2016年11月14日
アンダーソン・毛利・友常法律事務所
小田原 啓太
今年の8月中旬に、我が家に待望の第一子が誕生した。母乳を良く飲み、同じ時期に生まれた他の赤ちゃんに比べ、一回りも二回りもブクブクと太った我が子。そんな可愛い我が子を今も左腕に抱えながら、この原稿を書いている。
予定日から一週間以上経ったある金曜日の夜、妻から「陣痛が来たかもしれない」と連絡があった。急いで帰宅したものの、本陣痛かどうかが分からない。一日自宅で様子を見たものの、痛みに耐えきれなさそうな妻を見て、タクシーを呼び、病院に直行した。病院に着くなり、診断を受けたが、まだ本陣痛は来ていないとのことだった。医師と相談し、月曜日の朝から陣痛誘発剤を導入して出産を迎えることになった。
仕事が忙しい時期でもあったが、先輩弁護士に「出産に立ち会わなかったら一生家庭での立場がないぞ」と脅され、仕事の合間を縫って事務所を抜け出し、出産に立ち会った。中々外に出てこようとしない我が子であったが、分娩室に入ってから丸二日間経った火曜日の夕方、元気な産声とともに3,400グラム超の大きな姿を見せてくれた。その日は台風が直撃した日であった。医師曰く、台風の日は赤ちゃんが生まれやすいらしい。低気圧により自律神経が影響され、陣痛が起きやすいそうだ。そんなこともあってか、その日、その病院では他に10人以上赤ちゃんが生まれたそうだ。
助産師さんが我が子を取り上げたときの最初の一声が忘れられない。「おめでとうございます!」と言ってくれるのかと思いきや、「頭大きいですねー!」とのまさかの一言。一瞬強張った筆者の表情を見てか、間髪入れずに、「おめでとうございます!可愛いですね!頭が少し大きいですが全く問題ありませんよ!」とフォローがあった。どうやら我が子は頭が大きいらしい。
思えば、筆者が生まれたときも同じような話があった。正月に実家で昔のアルバムを見ていたとき、生まれたばかりの筆者の写真の横に綴じ込まれていた一枚の紙に目が留まった。筆者はロンドン市内の病院で生まれたのだが、その紙には、出生時間や身長・体重と並んで、医師の所見として、こう記されていた。
「Large head」
そう、パパも生まれたとき、頭が大きかったのである。衝撃はそれだけではなかった。アルバムの次の頁をめくると、数日後の医師の所見が記載された紙が綴じ込まれていた。一般的に、日本人は欧米人に比較し、頭が大きいと言われているが、筆者の兄二人も例外に漏れず、同年代のイギリス人より頭が少し大きかったのかもしれない。そんな兄を見て医師はあることを悟ったのか、その紙には、こう記されていた。
「Large heads in family」
この家族はみんな頭が大きいから問題ない、ということを言いたかったのだろう。とても分かりやすい。何とも失礼な表現だが、その文字を見て家族で大爆笑したのを今でも覚えている。
話は変わるが、街中で英語の文章を見ると、ついついあら探しをしてしまう癖がある。海外に長く滞在していたこともあり、事務所では英語案件を任されることが多い。英文契約書を一から作成したり、海外の弁護士と電話会議を行ったり等、英語にどっぷり浸かった日々を送っている。このような生活を送っていると、街中で目にする英語がついつい目に入り、文章構成に問題がないか、文法に誤りはないか等を確認してしまうのだ。
我が子が生まれた病院でも、この癖が出た一幕があった。トイレで用を足し、水を流そうとしたとき、目の前にあったこの張り紙が気になったのだ。
「水を流すときは、こちらのボタンを押してください。
In order to flush the toilet, please push this button.」
この英語が筆者にはひっかかった。特に、文法的に間違っているわけではない。しかし、分かりやすさという観点からはどうだろうか。
仕事上、日本語の契約書の英訳を見るケースが多いが、そのほとんどの場合において、原文を一言一句忠実に直訳するだけで、読みにくいものになってしまっていると感じている。言うまでもなく、契約書の英訳は、その性質上、原文に忠実であることが何よりも重要ではあるが、同時に「分かりやすさ」、「読みやすさ」も求められる。
例えば、日本語の契約書に、「本契約に基づきA社が支払うべき手数料につき、A社及びB社は別途その金額を協議する。」といった規定があるとする。このような規定の英訳として、「With respect to the fees payable by A under this Agreement, A and B shall separately discuss their amount.」と語順も含めて原文に忠実に訳されることがある。しかし、冒頭の「With respect to」は分かりづらい上、そのことで全体的に不必要に冗長になり過ぎているように思う。個人的な意見だが、このような場合、「A and B shall separately discuss the amount of fees payable by A under this Agreement.」と訳す方が分かりやすいし、このように訳したとしても、原文から離れすぎることにもならない。
反対に、日本語をそのまま英訳しただけでは、言葉足らずで何を言っているのかが分からなくなる例もある。例えば、米国は契約社会であるため、契約書には、極めて細かい事項まで注意深く規定されるのに対し、日本の契約書では、暗黙の了解を前提として、細かい事項までは規定されないことがよくある。このような場合に、単に日本語を直訳するだけでは、米国人に意味が通じないことがある。そこで、原文から離れない範囲で、多少文言を補って英訳することが必要となる。
「水を流すときは、こちらのボタンを押してください。」―あくまでも個人的な意見だが、筆者であれば、次のように英訳する。
「Push to flush.」
この方が、「In order to flush the toilet, please push this button.」に比較し、一目で情報が入ってきて分かりやすい。「Push」と書いてあれば、Pushするのは誰がどう見てもその近くにあるボタンの形状をしたものであるので、「this button」とまで書く必要はない。「In order to」も同様に不要である。
同じトイレネタで言えば、「トイレ内での喫煙はご遠慮ください。」という張り紙をよく目にする。これを、「Please refrain from smoking in the restroom.」や「Please do not smoke in the restroom.」と英訳している例があるが、端的に意図を伝えるのであれば、「No smoking」で足りるし、その方が分かりやすいと個人的に感じている。
ちなみに、余談だが、筆者は海外の学校で英語を学んだ際、「toilet」は「便所」ではなく「便器」を意味すると教えられた。「Please do not smoke in the toilet.」という英訳をよく目にするが、「toilet」=「便器」であるとすると、これは「便器の中での喫煙はご遠慮ください。」を意味することになる。「toilet」=「便器」であるかは、今度折を見て事務所にいる外人弁護士に確認しようと思うが、いずれにしろ、このような注意書きを見た読者には、便器の中で喫煙することだけは避けていただきたい。
「簡にして要を得る」― 数年前、司法修習で裁判所にいたとき、判決を書く際に常に心がけていることは何か、との筆者の質問に対する裁判官の答えはこうだった。相手方に分かりやすい文章を、簡潔に、要点をまとめて書く。裁判官であれ弁護士であれ、日本語であれ英語であれ、同じことが求められるはずである。
「Large heads in family」―今思うと、これも簡にして要を得た表現である。誰が見ても何を言いたいかが良く分かる。筆者もこのように分かりやすい表現ができるよう、常に心がけようと思う。
以上、とりとめもないことをだらだらと書いてしまったが、このコラムが読者にとって分かりやすい内容になっているかを自問しつつ、日々精進する次第である。
最後に、頭の大きさをネタにしてしまった兄と息子には、ここでお詫びしておきたい。我が子の頭の大きさがパパの遺伝子に由来するかは、筆者の写真を見て判断いただきたいが、何はともあれ、頭が大きい=頭が良い証拠であると信じたい。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください