2017年06月21日
西村あさひ法律事務所
弁護士 塚本 健夫
一方で、従業員の位置情報をみだりに確認することは、ロケーションハラスメントに当たるのではないかという指摘もある。以下では、企業の労務管理における、従業員の位置情報の把握の留意点について説明する。
ロケーションハラスメントは、法令上、明確な定義はないものの、携帯電話やスマートフォンの位置情報サービスを悪用し、特定人の位置や移動状況を監視し、特定人のプライバシー権を侵害する行為がこれに該当するとされる。
携帯電話やスマートフォンに内蔵されたGPS(Global Positioning System、全地球測位システム)チップから発信される信号や無線LAN基地局情報を用いて特定した位置情報が、アプリ(携帯電話やスマートフォンにインストールされたソフトウェア)により収集・分析され、アプリの利用者が、携帯電話・スマートフォン所持者の居場所や移動状況を常に把握可能な状態となる。スマートフォンの普及により、位置情報を活用するアプリは増加しており、子供や高齢者の見守りのために位置情報を活用したり、また、位置情報を活用するゲームが流行するなど、非常に便利・有用なツールとなっているが、使い方によっては、位置情報という他人にはみだりに知られたくはないプライバシーに関する情報を常に誰かに把握されることとなり、プライバシー権の侵害とならないかが問題となる。
従業員に貸与した携帯電話・スマートフォンの位置情報を雇用主が確認し、雇用主が従業員の位置情報を把握することが、ロケーションハラスメント、すなわち、従業員のプライバシー権の侵害に当たるか。
従業員のプライバシー権は無制約に保障されるものではなく、雇用主が従業員の情報を把握する合理的な必要があり、また、手段が相当であれば、従業員の情報を把握することは許容される。雇用主による監視が、従業員のプライバシー権の侵害とされるのは、監視の目的、手段及びその態様等を総合考慮し、監視される側に生じた不利益とを比較衡量の上、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合であると解されている(東京地判平成13年12月3日労判826号76頁など)。
営業担当従業員の稼働状況を確認するために、貸与した携帯電話の位置情報を確認することは、当該従業員がどのような会社に営業を行っているのかを把握し、また、事故時等の連絡のため当該従業員の居場所を確認し、更には、適切に営業を行っているか、営業と称して喫茶店や公園などで休憩ばかりとるなど、職務専念義務違反と評価されるような行為を行っている者がいないかを確認すること等にあり、その目的は合理的といえる。そして、営業担当従業員全員に携帯電話を携行させるなど、特定人のみをその対象とするのでなく、また、従業員の就業時間に限って、位置情報のみを取得対象とするのであれば、監視の手段及びその態様としても合理的であるといえ、社会通念上相当な範囲内での監視といえるため、プライバシー権の侵害には当たらないと考えられるだろう。
この点について、携帯電話又はパソコン(親機)から、電話会社の提供するナビシステムに接続した携帯電話(子機)の位置を、GPS電波を受信することにより常時確認し、子機を携帯する従業員の居場所を会社が確認していた事例において、外回りの多い従業員について、その勤務状況を把握し、緊急連絡や事故時の対応のために当該従業員の居場所を確認することを目的とするものであり、特定の従業員だけでなく複数の従業員についても、ナビシステムが使用されていることから、当該目的には相応の合理性があり、「原告(注:従業員)が労務提供が義務付けられる勤務時間帯及びその前後の時間帯において、被告(注:会社)が本件ナビシステムを使用して原告の勤務状況を確認することが違法であるということはできない。」と判断した裁判例がある(東京地判平成24年5月31日労判1056号19頁)。
同裁判例は、「反面、早朝、深夜、休日・・・のように、従業員に労務提供義務がない時間帯、期間において本件ナビシステムを利用して原告の居場所を確認することは、特段の必要性のない限り、許されない」とも判示しており、これは、勤務時間外においては従業員の私的な領域に属するため、勤務時間外に携帯電話の位置情報を確認することは社会通念上相当な範囲を逸脱した監視であるとして、プライバシー権の侵害に当たり許されないと判断しているものと解される。
以上のとおり、勤務時間中に位置情報を確認するのであれば、基本的にはプライバシー権の侵害には当たらないが、就業時間外にも監視することは、従業員の私的領域に踏み込むことになり、プライバシー権の侵害となり許されないといえる。同裁判例では、「労務提供が義務付けられる勤務時間帯」のみならず、「その前後の時間帯」において従業員の居場所を確認することを許容しているが、これが拡大解釈されると、従業員の私的領域に踏み込み、プライバシー権の侵害となる懸念がある。そのため、「その前後の時間帯」とは、勤務時間の前後の近接した時間帯である旨、限定的に解すべきであろう。
なお、雇用主による従業員の位置情報の取得が、従業員のプライバシー権の侵害に当たらないと評価される場合は、雇用主による位置情報の取得は、労務指揮権の行使の一環として認められると解される。この場合、従業員は、雇用主の労務指揮権に服する一方、会社としては、業務命令として会社貸与の携帯電話の所持を命じ得るため、例えば、営業の外回りにおいて会社貸与の携帯電話を持ち歩かず、事業所内に放置したままにするといった方法により、会社による位置情報の取得を拒否する自由はないことになる。
雇用主が勤務時間中に、従業員の位置情報を確認することは、上記3のとおり、基本的には従業員のプライバシー権の侵害には当たらず、許されるものである。
もっとも、従業員の位置情報は、従業員の氏名等と紐付けて管理されるのが通常であり、これらの情報と照合することにより特定の個人を識別可能であるため、個人情報保護法2条が定める「個人情報」に当たり得るところ、個人情報取扱事業者が講ずべき措置に留意する必要がある。
経済産業省のガイドライン(経済産業省「個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン」40~41頁(平成28年12月))では、同法20条の安全管理措置を遵守させるよう、従業者への監督(同法21条)を行うに当たり、具体的には、従業者に対するオンラインによるモニタリングを行うに当たり、以下の点に留意すべき旨定めている。
以上のガイドラインに基づけば、従業員の位置情報をモニタリングするに当たっては、位置情報を取得する目的及び実施方法等を社内規程に定めるとともに、従業員に説明すること(上記①及び③)、並びに、モニタリングを実施する責任者とその権限を定めるとともに、適正にモニタリングがなされているかを監査又は確認すること(上記②及び④)が必要になる。
同ガイドラインは、改正個人情報保護法の全面施行日(平成29年5月30日)以降、廃止されるものの、位置情報取得の目的や実施方法を社内規程に定めておけば、従業員は、会社貸与の携帯電話を、プライバシーのない通信手段として日頃から使用することになり、勤務時間中の位置情報の取得に同意したものとして、従業員のプライバシー権の侵害には当たらないと解することが可能である。もっとも、かかる同意の有効性につき、従業員から自由な意思に基づく同意ではなく無効である旨争われるリスクがあるため、位置情報取得の目的や実施方法を社内規程に定めるだけでなく、事前に従業員に説明し理解を求めることが重要であるといえよう。
従業員から取得した位置情報のデータを、(自社以外の)クラウド・コンピューティング事業者に保管させる場合、個人情報を第三者に提供するものとして(個人情報保護法23条1項)、従業員本人の同意が必要になるのではないかが問題となる。
この点、クラウド・コンピューティング事業者が位置情報のデータについて独自の利用目的を有するものではなく、利用権限も有しない場合は、「第三者提供」ではなく、「委託」(同法23条5項1号)に当たるため、本人の同意は不要と解される。
個人情報保護委員会のQ&A(個人情報保護委員会「『個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン』及び『個人データの漏えい等の事案が発生した場合等の対応について』に関するQ&A」A5-33(平成29年2月))でも、クラウドサービスには多種多様な形態があるものの、第三者提供又は委託に該当するかどうかは、「クラウドサービスを提供する事業者において個人データを取り扱うこととなっているのかどうかが判断の基準」となり、当該クラウドサービス提供事業者が、当該個人データを取り扱わないこととなっている場合には、当該個人情報取扱事業者は個人データを提供したことにはならないため、本人の同意を得る必要はないとされている。また、当該個人データを取り扱わないこととなっている場合とは、「契約条項によって当該外部事業者がサーバに保存された個人データを取り扱わない旨が定められており、適切にアクセス制御を行っている場合等」が考えられるとされている。
外出が多い営業担当従業員に対する労働時間管理として、事業場外みなし労働時間制を適用しているケースがあるが、携帯電話を携行させ、雇用主が位置情報を随時取得する場合に、事業場外みなし労働時間制が適用されるかが問題となる。
事業場外みなし労働時間制とは、「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす」とする制度である(労働基準法38条の2第1項)。行政通達によれば、「労働時間を算定し難い」とは、「事業場外労働に関するみなし労働時間制の対象となるのは、事業場外で業務に従事し、かつ、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難な業務であること」とされているが、一方で、「事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合」は、同制度の適用はないとされている(昭和63年1月1日付け基発1・婦発1)。
営業担当従業員に携帯電話を携行させ、位置情報を随時取得している場合は、これにより実労働時間の把握が可能であり、「労働時間を算定し難い」とは言えず、事業場外みなし労働時間制の適用対象外となり得ることに、留意する必要がある。
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