはいえ、それ以外の制裁措置(EAR及びITSRに基づく輸出・再輸出規制を含む)は残っています。また、非米国人が米国人に対してイラン制裁に違反した行為を行わせることは、一般に “cause violation” と呼ばれ、制裁の対象となることについても注意が必要ですね。
ニコラス・カワード氏:先程、日本企業のグローバルな展開という話がありましたが、全くその通りで、日本企業との関係でいえば、本社が日本であるとしても、その米国子会社が関与する場合、この米国子会社が制裁の対象とならないよう細心の注意を払う必要があります。
伊藤(荒井)三奈氏:今回のセカンダリー・サンクションの緩和により、非米国人である日本企業のイランにおけるビジネスチャンスはかなり広がったといえると思いますが、まだ多くの規制が残っています。今後、日本企業が主体となるイラン関連取引において、具体的にどのようなことに気を付けていけばよいでしょうか。
ニコラス・カワード氏:ご指摘のとおり、セカンダリー・サンクションが緩和されたものの、全ての制裁が緩和されたわけではありません。依然として存在するセカンダリー・サンクションにも注意する必要がありますし、プライマリー・サンクションやcause violationに対しても注意の必要があります。したがって、考慮すべき事項は多岐にわたりますが、日本企業がイランビジネスを行う前提として、特に留意すべき点は次のようにまとめられるかと思います。
第1に、米国人を取引に関与させないことが必要です。これは、日本企業の米国子会社についても同様です。既に述べた通り、米国人に対するプライマリー・サンクションが残っており、非米国人が米国人にイラン制裁に違反した行為を行わせると、cause violationとして制裁が課させることになります。したがって、日本企業が主体となる取引であったとしても、米国人を取引に関与させない必要があります。
第2に、米ドルを用いない必要があります。JCPOA後においても、イラン関連取引において、米ドルを用いて決済を行うこともできないというのがOFACの立場です。
第3に、SDNリスト掲載者との取引を行わないようにする必要があります。したがって、取引を行うに際しては、相手方がSDNリストに掲載されていないかを確認する必要があります。
第4に、輸出規制があります。非米国人であっても、米国原産の物品・技術・サービスを、米当局の事前許可を得ることなくイラン向けに輸出することや、第三国経由で再輸出することが原則として禁止されています。この例外として、米国外で外国製品に組み込まれ、組み込まれたイラン向け輸出品のうち、米国の規制対象となっている部分の価格が、外国製品全体の価値の10%に満たない場合などが定められています。例えば、日本に米国製品を輸入し、当該米国製品を組み込んだ製品を日本で製造し、この製品をイランに輸出しようとする場合、形式的には米国製品の再輸出規制の対象となることになりますが、当該米国製品の価格を分析し、上記のような例外を満たすということであれば、輸出が可能となります。
伊藤(荒井)三奈氏:米国人を関与させないということですが、日本本社に米国人の役員(取締役、CEO等)が就いておられるような企業もあると思いますが、その場合、この会社はイランビジネスを行うことはできるのか、皆さん気になっておられるのではないかと思いますが。
伊藤(荒井)三奈氏:この点は、OFACでは明確にされたのですね。社内体制の整備という観点からは、日本企業の社内体制や規則は、コンプライアンスの観点からも日本本社で管理監督されることをお勧めしているわけですが、濵井さん、その際に、我々がアドバイス差し上げる点を幾つか挙げて下さい。
濵井宏之氏:はい、これまでカワードさんも述べられている通り、米国による制裁に関しては、JCPOA後も、多くの制裁が残っており、米国企業であるか否かにかかわらず、取引を行うに先立ち、慎重に取引相手の身元確認(デュー・ディリジェンス)を行う必要があります。そして、OFACも、このようなデュー・ディリジェンスの結果を文書として残しておくことを推奨しているようです。また、日本本社において、平時から、イラン制裁に対するコンプライアンス・プログラムを策定し、社内規程を整備し、適切な社員教育を施すにあたっての助言を差し上げることが多くなっています。
伊藤(荒井)三奈氏:他に米国による制裁の関係で留意すべき点として、米国が連邦制をとっていることの特殊性と州レベルでの制裁が存在することが挙げられると思います。
ニコラス・カワード氏: ある州で活動する場合には、まずはその州の法律が適用されますので、州法にも注意を払う必要がありますし、また、法律とは違った側面のリスクもあり、例えば、イランに関与することによって米国内で批判キャンペーンや不買運動が発生する可能性もあります。また、制裁復活(スナップ・バック)の可能性があることも忘れてはいけません。もし、イランによるJCPOAの規定違反が発覚すれば、今まであった経済制裁が再び復活します。よって、イランの政治的動向を引き続き注視する必要がありますね。
伊藤(荒井)三奈氏:EUにおいては、Council Regulation 2015/1861が発効し、核関連の経済制裁が解除されました。他方で、反テロリズム関連及び人権保護関連の制裁は未だに残っていると理解しています。もっとも、米国と比較すると、通常の民間企業がイランビジネスを行う上での障害は、かなり限定されたように見えます。一方、米国と同様、スナップ・バックの可能性もあり、今後のイランの対応次第では、制裁が復活する可能性もあるわけですね。具体的に、どのような制裁緩和がなされたのか、例を挙げてもらえますか。
伊藤(荒井)三奈氏:なるほど。そうすると、EUについてはかなり規制が緩和されたといってよいですね。
ロス・デントン氏:その通りです。現状としては、米国の規制と比較すると、EUの規制は大きく緩和されているといえます。ただし、EUの規制上問題がない行為についても、米国の規制を恐れてイラン関係の取引を控えるケースがあり、特に金融機関について、そのような傾向がみられます。基本的な発想としては、最も厳しい米国の規制について確認し、その上で、関係する個々の法域(ジュリスディクション)についての検討を行うことが多いと思います。
伊藤(荒井)三奈氏:さて、最も厳しい経済制裁を課している米国と、今回かなりの緩和措置をとった欧州について見てきましたが、日本に目を向けてみると、大半のイラン経済制裁が解除されており、一部の制裁のみが残っているという印象を受けます、例を幾つか挙げてもらえますか。
濵井宏之氏:はい、例えば、①イランの核活動等に関与する者に対する資産凍結等の措置、②イラン関係者による本邦の核関連企業への投資禁止の措置、そして③イランの核活動等及び大型通常兵器等に関連する活動に寄与する目的で行われる資金移転防止の措置がまだ残っており、また、原子力供給国グループ(NSG)ガイドラインの規制品目等のイランへの移転についても、引き続き規制がなされています。
ニコラス・カワード氏:確かに、米国の制裁はまだその多くが残っており、多くの企業が慎重な姿勢をとっているのが実情です。そして、セカンダリー・サンクションが緩和されたとはいえ、米国人を介在させない、米ドルを用いないなど多くの制約はあります。しかしながら、経済制裁が解除される前は全ての取引が禁止されていたことに比較すると、特に日本企業をはじめとする非米国企業のイランへのビジネスチャンスは確実に広がっているものといえると思います。
伊藤(荒井)三奈氏:そうですね。これまでに、具体的な事業計画をもってご相談に来られた日本企業さんへは、大抵の場合、カワードさんのチームを含め、事業計画や商流のここをこうすれば大丈夫だ、といったような前向きなアドバイスをして下さっています。これは、これまで魅力あるイラン市場を遠巻きに見るしかなかった日系企業にとっては心強い限りですね。
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