2016年10月31日
アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 鼎 博之
1 はじめに
その後、日本に帰国し、渉外事務所に所属して、シリコンバレーのIT系企業の日本進出などのインバウンド投資を多く経験し、同時に、日本企業による海外企業の買収案件を手がけ、最近はタイや台湾の企業買収案件を扱うようになった。
このような経験を踏まえて、北米、欧州という先進国におけるM&Aとアジア新興国におけるそれに一定の相違があるのではないかと感じるようになった。そこで、私なりに国際交渉における東西文化比較考をまとめてみたいと思った次第である。
2 欧米における経済合理性の追求
そのような経済状況下で、ニューヨークの名だたる高層ビルが次々と日本の投資家に売却されていった。私が法律事務所のアソシエイトとして関与した案件は、ある日本の生命保険会社が依頼者で、マディソン街に面した80階を超える高層ビルのオーナー会社に対して発行済み株式の過半数の株式に転換可能なモーゲージローンを設定する事案であった。来る日も来る日も、私を含めたアソシエイトの5人くらいが投資対象会社の会議室に集合し、朝から晩まで、テナントとの賃貸借契約書、各種サービス契約書を点検してデューデリジェンスレポートにまとめるという作業に従事した。
3 台湾台北のM&A(ホテル売却)案件にみる義理と人情の世界
ごく最近、民進党の代表に蓮舫氏が選出された。報道された情報によれば、蓮舫氏の祖母は、1910年に日本統治時代 (1895-1945) の台湾で出生した。台湾は、日清戦争の結果、1895年4月に調印された日清講和条約で清国から日本に割譲された領土である。日本の領土であるから、日本統治時代に台湾に出生した者は日本国籍を有していた。蓮舫氏の祖母は、1926年に台北女子職業学校を卒業後、東京銀座の服飾学校に入学し、1935年に卒業後、台湾に帰って1935年にファッションデザイナーとして洋服店を開業し、上海にも進出して貿易業で繁盛したという経歴を有するとのことである。このように蓮舫氏の祖母と同様に50年にわたる日本統治時代に日本本土に留学したり、起業をしたりした人々も数多く存在する。
最終的に我々が選定した相手との交渉がまとまったものの、売買契約調印の前日に、B氏の子孫は最後の交渉の途中で席を蹴って行方不明となった。後で、事情を聞いてみると、交渉相手がホテル同業者であるため、この買い手に売却することは自分の面子が立たないため、故意に姿をくらませたことが分かった。
万事休すと思ったところ、2015年11月に至り、2016年1月に総統選挙を控えた与党国民党政権は、2016年1月1日以降の株取引には、譲渡所得(キャピタルゲインインカム)に対する課税をゼロにするとの人気取り政策を発表した。これを知った台北の総経理B氏の子孫9名は、A氏の子孫に対して、株式の買い取りを要求するという戦略に変更してきた。そこで、A氏の子孫は、まず、台北の総経理B氏の子孫9名から株式を購入し、その後、ホテルを売却するという方法に切り替えた。2016年1月に入り、無事にA氏の子孫はB氏の子孫から株式を購入し、その後、会社の機関決定として会社所有のホテルを売却することに成功したが、終始、現地の総経理の面子に振り回された取引であった。
4 終わりに
上記ニューヨークにおけるビルの案件と台湾のホテル売却案件は、時代状況も経済規模も全く異なるが、社会的文化的な背景事情が見事なコントラストを描いている。勿論、生保のような機関投資家か小規模経営者かという違いはあるが、中国、台湾、韓国においては歴史的背景や文化的な違いが契約交渉において大きく作用するという側面がより色濃く出てくる。
つまり、欧米においては、人と人との関係性より経済合理性がより重視され、条件が他と比べて経済的に有利か、交渉相手はルールを遵守するかという点が重要視されるが、上記台湾の事案にみられたように、売買金額より面子に重きを置き、人と人との関係性が重視され、交渉の途中で気に入らなければテーブルを蹴ってでも出て行くパフォーマンスを実行するということが理解できた。概して、このような人と人との関係が重視されるという特徴は、アジア、特に中国、台湾、韓国においては、共通の要素と思われる。つまり、交渉相手は誰とどのような関係にあるか、どの人の顔を立てるべきかという人間関係の尺度が他の要素よりは大きいという気がする。
国際交渉においては、合理性の観点から条件交渉するのか、あるいは、面子を重視し、人と人との人的関係を優先するのか、このような社会的文化的相違を考慮に入れながら交渉する必要があると感じた次第である。
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