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空売りファンドに狙われた日本企業はどう反撃する? 相場操縦?風説の流布?信用毀損?

太田 洋

空売りアクティビストに対する法的対応

西村あさひ法律事務所
弁護士・ニューヨーク州弁護士
太 田    洋

太田 洋(おおた・よう)
 1991年、東京大学法学部卒業、1993年に弁護士登録(司法修習45期)。2000年、ハーバード・ロースクール修了(LL.M.)、2001年に米国NY州弁護士登録。2001年~2002年に法務省民事局付(参事官室商法改正担当)、2007年に経済産業省「新たな自社株式保有スキーム検討会」委員。2013年~2016年に東京大学大学院法学政治学研究科教授。現在、西村あさひ法律事務所パートナー、金融審議会ディスクロージャーWG委員。
 1  昨今の日本企業を対象とする空売りアクティビストの動向

 (1) 空売りアクティビストの概要とその手法

 空売りアクティビストとは、上場会社の財務情報等を調査して、その株式を空売りした上で、問題と考える項目を指摘したレポートを公表し、当該レポートを受けて株価が下落したところで当該株式を買い戻して利益を得るという投資手法を採用しているファンドである。たとえば、株価が1000円のときに株を借りて売却し、その株が800円に値下がりしたときに買い戻せば、200円の利益を得ることができる。なお、レポートの公表に際して、自身が空売りポジションを有しているか否かは、必ずしも開示しているとは限らない。

 日本では、2016年夏頃から、上場会社に対して空売りキャンペーンを仕掛ける空売りアクティビスト(後述するグラウカス、シトロン、マディ・ウォーター及びウェル・インベストメンツ等)が現れている。一般的なアクティビストと空売りアクティビストとの違いは、以下のような点にある。すなわち、一般的なアクティビストは、株式市場において過小に評価されている上場会社に着目し、事業の選択と集中や、自社株買いによるROEの向上等を要求して、当該上場会社の株式の価値を高めることによって利益を得る。それに対し、空売りアクティビストは、株式市場において過大評価されている上場会社の問題点を指摘し、市場に対して当該上場会社の株式の本来的価値を認識させることによって利益を得る。空売りキャンペーンの実例を見ると、指摘される問題点は、大きく分けて不正会計と新興企業における企業価値の過大評価のようである。

 空売りアクティビストに狙われると、レポートによる売り圧力によって株価が急落することが少なくない。空売りアクティビストがレポートを公表して株価が急落すると、その対象となった上場会社においては、そのレポートへの反論等の対応に追われることになる。

 (2) 空売りアクティビストへの対応

 まず、空売りアクティビストによるレポートが相場操縦・風説の流布に該当する可能性がある場合には、証券取引等監視委員会(「SESC」)への情報提供等、SESCと連携を行うことが考えられる。しかし、空売りアクティビストによるレポートにおいて指摘される事項には、事実の指摘というよりは、会計基準の適用手法等の評価や将来の予測が多く含まれるために、後で詳細に分析するとおり、相場操縦・風説の流布に該当することの主張・立証は必ずしも容易でない。

 他方で、空売りアクティビストによるレポートが説得力のないものであることを投資家に理解させることができれば、株価の下落は抑えることができると考えられる。従って、対象会社としては、レポートが提示する個別の問題点に対して丁寧に反駁し、対象会社が提示する内容の方が空売りアクティビストによるレポートよりも説得的である旨を示していくことが、基本的な対応になるものと思われる。そして、個別の事案次第ではあるが、①対象会社による説明の説得力を高めるために、中立的な第三者から構成される第三者委員会を設置して、当該委員会による調査報告を提示したり、又は中立的な第三者から分析レポート等を取得することが有益な場合もあれば、②単にプレスリリース等を通じて、空売りアクティビストによる事実認識の誤り等を指摘した上で、空売りアクティビストが空売りポジションを有しているため、対象会社の株価を下落させる強いインセンティブを有している点につき注意喚起をすれば、それで十分な場合もあると思われる。

 2  海外での動向

 米国では、空売りアクティビストは約25年前からその存在が大きく注目されるようになった。近時においては、アジア企業やアジアの証券取引所に上場している会社もターゲットとなっている。直近では、オーストラリアの会社がターゲットになったことが報じられている。

 以下では、空売りアクティビストがレポートを公表した事例のうち、海外における特徴的な事案をいくつか紹介する。

 (1) 当局や対象会社が最終的に不適切な会計処理を認めるに至った例

 海外では、空売りアクティビストがレポートを公表したところ、当局や対象会社が不適切な会計処理を認めるに至った例が存在する。

 たとえば、Glaucus Research Group(「グラウカス」)が、2013年1月28日に、香港上場の金属スクラップ・リサイクル企業である中国金属再生資源(China Metal Recycling(Holdings)Limited。以下「CMR社」という)発表の企業情報が虚偽であるという内容のレポートを公表したところ、当局の調査の末、同年7月29日、香港証券先物取引委員会がCMR社の決算内容について虚偽の疑いが濃厚であるとして、同社の清算を裁判所に申請したことを発表している。

 また、Citron Research(「シトロン」)が、2015年10月21日に、Valeant Pharmaceutical社(「Valeant社」)の不正会計疑惑を指摘するレポートを公表したところ、Valeant社は、調査委員会を設置し、その調査の結果、約4ヶ月後の2016年2月22日に不適切な会計処理が行われていることが判明している。

 (2) 当局がレポートを立件ないし問題視した事例

 2014年12月22日、香港証券先物取引委員会は、香港上場の中国企業である恒大地産集団(China Evergrande Group)に関する、同社が支払不能(Insolvent)であり、継続的に一般投資家に虚偽の情報を開示してきたとするシトロンが公表したレポートについて、「重要な事実について虚偽や誤解を招くような内容」があり、シトロンがレポート発表直前に恒大地産集団410万株を空売りし、約170万香港ドルの利益を上げたのは違法であるとして、シトロンとその代表者のAndrew Left氏を提訴した。その結果、2016年8月26日、香港の市場失当行為審裁処は、シトロンの当該レポートには「重要な事実について虚偽や誤解を招くような内容」があり、このレポートをまとめたLeft氏は「全く注意を怠っている(reckless)」ないし「怠慢(negligent)」であったと認定し、同年10月20日、前記認定に基づき、Left氏に対して、市場操作を理由に、5年間の香港市場上場株式の取扱い禁止と空売りによって得た159万6240香港ドル(約20万7000米ドル)の利益の吐出しを命令するに至っている。

 グラウカスについても、台湾証券取引所に上場していたAsia Plastic Recycling Holding Limited(「AP社」)に関して、2014年4月24日から3回のレポートを公表したことに対して、台湾の金融監督管理委員会が、風説の流布を行ったとして、同年5月12日にグラウカスを台北地方検察庁に告発している。

 (3) 対象会社が空売りアクティビストを提訴した事例

 2012年11月21日、アジアで大規模に農業ビジネスを展開し、シンガポール証券取引所に上場していたOlam International Ltd.(「Olam社」)は、空売りアクティビストであるMuddy Watersとその創業者Carson Block氏に対して、Block氏がロンドンでヘッジファンドにプレゼンテーションを行った際に、Olam社の信用を毀損することを述べたことを理由に、シンガポールで名誉毀損の訴えを提起した。その後、シンガポールの投資会社のTemasek Holdings Pte.(「Temasek社」)がOlam社の株を買い支える等して23%の株式を保有する大株主となったが、Temasek社の勧めもあって、Olam社は2013年4月に訴えを取り下げたといわれている。

 また、香港上場企業である瑞年國際は、グラウカスによるレポートの公表と同社の株式の空売りに関して、2016年1月15日、信用毀損等を理由としてカリフォルニア中部地区連邦地方裁判所に同社を提訴した。この訴訟は、2016年4月24日に、瑞年國際とグラウカスの間で、瑞年國際に関するレポートやコメント等をこれ以上公表しないこと及び和解契約を当該レポートと並べてグラウカスのウェブサイト上で公開すること等々を内容とする和解が成立し、同日付けで訴えは取り下げられている。なお、瑞年國際は、その後、独立した第三者に過去数年間の売上等の調査を依頼し、2017年1月26日、瑞年國際の財務書類と、グラウカスのレポートでの主張に関して当該独立した第三者が受領した情報との間に、重大な相違がなかった旨を公表している。

 (4) 投資家が空売りアクティビストを提訴した事例

 前述した、台湾証券取引所に上場していたAP社の事案に関して、台湾の財団法人証券及び先物投資保護センターが、2014年10月に、グラウカスのレポートは「意図的な株式相場の変動を図る目的で風説を流布させ、取引市場における正常な価格形成機能を歪めた」ものであるとして、同社を提訴した。しかしながら、グラウカスが口頭弁論期日を欠席したため、翌年5月31日、裁判所は、同社は株式の下落で損失を被った投資家に対して5億9500万台湾ドル(約1880万米ドル)の損害賠償責任を負うべきとする欠席判決を下したと報じられている。

 (5) レポートに追随して取締役の忠実義務違反の調査が開始された事例

 2016年9月27日、グラウカスがNational Beverage Corp.(「National Beverage社」。NASDAQ上場)の前CEOが重大な不正を行ったことを公表したところ、法律事務所が、National Beverage社の取締役の株主に対する忠実義務違反に関する調査を開始し、投資家からのコンタクトを受け付けている。

 3  金融商品取引法で空売りアクティビストの行為に対処できるか

 空売りによってポジションを取得した上で株価が下落する内容のレポートを公表する行為について、わが国の金融商品取引法(「金商法」)上、どのような規制に抵触する可能性があるのかについて、以下検討する。

 (1) 相場操縦規制(159条)

 まず考えられるのは、金商法159条2項3号の適用である。同号は、相場操縦に関する情報の流布、虚偽あるいは誤解を生じさせる表示によって行われる相場操縦を規制するものであり、規制対象は取引行為ではなく情報の流布・表示である。

 金商法159条違反については、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金(又は併科)が科されることになっており(197条1項5号)、取得した利益は没収されるものとされている(198条の2第1項1号)。さらに、財産上の利益を得る目的で行った場合には刑罰が加重される(197条2項)。もっとも、同項1号と異なり、3号には課徴金による制裁は予定されていない(174条の2参照)。

 そこで159条2項3号の要件について検討すると、同条2項柱書は、「何人も、有価証券の売買等、市場デリバティブ取引又は店頭デリバティブ取引(以下この条において「有価証券売買等」という。)のうちいずれかの取引を誘引する目的をもって、次に掲げる行為をしてはならない。」と規定し、それを受けて同項3号は、「有価証券売買等を行うにつき、重要な事項について虚偽であり、又は誤解を生じさせるべき表示を故意にすること」を禁止行為の一つとして定めている。

 このうち、まず、同条2項柱書の「誘引する目的」の意義が問題となるが、判例は、この誘因目的について、「人為的な操作を加えて相場を変動させるにもかかわらず、投資者にその相場が自然の需給関係により形成されるものであると誤認させて有価証券市場における有価証券の売買取引に誘い込む目的」と解している 。この点、空売りアクティビストは、空売りの時点において、自らによる空売り及びそれに引き続くレポートの公表の結果として、狼狽した一般投資家が自らの保有株を投げ売りし、それによって急落した株価に基づいて空売りした株式を買い戻して利益を上げることを目的としているため、一般的には、他の投資家を有価証券の売買取引に誘い込む目的を有していると解し得るように思われる。

 次に、同条2項3号への該当性であるが、同号の対象は、一般に、有価証券売買等を行うに当たってなされることを要すると解されている。この点、空売りアクティビストがレポートを公表する時点では、空売り自体は既に終了しているが、空売りアクティビストが利益を上げるには、レポートの公表によって対象会社の株価が急落し、当該急落した株価で対象会社の株式を買い戻すことが不可欠であるので、当該買戻し取引との関係で、空売りアクティビストによるレポートの公表は、当該レポートの内容が「重要な事項について虚偽であり、又は誤解を生じさせるべき表示」を含んでいる限り、「有価証券売買等を行うにつき、重要な事項について虚偽であり、又は誤解を生じさせるべき表示を故意にする」に該当し、金商法159条2項3号違反に該当するものと解される。

 (2) 風説の流布(158条)

 次に適用が考えられるのは、金商法158条が定める風説の流布の禁止である。同条の刑事責任については、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金(又は併科)が科されることになっており(197条1項5号)、取得した利益は没収されるものとされている(198条の2第1項1号)。さらに、財産上の利益を得る目的で行った場合には刑罰が加重される(197条2項)。また、風説の流布又は偽計により有価証券の相場を変動させ、変動させた相場により、当該有価証券の一定の取引を行った場合には、課徴金の納付が命じられ得る(173条)。

 そこで158条の要件について検討すると、同条は、「何人も、有価証券の募集、売出し若しくは売買その他の取引若しくはデリバティブ取引等のため、又は有価証券等の相場の変動を図る目的をもつて、風説を流布し、偽計を用い、又は暴行若しくは脅迫をしてはならない。」と定めているが、空売りアクティビストとの関係では、それが行うレポートの公表に、①有価証券等の相場の変動を図る目的があるか、また、②「風説の流布」に該当するかが問題となる。

 この点、①の有価証券等の相場の変動を図る目的については、相場を高騰させ、又は下落させる意図のことをいうと解されるところ、前記のとおり、空売りアクティビストは、空売りのポジションを得た上で株価を下落させる内容のレポートを公表して株価を下げ、株価が下がったところで買い戻して利益を得るということを目的としている。このことからすれば、空売りアクティビストによるレポートの公表は、「有価証券等の相場の変動を図る目的」という目的要件を満たす場合が多いと考えられる。また、②の「風説」については、「虚偽の」という限定が付されていないため、流布された情報が虚偽であることまでは必要ないとした上で、合理的な根拠の有無を問題にすべきであり、かつ、行為者がそれに合理的根拠のないことを認識していることが必要であると解する有力な見解がある。とりわけ、将来の事項に関する言明、予想又は予測に基づく言明がなされるケースでは、誰も将来のことが分からないため、行為の当時において合理的な根拠を有するものであるかどうかを問題とするほかないと指摘されている。この点に関し、空売りアクティビストの公表するレポートにおいて指摘される事項には、事実の指摘というよりは、会計基準の適用手法等の評価や将来事項の予測が多く含まれるために、合理的根拠のないことを認識しているとの主張・立証が容易でない場合が少なくないものと考えられる。

 (3) 不正取引の禁止(157条)

 適用が考えられるものの最後は、金商法157条1号及び2号である。その刑事責任については、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金(又は併科)が科されることになっている(197条1項5号)。しかし、157条の表現が抽象的であるため、罪刑法定主義の観点からは、同条に基づいて刑事罰を科すことを現実に期待するのは極めて難しいのではないかと一般に指摘されている。他方、157条違反の制裁として課徴金は定められていない。これは、157条が、証券取引について不正の手段、技巧を用いること等を禁止した包括条項であり、違反行為を類型化し、違反行為による経済的利得の水準を定めることが困難であることから、対象外とされたものである。もっとも、一部の学者及び市場関係者から、157条違反についても、将来的には課徴金を課す必要が出てくる可能性がある旨が指摘されている。

 金商法157条1号及び2号の要件について検討すると、同条柱書は、「何人も、次に掲げる行為をしてはならない」と定め、それを受けて、同条1号は「有価証券の売買その他の取引又はデリバティブ取引等について、不正の手段、計画又は技巧をすること。」、同条2号は「有価証券の売買その他の取引又はデリバティブ取引等について、重要な事項について虚偽の表示があり、又は誤解を生じさせないために必要な重要な事実の表示が欠けている文書その他の表示を使用して金銭その他の財産を取得すること」を、それぞれ禁止行為として規定している。

 このうち、1号に関しては、空売りアクティビストによる、空売りポジションを取得した上でのレポートの公表が「不正の手段、

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