2017年06月26日
2016年10月20日、東京地裁。高山修一・オリンパス元社長に対する証人尋問。問われたのは、5年前の2011年10月14日、取締役会でウッドフォード氏の解職議案に賛成したことだ。関西在住の株主がこの解職決議について、「隠蔽目的だった」と指摘。菊川剛・元社長ら事件に関与していた元経営陣4人のほか、取締役だった高山氏ら10人に対しても、「調査に動いたウッドフォード氏を無視し、隠蔽行為に加担した」と取締役として監視義務を果たさなかったと追及した。前川氏は「株主の権利弁護団」(大阪市)のメンバーで、株主の代理人として高山氏の尋問を続けた。
高山氏は正面から反論した。「必ずしも正しいとは限らない」「当時は(菊川氏らの)不正行為がわからなかった」と説明し、「結局はウッドフォード社長の資質に問題があった」と解職の妥当性を強調した。この訴訟の証人尋問では、高山氏以外の元役員からも、ウッドフォード氏の資質を疑問視する声が相次ぎ、「担当役員を無視して人事やリストラ策に口を出す」「日本にいないことが多く、意思決定が遅れる」などの発言が相次いだ。
途中、前川弁護士は少し、質問の仕方を変えた。「正しいことをやっていること、不正について暴こうとしていることも、経営者の資質として問題があると言えるのですか」
高山氏は「そうです。これ以上、独断専行すれば、経営が混乱します」。
法廷という特殊な場の影響かもしれない。高山氏の主張は、正義よりも和を尊ぶことを優先するかのようにも聞こえた。
この訴訟で大きなポイントとなったのは、会計事務所の中間報告書の文言だ。
尋問の最後に裁判官も高山氏にきいた。「調査することと、ウッドフォードの解職は別問題かと考えていたということですか」と問うと、高山氏は「そうです」。
もう一人の裁判官は「解任する前日に(取締役が集まって)打ち合わせをしたというが、そのとき、調査の話は出なかったか」。高山氏は「そのときは出ませんでした」としながらも「ただ、具体的に話は進んでいました」と付け加えた。さらに「菊川氏が代表取締役に戻ることで、調査に影響はないのか」と問い続けると、高山氏は「影響はまったくありません」と自信たっぷりに答えた。
取締役の法的責任に詳しい、遠藤元一弁護士は、著書の『循環取引の実務対応―予防・発見から法的紛争処理まで』(民事法研究会,2012)の中で、「不正調査実施義務(Red Flags対処義務)」という項目を立てて解説している。不正調査実施義務とは、不正の兆候・端緒に気づいた場合は調査を行わなければいけないという考え方で、米国法でも、Red Flags(危険信号)に接した者は、それに対処すべき義務があるという。そのうえで「兆候は事案ごと、会社ごとに生ずるであろう損害の大きさと、その違法行為がどの程度の期間継続しているかが重要な要素として考慮される」と指摘している。
PwCの中間報告書がとった表現「不適切な行為が行われた可能性を排除できない」は確かにあいまいだ。ただ、法律事務所や会計事務所が対外的に出す文章には常に慎重な表現を用いることが多い。まして、PwCの中間報告書は、PwCが自ら資料を集めて関係者に話を聞いて分析したものではなく、与えられた資料で分析した結果だ。専門家とすれば慎重な表現になるのは当然だ。遠藤氏は今回の文言について、「さらに様々な証拠を入手し、インタビュー等をしなければ最終結論に至らないはずだ。控えめな表現だが、世界有数の会計事務所による『不適切な行為が行われた可能性を排除することはできない』との表現は、違法行為が強く疑われる状況にあることを示すととらえることが妥当だ」と言う。
この訴訟で高山氏は「当初から調査するつもりだった」と主張した。確かにウッドフォード氏を解職した2011年10月14日から7日後の10月21日、オリンパスは第三者委員会を設立することを公表している。また、当時、取締役だった鈴木正孝・専務執行役員も、ウッドフォード氏の解職直後、独自に弁護士に相談し、菊川氏の退任と第三者委員会の設置を助言され、これに従って動いたという。鈴木氏の主張通り、10月26日には菊川氏が社長兼会長を辞任し、高山氏が社長に就いている。
しかし、株主の権利弁護団はこれに懐疑的だ。ウッドフォード氏を解職した後、欧米のマスメディアで、不正経理を疑う報道が相次ぎ、株価が急落した。このため、自主的ではなく、追い込まれて第三者委員会の設置を決めたと考える。
実際に、解職して1週間後の10月21日、第三者委員会の設置を公表したプレスリリースにおいても、「当初の一部株主より、過去の買収案件について質問を含む書簡を受け取った」と記しており、株主の質問状がきっかけになったことがうかがえる。このため、株主の権利弁護団は「高山氏らの主張が本当ならば、ウッドフォード氏の解職と同時に第三者委員会の設置を公表すべきだった」と主張する。確かに、オリンパスは解職から5日後の10月19日、オリンパスは「一連の報道に対する当社の見解」として、ウッドフォード氏の解職の正当性と、過去の買収の手続きの適正さを主張するリリースを出しており、ここから調査につなげようという記載は見られない。また、当初から調査するつもりであれば、解職の前日の会合にもその調査の話が出てもおかしくないが、解職手続きだけで終わっている。
訴訟では、オリンパスのコーポレート・ガバナンス(企業統治)が問われた。森久志副社長は証人尋問で、損失隠しを実行し続けてきたことに対し、「社長の指示には当然従わなければいけない。指示は絶対」と取締役会における序列が強固だったと説明している。損失隠しが発覚した2011年当時、ガバナンスの強化のため、社外取締役の導入や機能強化が産業界の話題になっていた。前年から法務省の法制審議会で社外取締役の義務づけに向けた本格的な議論が始まっていた。
オリンパスにはすでに3人の社外取締役がいた。昨年10月の証人尋問で、そのうちの一人が登場した。当時の社外取締役で金融業界に詳しい林純一氏で、株主の権利弁護団の由良尚文弁護士は「証券取引に詳しい専門家の目で、外部からの目でオリンパスの業務を監視してほしいという株主の期待を認識はされていましたか」。
林氏の答えは「ぜんぜんではないが、そこまで認識はしていなかった」とあいまいな答えで、質問をかわした。
由良弁護士は社外取締役の役割を問い続けた。「菊川さん(社長・会長)の判断を尊重するのがいいですか。それでは『社内の平取締役と一緒では』」と続けた。林氏の返事は「よろしんじゃないですか。私はそれでいいと思いました」とひるまなかった。そのうえで、自分なりに取締役としての監視義務を果たしてきたと強調した。また、同弁護団の白井啓太郎弁護士が、2009年に異常な支払いに疑問を呈した監査法人から別の監査法人に外部監査人を交代させたことを尋ねると、林氏は「理由は聞いていません。切り替えの時期だということは聞いていました」。
オリンパスの損失隠しの事件を受け、取締役会のあり方や社外取締役の機能強化など、政府や産業界はコーポレート・ガバナンスの強化に動いた。2015年に制定されたコーポレートガバナンス・コードでは、基本原則の中で上場会社の取締役会の責務として、「独立した客観的な立場から、経営陣・取締役に対する実効性の高い監督を行うこと」と明記し、「独立社外取締役の有効な活用」という項目も設け、「経営陣の選解任その他の取締役会の重要な意思決定を通じ、経営の監督を行うこと」「会社と経営陣・支配株主等との間で利益相反を監督すること」などの責務を盛り込んだ。今回のウッドフォード氏の解任を巡る訴訟は、取締役の監視・監督という職責の範囲を考える上で重要な意味を持つ。引き続き注視したい。
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