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仲裁判断を取り消した高裁決定 利益相反の開示義務違反を理由に

中原 千繪

仲裁判断取消事由としての仲裁人の利益相反事由の開示義務違反
 ~大阪高決平成28年6月28日を素材として~

西村あさひ法律事務所
弁護士 中 原 千 繪

中原 千繪(なかはら・ちえ)
 弁護士及び米国NY州弁護士。SIAC仲裁人候補者(Panel of Arbitrators)及び第一東京弁護士会仲裁センター仲裁人候補者。京都大学法学部卒業。スタンフォード・ロースクール修了(LL.M.)。2006年~2010年社団法人日本仲裁人協会事務局次長。
 2011年~2012年ニューヨークのデューイ・アンド・ルバフ法律事務所、ドーシー・アンド・ホイットニー法律事務所に出向。現在、西村あさひ法律事務所パートナー。

 仲裁手続は、当事者の合意を基礎とする裁判外紛争解決手続であり、上訴手続が予定されているものではないが、一定の事由が存する場合には、裁判所によって取消され得る(仲裁法44条)。近時、仲裁判断の取消しが裁判所で争われた事例としては、取消しが認められなかった事例(注1)及び取消しを認めた事例(注2)の両方が知られているが、これらに加えて、更に、昨年6月、大阪高等裁判所において仲裁判断を取消す決定が下された(大阪高決平成28年6月28日(注3)。以下「本件高裁決定」といい、かかる決定の中で取消された仲裁判断を「本件仲裁判断」という。)。本件は、日本の裁判所において、仲裁人の利益相反事由の開示義務違反に関して取消しが争われ判断された初の事例である。

 仲裁人は仲裁の帰趨を左右し得る重要な要素であるため、仲裁人の選任は仲裁手続におけるひとつのハイライトといってよく、その選任過程における仲裁人の利益相反事由に関する開示は選任に伴う必須の事項であり、かつ当事者にとっても重要な関心事である。したがって、本件高裁決定が未だ確定していないとはいえ、その判旨及び結論は日本を仲裁地とする国際仲裁実務に多大な影響を与え得るものであるため、本件高裁決定について、以下のとおり解説する。

 1. 裁判所の判断

 (1) 事案の概要

 本件高裁決定は、仲裁地を大阪府とする仲裁条項に基づき、日本商事仲裁協会(JCAA)の商事仲裁規則(平成20年1月1日施行版)(以下「本件JCAA規則」という。)に基づいて行われた仲裁において下された本件仲裁判断について、当事者の一方が大阪地方裁判所においてその取消しを求めたが、これが認められなかったところ(注4)、大阪高等裁判所に抗告された事案である。本仲裁事件において、国際的法律事務所Xのシンガポールオフィスに所属する弁護士Aが仲裁廷の長たる仲裁人とされたが、Aが仲裁人に選任された後、その所属する法律事務所Xのサンフランシスコオフィスに移籍してきた弁護士Bが、本仲裁事件の被申立人の完全兄弟会社(被申立人の親会社の子会社)及び親会社を共同被告とするクラスアクション訴訟(以下「本件クラスアクション」という。)において、かかる完全兄弟会社の訴訟代理人を務めていた。本件高裁決定は、かかる事実が開示されなかったことについて、仲裁法18条4項所定の開示義務違反に該当するとし、仲裁廷の構成または仲裁手続が我が国の法令に違反するものとして、仲裁法44条1項6号(注5)に基づき、本件仲裁判断を取消すべきとしたものである。

 (2) 大阪高等裁判所の判断

 抗告人らは、本件仲裁判断について、仲裁人による利益相反事由の開示義務違反を理由とする仲裁法44条1項6号又は8号(注6)の取消事由があると主張して、本件仲裁判断の取消しを求めた。

 ア 開示義務違反について

 (ア) 開示義務の射程範囲~忌避事由との関係

 本件高裁決定は、利益相反事由にかかる開示義務は、仲裁人を忌避するか否かの判断資料を当事者に提供するためのものであるから、その対象となる事実は忌避事由(仲裁法18条)そのものより広い範囲の事実が含まれると解するのが相当であるとした。
 そして、本件利益相反事由は、抗告人らの立場からすれば忌避するか否かを判断するための重要な事実であり、開示義務の対象となることは明らかであり、Bが法律事務所X所属の弁護士であり、かつ本件クラスアクションにおいて相手方の関連会社を代理している以上、Aについて利益相反のおそれがあり得るものと疑いをもたれるのが通常であって、それぞれが勤務するオフィスの所在国が異なるとか、本件仲裁と本件クラスアクションとはそれぞれ当事者が異なり、事案の同一性も関連性がないことからかかる疑いがなくなるものでもないとした。

 (イ) 仲裁人の不知は開示義務を免除するか・開示のための調査義務の存否

 相手方らは、Bがクラスアクションに関与していることも含め、本件クラスアクションに関する情報を一切与えられていなかったAは利益相反事由を開示することができなかったと主張したが、本件高裁決定は、仲裁人は、仲裁手続の進行中、開示義務の対象となる事実の発生時期のいかんを問わず、開示していない事実の全部を遅滞なく開示しなければならないとされていること(仲裁法18条4項)(注7)について、これは仲裁人の忌避制度の実効性を担保するとともに、仲裁に対する信頼確保のためのものであるから、仲裁人の公正性又は独立性に疑いを生じさせるおそれがある事実が客観的に存在しているかに拘わらず、その事実を仲裁人自身が知らなかったということを理由に上記開示義務を免除することができないとし、更に、仲裁人が手間をかけずに知ることが出来る事実については、仲裁人には開示のための調査義務が課されるべきであるとし、本件利益相反事由については、コンフリクトチェックを行うことにより特段の支障なく調査可能であるとして開示義務違反の責めを免れないとした。

 イ 本件開示義務違反による取消事由の存否について

 本件高裁決定は、本件利益相反事由は、抗告人らの立場からすれば、当該仲裁人を忌避するか否かを判断するために重要な事実であることを重視し、仲裁人の開示義務が、仲裁手続の公正及び仲裁人の公正を確保するために必要不可欠な制度であることを考慮すると、本件開示義務違反は、それ自体が仲裁廷の構成又は仲裁手続が日本の法令に違反するものとして仲裁法44条1項6号の取消事由に該当するとした。

 この点について、相手方らは、抗告人らが本件仲裁手続において忌避申立をせず、審理終了時には本件仲裁の手続が「とてもフェアである」と述べていたことから、これによりその瑕疵が治癒されたといえる上に、本件開示義務違反と本件仲裁判断の結果の間に因果関係もないから、取消事由に該当しないと主張していたが、本件高裁決定は、抗告人らが本件仲裁手続中に本件利益相反事由を知らされていないことを前提にすると、瑕疵の治癒は認められない上、本件開示義務違反は重大な手続上の瑕疵であるから、結論に直接影響を及ぼさなくても取消事由に該当するとした。

 ウ 開示義務違反の裁量棄却について

 本件高裁決定は、本件開示義務違反が重大な手続上の瑕疵であるとして、仲裁手続及び仲裁判断の公正を確保するとともに、仲裁制度に対する信頼を維持するためにも、本件仲裁判断をこのまま維持することはできないとして、本件申立てを裁量棄却しない、とした。

 2. 本件高裁決定の分析

 (1) 分析

 ア 開示義務違反について

 (ア) 開示義務違反に該当するか

 本件高裁決定の原決定も本件利益相反に係る事実が開示義務の対象になることを肯定している。忌避事由については、公正性または独立性を疑うに足りる相当な理由がそれに該当すると規定され(仲裁法18条1項2号)、利益相反事由については、公正性または独立性に疑いを生じさせるおそれのある事実の開示を要求するものであるため、文言上、利益相反事由の射程範囲は忌避事由の射程範囲より広いことは明らかである。

 もっとも、いかなる事由が具体的に利益相反事由に該当するかは仲裁法の規定上明らかでないが、国際仲裁の実務において参照される「国際仲裁における利益相反に関するIBAガイドライン」(注8)によれば、「仲裁人の法律事務所が、現在、重大な商業上の関係を作ることなく、かつ当該仲裁人が関与することなく、一方の当事者または関係会社に役務を提供していること」が、仲裁人が開示しなければならない事情とされていることからすれば(注9)、本件クラスアクションの内容・本件クラスアクションの代理により法律事務所Xが得る報酬額等について明らかにされていないものの、かかるガイドラインによっても、本件事情は開示義務の対象とされると解される。

 (イ) 仲裁人の不知は開示義務を免除するか~開示可能性により開示義務が免除されるか

 原決定は、本件利益相反に係る事実が開示義務の対象となることを認めつつも、Aが開示すべき事実を知らず、本件クラスアクションでBが法律事務所Xのサンフランシスコオフィスに移籍した事実が忌避事由に該当せず、更にかかる事実が仲裁判断の結論に影響を及ぼさなかったこと、抗告人らが異議を述べなかったことも考慮し、Aに開示義務違反があったとしても、それによる瑕疵は軽微であるとして取消事由とならないとしたが、本件高裁決定はこれと異なる判断をしている。
 原決定の認定事実によれば、Aは本件利益相反事由の存在を認識していなかったようであるが、このような場合においても仲裁判断は取消されるべきかについては、かかる国際的法律事務所におけるコンフリクトチェックの事実上の困難等に鑑みると、今後の議論が予想されるとの指摘がみられるところである(注10)

 イ 裁量棄却について

 原決定は、仮に本件の開示義務違反が取消事由に該当するとしても裁量棄却が相当であると判断したのに対し、本件高裁決定は、本件開示義務違反が「重大な手続上の瑕疵」であるとして、「仲裁手続及び仲裁判断の公正を確保」するとともに、「仲裁制度に対する信頼を維持」する必要があるとして、裁量棄却を否定し、本件仲裁判断を取消した。
 一般論として本件高裁決定の述べる価値を保護することが重要であることは否定されないが、本件高裁決定においては、本件において具体的にいかなる要素・いかなる事情がどのように作用したために、仲裁手続及び仲裁判断の公正を確保し、仲裁制度に対する信頼を維持するために本件仲裁判断を取消す必要があるかについては具体的に述べられておらず、理由付け及び論の運びがいささか粗いとの指摘があるところである(注11)

 3. まとめ

 我が国の仲裁法においては、国際仲裁のスタンダードとされる、国際連合国際商取引法委員会(United Nations Commission on International Trade Law (UNCITRALと略される))が策定した国際商事仲裁模範法(UNCITRAL Model Law on International Commercial Arbitration。以下「モデル法」という。)と同様に、仲裁判断の取消しの申立てが仲裁判断に対する唯一の不服申立手段として規定が整備されており、取消事由は実質的にはモデル法の取消事由(モデル法34条2項)にほぼ準じている。モデル法の定める取消事由はニューヨーク条約に定める承認執行拒絶事由とほぼ同様であり、その結果、我が国の仲裁法の下、日本を仲裁地とする仲裁判断の取消事由もニューヨーク条約規定の限定されたものとなっている。かかる点にも鑑み、日本の裁判所は取消事由を限定的に解し、仲裁に関して好意的であると評価されていたといえよう。

 ところが、本件高裁決定は最高裁で審理中であり、その判断は確定していない上、事例判断であり、今後生じ得る同種事案における仲裁法上の条文解釈において必ずしも全てがそのまま参考とされるものとはいえないものの、本件高裁決定において、国際的法律事務所に所属する仲裁人の利益相反事由にかかる開示義務違反に基づき仲裁判断が取消されたことは、日本を仲裁地とする国際仲裁実務における仲裁判断の法的安定性という観点からは、日本の裁判所の仲裁に対する姿勢についての従来の評価を損なうおそれがなしとはいえない。

 実務上の観点からも、本件高裁決定を前提とすれば、仲裁判断後に仲裁人による利益相反事由の非開示のみを理由として仲裁判断の取消しを求めた場合でも、それが認められる可能性は低くないこととなる。このことは、当事者の側からすれば、常に仲裁人の所属する法律事務所と自身及びその関係者との間の依頼関係に注意し、開示すべき事実が発生した場合には、仲裁人にその開示を促さないと、仲裁判断に取消しのリスクが否定できないと言い得るが、当事者にこのような対応を求めることが妥当か疑問であり、反面、当事者が非開示情報が生じたことを認識していたとしても、かかる情報を仲裁判断後に提起して、自己に不利な仲裁判断が下された場合に仲裁判断の取消しを争う途を残しておくというような方策を誘発しかねない点があるとの指摘もみられるところである(注12)

 本件高裁決定を前提にすれば、仲裁手続を通じて利益相反事由にかかる開示義務が仲裁人に課されるところ、多大な時間と費用をかけて仲裁判断を獲得したとしても、かかる開示義務が履行されなかったとされ得る場合、本来最終的判断である仲裁判断について取消しが申立てられ、これが争われ得ることに留意すべきであるが、本件高裁決定に関しては、抗告許可申立てが容れられ、最高裁で審理中とのことであるので、最高裁の判断及び更なる決定の蓄積が待たれるところである。

 ▽注1:

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