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税源浸食・利益移転(BEPS)対策で移転価格文書化の新ルール、施行を前に

太田 洋

 多国籍企業の行き過ぎた租税回避行為を防ぐため、進出国ごとの所得や納税額、従業員数などを国税庁に報告する制度がいよいよ本格的にスタートする。経済協力開発機構(OECD)が策定した国際的ルールが2016(平成28)年度税制改正で制度化されたもので、これにより、例えば連結売上高1千億円以上の日本の多国籍企業は、3月決算の場合には、2018年3月末までに、関連文書等の提出が義務づけられる。企業が実務上注意すべき点について太田洋弁護士が詳細に解説する。

 

施行が迫る移転価格文書化に関する実務上の留意点

西村あさひ法律事務所
弁護士・ニューヨーク州弁護士
太 田    洋

1 はじめに

太田 洋(おおた・よう)
 1991年、東京大学法学部卒業、1993年に弁護士登録(司法修習45期)。2000年、ハーバード・ロースクール修了(LL.M.)、2001年に米国NY州弁護士登録。2001年~2002年に法務省民事局付(参事官室商法改正担当)、2007年に経済産業省「新たな自社株式保有スキーム検討会」委員。2013年~2016年に東京大学大学院法学政治学研究科教授。現在、西村あさひ法律事務所パートナー、金融審議会ディスクロージャーWG委員。
 平成28年度税制改正では、OECDが2015年10月5日に公表したいわゆるBEPS最終報告書を受けて、移転価格関連の文書化に関して、新たに、一定の多国籍企業グループに対し、①事業概況報告事項(マスターファイル)並びに②国別報告事項(Country by Country Report。以下「CbCレポート」という)の作成及び提出等が義務付けられると共に、③いわゆるローカルファイル(独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類等)についても、国外関連取引を行った内国法人等に対して、原則として確定申告書提出期限までの作成(いわゆる同時文書化)が求められることとされた。これは、2015年10月5日にOECDによって公表された、いわゆるBEPS最終報告書において、移転価格関連の文書化は、ⓐ多国籍企業グループの活動の全体像に関する定性的な基本情報を記載するマスターファイル、ⓑ多国籍企業グループが活動を行っている国ごとの所得や納税額など、多国籍企業グループの全体像に関する定量的な情報を記載する国別報告書(CbCレポート)、及びⓒそれぞれの国に居住する企業が国外関連者との間で行う取引の移転価格分析に焦点を絞ったもので、それら取引の独立企業間価格を算定するために必要と認められる情報を記載するローカルファイル、という3層構造の形でなされるべきものとされた(いわゆる3層構造文書化)ことを受けたものである。

 本稿では、平成28年度税制改正で導入された上記①から③までの文書化義務のうち、実務上特に注意すべきと考えられる点につき、簡潔に指摘することとする。なお、以下、租税特別措置法を「措法」、同法施行令を「措令」、同法施行規則を「措施規」と、それぞれ略記する。

2 事業概況報告事項(マスターファイル)

 平成28年度税制改正では、「特定多国籍企業グループ」の構成事業会社等である内国法人又は恒久的施設を有する外国法人(以下「内国法人等」という)は、当該グループの組織、事業概要、財務状況及び納税状況その他必要な事項(事業概況報告事項)を、最終親会社等の会計年度終了の日の翌日から1年以内に、(e-Tax)により税務署長に提供しなければならないものとされた(措法66条の4の5)。このファイルを、正当な理由なく、期限までに提供しなかった場合、法人の代表者等でその違反行為をした者には30万円以下の罰金が科されるものとされており、当該代表者等が当該法人の業務に関してかかる違反行為をした場合には、当該法人にも同様の刑が科されるものとされている(措法66条の4の5第3項、4項)。因みに、上記改正は、平成28年4月1日以後に開始する最終親会社等の会計年度に係る事業概況報告事項について適用するものとされている(従って、最終親会社等が3月決算である場合には、平成30年(2018年)3月31日が提供期限となる)。

 なお、上記にいう「特定多国籍企業グループ」とは、大雑把にいって、最終親会社等である内国法人に関する連結財務諸表を作成すべき企業集団であって、税務上の居住地国が2以上に跨る事業体を含み、直前の最終親会社等の会計年度(以下「最終親会計年度」という)における当該グループの総収入金額が1000億円以上であるものをいう(措法66条の4の4第4項1乃至3号参照)とされているため、いわゆる中小企業は、たとえ国際的な事業展開を行っていても、この事業概況報告事項の提供義務を負わない(CbCレポートについても同様である)。しかしながら、そのような中小企業であっても、後記3で述べるとおり、同時文書化対象国外関連取引を行う場合には、ローカルファイルの同時文書化義務を負うものとされている。また、移転価格関連の文書化については、BEPS最終報告書に基づいて、各国がそれぞれ異なった基準でマスターファイル、CbCレポート及びローカルファイルの作成ないし提出(提供)義務を課しているため、わが国ではマスターファイルないしCbCレポートの提供義務を負わない中小企業グループであっても、その海外子会社が、その税務上の居住地国でマスターファイル等の作成ないし提出(提供)義務を負わされることがあり得る(例えば、オランダでは、直前会計年度の連結総収入が5000万ユーロ=約60億9000万円以上の多国籍企業グループに属するオランダ租税法上の内国法人にマスターファイル提出義務が負わされており、韓国では、単体売上高が1000億ウォン=約97億円超かつ国外関連売上高が500億ウォン=約49億円超の韓国租税法上の内国法人等にマスターファイル提出義務が負わされている)。

 従って、注意すべき点の第一は、たとえマスターファイルの提供義務を負っていない中小企業であっても、マスターファイル、特にその中でも、①グループの構成会社等の間の研究開発及び無形資産に関連する取引に係る対価の額の設定の方針の概要(措施規22条の10の5第1項6号参照)、②グループの構成会社等の間で行われる資金の貸借に係る対価の額の設定の方針の概要(同項10号参照)及び③グループ内における居住地国を異にする構成会社等の間で行われる取引に係る対価の額とすべき額の算定の方法(同項12号参照)といった、いわゆる移転価格ポリシーに関しては、策定しておくことが望ましいということである。何故なら、BEPS最終報告書に基づいてわが国や各国で採用されることとなった移転価格関連のいわゆる「3層構造文書化」では、マスターファイルに記載された移転価格ポリシーに基づいて多国籍企業グループの各構成企業が取引を行った結果が、ローカルファイル及びCbCレポートに反映されるという構造が採用されているため、多国籍企業グループの最終親会社等が統一的な移転価格ポリシーを策定せず、グループの各構成企業がバラバラに他の構成企業との取引価格を決定しているような状況となっている場合には、関係各国の課税当局から、それら各構成企業の取引価格決定方法相互の整合性の欠如を衝かれて、それらの取引価格は独立企業間価格ではないとして移転価格税制に基づく課税処分を受けるリスクが高まると考えられるからである。

 注意すべき点の第二は、わが国の多国籍企業グループがM&Aを実行した場合において、自らが従前有していた移転価格ポリシーと当該M&Aによって新たに子会社化した企業がその傘下の海外子会社等との間の取引に際して用いていた移転価格ポリシーとを、可及的速やかに統合すべきということである。わが国企業は、特に海外M&Aによって海外企業を買収する場合、従来は、グローバルな税務戦略や税務コンプライアンスについての意識が薄かったために、当該海外企業がそれまで用いてきた移転価格ポリシーに手を加えず、それをしばらくそのまま温存してしまうことが少なくなかったのではないかと思われるが、上記のとおり、多国籍企業グループを構成する一部の企業グループが、最終親会社等が採用している移転価格ポリシーと異なる移転価格ポリシーをそのまま用いている状態を放置していると、関係各国の課税当局から移転価格税制に基づく課税処分を受けるリスクが高まると解されるからである。なお、このことに関連して、M&Aによって新たに他の企業グループを傘下に収める場合、どの程度の期間をかけて、どのようなプロセスで移転価格ポリシーを統合するかに関する標準的な処理方針についても、予め定めておくことが望ましいものと考えられる。

 注意すべき点の第三は、後記3で述べることとも関係するが、経理・財務、税務、知財及び法務の各部門が相互に十分に連携して、取引類型(例えば、原材料ないし部品等の供給取引、知的財産権のライセンス取引、グループ内資金貸借取引)ごとに、自らの企業グループで策定された統一的な移転価格ポリシーと整合的な内容の標準取引契約のテンプレートを、できるだけ早期に整備する必要があるということである。わが国の企業では、部門間の縦割り意識から、とかく、経理・財務、税務、知財及び法務の各部門相互間で連携が十分にとられていないことが多いようにも思われるが、多国籍企業グループが事業を展開するそれぞれの国における移転価格課税リスクを極小化するためには、企業グループ全体として統一的な移転価格ポリシーが整備・徹底され、それと法的に整合した契約書(当然ながら、客観性・透明性という意味でも書面化されている必要がある)に裏付けられた形でグループ内取引が行われていなければならないからである。

3 ローカルファイル(独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類)

 平成28年度税制改正では、基本的に、一の国外関連者との前期における取引(受払合計)が50億円以上であるか、又は当該一の国外関連者との前期における無形資産取引金額(受払合計)が3億円以上であれば、当該一の国外関連者との当期の国外関連取引(同時文書化対象国外関連取引)について、当該取引に係る独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類(電磁的記録を含む。以下同じ)(以下「ローカルファイル」という)を、確定申告書の提出期限までに作成し、7年間保存しなければならないものとされ(措法66条の4第6項、7項)、一定の範囲でいわゆる同時文書化義務が導入された。かかる同時文書化義務は、平成29年4月1日以後に開始する事業年度分の法人税及び平成30年分以降の所得税について適用するものとされているので、会計監査人を置いている3月決算の内国法人の場合には、一番遅い場合で平成30年(2018年)6月末(なお、平成29年度与党税制大綱に基づく法人の確定申告書の提出期限の延長の特例の見直しを考慮すると、会計監査人を置いていて、7月に定時株主総会を開催する3月決算の内国法人の場合には、一番遅い場合で平成30年(2018年)7月末)までに、かかるローカルファイルを作成しなければならない。

 このローカルファイルの同時文書化について第一に注意すべきは、かかる同時文書化義務は、親会社であれ子会社であれ、同時文書化対象国外関連取引を行っているあらゆる内国法人に課されるということである。つまり、親会社だけがこの同時文書化義務を負わされているわけではない。従って、例えば、わが国の親会社がその国外関連者X社に対して原材料や部品等を年間25億円分供給(販売)して、当該X社がそれらを使って製造等した製品を25億円分当該X社から購入した場合には、当該親会社はそれら取引について同時文書化義務を負うことになることは勿論、わが国の子会社が、海外の兄弟会社Y社(措法66条の4第1項、措令39条の12第1項2号参照)に対して特許権等の知的財産権をライセンスし、年間3億円のロイヤルティを受領しているような場合にも、当該子会社は当該ライセンス取引について同時文書化義務を負うことになる。

 注意すべき点の第二は、一の国外関連者との前期における取引(受払合計)が50億円未満であって、かつ当該一の国外関連者との前期における無形資産取引金額(受払合計)が3億円未満であるような場合のそれら取引、即ち、同時文書化義務が課されていない国外関連取引(同時文書化免除国外関連取引)についても、平成28年度税制改正により、課税当局が、(ローカルファイルの作成の基礎となる資料及び関連する資料等の)独立企業間価格を算定するために「重要と認められる」書類の提出等を求めた場合に、60日以内の期日で課税当局が指定する日までにそれら書類の提出等がなかったときには、課税当局は、推定課税及び同業者調査を行うことができるものとされている(措法66条の4第9項、12項)ことである。従って、例えば、独立企業間価格を算定するために「重要と認められる」書類として代表的なものと考えられる、選定した独立企業間価格の算定の方法及びその選定の理由を記載した書類(措施規22条の10第1項2号ニ参照)については、同時文書化義務が課されていないとしても、できるだけ早期に整備しておくべきである。なお、同時文書化対象国外関連取引についても、①ローカルファイルについては、課税当局がその提出等を求めた場合に、45日以内の期日で課税当局が指定する日までにその提出等がなかったときには、課税当局は推定課税及び同業者調査を行うことができるものとされ、更に、②課税当局が、(ローカルファイルの作成の基礎となる資料及び関連する資料等の)独立企業間価格を算定するために「重要と認められる」書類の提出等を求めた場合に、60日以内の期日で課税当局が指定する日までにその提出等がなかったときにも、課税当局は推定課税及び同業者調査を行うことができるものとされている(措法66条の4第8項、11項)ことにも注意が必要である。

 注意すべき点の第三は、前記2でも述べたところであるが、(少なくとも同時文書化対象国外関連取引については、)自らの企業グループで策定された統一的な移転価格ポリシーと整合的な内容の標準取引契約のテンプレートに基づいた契約書を、できるだけ速やかに整備する必要があるということである。その際には、契約書の内容が取引の実態と整合するよう、法務部門が主体となって、経理・財務、税務及び知財の各部門と十分に連携をとった上で、取引の開始前までに契約書の整備を完了させておくことが肝要である。これは、前述したとおり、多国籍企業グループが事業を展開するそれぞれの国における移転価格課税リスクを極小化するためには、企業グループ全体として統一的な移転価格ポリシーが整備・徹底された上で、それと法的に整合した契約書が書面の形で整備され、それに基づいてグループ内取引が行われる必要があり、さらに、契約書の作成が後付けでなされたという事実自体が、課税当局の眼から見れば、恣意的な利益操作がなされたのではないかという疑いを惹起せしめるからである。

 注意すべき点の第四は、ローカルファイルにおいて、「選定した独立企業間価格の算定の方法及びその選定の理由を記載した書類」(措施規22条の10第1項2号ニ参照)等を作成するに当たっては、わが国の課税当局による移転価格課税リスクのみを意識して独立企業間価格の算定方法を選定するのではなく、自らの企業グループが事業を展開している関係各国の課税当局による移転価格課税リスクをも考慮して、独立企業間価格の算定方法を選定すべきということである。何故なら、OECD加盟国やG20は、今後、基本的にはBEPS最終報告書に基づいて3層構造で文書化された移転価格関連の文書を、自動情報交換によって適宜相互に共有しつつ、移転価格課税の執行を行っていくものと予想されるので、わが国の課税当局による移転価格課税リスクのみを意識して独立企業間価格の算定方法を選定した場合には、自らの企業グループが事業を展開している他国の課税当局から、異なる観点に基づく移転価格課税を受けることにもなりかねないためである。

4 国別報告事項(CbCレポート)

 平成28年度税制改正では、特定多国籍企業グループの最終親会社等(又は同社が指定した「代理親会社等」)である内国法人等は、当該グループが事業を行う国ごとの収入金額、税引前当期利益の額、納付税額その他必要な事項(国別報告事項)を、最終親事業会社等の会計年度終了の日の翌日から1年以内に、e-Taxにより税務署長に提供しなければならないこととされた(措法66条の4の4)。ちなみに、ここでいう「代理親会社等」は、大雑把にいって、当該特定多国籍企業グループの国別報告事項を、その居住地国(最終親会社等の居住地国以外の国であることが前提)の課税当局に提供するものとして、当該最終親会社等に指定された会社等をいう(措法66条の4の4第4項6号参照)ものとされている。

 このCbCレポートの提供は、基本的に、当該グループの最終親会社等が自社の居住地国の課税当局に提供し、当該課税当局から、租税条約に基づき、当該グループを構成する各子会社等の居住地国の課税当局に対して提供される方法(いわゆる条約方式)によって、それら課税当局間で共有される。但し、そのような租税条約が存在しない場合など、条約方式が機能しない場合には、補完的方式として、(最終親会社等がかかるCbCレポートを作成して)上記の各子会社等がその居住地国の課税当局に対して提供する義務を負う、いわゆる子会社方式等が用いられることになる。このCbCレポートは、課税当局が、特定多国籍企業グループ内の移転価格リスクの有無等を評価するために用いられる。

 このCbCレポートを正当な理由なく、期限までに提供しなかった場合、法人の代表者等でその違反行為をした者には30万円以下の罰金が科される(但し、情状により免除できる)ものとされており、当該代表者等が当該法人の業務に関してかかる違反行為をした場合には、当該法人にも同様の刑が科されるものとされている(措法66条の4の4第7項、8項)。なお、上記改正は、平成28年4月1日以後に開始する最終親会社等の会計年度に係る国別報告事項について適用するものとされている(従って、最終親会社等が3月決算である場合には、平成30年(2018年)3月31日がCbCレポートの提出期限となる)。

 このCbCレポートについては、わが国企業グループが事業活動を展開している諸国において、上記の条約方式が機能せず、子会社方式等が用いられること

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