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航空業界への投融資に熱い視線、その法的枠組みと今後の課題

原田 伸彦

金融機関・投資家の注目を集める航空業界
 ~エアクラフト・ファイナンス取引を巡る近時の状況と今後の課題~

弁護士・NY州弁護士
原 田 伸 彦

原田 伸彦(はらだ・のぶひこ)
 西村あさひ法律事務所パートナー。
 弁護士/ニューヨーク州弁護士。
 専門は、航空機・船舶などのアセットファイナンス、事業再生、各種事業規制対応など。
 航空(運送)業界と聞くと、2015年に申立てのあったスカイマークの民事再生手続や2010年に申立てのあった日本航空の会社更生手続などが記憶に新しく、また、近時でもイタリアの旧国営航空会社であったアリタリア航空の経営危機が報じられている状況であって、あまり前向きな印象を受けない読者も多いのではないかと想像される。実際、日本に限らず、航空業界においては世界的に経営破たんが珍しいことではなく、米国に至っては、1980年代以降、大手と呼ばれる航空会社が全て経営破たんを経験するなど、米国の再生型破たん処理手続である、いわゆるチャプター11の利用がもはや経営合理化の一つのプロセスとして常態化しているかのような状況になっている。また、欧州においても例外ではなく、90年代以降、各社の経営危機をきっかけとする業界再編の波が加速している。
 このようにまとめると、航空業界とはなんと不安定な業界なのかという印象を受けるかもしれない。しかし近年、日本の金融機関や投資家は(日本国内というよりは世界の)航空業界に今まで以上に熱い視線を注いでいるように思われる。

 1. 今、航空業界が注目される理由

 航空業界が日本の金融機関や投資家から注目されているのには、いくつか理由があると考えられる。
 第一に、歴史上類を見ないほどの超低金利時代に突入し、金融機関が新たな投融資先を探していることが挙げられる。かつて成長産業であった分野に投入されてきた資金が、当該産業の成長の鈍化と共に新たな投融資先へと流れていくという点については、一般論としては異論の少ないところであろう。例えば、島国である日本は世界でも有力な海運国家の一つであり、金融機関の海運業界への融資残高は依然として大きい。しかし、近年の海運不況により、そもそもの融資対象案件の新規案件数も減少しているものと思われ、その分の資金の活用先の候補の一つとして、船舶同様に国際的な移動を伴う資産を対象とする航空業界に目が向くのも自然であるように思われる。また、日本において一般にどの程度まで知られているかは別として、日本の金融機関や投資家は、すでに世界の航空業界に対して投融資を行う有力なプレイヤーの一角を占めており、ノウハウの蓄積も少なからず存在する。すなわち、日本の金融機関や投資家を一体としてみた場合、航空業界への投資は目新しいものではなく、未知の領域を手探りで進むようなリスクを負うわけではない。なお、製造業に目を向ければ、日本製の部品はボーイング社やエアバス社の新造航空機に多く取り入れられており、航空機の製造の側面でも日本企業のプレゼンスは決して低くない。
 第二に、ビジネス的にはもっとも重要だろうと思われる点であるが、航空業界が(もちろん大小の波はあるものの)順調に成長を続けてきており、今後も成長すると予測されているマーケットであることが挙げられる。ボーイング社とエアバス社が公開している資料によれば、航空機の2大製造業者である両社は、いずれも、民間航空業界が保有する機体数について、2035年には、2015年(ないしは2016年初頭)時点での機体数のおおむね2倍程度にまで増えると予測している。また、LCC(Low Cost Carrier)と呼ばれる、低価格での航空旅客運送サービスを提供する航空会社の新規参入や成長も、航空業界を活性化させている。他方、フラッグ・キャリアと呼ばれる各国の代表的航空会社は破たんに至るハードルが事実上高いことが多く、金融機関や投資家の一定の安心感の醸成に一役買っているのではないかと思われる。さらに、信用力の弱い航空会社向けの取引や、金融危機などマーケットでの資金調達が困難となっている状況下での取引などについては、ECA(Export Credit Agency)と呼ばれる各国の輸出信用機関が、(一定の条件の充足を条件として)保証や保険を提供し、不足している信用力や資金量を補完するなどしており、航空業界の安定的な成長を下支えしている側面も見逃せない。
 最後に、上記に加えて特にわが国においては、三菱重工業傘下の三菱航空機のMRJや本田技研工業のホンダジェットなど、日本企業による航空機製造に関する話題が世間の耳目を集めており、航空業界への社会的な関心が高まっているのではないかと思われる。

 2. 金融機関・投資家による航空業界への投融資の方法

 航空業界を有力な投融資先と考えた場合、具体的にはどのような投融資の方法があるであろうか。
 まず、代表的な方法としては、航空会社等に対する一般事業資金としての投融資や、特定の航空機の新規導入取引への投融資が挙げられる。前者は、航空会社の信用をベースとしたいわゆるコーポレート・ファイナンス取引であり、後者は、一般に対象航空機の担保価値を重要な要素としたアセット・ファイナンス取引である(もっとも、現実には、前者であっても航空機等の担保を取得する取引もあれば、後者であっても、航空会社やオペレーティングリース会社の信用を重要な要素とする取引があり、シンプルに分類できるわけではない)。エアクラフト・ファイナンス(航空機ファイナンス)という用語は、狭義の意味では後者の金融取引を指すことが多い。なお、エアクラフト・ファイナンス取引への参加を考える場合、案件の組成時から参加することに限らず、既存のエアクラフト・ファイナンス案件に債権譲渡や地位譲渡の形で事後的に参加することもあり得る。案件組成に必要な基礎的な調査や契約交渉などの終了している既存の案件に参加することは、新規の取組みに比べて比較的参入障壁が低い取引であると考えられる。
 また、第二に、より直接的な投融資の方法として、(新造又は中古の)航空機を購入し、各国の航空会社等にリース・販売するような方法もあり得る。これは、船主業において、購入した船舶を裸傭船(bareboat charter)に出す(場合によってはそのまま売却する)取引と類似性を有する取引であると整理することも可能であろう。

 これらの航空会社や航空機への投融資に加えて、近時では、日本の金融機関・投資家による、航空機のリース会社(オペレーティングリース会社)、機体の整備会社、機体や部品の販売業者等への投融資ないしM&Aの検討も活発化してきているように思われる。これらは、個々の航空会社や航空機の評価に基づく投融資のみならず、航空業界のより深部へ進出していこうとする機運の高まりとみることもできよう。

 なお、以上の他、特に米国では、複数のエアクラフト・ファイナンス案件を対象とした、ABS(Asset Backed Securities)やEETC(Enhanced Equipment Trust Certificate)と呼ばれる証券化商品の組成も盛んであり、投資の間口も広い。そのため、米国では、いわゆるキャピタル・マーケットの分野で航空業界への投資がトピックとなることも珍しくなく、むしろ航空業界の資金調達先としてキャピタル・マーケットが主要な地位を占めている(世界の中でも米国特有の状況である)。なお、EETCについては、近年米国以外の航空会社を対象とした案件の組成も行われており、今後もその流れが続いていくものと予想される。

 3. エアクラフト・ファイナンスにおける法的枠組み

 前述のとおり、狭義のエアクラフト・ファイナンスは、基本的に対象航空機の担保価値に着目して行われるファイナンス取引であるといえるが、航空機は国際線航路に使用される可能性も高く、その場合には必然的に、複数の法域を跨いで(担保に供されている)航空機が移動することになる。この点、国際航路に使用される船舶も同様であるが、国際的な移動を伴う物を担保対象とする場合、当該物に関する各国の法的な規制を把握することや、担保実行時・航空会社の破たん時において予測可能性が確保されていることが、投融資を行うファイナンサーにとっての重要な問題となる(2016年における、韓国の大手海運会社であった韓進海運の破たんに伴う世界的な混乱は記憶に新しい)。これは、①航空会社に直接融資をして対象機体に担保を設定するような取引であっても、②信用・倒産隔離の観点からSPC(特別目的会社)に航空機を所有させ、航空会社に当該航空機をリースするような取引(この場合、直接の借入人はSPCであるが、実際に航空機を使用する航空会社の所在国で航空機の登録をすることが一般的である)であっても、同様である。

 通常、エアクラフト・ファイナンス案件においては、対象航空機にモーゲージ(日本法でいうところの抵当権に近い効力を有する)と呼ばれる担保権が設定され、これに加えて、航空機に関する保険金の請求権や、リース料などの航空機の使用収益に関する権利にも、担保権が設定される。もっとも、日本のファイナンサーが参加する案件であっても、外国の航空会社向けのクロスボーダー案件の場合には、日本法に準拠してこれらの担保権が設定されることは実務上ほとんどなく(ローン契約やリース契約が日本法準拠で作成されることもほとんどない)、航空機のモーゲージについては航空機の登録国、その他の担保契約は英国法や米国のニューヨーク州法などを準拠法として、関係する契約書が作成されることが多い。なお、航空機の登録国においてモーゲージ又はこれに代わる担保法制がない国については、英国法や米国のニューヨーク州法に基づくモーゲージの設定がされることもある(登録国における担保設定に加えてこれらが設定されることもあり得る)。
 担保実行に関する手続のコストや期間、航空会社の倒産時の取扱いなどは、適用される関係各国の法制度の内容次第であり、加えて、現実には、実務上の慣行ないし運用の影響も大きいため(必ずしも法制度の建前と実務が一致していないような国もあり得る)、これらの問題は、ファイナンサーにとっての大きなリーガルリスクといえる。

 この点、航空機に設定された担保の実行時や航空会社の破たん時におけるファイナンサーのリスク軽減の観点からは、ケープタウン条約(正式名称はCONVENTION ON INTERNATIONAL INTERESTS IN MOBILE EQUIPMENT (2001))の存在が重要である。同条約は、各国の国内法制の上に、同条約に基づく国際的権益(International Interest)とその登録制度(International Registry)を創設し、かかる国際的権益の実現の場面では、担保実行時や航空会社の破たん時における各国の倒産法制から可能な限り独立した取扱いを認めることを主な内容としている(より実務的に言えば、現地国内での手続を経ずに、または簡素な手続のみで、航空機の占有の回収を可能とすることが主眼の一つである)。もっとも、実際には、同条約の各批准国が一定の範囲でどの程度の独立性を認めるかについて個別に宣言(declaration)することが認められているため、必要に応じて取引の関係国における取扱いの調査が必要となるが、特に国内法の整備が十分とはいえない国の航空会社との取引に際しては、同条約の活用は、ファイナンサーにとって重要な権利保全手段の一つとなり得る。
 ちなみに、ケープタウン条約には、2017年4月の段階で73の国と地域が批准しているが、日本は批准していない。もっとも、日本の金融機関・投資家にとって日本国内の担保法制や倒産法制は自国の法制度であり、日本が同条約に批准していないことが予測可能性を確保する観点でマイナスに働くことは考えにくい。日本の金融機関・投資家にとって重要な点は、対象となる航空機の登録国(又は債務者企業の所在する国)がケープタウン条約の批准国となっているかどうかという点となる。
 なお、米国はケープタウン条約の批准国でもあるが、米国内の倒産法制において、航空機及び船舶に対する担保権等の権利者保護の特則(米国連邦倒産法第1110条)が設けられており、米国の倒産法制の影響が一定程度排除されている。冒頭に述べた通り、米国においては航空会社の経営破たんは珍しいことではなく、法制度上も実務の積み重ねの点においても、航空機に対して設定された担保権等の保護(いいかえれば、エアクラフト・ファイナンス案件におけるファイナンサーの保護)が充実しているといえる。

 4. 展望と課題

 世界的な金融緩和によるカネ余りの状況を背景として、日本の金融機関・投資家による世界の航空業界への進出の流れは、今後益々加速していくものと考えられる。日本型オペレーティングリースと呼ばれる取引など、日本の会計・税務の制度面からの影響を受ける類型の取引については、航空業界の状況とは別に、わが国における会計・税務上の取扱いの動向にも注目していく必要があるが、いずれにせよ、世界の航空業界が今後も予想通り成長を続けていくのであれば、全体として日本からの投融資の額は伸びていくものと予想される。
 また、MRJやホンダジェットの製造事業が軌道に乗った場合には、これに関連して日本国内でも新たな資金需要が生じることが予想され、また、海外での航空機製造についても、今まで以上に日本製の部品が採用されることになれば、世界の航空業界に対する投融資が、「間接的に」わが国の景気を下支えするようなことも考えられる(そもそも各国がECAによる信用補完を行い、エアクラフト・ファイナンス案件の成立をサポートする目的の一つは、この点にあるといえる)。
 エアクラフト・ファイナンス案件を巡る課題やリスクとしては、航空業界は、一般的に、グローバルな景気の動向に加えて、戦争やテロなどの地政学的リスクの影響を

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