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シンガポールのプライベート会社の株式譲渡・担保設定と日本との違い

山中 政人

 中国経済の変調はあっても、シンガポールの経済は相変わらず堅調のようだ。日本企業による現地企業の買収やファイナンスも活発とされる。国が変われば、商慣習や取引ルールも異なり、それを知ることが企業のグローバル展開の帰趨に影響することもある。シンガポールの会社法に精通する山中政人弁護士が同国での株式の移転や担保設定の手続などの実務について詳しく解説する。

 

シンガポールのprivate companyにおける株式の譲渡及び担保設定の手続について

西村あさひ法律事務所シンガポール事務所
共同代表弁護士 山中 政人

山中 政人(やまなか・まさと)
 西村あさひ法律事務所 シンガポール事務所 共同代表。
 2002年より弁護士業務を開始し、三井安田法律事務所、外国法共同事業法律事務所リンクレーターズ、三宅坂総合法律事務所を経て、2008年西村あさひ法律事務所に入所。
 中国の不況の影響で、株式市場や不動産市場が多少不調となってはいるが、地理的な便宜性、豊富で優秀な英語人材、安定かつ柔軟な法制度、外資誘致のための制度などにより、シンガポールに進出しようとする企業は今も多く見受けられる。また、既にシンガポールに進出を決めている企業においても、業務を拡大するために、既存のシンガポールの他の企業の買収を行っている。更に、シンガポールの企業を買収などし、株式を取得している者の中には、その株式を担保にファイナンスを試みている者も多く見られる。もっとも、日本がシビル・ローの国と言われるのに対して、シンガポールがコモン・ローの国と言われることもあり、これらの株式取得や担保設定のために、どういった手続が必要なのか不明な点も多いかと思われる。本件では、このようなシンガポールでの株式取得や担保設定の中で、とりわけ話題にのぼるシンガポールの非公開会社(private company。その株式の移転を行う権利に制限が課され、その株主の数が50名以下に制限されているシンガポールの会社法(以下「会社法」という。)に基づき設立された株式会社を意味する。)における株式の譲渡及び担保設定の手続について、日本の会社法での同種の手続との差異も念頭に置きつつ、概要を説明する。株式の権利移転は、ここでは相続や合併などによる一般承継ではなく、当事者間の契約による売買や担保の執行などによる個別承継を前提にする。

1. 権利移転の手続

 (1) 他の株主との関係での制限

 株式の権利移転を行うためには、会社法のみならず、その会社の定款上定められた株式の権利移転の手続を行う必要がある。特に、合弁会社(Joint Venture)などの場合には、第三者に株式を譲渡したい場合でも、定款上、株式の譲渡については、まず他の株主に株式の購入をしないか申込みをしなければならない場合がある。この場合には、その定款の規定に沿った手続を行うか、他の株主から、当該手続を受ける権利を放棄してもらう必要がある。また、他の株主との間で株主間契約を締結している場合には、その株主間契約の規定にも従う必要がある。株主間契約は、定款の規定よりも優先される場合があるため、株式の売却を受けようとする場合には、定款の規定のみならず、株主間契約の規定にも注意を払う必要があり、売買価格の定め方やタグ・アロング(特定の株主が株式売却の際、他の株主も同一の条件でその株式売却の買主に株式を売却出来る権利)といった制限が付されていないか注意を払う必要がある。

 (2) 当事者間の合意

 シンガポールでも、株式の譲渡を行う際には、株式売買契約を締結するのが通常である(share purchase agreement。SPAと呼称されることが多い。)。株式売買契約の内容は、それがグループ間で締結されるものなのか、企業買収として締結されるものなのかにより、ボリュームは異なり得る。前者であれば、実行日と売買価格などを記載した数ページ程のボリュームの薄いもので足り、後者であれば、売買の前提条件、対価の支払いや株主としての権利移転の手続、誓約事項、表明保証など細かい点も記載したボリュームの厚いものとなる。この点、英語によるわかり辛さやできる限り早く契約締結などの手続を進めたいという考えなどから、グループ外での第三者との間の契約であるにもかかわらず、契約を短く、シンプルにしようとするケースが散見される。国が違えば文化も違い、書面で書かれていない事項について必ずしも当事者間で同様の理解をしていないこともある。将来の紛争等を回避するためにも、契約書は、出来る限り明確に、かつ詳細なものとされることを推奨する。
 なお、買収案件においては、株式売買契約と共に他の株主及び対象会社との間で株主間契約を締結することもよく見受けられる。この点、シンガポール会社法の規定と日本の会社法の規定の差異があるため、日本で用いられている株主間契約がそのまま使えるものではないが(例えば、特別決議は、日本が3分の2以上のところ、シンガポールでは4分の3以上となっている。)、①資本構成、②ガバナンス、③デッドロック、④事業運営、⑤報告・検査、⑥株式譲渡する際の制限・権利、⑦表明・保証、⑧債務不履行、⑨契約終了、⑩秘密保持といった定めなければならない基本的なコンセプトは同様である。どういった規定を株主間契約に盛り込むかは、国内の取引で培ったものも十分活かすことができる。株主間契約に関しては、デッドロックの解決方法や契約終了の際の処理を具体的に記載していないために後で問題となるケースが散見される。これから関係構築を始める際に、契約終了の際の話は心情的にもし難いものと思われるが、こういった点について具体的かつスムーズな方法を用意しておくことにより、それに至る前の当事者間の関係もうまく構築できるのではないかと思われる。

 (3) 株式譲渡証書と株券

 シンガポールにおいて非公開会社の株式の譲渡を行う際には、売主となる株主は、株式譲渡証書(share transfer instrument)をその会社に提出することが定款上求められていることが一般的である。株式譲渡証書は、譲渡人である既存株主又はその代表者により執行される必要があり、前述の株式売買契約とは別に作成されるものである点に留意が必要である。その様式は、一般的に用いられているものか、その会社の取締役会に承認されるものと定款上記載されていることが多い。どのような書式で株式譲渡証書を作成すべきかは、その会社の秘書役(company secretary)に確認されるのがよいものと思われる。
 また、株式譲渡証書に譲渡される株券を付して会社に提出することが求められる。株券は、それ自体に株式の権利が化体されるものではなく、株券そのものが株式そのものではないが、株券に名前が明示されていることはその株券にて特定される株式の権利を所有することの重要な証拠(prima-facie evidence)となる(会社法123条1項)。提出された株券は、会社により、廃棄され、会社は、株式の譲渡の通知がなされた後30日以内に新しい株券を譲受人に発行しなければならない。そのため、株券を喪失した譲渡人は、株式譲渡のために株券の再発行を会社に申請する必要がある。株券の再発行は、(i)株券を喪失した株主が、株券を喪失したこと、紛失した株券に係る株式に売却、移転、処分又は担保設定がなされていない旨のStatutory Declarationを行い、(ii)会社に対して、当該株券の喪失・再発行により会社に損害を生じさせない旨の損害補償書(indemnity letter)を提出し、(iii)会社の取締役会の株券再発行の承認を経ることで行われる。

 (4) 取締役会での承認

 非公開会社においては、定款上、その取締役会が、裁量で、株式の権利移転による株主名簿の書換登録(後述する。)を拒絶することができると記載されていることが多いため、通常、株式の譲渡の際には取締役会の承認を経ることとなる。かかる拒絶をした場合、取締役会は、かかる拒絶の通知を、譲渡の通知後30日以内に、譲渡人及び譲受人に対して送付しなければならない(会社法129条1項)。

 (5) 印紙税

 シンガポールの会社法で設立された会社の株式を売買する場合には、その購入者は、その対価又はその会社の直近の財務書類の純資産を発行株式総数で除した額のいずれか高い価額の0.2%に相当する金額を、株式譲渡証書がシンガポール国内で署名された後14日以内に、シンガポールの税務当局であるInland Revenue Authority of Singapore (IRAS)に印紙税(Stamp Duty)として支払わなければならない(株式譲渡証書がシンガポール国外で執行された場合には、当該譲渡証書がシンガポールで受領された後30日以内)。当該印紙税を支払わない場合には、支払義務のある株式の買入人に罰則の適用がある他、当該譲渡証書の裁判における証拠能力が認められなくなる。既に印紙税が支払われた証明書のある譲渡証書が交付されないと、その株式の発行会社にて株式の権利移転のための株主名簿の書換えを行ってくれないことが多い。したがって、株式の権利移転を売買代金の支払いとほぼ同時に行うことが求められる買収案件においては、印紙税の支払いが売買代金の支払日と同日に行うことができるようアレンジされるのが通常である。買主や売主がシンガポールに所在するか否かにかかわらず、株式の権利移転のためにはかかる印紙税を支払わなければならない点に留意する必要がある。なお、グループ間の株式移転の際には、かかる印紙税の支払義務が免除される場合もある。

 (6) 株主名簿の書換え

 株式の権利の移転は、その会社の株主名簿に新しい権利者が株主として記載された際に効力を生じることとなる。以前は、株主名簿は物理的に存在し、会社に補完され、その会社の会社秘書役が名簿の書換えを行っていたが、会社法改正により、2016年1月以降、株主名簿は、日本でいうところの商業登記局に該当するAccounting and Corporate Regulatory Authority (ACRA)にて、電子的に管理されており、株式の譲渡の通知を受けた会社が、ACRAに株式の譲渡の通知を届出ることにより、株主名簿の書換えが行われている(会社法126条3項)。この株主名簿は公開されており、そのため、日本とは異なり、シンガポールでは、非公開会社においても株主が誰であるかが、公開書類により確認することができる。
 前述の通り、株主名簿への記載により、株式の権利は、譲渡人から譲受人に移転するため、一般的に、株式の売買のクロージングは、かかる株主名簿の書換えと株券を受領することにより終了する。

2. 株式担保

 (1) Chargeの設定

 シンガポールにおいて非公開会社の株式に設定する担保としては、フィクスド・チャージ(fixed charge。その所有権を担保設定者に残しつつ、無担保債権者に優先して、資産及びその対価を被担保債権の支払いに充当する権利を担保権者に付与する担保権をチャージ(charge)といい、チャージのうち、特定の財産を担保目的物とするもので、被担保債権が弁済されるまでその担保目的物の処分が禁止されるものをフィクスド・チャージという。)が設定されることが一般的と思われる。フィクスド・チャージが設定されることにより、担保目的物である株式の権利自体は、担保設定者に維持されるが、担保設定者による担保目的物である株式の処分は制限されることになる。具体的には、フィクスド・チャージを設定するためのシェア・チャージ契約(share charge agreement)を担保権者と担保設定者との間で締結し、担保権者は、担保設定者から担保目的物である株式に係る株券と、担保設定者がサインをした日付を空欄とする譲渡証書を受領する。これにより、担保目的物である株式の他の者に対する処分を出来なくすると共に、債務不履行があった際に、すぐに譲渡証書に日付を入れて株式の譲渡による、担保権の執行ができるようにしている。また、非公開会社の場合には、前述の通り、株式の譲渡に取締役会の承認が必要となるため、フィクスド・チャージを設定する際には、当該フィクスド・チャージの実行の際には、取締役会の承認を要しない旨の定款変更を求める場合がある。

 (2) Chargeの登録

 担保設定者がシンガポールの会社、又はシンガポールに支店を有する外国の会社である場合で、かつ担保権が設定される株式がその会社の子会社の株式である場合には、担保設定者は、当該株式に対するチャージの設定について、当該チャージの設定後30日以内に、ACRAに登録を行わなければならず、かかる登録が行われない場合には、当該チャージは、担保設定者の清算人や他の債権者との関係で無効なものとして扱われる(会社法131条1項、3項(c))。かかる登録が行われなくとも、担保権者に対する担保設定者の債務の履行義務を無効にするものではない点には留意が必要である。
 上記により登記されたチャージは、その会社のcorporate profile(通常BizFile)に記載され開示される。上記のような登録が必要な担保については、会社法130条3項において列挙されているが、プラクティス上これらに限らず、シンガポールの会社において、担保権が設定された場合にはすべてACRAに登録がなされており、会社資産に担保権が設定されているか否かをACRAにて開示されているcorporate profileによって確認することができることが多い。

 (3) 実行

 非担保債権に債務不履行が起きるなど、チャージが実行可能となった場合には、担保権者がどのようにチャージを担保実行できるかは、契約の内容によるが、一般的には、以下の三つの方法が契約に定められている。
 第一に、担保設定者より受領している譲渡証書の譲受人に自らの名前を記載して、日付を入れ、株券を付して会社に交付し、自らが当該株式を取得することができる。
 第二に、シェア・チャージ契約中に、担保設定者より、担保権者に対して、担保目的物である株式を売却できる権限が規定されていれば(power of attorney)、担保権者が、担保設定者の代わりに、担保目的物である株式を売却することができる。
 第三に、レシーバー(receiver)を選任し、担保目的物である株式の管理・処分などを行わせることができる。レシーバーの担保目的物である株式を売却する権限も前述のpower of attorney中に規定される。
 第二、第三の場合も、受領している譲渡証書に株式の売却先の者の名前を記載し、株券と共に会社に交付することで、株式の権利移転の手続を行うことができる。
 なお、いずれの場合も、前述の株式の譲渡の手続同様の株式移転の手続に従う必要がある点、留意が必要である。

3. 結語

 会社の所有と経営を分

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